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エステルとの買い物

「もう、どうしていきなり早く歩いたの」


「す、すまん。そ、それよりどこか行きたいところはあるか?」


 エステルの言葉で気恥ずかしくなり、少し早歩きをして顔の熱が引くのを待った。

 熱はすぐに引いたので歩く速度を落としたが、急ぎ足でついてきていたエステルが追いつくと、プリプリと怒って俺の服の裾を掴んだ。

 せっかく嬉しそうにしていたのに、悪いことをしてしまったな。

 ああも好意的な言葉をかけられると、嬉しいがどうも恥ずかしい。


「んー、そうね……それじゃあ、服屋に行ってもいいかしら?」


「ああ、構わないぞ」


「ふふ、ありがとう。あっ、お兄さん、せっかくだしあれでも食べていかない?」


「ん? そうだな……小腹も空いてきたしちょうどいいか」


 改めてどこに行こうか聞くと、頬に手を当てて少し考えた後エステルは答えた。

 それに俺が了承すると、今度はある方向を指差し食べないかと言う。

 指差す方向を見てみると、小麦色の丸い生地に果物が乗った食べ物を売っている店があった。

 見た感じだと……パイって奴か?


「ほら、気をつけて持つんだぞ」


「ありがとう。お金は……」


「この程度気にするな。っていうか、俺の持ってるの全員共同のだけど」


 さっそく店に行きパイを買いエステルに手渡す。

 丸いパイをそのまま買ったわけじゃなく、何等分かに切り分けられ紙に包まれたものだ。

 このサイズなら歩きながらでも平気だし、食べやすそうだな。

 手渡した際にエステルがお金のことを気にしていたが、気にするような額でもない。

 それに俺の持っている金は全員で稼いだ分を持っているだけなので、ある意味エステルの金でもある。

 感謝されても逆に俺が申し訳なく感じてしまうぞ。

 

 それじゃあ、と食べようとしたのだが、その前にエステルが俺の方にパイを差し出してジッと待っていた。

 えっ……これはもしかして、食べてくれってことなのか? いや……それはちょっとなぁ……。

 

「あの……わかったよ」


 いつまでも動く様子のないエステルに負け、俺は彼女の差し出したパイにかじり付いた。

 まだ熱い生地からサクッと音が少しだけして、口の中に甘酸っぱい味が広がる。アップルパイに似てるような果実の味だ。


「どう? 美味しい?」


「んぐっ……おっ、美味いなこれ」


 俺が噛り付いて美味いというと、エステルは満足そうな笑顔をしていた。そんなに嬉しいのだろうか?

 パイの味は悪くなかった。いや、悪くないどころか美味い。ガチャのおやつに比べると甘みは弱いが、これはこれで美味い。

 ノールとかこれ食べたら喜ぶんじゃないか? ……いや、あいつなら既に食っていてもおかしくないか。


 俺が少し食べたパイの味に感心していると、エステルがニコニコしたまま俺の方を見ていた。

 あっ、やっぱり? やってもらったんだから、俺もやってあげないと駄目?


「ほら……」


「んっ……うん、美味しいわね」


 今度は俺の持っていたパイをエステルに差し出した。彼女はそれにかじり付き口に含むと、手を口に当ててもぐもぐしている。

 そして飲み込むと、美味しいと言った。どうやらエステルからしても、このパイは美味いらしい。

 

 そんなやりとりを終えて、俺達はようやく服屋に向かい歩き始めた。

 お互いに食べさせ合うなんて、今までやったこともないぞ。なんだか恥ずかしくなってきた。また顔が熱くなりそうだ。

 というか、今日恥ずかしいって思うことばかりじゃないか? どうなっているんだ。

 それよりも……どうしようこれ。勢いでパイをエステルに食べさせたけど、これ俺がこのまま食べたら……いや、もうそんなこと気にする歳じゃないだろ!

 

 もしかしてエステルも気にしてるんじゃと思い、彼女の方を見てみる。

 エステルは全く気にした素振りもなく、パイを両手で持ってゆっくりと食べていた。

 意識していたの俺だけかい!


