ルーナ召喚
「ふぁ……んっ、おはよう……」
「おう」
「おはようございますでありますよ、エステル」
「おはようございます、エステルさん。ぐっすり眠れたようですね」
「んー、はぁ……思っていたよりも、だいぶ疲れていたみたい。……あら、モフットもおはよう」
コンプリートガチャを終えてから翌日。もう昼近い時間帯。
エステルが自分の部屋から出てきた。口を手で隠して軽いあくびをし、目を擦りながら眠そうな声でおはようと言う。
既に起きて椅子に座り机を囲んでいたノールとシスハがそれに答えた。
ノールの膝には相変わらずモフットが座っていて、起きてきたエステルに向かってブウブウと鳴きだす。
返事代わりに彼女はノールの近くまで行き、モフットを軽く撫でてから顔を洗うために洗い場へと向かっていった。
「それで、お兄さんは何をしているの?」
「掃除」
顔を洗い戻ってきたエステルが、俺を見て首を傾げていた。
俺は今、掃除機とハタキを持ち、マスクも装備して徹底的に部屋の掃除をしている。
――――――
●掃除機
最新のハリケーン方式を使った驚くべき掃除機。
使用中はMPが消費される。
――――――
今朝スマホから実体化させたのだが、この掃除機、Rだというのにかなり便利だ。
ハリケーン方式なんて聞いたことがないけど、みるみると埃を吸い取ってくれるし気にしなくてもいいや。
「私が起きた頃には、もう始めていたのでありますよ。ルーナを呼び出すのに汚いままにするのは駄目だ! とか言い出して止まらないのであります」
「確かに……見違えるように家の中が綺麗ね」
「購入した時に全員で掃除した時より綺麗になっていますよ」
「お兄さんも一緒に狩りをしていたはずなのに……随分と元気なのね」
ノールが言うように、俺は日が昇り始める薄暗い頃から家の掃除をしていた。
彼女もそれなりに早く起きてきたが、俺が既に起きているのに驚いていたぞ。
俺がこんなにも掃除しているのは、ルーナちゃんをお迎えするためだ。
呼び出して早々に、部屋が汚いと思われても嫌だからね。
昨日はあれから泣き疲れてそのまま床に転がっていたけど、起きてすぐに気持ちを切り替えたよ。
大爆死したとしても、ルーナちゃんが来てくれたんだからマシだよな……うん、本当にマシだと思ってる。
「第一印象は、重要だからな。うし、これぐらいでいいかな……あっ、まだ汚れが」
「もう十分だと思うのでありますが……」
「凝り過ぎね」
壁にあった汚れが気になって拭き取りにいくと、ノール達が呆れたような声で口を開いた。
こういうのってやりだすと徹底的にやりたくなる……普段はゴミがそこら辺に転がっていても気にならないぐらいなのにな。
「大倉さん! もう掃除はいいですから、早くルーナさんを呼び出しましょうよ!」
「ん? まあこれぐらいでいいか。でも、まだ呼び出すのはノーだ」
「なんでですか!?」
「呼び出す前にハウス・エクステンションを使おうと思ってな。だからエステルが起きるのを待っていたんだよ」
「私を待っていたの? それはごめんなさい。そういうことなら、起こしてくれてもよかったのに」
「いや、頑張って狩りしてくれたんだし、ゆっくり寝てもらいたかったから起こさなかっただけだ。気にしないでくれ」
シスハが痺れを切らしたのか、座りながら肩を揺らし催促してくる。
なんだか興奮気味な感じがするのは気のせいか?
