グリンとの約束
「よし、ようやく例のことを試せる日が来たぞ! 気を引き締めていこう!」
「了解なのでありますよ! 休日のおかげで気力がみなぎっているのであります!」
「といってもほどほどにしなさいよ? 今回は私達だけじゃなくて、他の人もいるんだから」
ルーナが初戦闘をしてから数日後。
ようやくグリンさんとの約束の日がやってきた。
長い休日のおかげなのか、ノールがガッツポーズで張り切っている。
グリンさんはもう知っているから多少派手にやっても平気だろうけど、今回は他の人もいるって話だからできれば控えめにしてほしい。
今のノールが本気でオーク達を攻撃したら、ミンチより酷いことになりそうだ。
「最近狩りしてないせいで、体が鈍ってきていたんですよ。今日は思いっきりやらせていただきますよ!」
「シスハは今日後方支援メインな」
「ど、どうしてですか!?」
シスハは狩りに行けると両手を合わせてルンルンと浮かれていたが、俺の言葉を聞いて叫び声を上げ固まった。
魔石集めの時はいいんだけど、あまりに狩りが好き過ぎるのもどうかと思うのだが。
「今日は狩りがメインじゃなくて、魔石が手に入るかの話だろ? 俺達が主に狩りをする訳じゃないんだぞ。グリンさん達にどんどん狩りしてもらう為に、今日は来てもらうんだ」
「そ、そんな……やる気まんまんだった私の想いはどうすればいいのですか!?」
「知らねーよ!」
元々グリンさん達に狩りをしてもらう為に今日は行くと話していたのに、なぜ自分も狩りをしようとしているのか。
胸の前で両手を組み、祈るように俺を見ながら潤んだ瞳でシスハが訴えかけてくるが無視だ。
今回シスハには神官として、彼らに被害が出ないよう全力でサポートをしてもらうつもりでいる。
なので狩りをさせるつもりは全くないんだけど……これを見ていると心配だな。
「シスハ、もし今回何かやらかしたら……ルーナにもう相手しなくていいぞって言うからな」
「ぐぇ!? う、うぅ……今回はちゃんと神官やりますから、それだけはどうか、どうか許してください……」
どうしても不安だったので釘を刺しておくことにした。
俺の言葉を聞いたシスハは、女性とは思えない声を出して、今にも泣きそうな表情で神官をやると言い出す。
ここまで効果覿面だとは思わなかったな……。ルーナのことがそこまで気になるのか。
「おー、シスハの口からちゃんと神官やるなんて言葉が……って、全く感心することじゃないでありますな……」
「お兄さん、あんまりそういう脅しはしちゃ駄目よ。シスハがかわいそうでしょ?」
「えっ……あっ、はい。すみません」
そんなシスハの様子をノールが呆れたような声を出しながら見ていた。
もうノール達の間でも、彼女がそういう性格だと完全にバレてしまっている。
受け入れているみたいなので、まあいいのかな……?
エステルにはそういうことを言っちゃ駄目だと少し咎められた。
1番効果ありそうな脅しをしたのだが……ちょっとやりすぎたか。
●
「グリンさん、お待たせしました」
「おう、今日はよろしく頼むぞ」
さっそく待ち合わせをしていた冒険者協会に行き、そこで待っていたグリンさんと合流をした。
彼の後ろを見ると、若い男女の2人組も一緒にいる。
短い茶髪の少しオドオドした様子で俺達を見ている男性と、それを落ち着かせるようにニコニコと笑顔で男性の肩に手を乗せている茶色い長髪の女性。
2人共同じような皮製の胸当てなどの防具を装備しており、男性の方は腰に長剣を携え、女性の方は短槍を手に持っていた。
見た目的に俺よりも若そうだな……もしかして駆け出しの冒険者なのか?
