護衛依頼へ
Bランクに昇格してから6日後。ついに護衛依頼の日がやってきた。
集合地点は王都の東門前になっている。
なので今から冒険者協会に行って馬を借り、その後向かおうと思う。
「よし、それじゃあ行くとするか」
「初の私達だけでの護衛依頼……緊張するでありますね」
「そうね。私達って倒すのは得意だけど、守りながら戦うのに慣れていないわ。注意していきましょう」
護衛依頼をするのはこれで2度目。
あの時はグリンさんがいたけど、今回は俺達だけだ。
戦力的に全く不安を感じないが、今までのようにただ狩りをすればいい訳じゃないから、気を引き締めていかないとな。
「シスハ、いつまでも落ち込んでないで元気出せよ」
「……はい」
やる気十分な俺達と違い、シスハは下を向いて暗い表情をしている。
これからルーナと10日間以上会えないことが、かなりショックみたいだ。
「平八、もう行くのか?」
「えっ!? どうして起きてるんだ? まだ朝だぞ」
いつまでも暗い雰囲気を漂わせているシスハをなだめていると、ルーナが居間にやってきた。
おいおい、今は朝だぞ。あり得なさ過ぎて、槍でも降ってきそうだ。
ノール達も驚き、シスハは下を向いていた顔を上げて嬉しそうにしている。
「平八達としばらく会えないかもしれないんだ。見送るぐらい、不思議じゃないだろ?」
俺の反応にルーナは首を傾げている。
まさかルーナが見送りをする為だけに、起きてきたっていうのか?
冷たいところも多いけど、肝心な時はちゃんと気遣いしてくれるんだな。
「ルーナ……なんだか私、感動しちゃったのでありますよ……」
「そんな感動することでもないと思うけど……ありがとうね、ルーナ」
「何かあったらいつでもトランシーバーで連絡するんだぞ? ご飯も鞄に保存して机に置いてあるから、ちゃんと食べろよ。お金も入ってるから、何かあったら使っていいからな」
「ああ、心配するな。平八達も何かあれば、すぐに私を呼んでくれ」
ルーナが朝に見送りしてくれるというだけで、ノールは口元を押さえて震えている。
そんなノールに呆れながら、エステルも微笑んで嬉しそうだ。
俺も少し感動している。それほどルーナが朝起きてくるのは考えられないことだ。
それが俺達の見送りの為となると、嬉しくもなるだろう。
「うぅ、ルーナさん! ルーナさん!」
「うっ……抱き付くな……」
「だって、だって……!」
シスハは耐え切れなくなったのか、ルーナに近づいて膝をつき抱き締めた。
ルーナは斜め上を見上げて呆れた表情をしているが、じっとしている。
シスハはそれが嬉しいのか、ついには泣き出して頬ずりまでし始めた。
おお……ルーナがここまでシスハを放置するなんて。
やっぱりなんだかんだ、離れるのは寂しいのかもな。
「あら、シスハを受け入れるなんて珍しいわね」
「ああ、これでお別れだ。最後ぐらい、受け入れてやるさ」
抱き締められていたルーナが、優しい表情でシスハの頭を撫でている。
そうか……シスハ、お前消える……って、どういうことだよ!
死ぬ寸前の相手にかけるような言葉じゃないか!
「わ、私、死にませんからね! まるで死ぬかのようなこと言わないでください!」
「わはは、冗談だ。ちゃんと無事に帰ってこい」
ルーナは棒読み気味の声で笑いながら、シスハを引き剥がした。
そして少し口元を緩めて、彼女の肩を叩き激励の言葉を送る。
結局のところ、ちゃんとシスハのことも気遣ってくれていたみたいだ。
●
協会に立ち寄って馬を借り、王都の東門までやってきた。
そこには既に2台の馬車がきている。1つは豪華な造りの黒い馬車で、もう1つは木製の荷台に布を張った簡易なものだ。
豪華な馬車は小屋のように黒い板で囲まれ、扉まで付いている。
こっちが今回の依頼主が乗る馬車かな。
「あのー、アーデルベル様のご一行でしょうか?」
「むっ――誰だ貴様!」
「きょ、協会から護衛依頼を受けてきた冒険者です! 怪しい者ではありません!」
馬車の近くには、白いマントを羽織り腰に剣を携えた男性がいる。
その人に声をかけて、この馬車が今回の依頼主のアーデルベルさんか確かめようとした。
男性が俺の方を見た途端、その場から飛び退いて剣を引き抜き、俺に向ける。
こ、声をかけただけなのに、なんでこんなに警戒されているんだよ!