彼女が戦闘とガチャ以外で、ここまで感情的になってるように見えるのは珍しいな。
それでもまだ、ルーナを出す準備が整っていないから出すことはできない。
ハウス・エクステンションでやりたいことがあったので、エステルが起きるのを待っていたのだ。
掃除も終わったことだし、これでようやくやれる。
「それで、ハウス・エクステンションで何をするのでありますか?」
「ああ、これで部屋を2つ作ろうと思ってな」
「2つ部屋を追加すれば、ちょうど全員分の部屋があることになるわね」
「でも、そんなにポイントありましたっけ?」
「一応コンプガチャのいらないのを変換したら、RとSRで2320ポイントになったんだよ」
もう部屋は他にないので、ルーナの分も増やさなくてはならない。
コンプガチャで出た分を変換したら、2部屋分のポイントになった。
2つ増やせば俺を含めた全員分の部屋が確保できるので、作ってしまおうと思う。
新しくできた部屋はノールかシスハに渡して、俺は古い部屋を使わせてもらおうかな。
「これで通路をもうちょっと伸ばして、部屋を再配置しようと思うんだ。エステルの部屋の位置もずらそうと思っているから、大事な物を部屋から取ってきてくれ。動かして部屋の中の物が消滅したら困るからさ」
「だから私が起きるのを待っていたのね。それなら今すぐ取りにいかなくちゃ」
エステルの部屋は拡張された通路に入ってすぐのところにある。
今回弄るついでに、部屋を動かした後中はどうなるかの確認もしたい。
それを彼女に言うと、小走りで部屋に物を取りに行った。
「お待たせ」
「あれ? それだけしかないのか?」
「ええ、消えて困るような物はこれの中に全部納まったわ。それに少しは物が残ってないと、中が消えたかどうかわからないでしょ?」
大荷物を抱えてくるかと思ったが、エステルはショルダーバッグを持ってきただけだった。
あの中の容量がかなり多いのか、それとも元々持っていた物が少なかったのか疑問だが……まあいいか。
準備も整ったので、さっそくハウス・エクステンションを起動させ、300ポイントで通路を広くする。
その後エステルの部屋を入り口から少し離れた場所に再配置し、2000ポイントで部屋を2つ作成した。
「特に消えている物はなかったわよ」
「そうか。後から追加しても影響はなさそうだな。まあそれでも怖いから、今度からも一旦外には出てもらうけど」
作成後にエステルの部屋を確認してもらうと、物の消失などはなかったみたいだ。
単純にそのまま移動するだけみたいなので、今後拡張する際に物を運んで外に出したりせずに済むな。
人を入れても平気そうだけど、もし何かあったら怖いので拡張の際には外に出てもらうつもりだ。
「新しくできた部屋はどうする? 決めてまだ日数経っていないけど、ノールかシスハが移動するか?」
「いえ、私はこのままでいいのでありますよ。また余裕ができたら移らせていただくのであります」
「私も今のままで構いませんよ。新しい部屋は、大倉さんとルーナさんでお使いください」
「……そうか、ありがとうな。お言葉に甘えて使わせてもらうわ」
彼女達に新しくできた部屋を譲ろうと思ったのだが、俺とルーナで使ってくれと言われた。
なんだか悪い気がするけど、譲ってもらえるなら使わせてもらおうかな。
これでやっと安心して色々できる部屋が手に入ったか……。
「さて、それじゃあお待ちかねのルーナの召喚をしようか」
「ようやくですか! 私待ち遠しかったんですよ!」
「シスハの時までは外でありましたが、今回からは自宅で呼び出せるのでありますね」
「あら、そういえばそうね。だからあんなに丁寧に掃除していたのね」
今までは宿屋に泊まっていたから、怪しまれないようにわざわざ外に出ていた。
だが自宅を手に入れた今は、わざわざ外に行かなくても済む。
それにルーナは吸血鬼だ。よくある日光に弱いという可能性もあるし、今回はちょうどよかった。
さっそくスマホを操作して、ルーナの召喚石を選択する。
しかし、召喚は始まらず【コストオーバー、召喚できません】と画面に表示された。
「あっ……コストが足りねぇ!?」
「ええ!? お、大倉さん! 期待させておいてそれはないですよ!」
マジかよ……まさかここでコストオーバーすると思わなかった。
今使えるコストは初期の15に、俺のレベル上昇分の63を足した78だ。
そしてノール達の召喚に使っているコストは57。
「いくつコストが足りないの?」
「1足りないな……どうしよう」
自由に使えるコストは現在21。
だが、ルーナのコストは22だった。
うーん……どうしようか。1程度ならすぐ上げられるだろうし、今からレムリ山行ってくるか?
