サンドワーム
王都からカーペットでそれなりの時間移動し、俺達はアンゴリ遺跡へ到着した。
「ここがアンゴリ遺跡なのでありますか」
「想像していたよりも、しっかりした建物なのね」
平原だった場所から、まるで境界線のようにきっちりと分けられた砂漠地帯。
そこにはかなりの大きさの石で積み上げられたピラミッドのような建物が存在した。
頂点は三角ではなく、四角い箱になっていて入り口と思われる穴が開いている。
あそこから入れってことなのか?
周囲には丸い柱に支えられた屋根のある建物がいくつも建っていて、人が作ったと言われてもおかしく感じないような場所だ。
これ、人が作ったんじゃないのか? 本当によくある遺跡にしか見えないんだけど……。
「さて、まずはシスハ達を呼ぶとするか」
「何も起きてなければいいのでありますが……」
さっそくシスハ達をここに呼ぶ為に、俺はビーコンを取り出して目の前に設置した。
ここは王都からそこそこ離れているので、中継として1個道中に設置してきたから問題はないはずだ。
でも急に呼び出す訳にもいかないから、まずはトランシーバーで連絡を取らないとな。
『はい、シスハです』
「おう、俺だ俺。ルーナに何もしていないか?」
『いくら私だって、毎回毎回問題起こしたりはしませんよ! 全く……それで、何か私に用ですか?』
「今からBランク昇格依頼をやるんだけど、シスハとルーナも来てほしいんだ。ビーコンですぐに呼べるからさ」
スマホでシスハのトランシーバーに電話をかけると、彼女はすぐにそれに応じた。
よかった……もしルーナにちょっかい出して、ダウンしていたらどうしようかと思ったぞ。
『私の方は一段落しましたから大丈夫ですよ。でも、ルーナさんはまだお休み中ですので、今から起こしますね。少し時間がかかると思いますので、準備ができましたら私の方から連絡をします』
「わかった。そんな急がなくてもいいからな」
少し時間がかかるといっても、そこまで長くはないだろう。
急な話でちょっと悪い気はするけど、ガチャの為だ、仕方ない。
「シスハ大丈夫でありましたか?」
「ああ、普通に家事をしてくれていたみたいだ」
「流石に何度も噛みつかれて懲りたのかしらね」
通話を終えた俺に、ノールとエステルが不安そうな雰囲気で声をかけてきた。
いつもの様子を見ていたら不安に思うのも当然。でも今回は普通に家事をしていただけみたいだ。
少しは見直してもいいのか? これなら、これからもルーナと一緒に留守番をしてもらっても大丈夫だな。
それから大体30分。
「暑いなぁ……遅くね?」
「うぅ……もう結構経っているのでありますよ……」
「ただの着替えにしては長いわよね……」
「一旦平原の方に移動するか?」
遺跡に入る訳にもいかないので、周辺の魔物に襲われない位置で俺達は待機していた。
砂漠地帯のせいかなんだか妙に暑く、3人で水筒の水を飲みながらただひたすら連絡を待つ。
すぐ来ると思ったけど、全然連絡が来ない。何をしているんだ?
あまりに遅いから連絡が来るまで平原に逃げ出そうと提案した時、俺のスマホがバイブレーションした。
ようやく連絡がきたみたいだ。
「おっ、やっときたか」
『……平八。すまない、遅くなった』
「おお、ルーナか。シスハはどうしたんだ?」
スマホの通知にはシスハのトランシーバーからの着信だったが、出たのはルーナだった。
なんでルーナなんだ?
『……やってしまった。とりあえず準備はできているから、私達を移動させてくれ』
少し言葉に詰まった後、ルーナはやってしまったと、ただそれだけ呟いた。
声だけなのに妙に申し訳なさそうな雰囲気をしている。
なんだよやってしまったって? シスハの身に何か起こったのか?
気にはなるけど、準備はできているみたいだし呼んだ方が早いだろう。
俺はさっそくスマホからビーコンの操作画面を表示させて、ルーナとシスハをパーティ移動で俺達の所まで移動させた。
「あっ、あっ……お、大倉さん……」
複数のビーコンを中継させて、シスハ達を俺達のところまで移動させる。
そして俺達の目の前に、シスハを肩に担いだルーナが姿を現した。
えっ……何これ? 俺と通話した時までは普通だったのに、何があったんだ?