「どうしたのお兄さん? 食べないの? 冷めちゃうわよ」


「えっ……あっ、た、食べるよ?」


 俺が見ていることに気がついたエステルが、不思議そうに首を傾けた。

 くっ、そ、そうだな。こんなことでうろたえていたら、またシスハにからかわれる。

 俺は覚悟を決め、パイを豪快に口の中に入れた。



 パイとの格闘を終えて、少し歩いて目的地の服屋に到着したのだが……。


「うーん、こっちの方が似合うかしら? あっ、でもこっちもいいかも」


「あのー、服屋にくるのはいいんだけどさ、エステルの服を見るんじゃなかったのか?」


「あら、私の服を見るだなんて一言も言っていないわよ?」


 服屋に入ってからずっと、俺がエステルの着せ替え人形みたくなっていた。

 俺はてっきり彼女の服を見るのだと思い込んでいたのだが……たしかに、一言も言っていなかったけどさ。


「お兄さん持っている服少ないでしょ? 良い機会だから、一緒に選びましょうよ?」


「うーん……そうだな。せっかくだし、エステルに選んでもらおうかな」


「ええ、任せて」


 エステルの言うとおり、俺は普段着と寝巻きを合わせて5着程度しか持っていなかった。

 元の世界でも、服は防具とか言ってそこまで気にしてなかったからな。この際なので買っておこうか。


「ふふ、それじゃあ次は雑貨屋に行きましょう」


「まさか自分の服買うことになるとは思わんかった……」


 入ってから結構な時間服屋に入り浸り、最終的に上下合わせて10着ぐらい購入した。

 白いシャツや黒いスーツのような物まで様々だ。こんなに必要だったのだろうか?

 まあ、エステルが良いというので買っておいたが……バッグの中に一応入れておこう。


「いらっしゃい! って、いつぞやの兄ちゃんじゃないか。なんだ、ブルンネに戻ってきてたのか」


「あっ、どうも。覚えていてくれたんですね」


「そりゃな。低ランクでブラックオークの肉を大量に持ってきたりしたんだから、嫌でも覚えてるさ」


 服屋から出て、次は雑貨屋へとやってきた。

 ブルンネに来てからまだきていなかったので、随分と懐かしい感じがする。

 出迎えてくれたのは相変わらずの店主さんだ。俺のことを覚えていてくれたみたいで嬉しいぞ。


「王都に行ったって聞いたが、なんで戻ってきたんだ?」


「実はブルンネに家を買ったんですよ」


「おお、そうかい。そりゃいいことだ。何かお祝いやろうか?」


「いえいえ、お気になさらず」


 ブルンネを出る際マーナさんぐらいにしか言っていなかったけど、そこそこ話題にはなっていたのかな?

 この街に家を買ったと言うと、店主は笑いながらお祝いをやろうかと言ってきた。

 嬉しいけど、そこまで気遣ってもらうのも申し訳ない。


「それで、王都の迷宮には行ったのか? 何か珍しい物は拾ったか?」


「あー、いえ、実は全然迷宮で狩りしていないんですよ」


「そうか……何か売ってもらえたらと思ったんだがな」


 迷宮で色々落ちると聞いたから行ったというのに、ドロップアイテムより奥に進むこと優先したので全然狩りをしていない。

 まあ、ガチャで色々出るからわざわざ迷宮で探す必要もないのだが……次行った時はしばらくスライム倒し続けてみようかな。


「あっ、でも、スライムが落としたブーツとかならありますよ」


「スライム……スライム!? そういや、迷宮の低層にスライムが出るって聞いたな……ブーツも興味あるが、スライムの核はまだ持っているか?」


「え、ええ……数はありませんが売らずに持っていますけど……」


 俺がスライムというと、店主は少し興奮気味に核はまだあるかと聞いてきた。

 スライムの核は王都の店に売ることなくバッグの奥底で眠っていたので、取り出して机の上に次々と置いていく。

 様々なスライムの核を拾ったが、どれも白くて違いがわからない。スチールスライムの核だけは、銀色の玉なのでわかりやすい。

 全部出し終えると、核は23個あった。ホント全然狩っていなかったんだな。


「おお……スライムの核がこんなに……それにこれは、スチールスライムって奴のだろ?」


「そうです」


「頼む! これ全部で42万Gで売ってもらえないか!」


 うぇ!? これで42万Gだと?

 今更驚くような額ではないけど、たったこれだけでこの金額は凄いな。

 スライムの核なんて、全く使えそうにないのに。


「いいですけど……この数でそんなに金額が高いんですか?」


「ああ、スライムの核は使えるからな。各スライムの核が1万Gで、スチールスライムの核が20万Gだがいいか?」


 うへー、普通のスライムで1万、スチールが20万かよ。結構良い買取金額だな。

 スチールスライム乱獲するのも良さそうだな……いや、あれは心臓に悪いから止めておこう。あんな銃弾が動き回っているような軌道する奴、何回も相手にしたくないわ。


「スライムの核って何に使うんですか?」


「こいつはな、水の中に入れておくと水がねばねばした液体に変わって色々と使い道ができるんだ。スチールスライムの方は、塗ると表面が鉄のように硬くなるからさらに色々と使える。王都なら入手しやすいんだろうが、ブルンネには滅多に回ってこないんだよ」


「へぇー、スライムの核にそんな性質が……」


 スライムの核で変質した液体か……あんまり使いたくないな。

 のり代わりにはなりそうだし、意外と使えそうだけどね。

 スチールの核は結構凄そうだな。木の棒に塗ったら鉄みたいになるのか? メッキみたいなものなのか?