こんなことなら掃除してないで狩りしてくればよかった……。
「大倉殿、それならコストダウンを使えばいいのでは? 確か2つ持っていたでありますよね?」
「あっ、そうだ、それがあるじゃないか!」
ノールがすぐにコストダウンを使えばいいと言い出した。
そうか、そういえばそれがあったな。大討伐と迷宮攻略時に貰っていたな。
アイテム欄からさっそくコストダウンを選択すると、【使用する対象を選択してください】と画面に表示され、ノール、エステル、シスハの名前が表示される。
誰にしようかなと迷っていると、チョンチョンと腕を触られる感触がしたので、スマホを見ていた視線をそっち移す。
すると、エステルが笑顔で自分を指差して私に使ってとアピールしていた。
「あー……じゃあエステルに1つ使うぞ」
「ふふ、ありがとう、お兄さん」
「そんなに嬉しいのか?」
「お兄さんから何かしてもらえるってだけで、私は嬉しいんだから」
「そ、そうか……」
コストダウンをエステルに選択して使用すると、スマホから光が溢れてエステルに吸収されていく。
彼女はとても嬉しそうにニコニコしている。
俺に何かしてもらえるだけで嬉しいって……そう言われるとなんだか照れるけど、よくわからん気持ちだな。
とりあえずこれでコストの問題をクリアしたので、改めてルーナの召喚石を選択する。
「これが召喚なのですか……」
「これを見ると、毎回私の時のことを思い出すのでありますよ」
「まだ引きずっているのね」
スマホから光が溢れ出して、人の形に固まっていく。
それを見ていたノールが、また最初の頃を思い出しているのか暗い雰囲気になっている。
俺も悪かったとは思うけど、そろそろ忘れてほしい。
光が収まると、人の形になっていた光が少女の姿へと変化した。
召喚されたルーナは目を開くと、軽く俺達を見回して無言のまま腕を組み、正面にいる俺に視線を向ける。
背はエステルより低いのだが、真っ赤に染まった瞳はかなり威圧感があった。
シスハと同じような金髪の長髪だが、彼女に比べるとかなり濃い金色だ。
片側の肩から三つ編みにした髪の毛を垂らして、先端にコウモリの羽のような髪飾りを付けているのが可愛らしい。
服装は黒い長袖のシャツに赤いネクタイをし、赤いコルセットスカート。腰には大きめのリボンが付いていて、タレがヒラヒラと揺れている。
さて……どうしたものか。
これから挨拶をしなくてはいけないが、俺は今まで何度も出鼻を挫かれていた。
ルーナちゃんには、彼女達のように気味が悪いと思われたくない。
なのでいつもの丁寧口調は駄目だ。もう少しフレンドリーにして、親しみやすい挨拶が必要だ。
そこで、今までとは違う挨拶をこの平八は考えた。そう、今こそそれを実行する時なのだ!
「僕の名前は、大倉平八だよぉ! よろしくねぇ!」
今までの自分を捨て、新しい自分へとなった。
ルーナは見た目も幼いし、重々しい挨拶は駄目だと思うんだ。
だから、俺は恥を忍んで親指をグッと立ててフレンドリーな挨拶をした。
掴みは完璧。後は彼女の反応を待つのみ。
成功したと確信していたのだが、ルーナは目を見開いてパチクリとさせ、驚いたような表情をしている。
後ろでざわついていたノール達も静まり返って、部屋の中に沈黙が訪れた。
あ、あれ? 思っていたのと何か違うんだけど?
後ろを見てみると、ノールはなんだかボケッとしていて、エステルはルーナと同じように目を見開いて、シスハは顔を逸らして口を手で押さえてプルプルと震えている。
な、なんなんだこの空気は……と、とりあえずもう一度やってみよう。もしかしたら何かの間違いかもしれない。
「僕の名前は――」
「何故またやろうとする! 気味が悪いぞ!」
もう一度言おうとしたのだが、その前にルーナがクワッと目を開けて怒鳴るような声で遮られた。
予想したような甲高い声だが、少女とは思えない力強い声でだ。
「が、頑張ったのに……また気味が悪いって言われた……」
「あー、頑張る方向を完全に間違えているのでありますね」
「今のは流石に私でも寒気がしたわ」
「プッ……ククッ……あれはない、ないですよ……」
俺は一体どうしたらいいんだ……また失敗した。なんだか泣きたくなってくる。
呆れたような声を出すノール、寒がるような仕草で両腕の二の腕をさするエステル、笑っているのか震えるシスハ。
どうやらこの場にいる全員に不評だったみたいだ……畜生!
