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仲間達との遭遇

「ん? あれシスハじゃないか?」


「あら、そうみたいね。何をしているのかしら?」


 雑貨屋で首飾りを買った後、適当に街を歩いていた。次はどこに行こうかなかなか決まらない。

 その途中、複数の人に見守られながら、おじいさんの腰に手を当てているシスハを発見した。

 一体何しているんだ?


「おー、楽になったよ。すまないね」


「いえいえ、また痛めないようにお気をつけくださいね」


 俺とエステルはしばらく立ち止まってシスハの様子を見ていると、終わったのかおじいさんが上半身を左右に回して何か確認をし始めた。

 会話からして、回復魔法で治療していたのか? 派手な光とか出ていなかったが、密着しているとまた違った感じになるのか。


「シスハ、何やってるんだ?」


「あれ、大倉さんにエステルさん。こんなところでどうしたんですか?」


「ああ、偶然通りがかっただけだよ」


 一段落ついたようなので、シスハに声をかけた。

 彼女の周りにいた人達は老人が多く、俺が近寄るとマジマジと見られてなんだか恥ずかしい。

 普段の鎧なら見られても大して気にならないのだが、休日に入ってから俺含め全員私服で過ごしている。なので今はヘルムがなく素顔のままだ。


 ノールが恥ずかしくて顔を隠す気持ちがちょっとだけわかってきたかも……ヘルム被っている時は、普段に比べるとだいぶ恥ずかしさが軽減されている気がするぞ。


「なんだい、シスハちゃんの知り合いかい?」


「はい……私の大切な人なんです」


「ありゃま、もしかして彼氏さんか!?」


「はい……きゃっ、言っちゃいました」


「おいおいおい、何言ってるんだ!?」


 突然シスハは、頬を赤く染めて照れ隠しの口元を手で覆う。

 こいつ! ついに所構わずからかうようになり始めやがったぞ……勘弁してほしい。


「照れなさんなってお兄ちゃん。こんな美人さんが彼女だなんて、いいことじゃないか。羨ましいよ」


「いえ、ホント違うんですよ。彼女とは冒険者パーティを組んでいるだけです」


「おっ、あんたがシスハちゃんの冒険者仲間か。ってことは、そっちの子も……」


 必死に訂正するも、おじさんに照れ隠ししているのかと笑いながら言われた。周りにいた老人達が微笑ましいものを見るような視線を俺に向けている。

 シスハが冒険者だということも知っていたみたいで、俺が冒険者パーティだと言うとすぐに納得してくれた。

 そしてそっちの子と言い俺の後ろの方を老人達は見たのだが……何故か途中で話すのを止めて絶句している。


「ふふふ、シスハ、さっきの寝言、もう一度言ってみて? 今度はちゃんと、寝かせてあげるから」


「エステルさん、冗談ですって冗談! 落ち着いて、落ち着いてくださいぃぃ!?」


 どうしたのかと俺も後ろを向くと、いつの間にかエステルがシスハを近くの建物の壁際に追い詰めていた。

 バチバチと大きな音がする電撃を指先から出し迫るエステルから、必死に壁に張り付きシスハは逃げようとしている。


「あー、ストップ、ストップ! エステル、落ち着けって!」


「むぅー、わかったわ……」


「た、助かりましたぁ……」


 このままだとシスハがやられそうだったので、エステル達の間に入って止めさせた。

 エステルは不満げに口を尖らせていたが引き下がり、シスハは助かったと胸を撫で下ろしている。

 いつものノリでからかってきたみたいだが、エステルの前でやるなんてな……怖さはわかっていただろうに。

 これでからかうのを止めてくれたら嬉しいのだが……シスハはいくら痛い目を見ても懲りそうにないよな。


「それで、シスハは何をしていたんだ?」


「街の人達とお話をしていただけですよ。休みになってから街の探索を始めたのですが、それでちょっと縁ができまして」


「へぇ……そうなのか」


 探索なんてしていたのか……それで縁ができるって何をしたんだか。

 それにしても、年齢の高いシスハとノールが積極的に外に出て、低いエステルやルーナが家に引きこもってるってどうなんだ?

