やり過ぎ、駄目、絶対
準備も終わって、ようやく馬車は王都を出発した。
先頭はノール達が走って、俺とシスハは最後尾で馬車について行く。
モニターグラスに地図アプリを表示させて、魔物がいないか常に監視するのが俺の今回の役目だ。
「本当に乗れたんだな……」
「私が嘘を言う訳ないじゃないですか」
俺はシスハの腹辺りに手を回して、後ろでしがみ付いている。
鎧を着ているおかげで、接触している部分の感触がないのが救いだ。
いくら興奮とかしないとはいえ、あれがデカイせいで腕に当たるかもしれないからな。
それで反応してえっちぃ! なんて言われたくない。
他の人から見たら、神官の後ろにフル装備の鎧がくっ付いて馬に乗っているとか、ちょっと怖い図に見えそう。
「それにしても、エステルさんの支援魔法は凄いですね。馬がかなり力強くなっていますよ」
「流石はエステルってところだな。というか、シスハもこっそり支援魔法しているだろ」
「あっ、お気づきになりましたか。私のも掛けておけば、体力も回復するかと思いやってみました」
既に2時間以上そこそこの速さで走っているけど、勢いが衰える様子はない。
そしてエステルの支援魔法とは別に、若干馬の体が青く光ってもいる。
これはシスハの支援魔法がかかっている証拠だ。
俺達にかかっただけでも凄いのに、馬に身体強化と自然回復その他もろもろが付加されているとか凄そう。
というか実際凄い。
「うーむ、この様子なら、問題なく進んでいけそうだな」
「そういうことを言うと、フラグが立つので止めてください!」
快晴の空を見上げながら、馬に揺られて走っているとなんだか気分が良い。
とても平和感がある。このまま何も起きずに、護衛依頼が無事終わらないかな。
それからまたしばらく、シスハと他愛ない話をしながら馬を進めていく。
「あのー、大倉さん」
「ん? どうかしたのか?」
「エステルさんが時折、私の方を見てくるのは気のせいでしょうか。何故か寒気がするのですが」
俺はシスハの後ろにいるから、常に前を見ている訳じゃない。
それにモニターグラスを確認する方を優先させている。
チラっとシスハの背中から顔を出してみると、エステルは普通にノールの背中にしがみ付いて馬に乗っていた。
「気のせいじゃないか?」
「違いますよ! 絶対あれ私を見て――あっ、今、目が合いましたよ!」
頭を引っ込めた後、またシスハがこっちを見ていると騒ぎ出した。
なのでもう1度エステルの方を確認したけれど、やはり前を向いてこっちを見ていない。
うーん、気にし過ぎじゃないか?
それに実際見ていたとして、別に何かされる訳でもないだろう。
「支援魔法が途切れないように確認してるだけだろ……たぶん」
「うひぃー、ご勘弁してくださいよぉ。大倉さん、何かあったら私を庇ってくださいね!」
「あ、ああ……」
シスハは泣きそうな声で、俺に助けを求めてきた。かなり怯えている。
まあ言えばわかってくれるだろうし、そのぐらいなら問題ない。
しかし、本当に見ていたとして、何か気に障るようなことしたかね? よくわからんな。
その後も問題なく馬車は進んで行き、1度軽い休憩は挟み馬を休ませてから、また数時間程移動をした。
「……よし、そろそろいいかな」
「何がですか?」
「ふふ、見ていろ! 行け、センチターブラ! ビーコンと共に!」
俺は両手を離して、鞄から準備していたビーコンを取り出した。
そして肩に付けていた水晶から銀色の液体を噴出させて、ビーコンにどんどん付着させる。
全体を覆うほどの大きさになり、丸いボール状になったセンチターブラをそのまま放り投げた。
投げられた銀色の玉は、走るような速さで空中を飛びながら草むらへと入っていく。
その後、役目を終えたセンチターブラは、コントロールを放棄すると同時に光の粒子に変わり、水晶の中へと吸い込まれた。
ふふふ、これが護衛依頼が始まるまでの数日間、特訓した成果。
俺はセンチターブラを、走るような速さで動かせるようになったのだ!
