協会長
ステップアップガチャを回して翌日。
今日は冒険者協会に報告に行く為準備をしていた。
「大倉殿、私昨日の記憶がないのでありますが、何があったのでありますか? ケーキを食べた辺りまでは覚えているのでありますが……いつの間にか自分の部屋で寝ていたのであります」
「寝たから俺が運んでやっただけだぞ」
昨日、酔ったノールを寝かせる為に彼女の部屋に入ったが、そこで見た光景は凄まじかった。
部屋のあっちこちにガチャから出たぬいぐるみが置かれていて、入った瞬間ビックリしたわ。
どれもこれもブサカワ系の色鮮やかな物だったから、異様な雰囲気だったな……。
「そうなのでありますか……申し訳ないのであります。それより昨日食べたケーキ、美味しかったのでもう1度――」
「駄目だ!」
「な、なんででありますかー!」
ノールは両手を握り合わせてお願いしてきたが、俺はきっぱりと駄目だと断った。
まだ数切れ余っているけど、また酔って暴走されても困るからな。
「それじゃあ、気が重いけど行くとするか」
「そうね。これで一応Bランクにはなれるはずだけど……大丈夫なのかしら?」
「今まで色々やってきたでありますが、今回は何を言われるかドキドキするのであります……」
エステルは不安そうな表情で呟き、ノールも落ち着かないのか体をせわしなく動かしている。
フロッグマンの池を半分消し飛ばした時もこんなだったけど、あの時よりさらに深刻な問題だからな。
正直このまま報告に行かないで逃げ出したい気分だが、Bランクになって魔石フィーバーをする為にそれはできない。
ここは腹を括って行くしかないな。
「皆さん、お気を付けていってらっしゃいませ~」
「おう、何1人残ろうとしてるんだ。シスハも一緒に来るんだぞ」
「い、嫌です!」
スマホを出してビーコンで移動しようとしたのだが、それをシスハは微笑んで手を振り見送ろうとしていた。
しれっと自分だけ逃れようとしやがって……優遇の話もあるから、置いて行くなんて選択肢はない。
「俺達は運命共同体。共に迷宮を攻略した仲間じゃないか!」
「そんな共同体断ち切ってください! 私まだFランクなんですから、行く必要ないじゃないですか!」
「そこはちゃんと相談しておいたから、安心していいぞ」
「余計なお節介ですよー!」
親指を立ててシスハにアピールすると、彼女は叫んだ。
ルーナと違い、シスハには冒険者の登録をしてもらっておかないと困るからな。
ここは俺達と一緒に覚悟を決めてもらわないと。
●
シスハを無理矢理連れ出して、さっそく王都の冒険者協会までやってきた。
ルーナは昨日頑張ったせいか全く起きてくる気配がなかったから、警報機を置いて防犯対策をした。
最強の自宅警備員だし心配はないと思うけど、シスハが心配そうにしていたから念の為だ。
「あっ、大倉さん! さっそくご依頼の達成報告でしょうか?」
「はい、そうです」
「相変わらずお早いですね。あっ、シスハさん! 昨日はご挨拶できませんでしたがお久しぶりです!」
「はい……お久しぶりですね」
中へ入りウィッジちゃんの受付まで行く。
彼女はいつも通りの明るさで、昨日会えなかったシスハに挨拶をした。
そんなウィッジちゃんとは対照的な暗さで返事をするシスハ。
俺も同じような気分だから、気持ちはわかる。
「昨日の今日でもう達成なされるなんて、やっぱり大倉さん達は凄いです!」
「あはは……」
「あれ、どうかなされましたか? 皆さんなんだか元気がありませんね?」
俺達の反応が鈍く、暗いことに気が付いたのかウィッジちゃんは首を傾げている。
これから話すことを考えると、どうしても気分が沈んでしまう。
「ではとりあえず、達成した証の魔光石。それと遺跡にいた魔物の討伐証明をご確認させてください」
「はい……まずはこれを」
俺は遺跡で倒した魔物のドロップアイテムを受付へ出していく。
魔物に関しては特に問題はないはずだ。
「サンドワームと、マミー。それにこれは……フラーウムマミー!? やっぱり内部の魔物にも異常がありましたか……」
提出した討伐証明をウィッジちゃんが確認すると、フラーウムマミーの黄色に染まった包帯を見て驚きの声を上げた。
