ステップアップガチャ
迷宮を攻略し終えた俺達は、真っ直ぐ帰宅した。
そして今は全員で机を囲み、真ん中にスマホを置いてガチャを引く為の準備は万全だ。
「今回は皆様、ありがとうございました。お蔭様で無事、こうやってガチャを回すことができます。深い感謝を!」
「なんなんであります……そのご丁寧な挨拶」
「いつもの不気味な大倉さんですね」
俺は立ち上がって挨拶をし、机にぶつかる勢いで頭を下げた。
今回は諦めかけていたけど、ノール達のお陰でガチャを引くことができるのだ。
こんなに嬉しいことはない。
頭を上げると、俺の精一杯の感謝の体現を見た彼女達は微妙な反応だった。
ノールはモフット膝に乗せて頭を撫でながら呆れた声を出し、シスハはニヤけながら不気味だと言う。
失礼な……こんなにも気持ちがこもった挨拶を不気味だとぉ?
「という訳で、ガチャを引こうと思うんだけど……エステルとルーナは休まなくていいのか?」
エステルとルーナも一緒に机を囲んでいるが、いつものような元気がなくて若干大人しい。
「ガチャに興味があるから、それを見届けてから寝る」
「ちょっと気分が悪いけど、気になるから私も終わってから休ませてもらうわ」
念の為に聞いてみたが、どうやらガチャを回す程度なら耐えられるみたいだ。
ルーナは寝る方を優先するかと思っていたけど、やっぱりガチャは気になるらしい。
それでもあんだけ体調悪そうにしていたから、シスハが駄目ですそんなの!
とか言い出して、無理にでもルーナを寝かそうとするかと思ったが……彼女の方を見るとニコニコと笑顔を浮かべてルーナを見守っている。
「どうかいたしましたか?」
「あっ、いや、シスハならルーナを無理にでも寝かせるとか言い出すかと思ってさ」
俺の視線に気がついたシスハと目が合い、思っていたことを口に出した。
「ルーナさん楽しみにしているみたいですからね。それを奪うような野暮な事はいたしませんよ」
「べ、別にそんな楽しみって訳じゃない。ただ、興味があるというだけだ」
シスハが笑顔のままルーナの方を見てそう言うと、ルーナは顔を赤くしてぷいっとシスハから逸らした。
そうだよな。あのルーナが帰ってきてすぐに寝ないで、起きたままここにいるなんて考えられないことだ。
それぐらい楽しみにしているみたいだから、無理に休めなんて言ったらかわいそうか。
「それで、今回はステップアップガチャ、でありましたっけ?」
「ああ、そうだ。しかもプレミアムチケットまである」
「あら、それなら今回はお兄さんが発狂する事はなさそうね」
ステップアップガチャの為に頑張っていたが、今回はなんとプレミアムチケットまで手に入ってしまった。
もうこれはUR祭りになることは確実だろう。
「発狂……? ガチャで発狂とはどういうことだ?」
「あはは……見てればわかると思いますよ」
ルーナは首を傾げて、エステルが言ったことを不思議がっている。
発狂だなんてそんな。俺はいつだってクールにガチャを決めてきた。
今回だって……あれ? そういや今回はガチャ……5回しかやらないのか。
ステップアップ4回、チケット1回。そして俺達は5人と1匹。
誰か1人が今回はガチャることができない。
……どうするべきなんだ。やる前に、誰が回さないかを選ぶべきだよな?
俺が選ぶか、それともジャンケンでもして決めるか?
いや、でもなぁ……誰か1人、眺めているだけだなんてかわいそうだよな。
いつも多く引かしてもらったりしているし、ここは俺が引き下がるべきなのかもしれない。
くぅ、ガチャ回したい。
「5回しかできないから、今回は俺抜きでノール達が引くか?」
「えっ」
可能な限り表情が変わらないようにしながら、俺は普段通りを装い発言した。
するとルーナ以外の全員が声を上げる。モフットまでブー! と鳴き出す。
ルーナは突然周りが声を出したから、体をビクっとさせて何事かとキョロキョロしている。
予想はしていたけど、やっぱり驚かれるか。
「もしかして大倉殿までどこか異常があるのであります!?」
「お兄さん大丈夫なの? ほら、私の目を見て……うーん、意識はちゃんとしているみたいね」
「スマイターの残留思念でも取り付いているのでしょうか? 一応徹底的に体を浄化しておきましょう」
エステルは傍に来て、俺の顔に両手を添えてじっと目を見つめてきた。
シスハも杖を取り出して、体が全身発光するぐらい強烈な治癒魔法をしてくる。
おい! いくらなんでもやり過ぎだろう!
