石版の欠片
石版の欠片を拾ってから、さらに複雑に分かれた通路を進み探索をしていた。
魔物は相変わらずマミーとリガスマヌスなのだが、マミーは最初に比べるとフラーウムマミーが増えてきている。
いちいち倒したら燃やさないといけないから手間が掛かるなぁ。起き上がるのよりはマシだから仕方ないけどさ。
そして長々と部屋を探索していき、ようやくまた宝箱がある部屋を発見したのだが……。
「あー、これやばいわ。絶対天井落ちてくる奴だわ」
「宝石があったところと違って、針が付いているのでありますよ」
宝箱はある部屋は、奥まで100m以上はありそうで横にもそこそこ広がった大きな部屋だった。
入り口から上を見てみると、3mほどの高さの天井に鋭利な針のような物が無数に付いている。
これ、絶対あの宝箱を開けたら落ちてくるだろ。天井の高さを考えれば余裕ありそうだけど、針の長さ考えると2m程度しか落ちるまでの距離がなさそうだ。
こんなデカイ部屋の罠部屋とか、マジで凄いな。
「ビーコンが使えたら簡単に抜け出せるのにね」
「この距離を天井が落ちてくる前に走り切れる自信、私にはありませんよ……」
「私もこの距離は無理そうだ」
時間をかけて落ちてくる系だったら、ビーコンが使えれば楽々攻略できるんだけどなー。
シスハとルーナもマジマジと奥までの距離と天井を見ているが、2人共天井が落ちるまでに宝箱から戻ってくる自信はないと言う。
うーむ……ルーナでも無理か。そうなると、ここを無事切り抜けられそうなのは……。
「ノール、あの宝箱の中身を取って天井が落ちる前に戻ってくる自信あるか?」
「やっぱり私に話振るのでありますか。むぅ……宝石の部屋の天井、結構速かったでありますよね……むぬぬ」
ノールは両手を組んで、部屋を見渡し悩むような声を出している。
既に獣すら凌駕している彼女の足なら、宝箱を開けて戻ってくるぐらい造作もないだろう。
だけど、やっぱり不安に思うのは仕方ないよなぁ。
……よし、こうなったらあれをやるか。
「あら、ニケの靴重ねちゃうの?」
「もうかなり貯まっているからな。どうせならこういう機会に使える高性能の物を作っておいてもいいかな、と」
「素の状態でもかなり高性能ですもんね。たしかにそれがあれば、この部屋の攻略には役立ちますね」
俺がスマホを操作していると、後ろからエステルが覗き込んできた。
ニケの靴は既に10個以上あるので、この際1つぐらい高性能な物を作ってもいいだろう。
――――――
●ニケの靴☆5
防御+10
移動速度+110%
――――――
うおっ……5個重ねただけでこれかよ。
防御力が低いままだけど、これとんでもない靴だな。
「これに履き替えて、もう1個腕輪使っても無理そうか?」
「うーん、使って試してみないとわからないのでありますよ。一度試してもいいでありますか?」
「どうぞどうぞ」
俺が使っているウィンドブレスレットも渡して、ニケの靴と合わせて移動速度が150%は上がるはず。
エステルの支援魔法を含めたら、相当早いはずだ。
さっそくノールに装備してもらい、試しに真っ直ぐな通路を走ってもらうことにした。
宝箱を取った後を想定して、立った状態から彼女は走り出す。
さらに速くなったノールは、あっという間に通路の行き止まりまで到着し、そのまま壁にドン、という音を立てながら激突した。
何やってるんだあいつ……。
「アイタタタ……これ凄いのでありますよ! これなら、天井が落ちる前に戻ってくるぐらい朝飯前なのであります!」