「どうしてこうなった……」
「ギリギリ白目を剥いていないでありますね」
「起こす時にまた余計なことしたの?」
敷物を敷いてシスハを寝かせると、顔を青白くさせて全身痙攣している。これはよく見かけるルーナに噛まれた後の症状。
白目を剥かずに多少話せるからいつもよりは甘めみたいだけど、自分で動くことは無理そうだ。
「いや、シスハは普通に起こしてくれた。だけど、私が噛みついてしまった」
「ど、どうしてそんなことしたんだ?」
「癖になってるんだ、シスハに噛み付くの」
エステルがどうしてかルーナに聞くと、どうやらシスハは普通に起こしてくれたらしい。
なのに彼女はシスハに噛み付いてしまったと言う。
そして何故かと尋ねると、癖になっているなんて衝撃の答えが返ってきた。
あまりの回答に、俺とノール達は絶句し互いに顔を見合わせる。
ルーナも流石にマズイと思っているのか、顔を伏せて申し訳なさそうな感じだ。
と、とりあえず万能薬を飲ませて、シスハを回復してやらないとな。
「シスハ、大丈夫か?」
「は、はい……」
「シスハ、本当にすまなかった」
スマホから万能薬を取り出してシスハの口に含ませる。
するとみるみるうちに顔色が良くなり、いつもの状態へと戻った。
治ったシスハにルーナはすぐに頭を下げ謝っている。
うーむ、嫌ってはいるけど、自分が悪いと思ったことはすぐに謝ったりはするんだな。
俺としては普段からちょっかい出されてばかりだから、ルーナが癖になっているというのも仕方ないと思うぞ。
それでも言い訳せずに謝る姿勢は、ちょっと見習いたいものだな。
「もう、いいんですよ! むしろもっと噛み付いてほしいぐらい……うふふ」
「うっ、うう……」
頭を下げるルーナを抱き絞めて、頭を撫でてシスハは凄く嬉しそうにしていた。
抱き締められた彼女は、シスハの胸に片頬を沈めながら苦痛の声を上げジッとしている。
怒る訳にもいかないから、必死に耐えているんだな……。
男としては、シスハに抱き締められるというのはちょっと羨ましい気はする。
「ルーナ。日が出ているが大丈夫か?」
「うっ、も、問題はない。それより、こいつを引き剥がしてくれ」
まだ日が出ているから一応ルーナの体調を聞いてみると、どうやら問題はないようだ。
それよりも今シスハに抱き締められていることの方が辛いみたいなので、ルーナからシスハをどうにか引き剥がした。
「あぁ……それで、今回はどのような依頼なんでしょうか?」
「今回はこのアンゴリ遺跡の調査依頼だ」
引き剥がされたシスハは少し残念そうな表情をしたが、それでも十分だったみたいで不満は特に言わない。
やっとまともに話ができそうなので、俺は建物のある方向を指差し、今回の目的をシスハとルーナに伝えた。
「ほお、ガチャか。私はまだ体験していないから興味があるぞ」
「遺跡の探索なんて、ちょっとワクワクしてきますね」
ルーナはステップアップガチャに興味を示し、シスハは遺跡の方に興味津々みたいだ。
俺としてもこういうところの探索は冒険っぽくて少し楽しそうではあるが、そう時間をかける訳にもいかない。
「本当はじっくり探索してみたいけど、今回は同時にガチャまできてしまったんだ。だからこの遺跡の攻略をできるだけ急ぎたい」
「元々Cランクが適正の場所でしたら、過剰戦力な気がするのであります」
「ルーナもいることだし、すぐに終わりそうよね」
それに本来ならこれはBランクとしての依頼なので、冒険者じゃないルーナの力を借りるというのもちょっと申し訳ない気分になってくる。
だがそう綺麗ごとも言ってられないから、今回はルーナの力も借りて確実にこの遺跡を攻略していきたいと思う。
ちなみにシスハはまだFランクだから、この依頼を達成してもBランクにはなれない。