 エステルは俺が外に行かないと部屋にこもって本を読んでいるので、ある意味俺が引きこもっているのが原因なんだけどさ。


「いやねぇ、荷物を運んでる時に腰が痛んじまって、通りがかったシスハちゃんに治してもらったんだよ。それから話をしたり治療をしてもらっていてねぇ……すまないねぇ」


「いえ、好きでやっていることですので」


 疑問に思っていたことを、シスハと一緒にいたおばあちゃんが口を開いた。

 あー、それでさっきもおじいさんの腰に手を当てて治療していたのか。腰痛ぐらいならポーションで治りそうなもんだが……どうなんだろ。


「それより、すみませんが少しこの人達とお話してきますね」


「おお、ゆっくり話しておいで」


「うお!? ちょ、引っ張るなって!?」


 特に問題あることをしている訳じゃなさそうだったので、話の邪魔をしても悪いと離れようとしたのだが、その前にシスハが話があると言い、俺の手を掴んで引っ張られた。


「全く……いきなりどうしたんだ?」


「大倉さんとエステルさん、デートなんですか? デートなんですね!?」


「ふふ、そうよ」


 少し離れた場所までくるとシスハは手を離し俺の方を向き、両手を握り締めグイグイと顔を近づけ聞いてきた。

 遅れて追いついてきたエステルがそれに微笑みながら答える。

 デート……デートなのか!? 普段一緒に出かけていることの延長だと思っていたのだが……まあ、エステルは喜んでいるみたいだし、余計なこと言って気分を害するのはよそう。

 

「くぅ、こんな面白そうなことになっているなんて……」


「……お前、もう色々と隠す気がないだろ」


 シスハは拳を握り締め唸りながら悔しそうにしている。この反応を見ると、事前にこうなることを知っていたらストーキングされたかもしれないな。

 もう召喚した直後の面影がまるでない。清楚の良い人だってイメージが完全に崩壊しているぞ。


「よく外に行くとは思っていたが、シスハが街の人と仲良くなっているなんて驚いたな」


「そうね。かなり仲が良さそうだったわね」


「うふふ、これも私の魅力ってやつです」


 まさかシスハが街の人と仲良く話をしているとは思わなかった。本性を見せなければさっきのイメージどおりだし、すぐに仲良くなっていても不思議じゃないか。

 それに今はいつもの修道服ではなく、白いワンピースにカーディガンと普段よりは声をかけやすそうな格好をしている。

 人差し指を立てウィンクしながらシスハが魅力のおかげだと言うが、自分で言っているせいで台なしだ。もう色々と残念すぎる。


「大倉さんもこの街に住んでいるんですから、街の人達と話したりした方が良いと思いますよ?」


「あー、うん……努力はする」


「お兄さんってあまり話すの得意そうじゃないものね。ちゃんと顔を見て話してくれないし」


 街の人と仲良くか……ブルンネに住むことになったんだから、やっぱり近所付き合いは大事なのかな?

 既に馴染みつつあるシスハが凄く感じるぞ。こういうところは、彼女の性格が羨ましいと思う。

 エステルが言うように俺は人見知りする方なので、積極的に街の人と会話するとなるとちょっと不安だ。

 ノール達のように軽いノリだったらなんとかなるのだが……未だに目線を逸らして話していることも多い。


「そうですよねー! いやぁ、迷宮でそのことをからかった時の反応は面白――あっ」


「どうしたの? 続けていいのよ?」


 シスハがエステルの言葉に楽しそうに反応したのだが、途中まで言い終えて口を押さえ黙り込んだ。

 エステルはそれをニコニコしながら聞き、首を傾げて早くその先を言えと促す。

 迷宮でのことは言わないようにしようとお互いに言っていたはずなのだが……口を滑らせて自爆しやがった。


「そ、それよりですね! どうやらノールさんも色々と噂になっているみたいですよ!」


「ノールが?」


 シスハは突然手をポンと叩いて、冷や汗を流しながら逃げるように話題を変え始めた。エステルは未だに、笑顔のまま無言でシスハを見つめている。

 まあシスハが追い詰められていることはいいとして、ノールが噂になっているっていうのは気になるな。

 あいつもよく何かしらやらかすから、問題を起こしてないといいのだが。


「ここ数日、フワフワした毛並みの動物を抱えた、顔を隠している少女が広場に出没するとかいう話です。話していた人達も怪しがっていましたけど、元気良く挨拶してくるから悪い子ではなさそうとか言っていました」