慌てて首に下げていた銀色のプレートを見せて、冒険者だとアピールした。
「確かにそのプレートは冒険者か……すまなかった。怪しい格好をしていたからつい。アーデルベル様に伝えるから待っててくれ」
「あはは……申し訳ないです」
プレートを見た男性は剣を下ろして警戒を解いた。
そして頭を下げて謝った後、黒い馬車へと向かっていく。
まさかいきなり剣を向けられるなんて思わなかった。
一体俺が何をしたというんだ……うん? 怪しい格好……もしかして。
「大倉殿、せめてヘルムは取りましょうであります」
「見慣れているせいで、すっかり忘れていたわ」
「確かにこんな人が近づいてきたら、警戒しますよね」
どうやら、あんなに警戒をされたのは俺のせいだったみたいだ。
最近は怪しいと言われることが減っていたから、うっかりしていた。
今の内にヘルムは外しておこう。
先ほどの男性が黒い馬車の扉を開けて、誰かと話をしている。
たぶんアーデルベルさんだろう。
その後すぐに中年程の男性と少女が、馬車の中から降りてきた。
男性は仕立ての良いタキシードのような黒い服装で、落ち着いた雰囲気をしている。
この人がアーデルベルさんか。
そして男性の後ろには、ブラウンの長髪をなびかせて歩く少女。
エステルと同じぐらいの年齢に見える。
フリルの付いた半袖のピンク色のシャツに、黒いスカートと可愛らしい格好だ。
「君達が今回の護衛をしてくれる冒険者か。私が依頼主のアーデルベルだ」
「ご挨拶ありがとうございます。私は大倉平八と申します。彼女達は私のパーティメンバーです」
降りて俺達の方に向かってきた男性は、アーデルベルだと名乗った。
俺は頭を下げて挨拶をし、後ろにいるノール達に手を向けて、挨拶をするように促す。
「大倉平八……もしかして、前にディウス君達と戦ったEランク冒険者の?」
「あ、はい。その大倉です」
アーデルベルさんは顎に手を当てて考えるような仕草をしながら、俺に尋ねてきた。
どうやらあの時のことを知っているみたいだな……変な風に思われていなければいいけど。
「いやぁ、私は見ていないのだが、あれは随分と話題になっていたよ。もうBランクになっているなんて、ディウス君達に勝利しただけはある。今回は期待しているよ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるように尽力いたします」
アーデルベルさんは笑いながら言う。
よかった、どうやら印象は悪くないみたいだな。
でも、なんか期待のハードルが上がった気がするんだけど……とりあえず頑張ろう。
「お父さん」
「アンネリー、どうかしたかい?」
「その人達が護衛してくれる冒険者?」
「ああ、そうだよ」
黙っていた少女が急に口を開いた。
そして俺達の方を見て、アーデルベルさんに冒険者かと聞いている。
うーん? なんだろう、俺じゃなくて、視線が俺の後ろを見ている気がするぞ。
ノール達の方を見ているのか?
「あの子、私と歳が変わらないように見えるけど、大丈夫なの?」
「……安心しなさい。この人達Bランク冒険者だ。冒険者の中でも、腕利きの方達だよ」
「ふーん……そうなんだ」
アンネリーちゃんは、どうやらエステルを見ていたようだ。
自分と同じ歳ぐらいの女の子が護衛だというのに、疑問を抱いているのか。
杖を持っているし、魔導師だってわかりそうなものだけど……ちょっと信じられないのかな?
