休日
ルーナを召喚してから数日後。
あれから狩りをすることなく、俺達は普通に過ごした。特に変わったこともなくて、本当に穏やかな日々だ。
魔石集めに関しては、まずパーティだからか、召喚されているかなのか判断しようとしたのだがここで問題が起きた。
ノール達が何をしてもパーティから外れないのだ。パーティかどうかの判断はビーコンを使い、転移の選択欄に名前が出るかで判断した。
その結果、どうあがいてもパーティから外れないので狩りをすることなく実験終了。もう他の冒険者を呼んでやるしかなくなってしまった。
原因はわからないが、無意識の部分で繋がりを感じているからなのかね? 曖昧過ぎて、判断がつかない。
「行き詰ったけど、たまにはこうのんびりしているっていうのもいいな」
「焦らず、ゆっくりでいいのでありますよ。上手くいくことを願っているのでありますが……ここであります!」
ノールが俺の呟きに返事をしながら、将棋の駒を手に取り盤面にパチン、と良い音を鳴らしながら置いた。
「今までガチャの娯楽品ってないかと思っていたけど、意外とあったのね。はい、王手」
「ぶっ、ま、待ったであります!」
「ふふ、だーめ」
ノールが駒を置いた後、すぐに相手をしていたエステルが駒を進めて王手をかけた。彼女は手を上げて待ったを要求するが、エステルに微笑みながら駄目だと一蹴される。
この休みの間、ボードゲームセットを出してルールを彼女達に教え遊んでいた。特にエステルなんて、教えてすぐにどんどん理解し、今じゃ俺と同じかそれ以上だ。末恐ろしい。
他にも厚い本を出してみたら漫画本やら出てきたので、暇を潰すものに困ることはなかった。
「また負けたのでありますよぉ……エステル強すぎるでありますぅ……」
「これから頑張ることね。これはいただくわ」
「あ、ああぁぁ……ぱたり」
慣れてきたところでノールとエステルが、おやつとして出したカステラの最後の一切れを巡って将棋で勝負していた。
勝敗はエステルの勝ちで、ふわふわした黄金色のカステラを摘まみ口に入れ、美味しそうに味わっている。
それを見てノールが消え入るような悲鳴を出し、手を伸ばして机の上に崩れ落ちていた。
おやつぐらいで随分と大袈裟なリアクションをしているな……。
「それで、そこの魂の抜けたようなシスハはなんなんだ?」
「うぅ……ルーナに猛烈アピールして、全て失敗したみたいなのでありますよ」
「神官だから嫌われてるんだし、もう諦めたらどう?」
俺達が座っている場所から少し離れた位置で、シスハが1人椅子に座ってうなだれていた。まるで燃え尽きて真っ白な灰になった人のようだ。
ルーナを召喚した日から、彼女はめげずに何度も仲良くなろうとしていたのだが、ことごとく拒否されて現在に至る。
神官ってだけで本能的に嫌われているみたいなので、俺達にはどうしようもできないが……ちょっとかわいそうだな。
「私は絶対諦めませんよ!」
「わ、生き返った」
「どうしてシスハは、ルーナにそこまで執着するのでありますか?」
「あー、俺もそこは気になっていたわ。なんでなんだ?」
エステルが諦めなさいと言いながら近づいてツンツンと指で突いていると、シスハが拳を握り締め立ち上がり叫んだ。
どうしてここまでルーナと仲良くなりたいと思うのか、ノールが不思議そうに聞いた。
俺もまさかここまで執着すると思っていなかったので、なんでなのか気になるな。
「私自身もよくわからないのですが、ルーナさんを見ているだけで胸の奥がこう、キュッとするんですよ」
シスハは胸を押さえながら、ハァー、とため息を吐いて切なそうにしていた。
幼女相手にまるで恋をしている乙女の雰囲気を出されても反応に困るのだが……ノール達もその様子を見て、どう反応したらいいのか困惑している。
「ハァ……とりあえず今日も出かけてきますね……」
「あ、ああ……あんまり遅くならないようにな」
「あっ、なら私もモフットと散歩に行ってくるのであります!」
トボトボと元気がなさそうに歩いて、シスハは外へ出て行った。
そしてそれを追うように、ノールが自分の部屋からモフットを連れ出し外へ出て行く。
自宅ができたからか、この休日の間は宿に泊まっていた時と違い、彼女達もよく1人で外に出かけるようになっていた。
各々好きなことを見つけて自分で行動し始めたのは喜ばしいことだな。