知ってるってことはハジノ迷宮にでもいるのかな……今後も遭遇する可能性があると思うと嫌だぞ。
さて、次は魔光石を出さないといけないのか。
普通の緑に輝く魔光石もあるけど、黒く染まった方も見せないと……見せたくないなぁ。
「それと……これです」
「……? えっと、これはどこで入手なされた物でしょうか?」
「アンゴリ遺跡です」
2つの魔光石を取り出しウィッジちゃんに渡すと、黒い方を見てなんだこれ? と言いたそうにしている。
「明らかに魔光石の力が失われているみたいですが……どうしてこれをご提示に?」
「そのですね……アンゴリ遺跡にあった魔光石、全部こうなってしまったんですよ」
俺がそう言うと、ウィッジちゃんは目をパチクリさせて固まった。
そうだよね……そんな反応するしかないよね。
「……え? えー!? ぜ、全部こうなったって、どういうことなんですかー!」
「お、落ち着いてください! どうしてこうなったか説明しますから!」
思考停止状態だったウィッジちゃんがようやく動き出すと、受付のカウンターから身を乗り出して大声を上げた。
そのせいで協会内にいる他の受付嬢や冒険者が一斉に俺達の方に視線を向けている。
慌てて俺は彼女を落ち着かせて、何があったのかを話すことにした。
「アンゴリ遺跡に迷宮……それに迷宮を攻略……。一体昨日だけで、どんだけのことをやってきたんですか……」
「やっぱり、あまりよろしくないことでしたか?」
「よろしくないと言いますか……前代未聞過ぎて、どうしたらいいのかと……」
アンゴリ遺跡に迷宮があったこと。
その迷宮を攻略したこと。
攻略後、異常発生していた魔物達が消えたこと。
そして魔光石がそのせいで全て黒く染まってしまったことを、俺はウィッジちゃんに話した。
スマホで入り口が開いたということは、もちろん秘密だけど。
聞いていた彼女の顔は最初は冷や汗が流れ始め、だんだんと顔が青ざめていき、最後にはカウンターに肘をついて両手で顔を覆っている。
さっきまでの明るい雰囲気が微塵もない。
なんだか凄く申し訳ないことをしている気分だ。
俺としても、この反応を見るとやばいんじゃないかとヒヤヒヤしてきたぞ。
「ウィッジ」
なんとも言えない雰囲気になりつつあったが、突然俺達の後ろから誰かが声をかけてきた。
振り返ってみると、そこには茶髪の男性が。
顔はシワ深く高齢に見えるだけど、逆立ち気味の短髪にガッチリとした体格で若々しい感じだ。
「あっ、きょ、協会長! ど、どうしてこちらに!?」
「近くを通ったら、急に大声が聞こえてね。……おや? 君達は確か」
「ど、どうも。大倉平八です」
顔を覆っていたウィッジちゃんはその声でビクッと体を震わせて、飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。
この人が冒険者協会の会長……えっ!?
どうしてこのタイミングでそんな大物が出てくるのぉぉ!
勘弁してくれよ……。
とりあえず俺はすぐに頭を下げて挨拶をした。
後ろにいたノール達も続いて挨拶をしていく。
「君達の活躍はウィッジからよく聞いているよ」
「そ、そうですか……いつもお世話になっています」
協会長は笑顔で俺に声をかけてきた。
なんだろう、声をかけられただけなのに凄い緊張してくる。
この世界に来てからお偉いさんに会うなんてなかったからか?
それにしてもウィッジちゃんからよく聞いているね……。
一体どんなことを話したんだろう。
「それで、さっきの声はどうしたというのかね?」
「えっと、それがですね……」
なんであんな大声を出したのか。
それを尋ねられたウィッジちゃんは、硬い顔つきで俺から聞いたことを伝えていく。
いやぁぁ、止めて……ウィッジちゃんに何を言われるかだけでも不安だったのに、それが協会長に切り替わるとか……。
「ふむ……これはまた随分と……」
「す、すみません! まさかこんなことになるとは思わなくて……」
話を聞き終わった協会長は、眉間にシワを寄せて考え込んでいる。
それを見て俺は思わず謝ってしまった。
俺は悪くねぇ! って言いたくなってくるけど、そんなこと言う訳にもいかない。
まさか迷宮から魔力を吸ってるなんて思ってもなかったし、不可抗力って奴だよ!