「あー……あいつも目立つもんなあれ」


「普段はヘルムで怪しくないけど、私服だと怪しさ倍増だものね」


 とうとう不審者扱いされてしまったのか……。

 休日になってから、ノールも私服姿だ。半そでのシャツにショートパンツと一見普通なのだが、あのアイマスクのせいでおかしくなっている。

 街を歩けば、道行く人が必ず振り返るぐらいには目立つだろうな。それで元気良く挨拶して街を歩いているのかあいつは……。

 モフットと散歩に行っているだけのはずなのに、注目されちゃってるじゃないか。


「それじゃあ私は戻りますので、後はお2人でお楽しみください。エステルさん、帰ったら感想聞かせてくださいね」


「ええ、わかったわ。それとシスハ、さっきの話帰ったらちゃんと聞かせてもらうからね」


「ヒッ――し、失礼しますねー!」


 用件は済んだとばかりに、ささっとシスハはさっき話していた老人達の方へと向かい歩き始めた。

 上手く話題を逸らして回避した、と思っていたみたいだが……その前にエステルに釘を刺されて体をビクッと震わせる。

 そして私は聞いていないと言いたそうに、走り出して去っていった。

 ……なんて騒がしい奴なんだ。



「ノールが変なことしてないか一応見に来たが……ここか?」


「うーん、聞いた感じだとそうだと思うけど……あっ、あそこじゃない?」


 街の人に場所を聞いて、ブルンネの広場に来ている。街の中心に近くにあり、かなり草木は多少あるが見通しの良い空間が広がっていた。

 人もそこそこいて、ベンチのような座る場所もあり憩いの場のようになっている。

 ここにノールがいるという話なのだが……人が多くてわかり辛い。

 

 これは探すのが大変だなと思っていたのだが、エステルが指差す先を見てみると、広場にいる人達が微妙に避けるように歩いている場所があった。

 そこをよーく見てみると、ルーナと同じぐらい背丈の男の子と女の子と一緒に、アイマスクを着けた銀髪の女性がベンチに座っている。

 ああ……あれはノールだな。めちゃくちゃ目立ってるじゃないか。


「喉が渇いたでありますし、これでも一緒に飲むでありますか」


「変な姉ちゃんそれなんだ?」


「だから、私は変な姉ちゃんじゃないのであります! これはポーションでありますよ」


 仲良さ気に話しているようなので、俺とエステルは視界に入らないよう回り込みながら後ろから近づいていった。

 男の子には、変な姉ちゃんとか言われているみたいだ。それで怒っているけど……真実なのだから仕方ない。

 

 問題なければ声をかけずに、そのままにしようと思ったのだが……ノールはウエストポーチからガチャ産の赤いポーションを取り出し、子供達に飲もうとか言っている。

 こ、こいつ……ジュースみたいな扱いでポーション飲もうとしてやがるのか!?