「さて、なら俺も出かけるとするかな。エステルはどうするんだ?」
「あら、それじゃあ私もお兄さんと一緒に行くわ」
ノール達のことは喜ばしいと思っていたのだが、エステルだけはこの休日が始まってから1度も1人で外に行っていない。
毎日俺の傍にいて、どこかへ行こうとすると一緒にきたいと言うのだ。
「一緒にきてくれるのは嬉しいけど、たまには自分の好きなことをしていてもいいんだぞ?」
「お兄さんと一緒にいるのが、私の好きなことなのよ?」
「お、おう……ならいいんだけど……」
エステルは頬に手を当てて、微笑みながら俺に返事をした。
彼女にも自分の好きなことをやっていてほしいのだが……こう言われると何も言い返せなくなる。
●
「それでお兄さん、今日はどこにいくつもりなの?」
「ああ、冒険者協会に行こうと思ってな。魔石集めを試す為に人が必要だし、今の内に約束しようかと思ってさ」
今日の用事は、魔石集めの方法を試す為に現地の冒険者の人とのパーティの約束をしようというものだ。
突然募集したってきてもらえるかわからないし、当日スムーズにできるようにしたいからな。
……実際は早めにグリンさんと約束できないかな、なんて思っていたりもする。やっぱり知らない人より、知り合いに頼んだ方が気が楽だからな。
「それよりも、ルーナが本当に引きこもるとは思わなかったな」
「夜になればちょくちょく出てくるけど、日の出てる間はあまり良い調子じゃないみたいね」
「まあ仕方ないよな……レベル上げの時に頑張ってもらおう」
召喚して1、2日は同じように生活していたのだが、すぐに体調が悪くなったのでルーナにはルーナに合う生活をしてもらうことにした。
彼女曰く、朝に起きて夜に寝るなんて不健康すぎる! だそうだ。完全に真逆だな。
ルーナだけ昼夜逆転の生活になったせいで、1人だけで起きている時間が多くなってしまったが、そこはシスハが遅くまで起きて頑張っている。
本人にはウザいと思われていそうだけど、その苦労が実ることを祈っているよ。
「大倉様、お久しぶりです。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「お久しぶりです。えっとですね、ちょっと依頼したいことがありまして」
「大倉様がご依頼ですか? ご依頼ですとあちらの受付になりますが、一体どのようなご依頼を?」
協会に入り受付に向かうと、マーナさんが出迎えてくれた。最後に顔を合わしたのは王都に向かった日だったので、会うのはかなり久々だ。
挨拶を終え依頼をしたいと彼女に話すと不思議そうにしていたが、依頼専用の受付の方に手を向けた。
冒険者が冒険者に依頼を出すのは珍しいってことなのかな?
別の受付だというので、さっそくそっちへ向かおうとしたのだが、どんな依頼か聞かれたので一旦足を止めた。
「一日だけ一緒にブラックオークを狩れる人がいないか探そうと思いまして」
「ブラックオークをですか? それでしたら、最近グリンさんが他の冒険者の方々とゴブリンとオークの狩りをおこなっておりますので、ちょうどよろしいかもしれませんね」
おお! グリンさんが受けてくれるかもしれないのか!
……って、あれ? 他の冒険者と狩りをしている? そうするとグリンさんだけじゃなくて他の人もくる可能性があるのか……まあいいか。
「それではグリンさんが戻りましたら、さきほどのことはお伝えしておきますね」
「ありがとうございます」
そういう訳で、グリンさんと狩りをしたいとマーナさんから伝えてもらうことにした。
もっとかかるかと思ったけど、なんだかあっさりと用件が終わってしまったな……あっ、そうだ。この際だし、ついでにあれを見てもらおうかな。
「それとこの魔物の討伐証明の確認ってしてもらえるでしょうか?」
「これは……なんの魔物の物でしょうか? 私は見たことがありませんが……」
「えーっと、サイクロプス並の大きさをした、黒い四足歩行の魔物でした。あっ、あと背中にゴブリンが乗っかっていました。他にも角や皮なども落ちたのですが……」
「奥に運んで少し調べてもらいますね。少々お待ちください」
迷宮で倒したベヒモスの牙をマーナさんに見せると、手に取って観察していた。
しばらく見ていたのだが彼女はわからないと言い、さらに詳しく調べると奥へ行ってしまった。何か調べる道具でもあるのかな?