「それにしても、本当に変わった頼みごとだな。大倉なら俺に頼まなくたって、ブラックオークぐらい楽に狩れるだろ」
「あはは……ちょっと私の方の事情でして。その代わり徹底的に支援するのでどうかお願いします」
「まあ別にいいけどよ。魔導師と神官の支援魔法を体験できる上に、こいつらが安全にブラックオークとの戦いを経験できるし悪い話じゃないしな」
魔石集めに関する実験だから、詳しいことは話せない。
わざわざ同行して、なんで自分でブラックオークを狩らないのか疑問に思うのは当然だろう。
それでも追求せずに引き受けてくれたグリンさんには感謝しないと。
報酬は俺の方からお金を渡すのと、狩りをしたドロップアイテムは全て渡すということで双方合意している。
そしてもう1つ、グリンさんのパーティにフル支援をするという条件で首を縦に振ってもらった。
グリンさんは後ろにいた若い男女に手で合図し、彼らを俺達の前へと移動させる。
「大倉です、今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします! ぼ、僕はアルミロです!」
「緊張し過ぎだよアルミロ~。私はカミッラです。今日はよろしくお願いします」
俺が挨拶をするとまずは男性から挨拶を返してきた。
緊張しているのか、少しどもりながらだ。なんだか頼りなさそうに見えるけど、素直そうな好青年って印象を受ける。
後に続いて女性も挨拶をしてきた。こちらは落ち着いた……というか、ちょっとのんびりしたような口調でおっとりした感じがする。
ディウスとミグルちゃんと違い、こっちは大人しそうな男女の若いペアだな。
「随分と若い人達ですね」
「ああ、あいつらは少し前冒険者になったばかりでな。FからEになかなか上がれなかったんで、マーナちゃんに頼まれて俺が指導しているんだ。Eランクになってだいぶ経つんだが、まだDランクには程遠くてな……経験を積ませるのにはホントいい機会だったぞ」
「そうだったんですか。私達もちょっと困っていたので、タイミングがよかったみたいですね」
俺との挨拶を終え、彼らはノール達と挨拶をしている。
その間俺は、グリンさん彼らのことについて話を聞いていた。
グリンさんが先輩として教えてあげていたのか。やっぱり駆け出しの冒険者だったんだな。
俺はノールとガチャの装備のおかげでその過程を全て飛ばしていたが、本来ならこんな感じでもっと苦労していたのか……。
●
「大倉殿、やっぱり今回も歩きで行くのでありますね」
合流したので、今日の目的であるブラックオークを狩る為にいつもの狩場へと向かって移動中。
グリンさん達に聞こえない小さな声でノールが声をかけてきた。
「ああ、ビーコンを使って移動する訳にもいかないしな」
「はぁ、これだけが他の冒険者とパーティ組む時不便よね」
エステルも会話に入ってきて、少し不満そうにため息をついていた。
ゴブリンとオークの森までは、ブルンネからそこそこ時間がかかるぐらい距離が離れている。
ビーコンを使えれば一瞬なんだけど……あれはこの世界の人にあまり知られない方がいいだろう。
移動するとビーコンの近くに転移するから、ビーコンを見られる可能性もあるからな。
「そこまでして隠す必要あるのでしょうか? もっと堂々と色々使えば、随分と楽になると思うのですが……」
「うーん……難しいところだなぁ」
「この世界の魔法のレベルがわかれば、ある程度は魔法で誤魔化せそうだけどね」
マジックバッグや魔法のカーペット、そしてビーコンは人目につかないよう警戒しながらいつも使っていた。
正直わざわざ隠して使うのも、そろそろめんどくさくなってはきている。
だけどバレたらそれ以上にめんどくさいことになりそうだから仕方ない。
不思議なことがあったら、大体魔法で誤魔化せそうではあるが……どうなんだろう。
この世界に来た直後は俺達もまだ弱かったから、奪われたりしないかと警戒していたけど、もうかなり強くなっているから少しぐらいならガチャ産のアイテムを堂々と使ってもいいかもな。
「お、おい大倉……本当にここで狩りをするつもりなのか?」
「え? そのつもりですが……なにかまずかったでしょうか?」
「まずいもなにも……ここって魔物の住処じゃねーか! こんなところで戦ったら、何体一気に出てくるかわからないぞ!?」
しばらく歩いて、ようやく目的地であるゴブリンの森が見えてきた。相変わらず森の周辺にゴブリンがぽつぽつと歩いている。
そしてグリンさんが動揺したような声で俺を呼び、森の方を見ながら顔を引きつらせていた。
森の中に入らずに森の周辺で狩りをするだけのつもりだったんだけど……ここでも近すぎるってことか?