「俺は正常だ! ったく、このぐらいでそんなに騒ぐなって」
「何事かと思ったぞ。平八は特におかしなこと言ってないじゃないか」
「ルーナは大倉殿の異常性を知らないからでありますよぉ……」
そんなエステル達の反応に、ルーナは大袈裟だろって言うように呆れ気味な表情だ。
全く……毎度のだけど、なんでこんな反応をされないといけないのか。
「それはいいとして、お兄さんが回せないなんて駄目だと思うわ。だから今回は、私が回さないでいいわよ」
「えっ、でも……」
「いいの。お兄さん達が引いているのを見ているだけで、私は十分楽しいもの」
「そうか……ありがとうな」
俺の目を確認した後そのまますぐ横にいたエステルが、自分がガチャをやらないでいいと言い出した。
それは申し訳ないから否定しようとすると、頬に手を添えて笑顔で見てるだけでも楽しいと言う。
普段通りを装っていたけど、回したいと思っていたこと見透かされてそうだな。
せっかく気を使ってくれたんだし、ここはありがたく引かせて貰おう。
「そうだな……ルーナはチケットを引くか?」
「ん? よくわからないが、平八がそう言うならそれでいい」
ガチャを回す前に、誰がどの順番で引くかを話し合うことにした。
ルーナはせっかく初めてなんだし、それなりに良い所を引かせてあげたい。
だけどUR確定じゃ面白みもないかもしれないから、彼女にはプレミアムチケットを引かせてあげよう。
「1回目と2回目は俺かシスハで、3回目と4回目はノールかモフットにしよう」
回数が少ないから、やはり可能な限り運が良い奴を後半に回したい。
という訳でノールとモフットを後にして、俺とシスハを前半にした。
「私達はビリ争いですか……大倉さん、運がないことを自覚していらっしゃったのですね」
「うるせぇ!」
悔しいけど、ノールとモフットのガチャ運が良いことは俺も認めている。
俺だって……まあ、それなりに良いと思っているけどな……。
その後話し合いの結果、シスハ、俺、モフット、ノールという順番で引くことに決まった。
「それでは回しますね」
1番手であるシスハが、さっそくスマホをタップした。
1回目はSR以上確定だ。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【SRビーコン】
「あぅ……やっぱりですか……」
シスハは結果を見て、悔しそうに机に伏せて片手でバンバン机を叩いている。
元々1回目はあまり期待できるものじゃないからな……仕方ないね。
「よし、俺の番か。ふふふ、見せてあげよう。確率の壁を越える、俺のガチャ運をな!」
「まーたそんなこと言うでありますかー」
「ふふ、お兄さんのそういう諦めない姿勢は好きよ」
次は俺の番。
2回目はSSR以上の確率アップ。
ここでSSRと言わずURを引いて、俺のガチャ運の高さを証明してみせる!
俺は勢いよくスマホをタップした。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【SRエクスカリバール】
「なんでこれが出てくるのぉぉ!? あはぁぁ!」
俺もシスハと同じように机を両手で叩き叫んだ。
ふっざけんな! SSRどころかSRじゃねーか!
「うふふ、2回目でも私と同じSRなんて。大倉さんはエクスカリバールに愛されているんですよ」
騒ぐ俺を見て、シスハは口元を手で押さえて嬉しそうにニヤけている。
SRでしかもエクスカリバール……愛されてるというより、これもう呪われてるだろ!
「……騒ぎ過ぎじゃないか?」
「大倉殿のガチャに対する情熱は異常でありますからね。床に転がって泣き出さないだけ、マシでありますよ」
「床に転がる……。平八……その、なんだ、少しは自分を大切にするべきだ」
ガチャを引いて騒ぐ俺達を見て、ルーナは若干引いている。
そして過去に床に転がったということを聞くと、哀れみのこもった目で俺を見ながら声をかけてきた。
……なんだろう。幼女にこんな目で自分を大切にしろって言われるとか、何故か悲しくなってくる。
俺はもう少し自重した方がいいのだろうか?