俺はベヒモスだってわかっていたが、あえて名前を言わなかったのは正解だったか。
迷宮の奥に出てきた魔物だし、この世界で確認されていたかわからないからな。マーナさんが知らないところを見ると、認知された魔物じゃなさそうだ。
「お兄さん、あれは何の魔物なの?」
「ゴブリン迷宮の最後に出てきた奴だよ。いやぁ……あれはやばかった」
「あら、私達と同じ魔物だったのかしら? 角とか回収しておいたから、お兄さんに後で渡すわ」
「おお、そうか。エステル達もあれには苦戦しただろ?」
「いえ、上にいたゴブリンを狙い撃ちしたらすぐに倒せたわよ?」
さすがエステルだな……頼もし過ぎる。もし分断されていなかったら、あんな化け物でも瞬殺だったのか。
あれは乗っかっていたゴブリンさえ倒せばベヒモスも倒せたが、ベヒモス単体だったらやばかったので油断はできないけどね。
「申し訳ありませんが、この協会では何かわかりませんでした。シュティングの協会でしたら色々と調べられるので、あちらで見てもらった方がいいと思います。この魔物の素材に関しましても、雑貨屋で売らずにちゃんと素材を鑑定してくださるところに行った方がよろしいかと」
「そうですか……わかりました。これは王都で見てもらおうと思います。それではグリンさんの件、よろしくお願いします」
しばらくしてマーナさんが戻ってきたが、どうやらどの魔物の物かわからなかったらしい。
実際に見ないとあのやばさはわからないし、報酬は諦めようかな……王都の方にベヒモスの情報があるのを期待するしかないか。
素材を鑑定するところなんてあったんだな。角とかは間違いなく最高級の素材のはずなので、討伐報酬がもらえなくてもかなりの金にはなりそうだ。
「よっしゃ! グリンさんにきてもらえるなんて運がよかったぞ」
用事も済んだので協会から出た。
いやー、まさかこんなにスムーズにいくなんてな。他の人がくる不安があるけど、グリンさんがいるだけでだいぶ気楽だ。
「私は1度しか会っていないけど、お兄さんとあのおじさん親しいの?」
「この世界にきて、ノール以外に初めてあった人だからな。グリンさんはどう思っているかわからないけど、俺としては親しみやすいというか……安心感がある」
「安心感があるって言うと、ディウス達もお兄さん的には安心なのかしら?」
「あー、まあ、あいつはな……」
グリンさんと一緒に依頼を受けたのは1度だけだが、それでも最初に会った異世界の人なので俺が一方的に親しみを覚えている。
商人だったラウルさんも元気にしてるのかな……グリンさんに聞いてみようかな
ディウスも今は親近感があるけど、最初の印象が酷いのがね。出会い方が違ったら、もっと良い関係になれたと思うから惜しい。
もしパーティ判定の魔石稼ぎができるのなら、ディウス達にも頼みたいところだが……難しそうだ。
そもそもパーティだったとして、どうその認識を維持させるかだよな。
うーむ、考えても思いつかないぞ。
「それよりエステル、せっかくついてきてくれたんだし、どこか店に寄っていくか?」
「あら、いいの?」
「ああ、好きなところでいいぞ。でも王都に比べると見るところも少ないし、今から王都に行ってみるか?」
「たまには静かな場所がいいから、ブルンネでいいわ。それにお兄さんと一緒なら、どこだって不満はないもの」
用事が早く終わったので、エステルと一緒に店でも回ろうと思った。せっかく付いてきてくれているんだから、少しぐらい彼女にも楽しんでもらいたい。
だからブルンネだと店も少ないので、ビーコンで王都へ向かってもよかった。
しかしエステルはブルンネでいいと言い、俺と一緒なら不満はないと微笑んだ。
「……そ、そうか。そ、それじゃあ、行くか」
「あっ、待ってお兄さん」
エステルの発言に一瞬呆けてしまったが、俺はすぐに気を取り直し歩き出した。
なんだか照れくさくて、顔が熱くなっている気がする。