「お、おう。そうか」
同じような速度で走って戻ってくると、今度はちゃんと俺達の前で停止した。
壁に激突したのが痛かったのか頭を押さえているが、それよりもニケの靴の性能に興奮して喜んでいる。
とりあえずこれで行けそうだと言っているからいいか。
でも、もう少し何か対策をしておきたいな……何か良い物は……。
「なぁ、迷宮内にもいくつか石像あったよな?」
「えーと……部屋を探索した時に何個か見たと思うわよ」
上にある遺跡同様に、ここにもモアイや埴輪みたいな形をした石像がちらほらと置いてあった。
色が緑色に染まっていたから、迷宮の壁やレーザー撃つ水晶並に頑丈そうだ。
あれを使えば、ここを攻略するのに利用できるかもしれない。
「ノール、少しパワーブレスレット借りてもいいか?」
「構わないでありますが……何をするつもりであります?」
「良い事を思いついたんだ」
「平八が良い事と言うと、なんだか不安だな」
ノールが首を傾げながらパワーブレスレットを外して俺に渡した。
ルーナは腕を組みジト目で俺を見ながら、何をするつもりだと疑いの目を向けている。
そんな視線を無視して、俺は近くの部屋をいくつか探し、石像を発見したのでしゃがんで下の方を持って徐々に持ち上げた。
普通なら持ち上げるのは無理そうな大きさだけど、パワーブレスレットのおかげでちょっと重い物を持ち上げる程度にしか負担を感じない。
その石像を宝箱のある部屋まで持ち運んで、適当な場所へとおく。
「へへ、これをいくつか配置しておけば、完全に潰される心配はないだろう」
「まさか迷宮内に配置されてる石像運んで来るなんて……」
「攻略法、完全に違うと思うのでありますよ……」
俺が満足して笑いながらウンウンと頷いていると、またしてもノール達が白い目で俺を見ていた。
どうしてそんな目で俺を見るんだ! これだって、ちゃんとした攻略法だろ!
「何を言うんだ。安全な状況を作り出すことは大事だろう? もし間に合わなかった時の保険はあった方が良いに決まってる」
「そうでありますが……うーん……これで本当にいいのでありますかね?」
「わざわざ危険な目に遭う必要もないし、いいんじゃないか?」
安全の為だと説明しても、ノールは納得いかないという感じだ。
ルーナは相変わらずジト目で俺を見ているが、安全という部分には納得しているのか俺の行動に賛同してくれている。
冒険的な感じだから普通に攻略したいというのもわかるけど、やっぱり危険を回避するのが1番だからな。納得してもらいたい。
「それじゃあ、行ってくるのでありますよ!」
「ああ、一応行く時床にも罠がないか確認しておいてくれ。あっ、武器と盾は俺のを使え。少しは軽い方がいいだろう?」
「えっ、それをでありますか……。了解であります……」
石像をさらに複数運んできて、ようやく準備が終わった。
さっそくノールが意気込んで宝箱へ向かおうとしたので、俺は引き止めてエクスカリバールと鍋の蓋を手渡す。
彼女の剣と盾だと、少し大きいから走るのに影響しそうだからだ。
なんだか少し嫌そうにしていたが、渋々と俺からバールと蓋を受け取り、自分の装備を置いてノールは奥まで進んでいった。
そして彼女が宝箱の所まで到達すると、ガコン、と音がして天井が動き出す。
ノールは大丈夫かと前を見直すと、既にノールは部屋の半分を過ぎた場所に居てすぐに入り口まで戻ってきた。
えっ……速過ぎない? 100m以上はあったのに……5秒も経たずに戻ってきたぞ!?