「つ、次はモフットなのでありますよ! さあ、行くのであります!」
なんとも言えない空気が漂う中、ノールが仕切り直すようにモフットを机に置いて進ませる。
いつものようにトコトコとスマホまで近づき、モフットはガチャのボタンをタップした。
3回目はSSR以上確定。そこにモフットの幸運が加われば、URだって余裕だろう。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金、白。白で止まった。
【SSRグリモワール『インウィディア』】
……マジか。
「ぐぬぬ……UR3つ取得の夢が……」
「仕方ないじゃない。1つは確定だとして、チケットに期待しましょう」
上手くいけば今回だけで3つURが手に入ると思っていたのに、現実は厳しい。
残すは4回目とチケット……なんとか2つ手に入らないかな。
チラッとルーナに期待の眼差しを向けると、一瞬体をビクッと震わせた。
「な、なんだ?」
「ルーナ、頼んだぞ! SSRかURの2択なんだ! ルーナなら絶対引ける! 自分を信じるんだぞ!」
「ルーナさんならいけますよ! 頑張ってURを当てましょう!」
ルーナにスマホを握らせて、俺は激励の言葉を送る。
シスハも拳を握り締めながら続き、彼女に頑張れて言う。
しかしルーナはそんな俺達を見て、椅子から降りてノールの背後へと隠れた。
あれ……どうしたんだ?
「ノール、エステル……この2人怖い……」
「大倉殿、シスハ、駄目でありましょ? お2人はルーナには刺激が強過ぎるのでありますよ」
「初めてなんだから、そんなにプレッシャーかけるような事言ったら駄目じゃない。気楽にやらせてあげないと」
ノールはルーナの頭を撫でながら、よしよしと俺達から見えないように体で庇っている。
そして何故かエステルにまで叱られた。
刺激が強いってなんなんだ……俺、普通に励ましただけなのだが。
「それではやるぞ」
俺とシスハに怯えていたルーナは席に戻って、ガチャを回し始めた。
プレミアムチケットはSSR以上確定。
どうかURが出ますように!
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金、白。白で止まった。
【SSR合成機】
俺の願い虚しく、結果はSSR。
これでURは確定分のみとなった。
「これは……ハズレか? すまない……」
「いいんですよルーナさん! 気にする必要なんて全くありませんよ! ね? 大倉さん」
「えっ……あっ、うん。ルーナ、気にしなくていいからな」
「むぅ……そうか」
ルーナは申し訳なさそうに顔を下に向けてしょんぼりとしている。
するとすぐさまシスハが俺の隣まで来て、肩に手を乗せて気にしなくていいよね、と言ってきた。
別に何も言うつもりはないのだが……まあ初めてのガチャでハズレ扱いなのはかわいそうなのは確かだ。
だから気にしないで良いと言ってはみたものの、ルーナは顔をしかめて納得いかなそうに返事をした。
次やる時はちゃんと喜んでもらいたいな。
「ついに私でありますか。UR確定だと思うと、なんだか気楽なのでありますよ」
「ははは、面白いことを言うな。俺がなんの為にノールとモフットを後半にしたと思っているんだ」
「へっ?」
ノールの番になったのだが、UR確定だからと緩い雰囲気で安心しきっていた。
おいおい、まさか忘れてる訳じゃないよな?
URが出ればなんでもいいなんて思っていそうだぞ。
「ダブらないことを期待しているからな」
「な、なんでそうやってプレッシャーかけてくるのでありますかー!」
「全く、お兄さんはしょうがないわね」
もしこれでダブったら、あれだけ頑張った苦労が台無しだ。
だからUR確定だとしても、気を抜くだなんてとんでもない。
良い装備、それか新たなユニットを引く為にノールかモフットに引かせたんだ。
それを言うとさっきまで気の抜けた感じだったノールはブルブルと震え始めた。
「うぅ……それじゃあ回すのであります……」
ノールは泣きそうな声でぷるぷると指を震わせてスマホをタップした。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金、白、虹。当然の虹で止まった。
【URセンチターブラ】
おっ、知らないURが出てきたな。
名前からしてユニットじゃないし、装備系か?