でもこれでBランク昇格取り消しされたり……俺の栄光の魔石ロードが……。
「まあ、過ぎたことだ。これでBランク昇格を取り消すなんてことはしないから、心配はない」
協会長の発言に、図星を突かれた俺は口から心臓が出そうになるぐらい驚いた。
こ、この人……エスパーか?
「ど、どうしてそれを……」
「はは、君は考えていることが顔や雰囲気に出やすいみたいだ。後ろのお嬢さん方は……そうでもないみたいだが」
後ろを見ると、ノール達は俺を見ていた。
それはまるでその通りだと肯定しているかのよう。
アイコンタクトでエステルに訴え掛けてみると、ニコニコしながらうんうんと首を縦に振る。
マジか……そんなにわかりやすいのか、俺?
「とりあえず、このままここで話すのもあまり良くない。少し場所を変えるとしよう。ウィッジ、後は私が話しておくから、彼らのBランク用のプレートを用意しておいてくれ」
「はい、わかりました!」
ウィッジちゃんは、俺達からプレートを受け取るとさっさと奥へと消えていった。
「それじゃあ行くとしようか」
「あっ、は、はい……」
協会長はついて来なさいと言わんばかりに、協会の2階に続く階段へ向かっていく。
おいおい……まさか個室で協会長と直接話さないといけないのか?
●
2階に上がり客間へと案内された。
中に入ると大きなテーブルを挟むように2つソファーあり、協会長と対面する形で俺達は座る。
面接されてるような感じで、なんだか緊張してきたぞ……。
「改めて挨拶をするよ。私はこの冒険者協会で協会長を務めているクリストフだ。以後よろしく頼むよ」
「は、はい! 私は大倉平八です! よ、よろしくお願いいたします!」
協会長、クリストフさんは挨拶をして手を差し出してきた。
俺はうわずった声で返事をし立ち上がり、手を握り返す。
「大倉殿、緊張し過ぎでありますよ……。私はノール・ファニャであります。よろしくお願いするのでありますよ!」
「エステルよ。よろしくね」
「シスハ・アルヴィと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく頼むよ。元気があって良いパーティだ」
ノール達も続いて挨拶をしているが……軽い、君達挨拶が軽いよ!
相手は協会長だというのに、いつもと変わらない様子で挨拶をしている。特にエステル。
クリストフさんの方を見ると、笑顔を浮かべ気にしていなそうだから平気だと思うけど……ビクビクしちゃう。
「さて、まずはBランク昇格おめでとう」
「ありがとうございます」
「ディウス君との戦いを見た時から、君達には目を付けていた。それでも、まさかこんなに早くBランクになるとは思っていなかったよ」
「いえ、それはクリストフさんのおかげです。Bランクへの推薦をしてくださったんですよね?」
ウィッジちゃんが言っていた通り、本当に注目されていたのか。
あれだけ派手にやればそうなるよね。
まあ、おかげで推薦してもらえたんだから良かったけど。
「ああ、そうだ。君達は依頼をあまり受けていなかったが、この前の大討伐の功績のおかげで推薦することができたよ」
確かに討伐ばかりやってて、協会の他の依頼を受けてなかった。
この前の大討伐を達成したことが評価されたってことか。
あれがなければ、協会長でも推薦は難しかったのかもしれない。
今後はもう少しちゃんと依頼を受けておかないとな。
「それに今回の君達の話で、最近起きている異変の原因がわかるかもしれない。実際に解決した君達には、今後協力してもらうこともあるだろう。その時、何かと高ランクの方が都合がいいのでね」
それからクリストフさんは、最近起きている異常を俺達に話した。
各地で今までそこにはいなかった魔物の発見が相次ぎ、さらに生息地から離れて行動する魔物も増え始めている。
馬車で移動している人達が襲われることも増えて、冒険者協会に来る護衛依頼も数が増したとか。
この異変に迷宮が関わっているのかわからないけど、可能性としてはありえるのかな?