「ポーションって、まずいんだよね?」


「むふふ、これは美味しいポーションなのでありますよ。飲んでみるでありますか?」


「えっ、いいの!」


「いいのであります。でも、あんまり他の人に言っちゃ駄目でありますよ? 知ったら怒る人がいるでありますからね」


 女の子が不安そうな声でノールに尋ねているが、ノールは自信満々な声で美味しいと答える。

 この世界のポーションは緑色で青汁のように苦い。俺も1度飲んだのだが、しばらく舌が麻痺するぐらいの不味さでやばかった。

 良薬口に苦しって言葉そのまんまだ。その点ガチャ産のは甘くて効き目もいいのでありがたい。


「へぇー、怒るって誰が怒るんだ?」


「それはもちろん大倉――へっ?」


 このままだとほいほいポーションを渡しそうなので、一応声をかけることにした。

 後ろから声をかけるとノールは途中までそれに答え、子供達じゃないと気が付くとギギギ、と聞こえそうな鈍い動作で振り返る。


「ぴゃぁぁ!? な、なんでここにいるのでありますか!?」


「ノールが噂になっていたから見に来たんだよ。……ポーションを飲み物代わりに飲んでやがったのか」


「こ、これは、その……ごめんなさいであります!」


 叫び声をあげ、ノールはベンチから飛び退いた。左右にいた子供達もその反応に驚いている。

 俺がポーションのことを聞くと、子供達の前だからか言い訳することなく素直に頭を下げてノールは謝った。

 うーん、怒ろうと思った訳ではないのだが……素直に謝っているし、そこまで厳しく言わなくてもよさそうだな。


「いや、別にいいんだけどさ。その代わり、足りなくなったらちゃんと言うんだぞ?」


「お、大倉殿……太っ腹なのであります!」


「だからって飲みすぎるなよ」


「うっ……了解であります」


 一応戦闘用としてポーションを渡しているので、いざって時に数がなかったらノールが大変だ。

 ポーション自体はガチャのハズレで大量に持っているし、少し飲むぐらいならいいだろう。

 これが数の少ないハイポーションだったらもう少し怒っていたけどな。

 それでも飲み過ぎて数を減らされても困るので、釘を刺しておいた。


「兄ちゃん、この変な姉ちゃんの知り合い?」


「ああ、そうだよ。この変な姉ちゃんと何をしていたのかな? 変なことはされなかったかい?」


「うん、モフットを触らせてもらっていただけだよ」


 黙っていた子供達が、俺に声をかけてきた。

 男の子は短い金髪で、ちょっとやんちゃそうな雰囲気をしている。女の子の方は長い金髪で、大人しそうな雰囲気だ。

 

 ノールが変なことしていないか聞いてみると、女の子は膝の上に乗せているモフットを俺に見せる。

 かなり見た目が怪しいノールによく近づいたなと思っていたのだが、どうやらモフットのおかげみたいだな。


「お、大倉殿まで変な姉ちゃんって呼ばないでくださいでありますよ!」


「私服の時ぐらい、アイマスクは取ったらどうなの?」


「嫌でありますよ! って、エステルも一緒だったのでありますか。2人揃ってここに来るなんて、珍しいのでありますね」


 見れば見るほど怪しい格好に、エステルがアイマスクを外したらと言ったが、頭を左右に振り全力で拒否している。

 これで素顔なら可愛い少女だって言えるのだが……まあ俺もさっき同じような経験したので強くは言えない。


「なあなあ、兄ちゃん。この変な姉ちゃんが冒険者って本当?」


「ん? そうだよ。変な姉ちゃんだけど、俺達と同じ冒険者だ」


「へぇー、嘘じゃなかったんだ」


 少年が俺に、ノールが本当に冒険者なのかという妙な質問をしてきた。

 いつもの甲冑姿じゃないので、冒険者には全く見えないのはわかるけど……わざわざ聞くようなことなのか?


「カームはまだ疑っていたのでありますか!」


「だって姉ちゃん、俺達に遊びで負ける方が多いし。それに冒険者だったらもっと強そうだからさ」


「あっ、うぅ……それはでありますね……」


 うーん? 話の内容からして、遊びでなにかやってノールがボロ負けしたから疑われている、と?

 彼女はとても答え辛そうにしているし、わざと手を抜いて負けたりしていたのかね?

 ふむ、手を抜いてるだなんて言えないだろうし、ここは1つフォローしてやるとするか。


「こんな姉ちゃんでも、戦ったら強いんだぞ? 俺なんて、1発殴られただけで気絶させられちゃうぞ」


「げっ、本当!? 姉ちゃん、馬鹿力なんだな」


「大倉殿、余計なこと言わないでくださいでありますぅ!」


 ありゃ、上手くフォローしたつもりだったのだが間違えたかな?

