酔いどれノール
ガチャを回し終えた後、今日はもう疲れたということで皆自室へと戻った。
そして俺は、流れ的にセンチターブラを貰えたからさっそく練習中だ。
この水晶、好きな所に貼り付けられるから、鎧の肩辺りにでも付けて使おうと思っている。
今は操れる物体は1つが限界で、飛ぶ速度も歩くよりちょっと早い程度だ。
まだとてもじゃないが実戦で使えそうにない。
だけど形状も自由に変えられ、針みたいな形や壁みたいにすることもできるから、攻撃にも防御にも使用できそうだ。
使えるかは今後の俺の努力次第ってところかな。
「ふぅー、結構疲れる……」
しばらく練習した所で、一旦休憩することにした。
頭の中でイメージして動かすというのは、思っていた以上に疲れるな。
それに少し小腹も空いてきた。
何か軽い物でも食べたいなー、とスマホからおやつを選択して実体化させる。
今まであまりスイーツを食べてなかったから、たまには俺も甘い物食べたいんだ。
出てきた物は茶色の長細い四角いパン。
既に十切れに分かれていたので、さっそく一切れ取って食べてみた。
「うおっ!?」
見た目は地味だが、食べてみると甘くしっとりとしていて、なんだか酒っぽい味がする。
香りも嗅いでみると、甘く良い匂いがした。
……これ、ブランデーケーキとかいう奴か?
酒はそこまで好きじゃないけど、なかなか美味いな。
でも俺としては、もう少し酒っぽさがない方が……。
「さてと、もう少し練習を……ん?」
一切れ食べ終えてまた練習をしようと思ったのだが、コンコンと俺の部屋の扉を叩く音がした。
誰だ? エステルはよく俺の部屋に来るけど、今日は疲れてもう寝てそうだし……。
「開いてるぞー」
鍵はかかっていないから、入っていいぞと言う。
そして扉が開いて、ノックした人物が姿を現した。
「失礼するのでありますよ」
「なんだ、ノールか」
部屋に来たのは、アイマスクにパジャマ姿のノールだった。
こんな風に俺の部屋に来た事は今まで数回ぐらいだ。
「珍しいな俺の部屋に来るなんて。とりあえずここ座るか?」
「ありがとうございます、であります」
椅子が1つしかないから、ノールを座らせて俺はベッドに座ることにした。
「それで、何か用か?」
「えっと、でありますね……」
ノールは両手の人差し指を合わせて、恥ずかしそうにモジモジとしている。
急に来て、こんな恥ずかしそうにしてなんなんだ?
……あっ、もしかしてあれだろ。
「あれか、コンプガチャの時のお願いをしに来たんだろ? 食料でも食べたいのか?」
「ち、違うでありますよ! そんなこと言うなんて、失礼なのであります!」
どうやら違うらしい。
てっきり腹が減ったからガチャの食料を好きなだけ食べたいとか言い出すのかと思った。
そういえばあの願いごと、まだ誰も言ってきてないんだよなぁ。
多分忘れてはないだろうし、いつ来るのかビクビクしているのだが。
「じゃあ一体なんだよ?」
「そ、そのでありますね……きょ、今日はありがとうございました、であります!」
意を決したのかモジモジするのを止め、ノールは俺の方を向いた。
そして深々と頭を下げながら、お礼を言う。
えっ、何? お礼言われるようなことしたっけ?