 色々と凄いなこの世界。


「ブーツの方はどうしますか?」


「うーん、それも興味があるんだが……普通のブーツならいいが、それは珍しいものだろ? ちゃんとした装備屋に持っていった方がいいと思うぞ」


 なんでも買い取ってくれそうだったが、ブーツの方は装備屋に行った方がいいみたいだ。一応言ってくれる辺り、良い人だな。

 たしかにこれ珍しそうだし、今度ガンツさんの装備屋行く時にでも聞いてみるか。


「それより悪いな。連れがいたのに引き止めちまって」


「あっ……す、すまんエステル!」


「むぅー、一緒にきたのに話に夢中になって、私を無視するなんて酷いわ」


 俺にスライムの代金を渡した後、申し訳なさそうに両手を合わせてから店主が俺の後ろを指差した。

 振り向くと、頬を膨らませムスッとしたエステルが、やっと気がついたかと怒っている。

 やっべ……つい話し込んでずっと待たせちまった……。


「まあいいわ。ねぇおじさん、これって何かしら?」


「ん? それは最近入荷した魔光石だな」


「魔石!? 今魔石って言ったよね!?」


「落ち着いてお兄さん、魔光石よ。どう聞いたらそう聞こえるの?」


 エステルがカウンターに飾られていた1cmほどの透明な宝石が付いた首飾りを指差した。

 そして魔と石という単語が聞こえたので魔石だと思い俺も食いついたのだが、どうやら魔石ではなかったようだ……残念。


「ど、どうしたんだ急に……それで嬢ちゃん。これに興味があるのか?」


「ええ、なんだかそれを見ていると、不思議な感じがするの」


 エステルが興味津々と言った感じで、カウンターに手を乗せて飾られている首飾りを眺めている。

 不思議な感じがする首飾りか……装備系のアイテムなのか? ガチャから出るような首飾りや指輪のような装備も、この世界にはあるのかもしれないな。


「そういえば、前に来た時は魔法を使うような格好をしていたな……魔導師ってことか」


「ええ、そうよ。それで、その魔光石ってなんなの?」


「それならちょうどよさそうだな」


 それから、店主は魔光石について教えてくれた。

 この石は魔物から極稀に落ちるらしい。大きさは魔物の強さに比例して違い、ここにあるのはゴブリンから落ちた奴なので最小サイズみたいだ。

 魔光石は魔導師が力を込めることで、色合いや輝きが変化する宝石らしい。魔導師の力が強ければ強いほど、色も濃くなり輝きも増すとか。

 物によっては特殊な効果も付くことがあるという。

 クェレスという魔導師の本拠地みたいな街だと、見かける機会も多いそうだ。王都にも探せばありそうだな。


「これは小さすぎるから、ただの首飾り程度にしか使い道がないんだけどな。効果が出るほど力は込められないと思うぞ」


「そんなものがあるのね。小さいけどちょうどいいし、これ売ってもらってもいい?」


 小さすぎるせいかあまり使い道がないそうだが、エステルはそれがいいみたいで買おうとしている。

 今は透明な宝石だが、彼女が魔力を込めるとなるとかなり凄いことになりそうだ。どうなるかちょっと気になるな。

 魔法的な効果がなくても、首飾りとしては良さそうだし十分か。


「こんなサイズでも30万Gはするが平気か?」


「あっ、それなら俺が」


 意外と高いな……これだけで何日宿に泊まれるんだ。まあ、今の持ち金なら問題はないし、スライムの核が高く売れたからいいか。

 日ごろエステルにはお世話になっているし、このぐらいの出費いいだろう。


「待ってお兄さん。これは自分のお金で出すからいいわ」


「えっ……でも」


「いいから、ね?」


「嬢ちゃんもこう言ってるんだし、好きにさせてやったらどうだ?」


「……そうですね」


 俺が払おうと金貨を取り出そうとしたのだが、エステルに止められ彼女が自分の持ち金から払うと言い出した。

 ある程度自分達で自由にできるようにとちょくちょくお金は渡していたが、30万Gも払うとなるとだいぶなくなってしまう。

 なので再度俺が払ってやると言おうとしたのだが、ニコニコしながら彼女は金貨3枚を自分のショルダーバッグから取り出して払ってしまった。

 店主も好きにさせてやったらどうだと言い、エステルに首飾りを渡す。受け取った彼女は、笑顔で首飾りを大事そうに握り締めている。


 ……本人は嬉しそうだし、自分の金を出して買ってこそ愛着が湧くというのもあるか。

 あまりしつこく言うのも迷惑だろうし、ここは店主の言うとおり好きにさせてあげよう。

 


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