……たしかにノールと2人だけで狩りをしていた頃、森の中に入らなくても結構魔物が襲いかかってきたな。
「大丈夫ですよ。何体来てもあの騎士様がズバズバしてくれますから。それにブラックオークもこっちの方がすぐ出てきますので」
「お前こんな狩り方してたのかよ……そりゃ1日に異常な数狩ってくる訳だ」
まあ今回はブラックオークを狩るつもりなんだし、ここで問題ないだろう。
それにノールがいれば、万が一の危険すらないと思う。エステルやシスハだっているんだし、ブラックオークが一気に100体ぐらい出てきても対処できそうなぐらいだ。
「それでどうする? 大倉達も一緒にブラックオークを狩るのか?」
「いえ、私達はゴブリンやオークを狩りますので、グリンさん達はブラックオークが出てきたら相手をしてください」
ブラックオークは全てグリンさん達に任せ、俺達はブラックオークを湧かすのに専念するつもりだ。
俺とノールで狩りをして、エステルとシスハには後方で待機してもらいグリンさん達の支援を優先してもらう。
「おう、わかった。でもいきなりブラックオークじゃなくて、慣らす為に俺達にもゴブリンの相手をさせてくれ。支援でどれぐらい動きが変わるか確認しておきたいからな」
「わかりました。それではグリンさん達の慣らしが済みましたら、私達も狩りに参加させていただきますね」
さっそく始めようと思ったが、その前にグリンさんがゴブリン達と戦わせてくれと言った。
支援魔法があるのとないのじゃ、動きに相当差が出るからな……俺も迷宮の時にそれでかなり戸惑ったし。
そこまでちゃんと考えが行き着くなんて、やはり俺より長く冒険者やってる人は違うな。俺もそういう風になりたいものだ。
「それじゃあ、支援魔法かけるわね」
「はぁ……魔物を前にしてお預けをされるなんて……1体ぐらいいいでしょうか?」
「止めろ、頼むから止めてくれ」
エステルは普通に杖を振ると、この場にいる全員の体に光が纏わり付いてほんのり発光し始める。
そんなエステルとは違い、シスハはため息をつきながら杖を力なく振り支援魔法を施していた。人差し指を立てて1体だけ、1体だけと呟いてもいる。
まだ諦めてなかったのかこいつは! どうしようもないな……こうなったら、エステルさんの説教コースを受講させるしかないかもしれない。
そうすれば今後考えを改め……るのかな?
「うおっ、これが支援魔法って奴なのか。なんだか妙に力が湧いてくるな」
「今まで魔導師の支援魔法を受けたことはないんですか?」
「ああ、前に大討伐参加した時だって、大物じゃなくて周りの雑魚の処分担当だったからな。協会に所属する魔導師や神官が少なくて、支援魔法を受けられる奴は限られていたんだ」
支援魔法を受けたグリンさんは、剣を振ってなにやら確認をしている。それほど違いを感じるみたいだ。
前にドラゴンの大討伐に参加したとか言っていたので、経験があると思っていたのだが……そんなに冒険者の魔導師って少ないんだな。
「アルミロ、カミッラ。支援魔法をしてもらってるとはいえ、油断せずに相手をするんだぞ」
「は、はい!」
「わかりました~」
「よし、それじゃあ行くぞ」
同じパーティであるアルミロ達に声をかけ、グリンさんは仲間がいない孤立しているゴブリンに向かい走り出した。
普段からああやって1体に3人で対応して戦っているのかな?
ゴブリンが近づくグリンさん達に気が付いたのか、棍棒を振り上げ迎え撃とうしている。
それに対し3人は少し離れて移動をし、正面にグリンさん、右にアルミロ、左にカミッラちゃんと、3方向からゴブリンに攻撃を加えようと考えているみたいだ。
ゴブリンはどうしたらいいのか迷い、首を左右に振っている。
その間にもグリンさん達は近づいていて、とうとうグリンさんの攻撃が届く範囲に入った。
剣を振りかぶるグリンさんに対し、ゴブリンは棍棒の上下を持って盾のように防ごうとする。
だがそんなもの関係ないというかのように、彼の剣は棍棒を真っ二つにしてゴブリンの首をもはね飛ばす。
おおー、やっぱりエステルの支援を受けていると、デタラメな強さになるんだな。
それにノールと俺のバフも乗っかってるから、攻撃力が65%上昇している。
俺達とパーティを組むだけでありえないぐらい強化されるというのは、ちょっと恐ろしい話かもしれない。
「お、大倉! これどういうことだよ! 凄すぎるだろ!?」
「これも全てエステルさんのおかげです」
「ふふ、凄いでしょ?」
ゴブリンを倒したグリンさんが興奮した様子で戻ってきた。それほどまでに凄いと感じたのかな?