「と、とりあえず改めて、私は大倉平八です」
「いつも通りに戻したのね。私はエステルよ、よろしく」
「私はノール・ファニャであります。よろしくお願いするのでありますよ」
「私はシスハ・アルヴィと申します。どうぞ、よろしくお願いしますね」
さっきの空気を誤魔化すために、改めて挨拶をした。今度はいつも通りにだ。
ノール達もそれに合わせて彼女に自己紹介をした。
「……ルーナ・ヴァラドだ」
ルーナは組んだ腕を緩めることなく、また出てきた時と同じように睨むような瞳をすると短く名前を呟いた。
あれれ? 見た目は小さくて愛らしいのに、性格は随分と冷たそうな感じだな。
「えっと、じゃあルーナって呼んでも大丈夫ですか?」
「構わない、好きに呼べ。私も好きに呼ばせてもらう」
「そうですか、ありがとうございます」
「むぅ……普通に話せ。まだ気味が悪いぞ」
いつも通りの丁寧な口調のまま進めたが、ルーナは眉をしかめて不快そうな表情をしている。これも不評だったみたいだ。
俺が丁寧口調で話すと大体の人が気味悪がるな……元の世界ではそんなことなかったのに。
「ん、んん……じゃあルーナって呼ぶぞ。その、なんだ……さっきはすまなかった」
「全く、呼び出されて早々に驚いたぞ。なんだったんだあのテンションは」
「大倉殿は今まで何度も気味が悪いと言われたでありますからね」
「そうね……普段の口調を知ってるとなおさら変に感じるもの」
普段の口調に戻すと、それは大丈夫みたいで受け入れてくれた。
うーん……今度からは最初からこれでいいかなもう?
エステルが言ってることを考えると、元々の口調知ってる人が気味悪がっているのか?
「それで、ルーナは現状を認識できているか?」
「ふむ……家を買ったり、ゴブリンの迷宮を攻略した記憶は鮮明だな。それより前は途切れ途切れだ。王都の迷宮の方は突破できていないのだろう?」
「ああ、大体そんな感じだ。問題なさそうだな」
毎回一応確認しているので、今回も確認をしておいた。
どうやら問題なく、今までどんなことをしてきたのかわかっているみたいだ。
古い記憶は曖昧みたいだけど、俺自身もだんだん曖昧になってきているせいなのかな?
「迷宮といえば、そろそろ王都の迷宮もいけそうよね?」
「そうでありますな。ルーナも来てくれたことですし、あの時に比べたら戦力的にかなり向上していると思うのであります」
現在のパーティの総数は5人。もうあの時に比べたら2人も増えている。
これなら王都の迷宮もそろそろいけるんじゃないかって気がしてきたな。
それでもまだ完全に安定している訳じゃないから、まだ様子は見ようと思うけど。
「まあ確かにそうだな。それより、ルーナに質問したいことがいくつかあるんだがいいか?」
「ん? いいだろう。構わん、言ってみろ」
とりあえず後のことは置いておいて、まずはルーナの確認をしないといけない。
彼女は今までとは違い、ヒューマン、つまり人間とはちょっと違う種族だ。
俺達と違い色々と不都合があるかもしれない。
「ルーナは吸血鬼だよな? そうなると、やっぱり昼間は外に出たら灰になったりするのか?」
「そんな訳ないだろ。もしそうだったら、まともに戦えない。まあ、夜に比べると力は落ちるがな」
吸血鬼といえば、日光に当たると死んでしまうという話もある。
だけどその心配はないみたいだ。それでも力が落ちるというので、日中はあまり連れ歩かない方がいいのかな?
それよりも、夜の方が強くなるってことが気になる。今後夜の魔石回収ができる可能性があるということだ……ふふふ、これはちょっといい情報だな。
「それじゃあ次、杭で心臓を刺されたらやっぱり死んだりするのか?」
「そんなことされたら大抵の生物は死ぬだろう?」
「あっ……違った。心臓に杭を打たれなければ不死身なのか?」
「いや、そんなことはないぞ」
吸血鬼は心臓を打たれなければ死なない、というのも話もあったはずなので聞いてみた。
最初は聞き方を間違えたが、凄く冷静に返事をされた……恥ずかしい。
「えーと、それじゃあ銀に弱いとかは?」
「そうだな……銀の武器などで攻撃されたら、通常よりもダメージは食らうかもしれない」
銀製の武器には弱いのか。まあこの世界に銀製の武器があるかわからないけど、魔物にそういう武器を使う奴がいたら注意しよう。
「他には何かあるか?」
「じゃあ、他に何か弱点はあるか? 例えば十字架やニンニクが苦手とか」
他にも鏡に映らない、流水を渡れない、他人の許可がないと家にはいれない、などなど聞きたいことはある。
だが、それよりもまずは致命的な弱点を聞いておかないとな。
「……ない」
「本当か?」
「ないと言っている。しつこいぞ」
少し黙り込んだ後、ルーナはないと答えた。
なんだか怪しいので追求すると、嫌そうな顔をして拒絶される。
弱点をあまり他人に知られたくないのか? なんだか隠しているように思えるぞ。
「それより、あの女はなんなんだ。さっきから怪しい様子で私を見ているのだが」
「え?」
さらに追求しようか考えていたが、それより先にルーナが俺の後方を指差す。
振り向いてみると、シスハが胸の前で両手を合わせて微笑みそわそわしながらルーナを見ていた。
「何しているんだシスハ……」
「えっ? いや、な、なんでもありませんよ? 私はただ、ルーナさんとお近づきになれないかなー、と思っていただけです」
俺が何をしているのか聞くと、シスハは慌てて両手を振りながら誤魔化した。
うーん? 今日は朝からやたらルーナの召喚はまだか催促してきたし、何かおかしいぞ?