 実際に防具無しの状態でノールにぶん殴られたら、間違いなく一撃で失神すると思う。

 俺達の中で唯一第2段階に上昇している能力値は伊達じゃないからな。


「とりあえず大丈夫そうで安心したぞ。ノール、怪しいと思われているらしいから、あんまり遅くまで出歩くなよ?」


「普段の大倉殿の格好に比べたらマシだと思うのでありますが……というか、大倉殿に言われたくないのであります……」


「お兄さんが普段からあんなだから、ノールも感覚が麻痺してるのかしらね」


 俺がノールに念の為言っておくと、凄く不服そうにしている。

 俺としてもノールと同じにはしてほしくないのだが……一応普段着はちゃんとしているし、怪しいと思われているのは戦闘時の格好だけだからな。



 問題なさそうだったので、あの後ノールと別れて俺とエステルは町外れにある展望台みたいな所へ来ている。

 もう夕暮れで今から店を回るのも時間的に微妙だったので、街を見渡せる場所でも行こうと探していたらここに辿りついた。


「ごめんなエステル。行きたいところ行っていいぞって言ったのに、あんまり回れなかったな」


「ふふ、構わないわよ。それに最初に言ったでしょ? お兄さんと一緒ならどこでもいいって」


「お、おう……それならいいんだけど……」


 結局シスハとノールと会って会話していたりして、エステルと満足に街巡りができていなかった。

 まともに行ったのは服屋と雑貨屋ぐらいだろうか。

 それでも彼女は、出かける前と同じことをニコニコと笑顔で俺に言った。

 あー……そういうこと言われると、もっとちゃんと楽しませてあげればよかったという気持ちが強くなってくる。


「今まで、こうしてゆっくりこの世界の景色を見ることなかったな」


「お兄さんは私を召喚する前から、ゆっくりしないで魔物ばっかり狩っていたの?」


「ああ、ガチャ回したかったからさ。それに最初は金も欲しかったし」


 壁に肘をかけて街を眺めているが、こうじっくりと街を眺めることなど今までなかった。

 この展望台は全体を見渡せるってほど高い場所ではないが、それなりに広いところまで街の風景を眺められる場所だ。

 三角だったり平らだったりと色々な屋根の建物があり、赤や緑と様々な色をしている。

 さっき俺達がノールと会った広場も見え、人がまだ結構歩いているのも見えた。


 改めて思うと、魔物ばっかり狩っていて街のこととか全く知らないな。下手したら狩場の方が詳しいかもしれない。

 ノールやシスハですら既に馴染みつつあるのに、こんなんでいいのかね?

 エステルに言われて召喚の時のことも思い出したが、あの時はエステルを呼び出すかどうかでめっちゃ迷っていたな。

 今思うと迷ったことが馬鹿らしいどころか、どうして迷ったんだと後悔してきた……。


「これで魔石集めが上手くいったら、こういう風に毎日ゆっくりできるのかしらね」


「うーん、どうだろうな。結局、迷宮攻略する為にレベル上げはしないといけないしな」


 もし魔石集めの考えが成功したのなら、これからは不労所得で魔石を得ることができる。

 まあ色々と問題がありそうなので、そこまで上手くいくとは思っていないのだが……。

 それでも魔石集めに集中しなくてよくなるなら、これからはレベル上げ優先ということも可能だ。

 