「……なんのこと?」
「大倉殿、今日私がリガスマヌスに捕まれた時、助けてくれたでありますよね。だから、お礼を言いたくて……」
ノールはまたモジモジとしながら、今度は顔を逸らしている。
なんだ、未だに今日のこと引きずっていたのか。
全く、律儀というかなんというか……あれでわざわざお礼なんて言われたら、俺なんて何回ノール達にお礼言わなきゃいけないんだ。
「まだ気にしてたのか。別にわざわざお礼なんて言いに来る必要なんかなかったのに」
「で、でもでありますね……その、私が倒れてスマイターの攻撃が当たりそうだったのを防いでくれて、凄く嬉しかったのであります……その後潰されたでありますけど」
人差し指を付けたり離したりして、頬を染めながら照れたような仕草をしている。
俺がノールを守るなんてこと、今までなかったもんなぁ。
彼女はどちらかというと他人を守る側の方だから、今日のことが印象深かったのかもしれない。
……まあ、弾き飛ばされてノールを押し潰してたから台無しだと思うけど。
「ノールにはいつも助けられているからな。あんな時ぐらい俺だって助けてやらないと情けないじゃないか」
「……大倉殿、本当に変わられたのでありますね」
ノールには今まで助けられてばっかりだ。
だから今後は守られてばかりじゃなくて、お互いに助け合えるようにはなりたい。
まだまだノールとの差は激しいから、もっと頑張らないとな。
「大倉殿の成長は嬉しいでありますけど、だんだん頼られなくなってきて、ちょっと寂しいでありますね……」
ノールはちょっと悲しそうに、声を小さくして呟いている。
うーん、らしくないな。いつもみたいに元気ハツラツしているノールじゃないと、なんか調子が狂うぞ。
「おっ、なんだ? 頼られたいのか? なら、魔石集め――」
「あー! そうじゃないのであります! 人がせっかく真面目に話してるのに、ふざけないでほしいのであります!」
「はは、ごめんごめん。でもそんなしんみりするなって。ノールは今だって頼りにしているし、これからだって頼りにしているからさ」
魔石集めをしようと言い掛けると、凄い速さで立ち上がって叫んだ。
さっきまでの雰囲気が吹き飛んで、俺は思わず笑ってしまった。
あー、やっぱりノールはこうじゃないとな。
頼りにしてないだなんて、そんなこと全くない。
彼女がいるからこそ、安心して戦うことができるんだ。
「ほら、せっかく来たんだしこれでも食べていくか?」
「これは……なんでありますか?」
「ブランデーケーキだよ。パフェとかに比べると物足りないかもしれないけど美味いぞ」
いつものテンションに戻ったみたいだから、ついでにさっき食べていたブランデケーキをノールに差し出した。
ちょっとアルコールが強いかもしれないけど、数切れ程度なら酔うこともないだろう。
「おぉ、なんだか不思議な感じでありますが、いつもの甘味と違って美味しいのであります!」
「そうか、それはよかった」
一切れ手に取ったノールは、それをパクリと口にした。
どうやら口に合ったみたいで、バクバクとあっという間に食べきる。
うーむ、いつも通り気持ちがいい食べっぷりだな。
ノールはまた一切れ手に取り、瞬く間に完食。
そしてさらにもうニ切れ、三切れと口の中へと消えていく。
「お、おい? 食べ過ぎじゃないか? 大丈夫か?」
「えへへ、何がでありますかー?」
あまりの食べっぷりに呆然としていたが、無言で食べ進めるノールを見てやばいんじゃないかと声をかけた。
既に四切れも食べ切り、五切れ目に突入している。
いくらおかしとはいえ、そんなに一気に食べたら酔うかもしれない。
そんな心配をしたが、ノールの返事をする声はテンションが高く、なんだか緩い。
あっ、これ手遅れかも。
「フワフワして、気持ちがいいのでありますよ~」
「と、とりあえずもう食べるのは止めておけ!」
「あー! なんで取っちゃうのでありますかー!」
「おっ、ちょ、押すなって!」
もう止めておけと、食べてる途中のケーキを取り上げる。
するとノールは立ち上がり取り上げたケーキを追って俺に飛び掛ってきた。
上に手を挙げて取れないようにすると、ノールはグイグイと体を俺に押し付け、手を伸ばして取ろうとする。
そんなことをしていたせいで、耐え切れなくなって2人共後ろのベッドへと倒れ込んだ。
「ふあー、気持ちいいのであります~」
「おい! ちょ、ちょっと退いて!」
ノールが俺の腹の部分に顔を埋めながらしがみ付いていた。
まるで前にあったサイクロプスの時のようだ。
酔っているせいか既にケーキから興味を切り替えて、俺の上で気持ち良さそうな声を出してだらしなく口を半開きにしている。
片手は上に挙げたままなので、空いた方の手でノールを引き剥がそうとするが微動だにしない。
「むぅー、どうしてそんな嫌そうにするでありますか? 私のこと、嫌いなのでありますか?」
「嫌いだなんて言ってないだろ! ほ、ほら、ケーキ落としちゃうし、このままじゃ動けないだろ?」
それが不満だったのか、頬を膨らませて今度はプンプンと怒っている。
くっ、どうしてこうなった。やはり酔わないだろうと甘く見たのがいけなかったのか……ノールの食欲を舐めていた。
あんな早く何枚も食べると思っていなかったぞ……。
「大倉殿は普段から、私の扱いが酷いのであります。私だって、優しくされたいのでありますよ……」
「別にそんなこと……ない……のかなぁ?」
いつもは言わないことを口にしながら、全く離れるつもりはないのかノールはしがみ付く腕の力を強めた。
まさかそんなこと思っていたなんて。
確かに扱いの酷いことが稀によくあるような……うん、してるね。
ノールはなんだか男友達感覚だから、ついやっちまう。
「やっぱり顔が見えないからなのでありますか! そうなのでありますね! なら、取ってあげるのでありますよ!」
「何も言ってねーぞ!?」
俺の曖昧な返事に、ノールは1人で勝手に盛り上がっていく。
割り込む隙がないぐらい捲し立てた彼女は、その勢いのまま自分のアイマスクを脱ぎ捨てた。
「これでいいんだよね! 大倉さん、どうなの?」
そして目の前に、凄く久々に見るノールの中の人が出現した。
潤んだ瞳と上気した赤い顔でこっちを見つめる彼女に、俺は息を呑んだ。
「ねー、ってば。どうなの」
「えっ、いや、誰?」
「ノールだよー」
顔を背けて俺が黙っていると、構ってくれと言わんばかり服をグイグイ引っ張ってきた。
あれ……おかしいな? ノールって素顔の時こんな口調だったっけ?