「よかったですねノールさん」
「ホントよかったでありますよ……どうしてガチャを引くだけなのに、こんなに緊張しないといけないのでありますか」
「いやー、俺はノールを信じていたぞ! よくやってくれたな!」
「嘘であります……絶対嘘なのであります……」
ガチャを終えて、無事ダブらずにURを出したノールはホッと胸を撫で下ろした。
そんな彼女に信じていたと声をかけたが、疑われている。
俺はノールならやってくれると信じていたから任せたのに……まあいいけど。
さて、さっそく今回の成果を確認するとしようか。
最初は4つ目のグリモワール。出してみると、人魚のような生き物が描かれた青色の本だ。
――――――
●グリモワール『インウィディア』
水属性魔法の攻撃力+100%
使用者のMP回復速度を上昇させる。
――――――
ついに火、風、土、水の4系統が揃ってしまった。
ということは残りは闇と光の2系統なのか?
「とりあえずこれはエステルのだな」
「ふふ、ありがとう。これでもっと強力な魔法が使えるわね」
「これ以上強化してどうするつもりなのでありますか……」
火の魔法主体で戦っているけど、どれもこれもとんでもない魔法ばかりだからな。
バリエーションが増えていくのは恐ろしいが頼もしい。
次は合成機。実体化させると、縦横1mほどで俺の背の半分ぐらいある白い箱が出てきた。
――――――
●合成機
2つ素材を混ぜ合わせて、一定の確率で新たな物を作り出せる。
――――――
この中に物を入れれば混ぜられるってことか?
でも一定の確率っていうのが怖いな……失敗したらどうなるんだろ。
「随分とゴツい物が出たな」
「そうですね。混ぜ合わせて物が作れるって凄いですが、どんな風になるんでしょうか?」
ルーナが興味深そうにバンバン叩きながら合成機を確認している。
どんなものが作れるのか気になるけど、試すのは今度にしておこう。
よし、残すはURのみ!
ふふふ、これが1番の楽しみなんだぞ!
――――――
●センチターブラ
脳波で形状を変化させ遠隔操作できる物体を作り出す。
1度に5個まで生成でき破壊された場合は一定期間で再補充される。
――――――
実体化させると、手の平に収まりそうな半球状の透明な水晶が出てきた。
……何これ?
「なんだか小さいでありますね」
「URなんだから、それなりに凄い物だとは思うけど……」
「ショボいな」
「でも遠隔操作って、なんだか凄そうですよ」
うーむ……物体を作って遠隔操作ねぇ。
すげー微妙じゃないかこれ?
とりあえず試しに作り出してみるか……。
「うおっ!? キモッ!?」
「ウネウネして、スライムみたいでありますね」
魔法を使う要領で出て来いと念じると、水晶が光出し銀色のグジュグジュした液体が溢れ出した。
ボタボタと床に落ちていきある程度貯まると、今度は集まり出してサッカーボール程の大きさの球体へと形を変える。
なんだろうこれ……まるで水銀みたいだぞ。
迷宮にいた鉄のスライムを思い出すな。
「お兄さん、動かしてみたらどう?」
「そうだな。どのぐらい操作できるんだろ」
銀の球体を見ながら動けと念じると、ポヨンポヨン跳びながら前に進み始めた。
完全にスライムみたいな動き方だ。
それを見ているモフットが、ブーブーと鳴き床ドンしながら威嚇している。
「遅いな」
「そうですね。跳ねる以外に動かせないんですか?」
ルーナがゆっくりと跳ねる球体を指で突きながら遊んでいる。
触れられた場所から一気に振動が伝わって、全体がうねるのが面白いみたいだ。
これじゃ使いもんにならないぞ……跳ねる以外となると……飛んだりはできないのか?
「わっ!? と、飛んだぞ平八!」
「凄いでありますよ! 銀の球体が浮かんでいるのであります!」
俺が飛んだり、とイメージした瞬間、銀の球体は1m程浮かび上がった。
こ、これは……完全にイメージ通りに動くということか。
さっき跳ねて動いたのは、スライムを想像していたせい?
ならば……これでどうだ?
「きゃっ! お、お兄さん危ないわよ!」
「大倉さん、止めて、止めてください!」
「ちょ、せ、制御が!」
迷宮のスライムのように早く動かせないか思い浮かべた瞬間、今度は急に加速して自宅の壁へと衝突した。
そして止まったかと思うと天井にぶつかり、床にぶつかりと部屋の中を縦横無尽に飛び回る。
すぐに止まれと念じ止めることができたが、ちゃんと練習しないと使うのは難しそうだな。
でもこれはなかなか良い物が手に入ったかもしれない。