 それにこれからは迷宮探索にディメンションルームも使える。

 これさえあれば、迷宮内で数日以上狩りをすることだって可能だ。

 レベル上げやゴブリン迷宮のような場所を探し出して狩りをするのもいいかもしれない。


「さて、ノール達もそろそろ帰る頃だろうし、俺達も帰るとするか」


「あっ、ちょっと待って……そろそろいいかしら?」


「ん? どうかしたか?」


 もうそろそろ日も沈みそうなので、帰ろうとエステルに言って展望台から出ようとした。

 しかし、彼女が少し待ってほしい言う。


「ほら、お兄さんこれ」


 エステルが俺の正面に来ると、握り締めていた手を開けた。

 そこには、雑貨屋で買った魔光石の付いた首飾りがあったのだが……。


「おお!? 凄いじゃないか! さすがはエステルだな」


 エステルに握り締められていた魔光石は、虹色のように輝く宝石に変化していた。

 光の当たり方次第で、赤、黄、緑、青、紫、と次々と変化していく美しいものだ。

 無色透明だった宝石が、ここまでの宝石になるなんて……他の魔導師が作ったならどうなるのか知らないが、さすがはエステルとしか俺には思えない。


「エステルの魔力は綺麗なんだな。こんな首飾りになるんだったら、買ってよかったじゃないか。エステルに似合うと思うぞ」


「ふふ、ありがとう。でも、これは私の為に買ったんじゃないの」


「え? じゃあ誰の為に買ったんだ?」


 自分で為に宝石を買い、自分だけの宝石を作ったのだと思っていたのだが、どうやら違うみたいだ。

 うーん? ノールかシスハかルーナにでもあげるつもりなのか?

 ルーナは召喚されたばかりだし、お祝いとしてあげてもおかしくないもんな。


「お兄さんにあげようと思って買ったのよ」


「えっ、俺?」


「ええ、お兄さんから今まで色々貰っていたけど、私からあげたことってないじゃない? だから、これをプレゼントしようと思ってね」


 エステルはそう言い首飾りを摘まんでニシシと笑いながら俺に見せる。

 俺は彼女の言葉を聞いて、唖然としてしまった。たしかに、何か物を貰うということは1度もなかったと思う。

 俺はエステル達に色々と渡してはいるが、それは一緒に集めた魔石で引いたガチャの物だ。だから、あげているという感覚は全くなかった。

 

 それなのにこうやってお礼として個人的に何か貰えるというのは、嬉しいけどなんだか複雑な感じがする。

 代金だけでも返してあげた方がいいんじゃないかって気がしてきた。


「いいのか?」


「ええ、その為に買ったんですもの」


「じゃ、じゃあ、せめて代金だけでも……」


「もう! それじゃあ私がお金を出して買った意味がないじゃない! こういう時は黙って受け取るの、わかった?」


「あっ、はい……」


 代金を俺が渡すと言うと、笑顔だった表情が一変して眉をひそめ怒られた。

 あちゃ……どうやら無用な気遣いだったみたいだ。こういう時にちゃんとした対応ができないなんて、俺ホント駄目だな……。


「お兄さん、つけてあげるから少し屈んで?」


「お、おう」


 素直にエステルから首飾りを受け取ろうとしたが、つけてあげると言われたので屈み彼女が届くようにした。

 かなり年下とはいえ、こうやって首飾りをつけてもらうというのは、ちょっと恥ずかしいな。


「ん、似合ってるわよお兄さん」


「……ありがとう、嬉しいよ」


「ふふふ、喜んでもらえたのならよかったわ。その首飾り、私だと思って肌身離さず持っていてね」


 首飾りをもらってかなり嬉しい。不思議だが、ガチャで当たりを引いて踊り出したくなる時と同じ気分がする。

 だけど、ガチャの時ほど正直にはしゃげずに言葉少なく彼女にお礼を言った……だって恥ずかしいんだもん。めっちゃ顔が熱い。

 

 そんな浮かれ気分だったのだが、俺が身につけたことを改めて見たエステルが、凄く満足そうな声で肌身離さず持っていてねと言ってきた。

 ……ん? なんだろう……かなり嬉しいはずなのに、エステルの言葉を聞いて妙な不安を覚えたのは気のせいだろうか。


「それじゃあ帰りましょうか。ノール達がお腹を空かせて待っていそうね」


「あ、ああ、そうだな」


 エステルは用を終えたからか、凄く良い笑顔で俺を見ながら帰ろうと言った。

 不安になったのは一体何故なのだろうか……気になるな。

 

 そんなことを思いつつも、彼女の笑顔を見ていたらなんだかどうでもよくなってきたので、俺はエステルと並びながら自宅に帰ることにした。

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