アーデルベルさんはどう答えていいのか迷ったのか、少し間を開けてから答えた。
その返事を聞いて、アンネリーちゃんは納得いかなそうな声で黙り込み、馬車へと戻っていく。
「すまないね。悪気がある訳じゃないんだ」
「あら、気にしていないわよ」
アーデルベルさんはエステルに向かって謝った。
だけどエステルは、微笑みながら頬に手を当て気にしていないと言う。
疑われるようなことを言われて、気を悪くしていそうだなと思っていたけど……そうでもないみたいだな。
アーデルベルさんも馬車へと戻り、ようやく出発の準備が始まる。
まずはどんな風にクェレスまで向かうのか、確認をすることになった。
「それじゃあ、出発前に確認をさせてもらう。私はアーデルベル様専属の護衛をしているエゴンだ」
最初に声をかけた男性は、専属の護衛だったみたいだ。
他にも2人同じような格好の人が簡易な出来の馬車にいるから、この人達は身辺警護として雇われているのか。
そして俺達は対魔物専用に依頼した護衛、という訳だな。
エゴンさんと挨拶を終え、さっそくどういう風に進んでいくのか話し合う。
まず馬車はアーデルベルさん達が乗る馬車と、荷物を載せる為の馬車に分かれている。
御者はエゴンさん達が務めて、俺達には先行して進むのと、後ろからついて行く二手に分かれてほしいと言われた。
そして、魔物と遭遇した時の対処法についても確認される。
魔物と遭遇した場合は、基本的に馬車は停止して安全が確保できるまでは動かない。
一応エゴンさん達が守りには入るが、念の為必ず俺達の内1人は馬車の傍に居ること。
もし撃退などできそうにない場合は、最優先で黒い馬車を逃がす。
以上が注意してもらいたい点だと言われた。
「何か質問はあるか?」
「それじゃあ、1つ質問いいかしら?」
「構わないぞ」
話を終え、エゴンさんが確認を取る。
すると、エステルがなにやら聞きたいことがあるみたいだ。
俺としては特に質問することはないと思ったけど……なんだろう?
「馬に支援魔法をかけるのって、大丈夫?」
「えっ、そんなことできたのか!?」
「あら、できるわよ。やる機会がなかっただけだもの。物を強化するのは無理だけどね」
もしかして生物だったら、なんでも支援魔法で強化できるのか?
今更知る驚愕の事実だな……まあ、普通に考えたらできそうだもんね。
確かにいつもはビーコンと魔法のカーペットを使っていたから、試すような機会なかったな。
「やってもらうのは構わないが……」
「それならやらせてもらうわね。これで馬の負担も減ると思うわよ」
エゴンさんが信じられないような表情をしている。
普通の魔導師はこんなことやらないってことなのかな?
支援魔法ができるのであれば、もしかしたら予定より早くクェレスに到着できるかもしれない。
だけど、本当にそんなことして大丈夫なのか?
支援魔法はMPの消費はそこまでじゃないみたいだが、数時間も移動するとなると何回もかけ直さないといけないはずだ。
いくらエステルが凄いとはいえ、そんなことをしたら負担がかかるんじゃ……。
「平気なのか?」
「ええ、今は魔力の自然回復もだいぶ早くなっているの。支援魔法を継続する程度なら大丈夫だから、安心してお兄さん」
「そうか? でも、辛くなったらすぐ言うんだぞ。無理は絶対にするなよ」
心配になって聞いてみると、エステルは大丈夫だと答えた。
エゴンさんがいる手前言いはしなかったが、ガチャの装備でMPの自然回復速度が上がったという意味だろう。
彼女が平気だというなら平気だとは思うけど……無理はしないでほしいな。
話も一旦まとまり、今度は俺達で馬をどうするかの相談だ。
1頭に2人で乗るつもりだが、どういう風に分けるべきか……。
馬に乗れるのはノールとシスハだから、2人を分けるのは確定している。
だから考えるのは、俺とエステルがどっちに乗るかだ。
シスハとエステルは魔法による援護要因だし、できれば俺とノールのどちらかと組ませるべきだよな。
シスハが近接でも戦えるというのは、今はなしと考えてだけど。
というか今回は戦わせるつもりはない。
「うーん……そうだな。ノールとエステル、シスハと俺で分けるか」
「それがバランスいいでありますね。前は私達が行くでありますから、大倉殿達は後ろを頼みたいのであります」
「私がノールと一緒……少し不安だわ」
俺が考えを言うと、ノールはそれで良いと頷いてくれた。
そして自分が先頭を進むと言う。
そうだな、彼女なら安心して前を任せられるし、それがいいだろう。
エステルはノールと一緒と聞いて浮かない表情をしている。
馬の扱いについてはこの中じゃ1番だから心配はないはずだけど……なんだろう、凄く嫌な予感がしてきた。
ま、まあ大丈夫のはずだよな……うん。
「大倉さんと同乗ですか……なんだかえっちぃことされそうです」
「しねーよ!」
シスハは自分の両肩を抱いて、俺から逃げるような仕草をする。
たしかに彼女と一緒に馬に乗るなんて、普通の男からしたら羨ましい限りだろう。
しかし、中身を知り残念具合を理解しているせいか全くその気が起きない。
なんだか気が抜けてしまったけど、無事に護衛を終えられるかな……。