バフに関しては説明したって信じてもらえないだろうし、全てエステルの支援のおかげということにしておく。
彼女もそれに合わせるように、得意げな顔でグリンさんに微笑んだ。
それからはエステルの支援魔法の効果を実感したおかげか、さっきのように3人で行かずに1人だけでゴブリンを相手にしたり、オークに挑んだりなどグリンさん達は次々と魔物を狩っていった。
「ぼ、僕でもゴブリンを一撃で倒せるなんて……」
「オークだって簡単に倒せちゃうし、魔導師様って凄いんだねー」
「ブラックオークの狩りなんて不安だったが、これなら全く怖くないな。1度これを味わっちまうと、自分の実力を勘違いしちまいそうだ」
グリンさん、アルミロ、カミッラちゃん。3人とも自分達の力があり得ないほど上がっていることに驚きを通り越して戸惑っていた。
やはり支援魔法やバフは相当効果があるな。
ブラックオークと戦うのを不安に思っていたグリンさんも、その効果を実感して自信満々といった表情になっている。
「私も一応支援魔法かけているのですが……」
「シスハの支援魔法って、攻撃されるまで実感湧かないでありますからね」
「そういえばシスハの支援魔法は、防御力が上がるだけなのか?」
エステルの支援魔法ばかり絶賛されているのを聞いて、シスハが肩を落として落ち込んでいる。
防御が上がったりするのは凄く重要なことだが、どうもその辺りは地味で忘れがちだ。
神官は支援魔法よりも、回復魔法の方に注目しちゃうもんな。詳しく効果聞いたこともなかったし、せっかくだから聞いておくか。
「えーとですね……防御力上昇、HP上昇、魔法耐性上昇、状態異常耐性上昇、自動回復ってところでしょうか? 軽い傷程度なら、私が回復しなくてもすぐに治るぐらいの補助はされているはずですよ」
「おおぅ……思っていた以上に色々付加されていたんだな」
そんなに効果あったのかシスハの支援魔法……地味だと思ってすみませんでした!
近接戦闘をばかりしてるせいで、その他がおまけになりつつあるけど、ちゃんと優秀なサポーターのはずなんだよな……。
まあ近接職並に動けるおかげで助かったこともあるから、なんとも言えない感じではあるのだが。
さて、そろそろ俺達も狩りを始めるとするか。
●
「グリンさん! ブラックオークがきたので相手をお願いします! 他の魔物は私達に任せてください!」
「お、おう! アルミロ、カミッラ! 気合入れていくぞ!」
「はい!」
「はいー」
ノールと俺も狩りに参加して、次々と森の中から追加で出てくるゴブリンとオーク達を狩り続けた。
そしてようやく、お目当てであるブラックオークが森の中から出てきたので、グリンさん達に任せて俺達は周りのゴブリン達を彼らに近づけないように動く。
「ちょっと危うい感じではありますが、問題はなさそうでありますね」
「グリンさんがちゃんと指示しているみたいだからな」
森から少し離れた場所に誘導し、他の魔物が襲ってくる事故の可能性を潰して、グリンさん達は確実にブラックオークだけと戦う状況に持ち込んでいる。
やはり希少種が相手だからか攻撃にかなり警戒し、1回攻撃を当てては逃げると堅実な攻めだ。
当たりそうになってもグリンさんが盾で受け止めて、若い彼らが負傷しないように気遣っている。
攻撃を受けてもすぐにシスハの回復魔法が飛んでいくので、大事に至ることはなさそうで安心だ。
戦闘開始からしばらくして、アルミロの剣がオークの首を斬り付けると同時に、ブラックオークは倒れた。
うーむ、やはり希少種。通常のに比べるとそこそこ耐久力があるんだな。
さてさて、これで魔石がスマホに入っているなら、俺達の考えは正しかったとなるのだが……。
期待を込めてポケットからスマホを出して、魔石の数を確認する。
コンプガチャでちょうど0個になっていたので、これが1個になっていれば、今回の実験は成功なんだけども……。
「あれ……魔石入らないぞ?」
「えっ……本当でありますか!?」
「ちゃんとパーティ扱いにはなっているのよね?」
「ああ、ビーコンの選択に出てきているから間違いない」
「どういうことなんですか……」
結果は0個のまま。つまりパーティを組んだだけじゃ魔石は手に入らないということだ。
ビーコンの選択画面には、ちゃんとグリンさん達の名前があるのでパーティ判定はされている。
うーん? 一体どうなっているんだ?