「どやぁ?」
「あっ……あー、凄いですね、はい」
俺が自信満々でシスハに言うと、棒読みのような声で返事をしてきた。
後ろを少し振り向いてた彼女の横顔は、それぐらいで何自慢気にしてんだ、とでも言いたそうだ。
「おっ、いいのか、そんな反応して? これでクェレスに着いた後、すぐに帰れるんだぞ?」
「凄い、凄いですよ! 最高です大倉さん! 大好きです!」
せっかく上手くビーコン隠して設置したのに、あまりの反応に少し拗ねたくなったぞ。
移動最中にやるのが1番バレにくいから、これさえできればクェレスまでの問題なく設置できる。
つまりクェレスに着いた後、自宅にすぐ戻れるということだ。
そのことに気が付いたのか、シスハは急に俺を褒め始めた。
凄まじい手の平返し……調子がいい奴だな。
それからまた数時間後。
「むぅ、これは……」
「どうかいたしましたか?」
「魔物が来たっぽい。馬車に知らせるから、並走してくれ」
「承知いたしました~」
モニターグラスで地図を確認していると、赤い複数の点が俺達の方に迫って来ているのに気が付いた。
かなり速い移動速度だ。この速度となると、恐らくウルフ系の魔物に違いない。
魔物が来たことを伝える為、エゴンさんが操る馬車へと近づいてもらった。
「すみません! どうやら魔物が向かって来ているみたいです!」
「本当か!?」
エゴンさんに魔物のことを言うと、左右を見渡してどこにいるのか確認をし始めた。
だが、地図アプリに映っているだけで、まだ見える場所に魔物はいない。
「どこにいるんだ? 見える範囲にはいないぞ」
「私は魔物の場所をある程度探知できるんですよ。東の方から、かなりの速さで迫っています。一旦馬車を止めてもらえませんか?」
「……わかった」
首を傾げてどこにいるのか尋ねられたので、地図アプリのことは言わないけど探知ができるとだけ言っておいた。
エゴンさんは疑わしい目で俺を見ているが、一応信じてくれたのか後ろの馬車に止まるよう合図を出す。
そうだよなぁ。見えないところにいる魔物がわかるだなんて、普通信じられないよな。
そういう魔法もあるかもしれないけど、俺は魔道師じゃないし。
Bランクだからこそ、信じてもらえたって部分もありそうだ。
「急に止まって、どうかしたのでありますか?」
「あっちから魔物が来ているんだ。この速さだと……たぶんウルフ系の足が速い奴だと思う」
俺達が止まったことに気が付いたノール達が、すぐに引き返してきた。
魔物が向かってきていることを伝え、全員馬を降りて馬車を守るように囲み、迎え撃つ準備をする。
そして少しして、遠くの方から走る赤い複数の狼と、その後ろを走る黒い無数の狼が現れた。
全部で20体以上はいそうだぞ……前に討伐依頼で戦った狼の群れよりは少ないか。
「見えたぞ!」
「えい!」
今の俺達なら問題ないとはいえ、今回は守る対象が後ろにいる。
だから気を引き締め対処しようと意気込んだのだが、その前に隣からエステルのいつもの掛け声が聞こえた。
まさか……と思い見てみると、青いグリモワールを手に持って杖を振り下ろしている。
そして杖の先端には魔法陣が展開されていて、そこから水の柱が前方に向かって伸びていた。
前を見ると、その水の柱が狼に丁度当たるところで、当たった瞬間狼は体を吹き飛ばされている。
そのままエステルは杖を横に振ると、平行して走っていた狼の群れがまるごと飲み込まれていく。
彼女が水を飛ばすのを止めると、そこにはさっきまでいたはずの狼が全ていなくなっていた。
「……おい」
「あら、随分と弱いのね」
やり過ぎだろ、やり過ぎだよ!
確かにね、接近される前に殺るのは大事だ。
だけど、1発で一掃するのはやばいって!