どうやら彼女はルーナと仲良くしたいみたいなのか、だんだんとこっちに近づいてきた。
そして、ルーナに触ろうと手を伸ばしたのだが……。
「――触るな!」
「あうっ!? うぅ……何をなさるんですか……」
「お、おい! 何してるんだルーナ!?」
伸ばした彼女の手は、ルーナに届く前に叩き落とされた。
シスハの手を叩いた彼女は、凄い速さで俺の後ろに回ると俺を盾にしてシスハとの距離を取った。
な、なんだ!? 一体何があったんだ?
もしかして、GCの設定で元々何か因縁があったりするのかこの2人は……?
「こっち来るな」
「そ、そんなー、どうしてですか? 仲良くいたしましょうよ!」
「一体どうしたのでありますか?」
「うーん、特にまだ何もしていないと思うけど、どうしたのルーナ?」
ルーナは俺の後ろから顔を出して、シスハを威嚇するようにシッシッと手を払っている。
まだ会って何もしていないはずなのに、とてつもなく嫌われているぞ。
彼女は叩かれた片手を押さえながら、今にも泣きそうな表情をしている。
ノールとエステルも不思議そうに二人を見て困惑していた。
「こいつ、神官だろ? 私の敵だ」
「て、敵だなんてそんなぁ!? 私は、ルーナさんに悪いことなんてしませんよ?」
「うるさい、聞く耳持たん」
……ん? 敵? ……ああ、もしかして神官だから嫌われているのか?
それにシスハはアルマテール、十字架の形をした首飾りも付けている。
やっぱり十字架苦手なんじゃないか。神官と吸血鬼じゃ相性も悪そうだ。
でも、仲良くしたいとワクワクしていた彼女がなんだかかわいそうだな。
何かいい方法がないかなー、なんて考えていると、シスハが突然外に出ていった。
そしてどこから持ってきたのか、60cmぐらいはある丸い岩を抱えて戻ってくる。
それを俺達の前に置くと、拳を握り締めて思いっきり岩に向かって叩き込んだ。
殴られた岩は真ん中から真っ二つに割れて、上の部分が粉々になっている。
「ほら、私、神官じゃないですよ? 実は武闘家なんです。神官にこんなことできるはずないでしょう?」
岩を殴ったシスハは、笑顔で自分が武闘家だと言い始めた。何も保護せず殴ったのか、拳からはポタポタと血が垂れている。
おいおい……それはいくらなんでも無理があるだろう。
「そ、それ以上私に近づくな! 平八! あいつなんとかしろ!」
「えっ? ちょ、おいおい!? ノール! エステル! シスハを止めてくれ!」
その笑顔を向けられたルーナは俺の服を力強く掴んで、なんなんだこいつは、という表情で俺に助けを求めてきた。
暴走気味のシスハと真正面から対立する形になっているが、彼女は首を傾けて笑顔で俺を見てくる。
めちゃくちゃ怖い。
「い、いきなりお兄さんを呼び捨て……」
「ルーナ……一線を軽々飛び越えたのでありますよ……」
ノール達に助けを求めるが、ブツブツと何か呟いて全く対応してくれない。
「大倉さん、私の邪魔をするというのですね。いいでしょう――その勝負、受けて立ちます」
「はっ!? ちょ、ちょ、ほら、ルーナは渡すから、その腕を下ろしになってください!」
「わ、私を売るつもりなのか平八!? 貴様、なんて薄情な奴なんだ!」
笑顔で拳から血を垂れ流すシスハが、拳を胸の前に構えて戦闘態勢になる。
なんでルーナを召喚しただけなのに、こんな流れになってるんだよ!?
とてもじゃないけどシスハの相手なんてできないので、後ろにいる彼女を引き渡そうとした。
しかし、ルーナは頑なに俺の服を離さない。それからしばらく、俺とルーナで醜い争いが続いた。
結局、その後彼女はシスハに捕まり、俺に恨み言のようなことを叫びながら連れて行かれた。