シスハのように丁寧口調だった記憶があるんだけど……。
まさかこれが本来のノール?
見ること自体3回目だけど、もしかしてエステル達と素顔で話す時はこっちなのか?
思わず俺が誰だと聞くと、腑抜けた返事をしながらだんだん体の上の方へと上がってきた。
「おい、登ってくるな!」
「だって顔逸らすんだもん。ちゃんと見てくれないとやだ」
片手で登って来るなと肩を押し返すが、全く止まる様子はない。
素のステータスじゃ完全に負けているから、ノール相手に俺が力で勝つことは不可能なのだ。
結局抵抗虚しく、ノールは俺の胸元まで進んできた。
「えへへ、捕まえた! ほら、大倉さん、どう?」
「ぐっ、は、離ちぇ……」
逸らしていた顔を両手で掴み、正面にグイッと引っ張られた。
そのせいでノールの顔を真正面から見ることになって、俺の心臓が跳ね上がる。
畜生……この俺がノール相手にドキドキしているだとぉ?
認めん、認めんぞ、そんなこと! 可愛いのは認めるけどさぁ!
「むぅー、何か言ってくれたって……いいじゃ……あれ? 目の前が……」
ニコニコと笑顔で俺の返事を待っていたノールは、急に頭をフラフラとさせ手を離し横に倒れた。
どうやら酔いが回りきったみたいだな。
「……ふぅ、助かった」
はぁ、危なかった。
その気になるつもりはないが、あれを直視し続けるのは心臓に悪い。
「うっ、うぅ……やぁ……」
「全く……気持ち良さそうに寝やがって」
お返しに気持ち良さそうに眠っているノール頬を突っつくと、眉を寄せて寝苦しそうにしている。
俺がケーキを食べさせたせいで、まさかこんなことになるなんて。
しかも最後は寝るとか……まあそのおかげで助かったんだけどさ。
眠るノールにアイマスクを付け直してやり、抱き上げて部屋に運ぶことにした。
このまま俺のベッドで寝かせる訳にもいかないし、シスハ辺りに知られたら絶対からかうネタにされる。
そして急いで運ぼうと部屋の扉を開けたのだが……。
「あら、お兄さん」
「うおっ!? エ、エステル、どうしたんだ?」
「いえ、ちょっとお兄さんに用があったの。それより……ノールどうしちゃったの?」
俺の部屋の前で、エステルが微笑みながら立っていた。
あまりのタイミングに、さっきとは違う意味で心臓が跳ね上がる。
エステル……寝たはずじゃ?
「あ、ああ。おかし食べさせてやったら、それに入ってた酒で酔っちゃってな。そのまま寝たから部屋まで運んでやろうかと」
「へー、そうなの。確かにぐっすり眠っているみたいね」
いつもと変わらない様子で、ノールを見て納得している。
酔って寝ている女の子を部屋から運ぶなんて、何かしたと勘違いされそうで怖いぞ。
「それで、俺に用事ってなんなんだ?」
「別に重要な話じゃないからいいわ。それよりノールを早く部屋まで運んであげた方がいいんじゃないかしら?」
「そうか。それならいいんだけど……」
何か言われるかとビクビクしていたが、エステルはすんなりと前から退いて早く運んであげてと言った。
何の用事なのかは気になるけど、重要じゃないってことは気にする必要もないか。
ノールの部屋がある増築していない自宅の部分に行く為、俺は白い廊下から出ようと歩き出した。
「エステル、俺の部屋に来たの、偶然なんだよな?」
「……えぇ、勿論。ホントのホントに偶然よ」
だが、偶然なのかちょっと気になったから、エステルに聞いてみた。
少しの間沈黙した後、彼女は偶然だと答える。
「そうだよな、偶然だよな、はははは」
「えぇ、そうよ。偶然に決まっているじゃない、ふふふふ」
いやー、偶然でよかった。
勘の良いお兄さんは嫌いだわ、なんて言われたらどうしようかと思ったよ。
「エステルも体調悪いんだから、早く寝るんだぞ」
「この後ちゃんと寝るわよ。お休みなさい、お兄さん」
エステルに寝るように言うと、優しい声で彼女はお休みと返事をする。
俺は背中に視線を感じつつ、自分の足音だけが響く廊下を後にした。