エゴンさん達の方を恐る恐る見てみると、口を開けて信じられないものを見るよう目でエステルを見ていた。
やっぱりやり過ぎだよなぁ……。
「弱いんじゃなくて、エステルの火力が高過ぎるのでありますよ……」
「街道は基本的に強い魔物はいないみたいですから……。エステルさんの攻撃なら、ああなりますよね」
「これでも一応使う魔法は選んだはずなのだけど……駄目だったかしら?」
俺達の反応に、エステルは少し不満そうにしている。
馬が怖がったりしないように、火の魔法を使うのは避けたということか……その点は褒めてあげたい。
あとは威力の問題なんだけど……あれでも手加減しているっぽいし、そこはもう諦めるしかないかな。
「えっと、あの……魔物、倒せたみたいです」
「……そ、そうか。よ、よくやってくれた」
地図アプリで周囲にもう魔物がいないことを確認して、エゴンさんに一応魔物はいないと報告する。
彼は少し顔を引きつらせながら、返事をした。
ま、まあ、無事に終わったんだからいいよな……。
●
空が夕焼け色に染まってきたので移動を止め、野営の準備をすることになった。
「やっぱり金持ちだけあって、野営の準備も一味違うな」
「快適そうなテントでありますね。こっちも悪くないでありますが、比べちゃうと……」
アーデルベルさん達のテントを見ると、4つの棒を地面に突き刺して布を張り、長方形の大きなテントだ。
たぶん中は立って歩けるぐらいに快適そうだぞ。
だけど組み立てるのにエゴンさん達が大変そうだったから、俺はいつものでいいかな。
俺達が今使っているのは、ギリギリ4人で入れるドーム型のテントだ。
組み立てるのが楽だし、ガチャ産の物が使えない時に使う程度だからこれでいいだろう。
「おぉ、あれも魔導具って奴なのか」
「そうね。火の魔法を封じ込めた魔光石かしら。私達も火を付けましょう、えい」
エゴンさん達が今度はテントに前に薪を集めて、赤い結晶をその上にかざした。
すると結晶から赤い光が下に伸びて、一瞬で薪に火が付く。
その様子を感心しながら眺めて、俺達の方もエステルに薪に火を付けてもらった。
いやー、普通ならああいう風に魔導具がないと、火を付けるのすら大変そうだな。
戦闘以外でも、エステルがいるありがたみがこういう時にわかるね。
準備も終わって食事を用意し、火が付いた薪を囲んで俺達は食事を始めた。
すると、アーデルベルさん達のテントの方から、エゴンさんがこっちへ歩いてくる。
「あっ、どうも」
「今日はよくやってくれた。礼を言うよ」
「いえいえ、それが私達の仕事ですから」
さっそく出番があったからか、エゴンさんにお礼を言われた。
俺達は依頼で護衛をしているから、お礼を言われる程のことでもないのだが……悪い気はしない。
それにしても、いきなりあんな狼の群れの襲撃があるなんてな。
クリストフさんが言っていた魔物の襲撃が増えたというのは、本当だったみたいだ。
あれぐらいなら問題はないけど、念の為今後も気を引き締めておこう。
「君みたいな少女が、あんなに強力な魔法を使えるとは思っていなかったよ。さっきの魔法は見事だった」
「ふふ、そうでしょう。お兄さんも、もっと私を褒めてくれていいのよ?」
「あ、ああ……よくやったな」
エゴンさんはエステルを見て褒めている。
彼女はそれを聞いて自信満々に胸を張った後、俺の方へと近づいてきた。
あまり褒め過ぎると、さらに過激な魔法を使いそうだったから少し迷ったが、俺も褒めておく。
「むぅ、あの子どうしたのでありますかね。なんだか、ずっとこっちを見て……あっ、顔を逸らしたであります」
「ああ、たぶん君が気になって仕方ないのさ」
「私?」
食事をしていたノールが、ある方向を見て呟いた。
俺も釣られて見てみると、アンネリーちゃんがこっちを見ている。
見ているのに気が付かれたのか、彼女はすぐに顔を背けて、テントの中へと入ってしまった。
なんなんだろうと思っていると、エゴンさんがエステルに向けて君を見ていたんじゃないかと言う。
「最初に顔合わせした時から、気になっていたみたいだ。それにさっきの魔法を見てからは、さらに興味津々みたいでね。旦那様も少し困っていたよ」
確かに出発前から気になっていた様子だった。
そしてさっきの狼を壊滅させた魔法で、もっと興味を持ったと……派手な火の魔法だったらどうなっていたのやら。
いやまあ、あれでも十分派手だったけどさ。
「さて、お邪魔してしまったね。私達も夜通しで警戒はするけど、君達も頼んだよ」
「はい、交代で私達も見張りますから、ご安心ください」
エゴンさんは自分達のテントへと戻っていった。
護衛依頼中は俺とノールが交代で起きながら、警戒をするつもりだ。
シスハにもできたらやってもらうかもしれないけど、エステルは普通に寝かせておく。
ちゃんと寝ないと、魔法を使う時悪影響がありそうだからな。
「エステル、なんだったら声を掛けに行ったらどうだ?」
「うーん、私達は雇われた側なんだから、気軽に私から声を掛けない方がいいんじゃないかしら?」
「あー、それもそうか」
せっかく興味を持っている同い年ぐらいの女の子がいるんだから、話をしてきたらどうだとエステルに言ってみた。
すると彼女は、頬に手を添えて少し考えた後、止めておいた方がいいと言う。
確かに護衛としているだけの俺達が、気軽に世間話をするのも失礼か。
こういう機会はあまりないだろうから、少しぐらい話したらどうかと思ったんだけどな。
なかなか難しいものだ。