しかし、今回この依頼を無事に達成すれば彼女がCランクになった時、それなりに考慮はしてくれるとウィッジちゃんは言っていたから問題はないだろう。
「まずは遺跡周辺の魔物の確認か」
「トカゲみたいなのと鳥はいるでありますね」
「サンドワームっていうのはどこにいるのかしら?」
とりあえず探索を始める為、俺達は1番目立つピラミッドみたいな建物に向かい歩き始めた。
辺りを見渡しても、1mぐらいの大きさをした黄土色の四足歩行のトカゲや、岩の上に止まっている巨大な鷲がいるだけだ。
あれはCランクの魔物だから、今回の調査対象ではない。
俺達の目標はBランクの魔物であるサンドワーム。しかしパッと見てもいる感じがしないんだけど……。
そんな考えをしながら歩いていると、突然足元の砂がゆれ始め、少し離れた場所の砂が盛り上がるどんどん俺達の方へ迫ってきた。
「し、下から来るぞ! 気をつけろ!」
どんどん迫ってくる砂が一気に盛り上がって、砂の中にいた魔物が姿を現した。
巨大なミミズのような体は黄土色の皮膚に覆われ、胴体にはいくつもの長細い足が生えている。
丸く開かれた口には牙が無数にあり、飲み込まれ串刺しにされては、ひとたまりもないだろう。
大きさはベヒモスよりも小さいが、人を飲み込む程度なら造作もない大きさだ。
こ、これがサンドワーム……さすがBランクの魔物。迫力は凄いな。
だが俺達は既にBランク程度なら何体も狩っている。この程度なら余裕で倒せるはずだ。
サンドワームは威嚇するように俺達に向かいその大きな口を開くのを見て、俺はバールを構え戦闘態勢に入った。
油断して飲み込まれたら洒落にならないし、ここは気を引き締めよう。そう思ったからだ。
しかしその直後、大きく開いたワームの口に特大の大きさをした岩が俺の背後から飛んでいき無理やり押し込まれていった。
ワームは苦しそうにその巨体をうねらせ、口に入った岩を吐き出そうとしているが、その前に岩が爆発し頭が粉々に吹き飛んだ。
頭部を失った体はしばらく痙攣するようにビクンビクンして、光の粒子に変わり大きな牙を残してワームは消滅した。
「口を開けて威嚇するなんて、攻撃してくれって合図みたいなものよね」
「むぅ、攻撃する暇がなかったぞ」
「……巨体だとエステルを相手にした場合、完全に的でありますね」
「だからってまさか一撃なんて……」
エステルを見ると、いつの間にかグリモワールを取り出して杖を構えていた。こんなことできるのエステルぐらいだもんな。
ルーナも槍を構えていたみたいだけど、その前に倒されて少し不満そうにしている。
ステータスを確認する暇すらなく倒しちゃうのか……久々に強そうな魔物だと思ったのに、呆気ねぇ……。
「とりあえず遺跡周辺のサンドワームを処理して、それから入りましょうか」
「でも、わざわざ出てくるのを待つのはめんどくさそうでありますな」
「そこは任せてちょうだい。え~い」
ピラミッドのような建物まではまだ距離がある。
その間にワームは何体も出てくるはずだ。そのたびにいちいち止まるのは、たしかに少しめんどうだ。
そのことをノールが呟くと、エステルが任せてくれと言い緩い声と共に杖を砂に突き刺した。
すると地面が大きく揺れ始め、砂が波を打つようにうねっている。
「ほら、一気に出てきたわ。ふふ、お兄さん、どうかしら?」
「お、おう……よくやったな」
地面が揺れてすぐに、至る所から次々とサンドワームが飛び出して、陸に打ち上げられた魚のように横たわって痙攣している。
……まさか、衝撃波を地面に打ち込んでワーム達に攻撃を加えたのか? エステルさんマジでぱねぇ……。
この光景を作り出したエステルは、俺に向かい褒めて褒めてというように笑顔で近づいてきた。
想定していたのと何か違うと思いつつも、彼女を褒めて俺達は打ち上げられたワームを処理しつつ、ピラミッドのようなものに向かう。