「は、速いな……それで、中身はあれだったか?」
「はい、でありますよ。これで2つ目であります」
ノールが宝箱から取ってきた中身を俺に手渡した。
やっぱり中身は石版の欠片で、同じように四角で二辺がギザギザになっている。
これを見ると、多分あと2つで集めれば完成って感じだな。
「凄い音しているわね」
「これ、どうするんですか?」
「放置でいいだろ」
対策として置いた石像と天井がぶつかり合い、部屋にギギッ、と聞いたことがないほどの鈍い音が響いている。
石像が壊れる様子がないし、どうやら俺の考えは間違っていなかったみたいだな。全く意味なかったけどさ。
●
「うおっ……これはまた凄いな」
「底が見えないのでありますよ……」
「私でも底が見えないぞ……」
2つ目の石版を入手後、迷宮内を探索してまた宝箱がある部屋を見つけた。
今度は入り口から宝箱の場所まで、人の片足程度の幅しかない床がある部屋。
左右には下に続く真っ暗闇の穴が続いていて、ルーナの目をもってしても底が見えないみたいだ。
「こんな細い道を通れってことですか?」
「渡ることは無理じゃなさそうだけど、落ちた時のことを考えると怖いわね」
さっきの部屋ほどじゃないけど、奥まで行くのにそこそこ距離がある。
ここを渡れなんて……まるで綱渡りや平均台だな。失敗したら間違いなく死ぬぞこれ。
一応底があるのか確かめる為、何か落としてみるか。
落とそうとスマホで落とせるアイテムがないか探しても、落としてもいいような物が1つもない。
ポーションですら落とすのは勿体ないしな……何かいい物はないか……あっ、あれでいいな。
良い事を閃いた俺は、さっそくあれを持ってくる為に近くの部屋を探し回る。
「あった、あった。よいしょっ、と!」
見つけた石像を運んできて、穴の部分に放り投げた。
「ふぅ……よし、これでおーけーだ」
「何がおーけー、だ。困った時に石像を使うのを止めろ!」
「高さを調べる為に、まさか石像を落とすとは思いませんよね……」
「でも、あれなら確実に底があるか確かめられるからいいじゃない」
ルーナはそんな俺の行動に、いい加減にしろと怒鳴る。
えー、便利なんだから仕方ないじゃないか。
それに石像は迷宮内に無数に存在するし、いくら落としても問題ないだろう。
こんな風に使われるのは、俺が悪いんじゃなくて置いた奴が悪いんだ。
「音、しないな」
「そうでありますね……」
「底がないのかしら? ちょっと渡るのが怖くなってきたわ……」
石像を落としてからしばらく待ってみたが、音は全くしない。
底が深すぎるのか、それとも異次元空間になっているのか。とりあえず落ちたらやばいっていうのには変わらないな。
俺達は脱出装置を持っているから落ちたとしても逃げられるが、落ちたら足止めになるのは間違いない。
ガチャの為にここも一発クリアを目指さないといけないのだが……。
「よし、ここは俺が行こう」
「えっ……大丈夫でありますか? 私が行った方がいいんじゃないのでありますか?」
俺が挑戦すると口にすると、ノールが心配そうに声をかけてきた。
「ノールばかりに任せる訳にはいかないからな。今回は俺に任せてくれ」
「大倉殿……頼もしくなったのでありますね。大倉殿のこんな姿が見れるなんて、想像もしていなかったでありますよ……」
さっきもノールに頑張ってもらったんだしやらせる訳にはいかない。
任せてくれと俺が胸を叩きながら言うと、彼女は口元を手で押さえ、涙声で話しながら震えている。
そこまでの反応されると、普段どんな風に思っていたのか気になってくるだが……。
「お兄さん、いつにも増して自信満々ね」
「大倉さんはやる時はやってくれますからね。私は知っていましたよ」
「……ロクなこと考えてなさそうだ」
俺とノールのやり取りを見ていたエステルとシスハまで、感心した様子で俺を見ていた。
ルーナだけは疑心に満ちた目で、今度は何するつもりなんだと言いたそうな顔をしている。
全く、俺がやる気を出しただけでこんな反応をされるのは心外だな。
この部屋を攻略する為に、俺は目の前にある細い道に足を踏み入れ――ないで自分のバッグの中を漁る。