そうなると、一応ゴブリン迷宮のことも言っておいた方がいいのだろうか。
「実はブルンネにもこの前迷宮がありまして……」
「ほお、まさかブルンネにまで迷宮が……。一体どこで見つけたのかね?」
「ゴブリンやオークが出てくる森の奥深くですよ。そこの迷宮も最深部まで行って、大物の魔物を倒したら崩壊したのでもうありませんが……これ、その時の魔物が落とした物です」
ブルンネに迷宮があったことを伝え、証拠としてベヒモスの角をバッグから取り出し机の上に置いた。
ここの協会で調べてもらおうと思っていたけど忘れていたものだ。
ブルンネの協会でわからないって言われたから、そこら辺にいるような魔物じゃないはず。
「これは……私も見たことがない魔物だ。一応預からせてもらってもいいかな?」
「はい、元々そのつもりでしたので」
どうやらベヒモスの角は、クリストフさんでも見たことがないらしい。
後で返してもらえるかわからないが、元々1つは渡そうと思っていた。
合成機で混ぜてみたいと思っていたけど、2つあるし1つぐらいはいいだろう。
「それにしても、やはり君達のパーティは興味深いな」
「興味深い……ですか?」
クリストフさんが俺達を見て、そんなことを呟いた。
「君達が初めてこの冒険者協会に来た時点で、Eランクの魔導師がいるパーティが来たと聞いただけで驚いたものだよ」
「あら、やっぱり珍しいの?」
エステルは首を傾げて聞き返した。
そういえば、この世界じゃ冒険者になる魔導師って少ないんだっけ。
未だに他の魔導師のことを見たことすらないもんな。
「珍しいどころか、私が冒険者協会に関わってから聞いたことすらない。それに君のような少女があれほどの魔法が使えるというのも驚いた。一体どこで魔法を学んだのかね?」
「あー、それはちょっと……」
「言わないと駄目かしら?」
ディウスにも前に聞かれたけど、やはりどこから連れてきたのか疑問に思っているみたいだ。
エステルは珍しい魔導師というだけではなく、強くてしかも幼い。
さらに普通はやりたがらない冒険者をしている。
普通の魔導師がどのぐらいかわからないが、異常なのは間違いないだろう。
「教えてもらいたいところだが、無理にとは言わない。それと君だけじゃなく、そちらの戦士と神官のお嬢さんも同じぐらい気になる」
「わ、私達もでありますか?」
「私はごく普通の神官ですよ」
どうやらクリストフさんは、エステルだけじゃなくてノールやシスハも普通じゃないということに勘付いているのかもしれない。
さりげなくシスハは普通だとか言ってるが、どこが普通だよ!
「ウィッジからの報告を聞いているだけでも、不思議なことばかりだ。王都からフロッグマンの生息地を1日掛からず往復。スティンガーの甲殻を数百枚持ってくる。大討伐をほぼ君達だけで壊滅させる。どれもこれも信じられない話だ」
おほ……ウィッジちゃん、全部丸々話しちゃってるのね。
それに大討伐をほぼ俺達だけで壊滅だと?
ディウスの奴、もしかして大討伐の時の状況を話したのか。
どれもこれもその場は流した話だけど、改めて言われると異常なことばかりだな。
「そんな常識外れなパーティの中心にいる君は、一体何者なのかね? 私としては1番気になる」
クリストフさんは俺の目を真っ直ぐと見つめてきた。
突然俺を対象とした話を振られ、肝が冷えてくる。
俺は特に何も思われていないと思っていたけど、1番気になるとか言われた。
おいおい、個人的に協会長の興味を引くとか勘弁して。
もうやだぁ……お家に帰りたい。
「ははは、すまない。興味あることはつい聞いてみたくなってしまう、私の悪い癖だ。特に深い意味はない。不快な思いをさせてしまったかな?」
「あっ、い、いえ。そんなことないですよ、ははは……」
部屋の中を沈黙が支配していたが、不意にクリストフさんは笑い出した。
そのお陰で緊張が途切れて、張り詰めた空気がなくなる。
なんなんだこの人……怖いんだけど。
できたら今後は、もうこうやって話したくないぞ。
「そうそう、言い忘れるところだった。さっそくで悪いのだが、君達には受けてもらいたい依頼があるんだ」
笑い終わると、クリストフさんは1枚の紙を机の上へと置く。
そこにはBランク以上指名、魔導都市クェレスまでの護衛依頼と書かれていた。