「……何してるであります?」
「ん? あそこまで行く準備だけど」
さっそく行くのだろうと期待した様子で見ていたノールが、バッグを漁る俺を見て首を傾げていた。
「普通に渡るんじゃないのでありますか!?」
「誰が普通に行くって言った」
俺がやるとは言ったけど、普通に攻略するとは一言も言っていない。
ここを攻略する為に使う物は、ウォールシューズとエアーロープ。
こんな細い道なんて渡りきる自信ないし、道を無視して横の壁を歩いていくつもりだ。
「だから自信満々だったのね……」
「大倉さんはこういう人だって、私は知っていましたよ」
「まぁ、安全に行けるのならいいんじゃないか?」
さっきまで感心した様子だったエステル達が、今度は呆れた様子で俺を見ている。
ルーナはそれでもいいんじゃないかと言ってくれるから、地味に優しい。
靴をウォールシューズ履き替え、腰にエアーロープを2つ巻いて部屋の上の方に引っ掛けておく。
壁を歩けるなら必要ないと思うが、念には念を入れて命綱の為にエアーロープを使っている。
恐る恐る横の壁に足をつけると、横の壁がまるで普通の地面を歩いているかのような感覚へと変わっていく。
そのまま壁伝いに歩いていき、少し進んだらエアーロープを1本外して前方に引っ掛けて、もう1本もその後外して前方に引っ掛けて移動する。
その後も何も障害はなく、難なく宝箱まで辿り着いて、また1つ石版の欠片を入手した。
「よし! これで3つ目だ! 残りは後1個って感じか」
「私の感動を返してほしいのであります……」
同じ方法でサクッと戻ると、ノールがやるせない雰囲気で出迎えた。
攻略したというのに、どうしてこんな風に出迎えられないといけないのか。
まあいいや……これで残りは1つ。あと1つ手に入れれば、この迷宮を達成したも同然のはず!
●
「凄く意味ありげな部屋だな」
「棺に……奥には開きそうな扉があるわね」
「ほぉ、なかなか良い棺だ。この中で寝たら、気持ち良さそうだな」
もう終わりそうだとルンルン気分で魔物を倒しながら進み、今度はこぢんまりとした部屋を見つけた。
宝箱がある訳ではないのだが、中央に長細い緑色の石で造られた棺が置いてある。
その奥には両開きの扉もあって、何かある匂いがプンプンするぞ。
ルーナは棺を見て、顎に手を当て、ほぉ、おぉ……などと感嘆の声を洩らしながら棺の周りをうろちょろして興味津々だ。
棺、好きなのか。部屋にあるのは普通のベッドだから、迷宮攻略が終わったら棺のベッドでも用意してあげようかな。
「あっ、棺のこの部分。最初の方に取った宝石が入りそうなのでありますよ!」
「ということは、ここにはめ込めば何か起きるんでしょうか?」
ノールが棺の蓋の中央部分を指差す。そこを見ると、六角の穴が空いている。
この迷宮の最初の方で天井が落ちてくる部屋で取った宝石も、六角の赤い宝石だった。
つまりここにはめ込めば何かしらのアクションが起きるはずだが……本当にそれをする必要があるのだろうか?
こんなマミーが大量に出てくる場所で棺となると、この中には間違いなく中ボス的な魔物がいるに違いない。
そしてこの扉を開くには、その魔物を倒さないといけないっていう、よくあるやつだろう。
スルーできるならスルーしたいぞ。この扉さえ開けばいいんだから、どうにか開かないかなぁ。
という訳で、さっそくなんとか開かないか確かめることにした。
「おらっ! グッ、ぬぬ……チッ、開かないな」
遺跡にあった宝箱を開けた時と同じように、扉の隙間にエクスカリバールを差し込んで、グリグリと左右に動かす。
しかし、今度はそのまま開くこともなく、いくら動かしてもビクともしない。
はぁ……駄目か。ちゃんとした方法じゃないと、この扉は開きそうにないな。
「だから仕掛けを無視して、無理やりこじ開けようとするのを止めるでありますよ!」
「条件を満たさないと開かないみたいね」
俺の行動を見ていたノールが、もう止めるんだ、と言いたそうに腕を上下に動かして訴えかけてくる。
うーむ、嫌な予感しかしないんだけど……この棺を開けるしかないみたいだな。




