コンプリートを目指して 後
4日目。
「ん? なんだ?」
狩りを開始してから数時間、大体お昼過ぎぐらいだ。急に俺のスマホがバイブレーションした。
取り出して画面を見ると、ノールから着信がきている。一体何の用なんだ?
『お、大倉ど――ぴゃう!? ヘルプ! ヘルプなのでありますよー!』
「な、なんだこの音!? おい、大丈夫なのか!」
『エステルが、エステルが暴れているのであります! 洞窟の中、あっちこっち穴だらけなのでありますぅ!』
通話に出ると、いきなりノールの悲鳴が聞こえる。それと同時に、ドン、と爆発のような重たい音が何度も聞こえてくる。
何事かと聞いてみると、エステルが暴れているという。
マジかよ……なんだ、一体何があったっていうんだ?
「ノールは無事なんだな?」
『なんとか避難したのであります! 一応エステルの近くにいて、魔物が近寄らないように見ているのでありますが……私じゃ止められないので、早く来てほしいのでありますよぉ!』
「ちょ、ちょっと待ってろ! 今すぐそっち行くから! シスハー! 一旦狩りを中止するぞー!」
シスハに狩りを一旦ストップすることを伝えて、俺達は北の洞窟に移動することにした。
迎えにいった北の洞窟は、それは酷い有様だった。壁のあっちこっちに穴が空いていて、一部は溶岩のように赤くドロドロに溶けている。
その近くを探すと、エステルがグリモワールを手に持ち、杖を掲げてひたすらサソリ達がいる方に向かって火の玉を撃ち込んでいた。
撃ち込まれている先は、もう爆炎で何がなんだかわからない。よーく見ると、サソリとスティンガーが湧いた瞬間に蒸発しているのが見える。
ノールはどこにいるのかと探すと、エステルの近くの石の柱の陰に隠れて、震えながら様子をうかがっているのを発見した。
俺も恐る恐るエステルに近づいて後ろから声をかけると、振り返った彼女に据わった目を向けられる。
若干笑っているように見えるが、口が半開きして頬の辺りが引きつっていた。
「え、エステル? 大丈夫なのか?」
「お兄さん、褒めて? 私、今日はたっくさん、沢山倒したの。今日はこの洞窟の中、一晩中焼き続ければいい? お兄さんそれでもっと喜んでくれる? ねぇ……ねぇ、お兄さん」
俺の方を見ながらも、彼女はサソリが湧く場所に向かい火の玉を撃ちこむことを止めない。
微笑みながら口を開いたエステルは、静かな声で愉快そうに俺に声をかけてくる。一見普通に見えるけど、完全におかしくなっていた。
怖い、本能で怖いと感じる。このままにしたら、間違いなくやばい。
「わ、わかった。わかったから、まずは落ち着こう、な?」
「焼いていいの?」
「違う! そうじゃない!」
さらに火力を増して攻撃を始めようとするエステルを止め、なんとか自宅に帰ってきた。
帰って早々に彼女は気を失ったので、自室に運んでベッドに寝かせてやった。
まさか、あのエステルがここまで精神的に疲労していたなんて……ノールが狂うことばかり考えていたので、これはかなり予想外だ。
ノールのようにわかりやすい発狂じゃなくて、静かな感じだったもんな。大丈夫って言葉を鵜呑みにした俺のせいか。
明日の狩りは、エステル抜きでやるしかないかもしれないな。
「それで、今日のガチャはどうするのでありますか?」
「うーん、今日は54個しか回収できなかったか。とりあえず、今回は俺が引くとするよ」
「頑張ってください大倉さん! これで引ければ、ガチャに勝てるんですよ!」
勝てるってなんだよ。別に勝負をしているつもりはないのだが……。
魔石総数は97個。今回は1回しか回せない。だが、この1回で引けてしまう可能性だってある。
ここで引ければ、明日はもう狩りをする必要がない。皆幸せになれるんだ。
俺は早速スマホを取り出して、ノール達が見守る中11連ガチャをタップした。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀。銀で止まった。
【R食料、Rおやつ、Rトランシーバー、Rサンダーリング、Rロングソード、R万能薬、Rマジックダイナマイト、R催涙玉、Rぬいぐるみ、Rポーション×10、Rシャンプー】
「ちくしょぉぉ!」
「ああ、これはもう駄目なのでありますよぉ」
「明日頑張るしかないですね……大倉さん、共に夜まで頑張りましょう!」
まさかの銀止まり。自分のガチャ運に自信がなくなってくるぞ……。
残りあと1日……明日で、良くも悪くも全てが終わる。
最終日。
「今日が……今日が最後の日だ。エステルは本当に平気なのか?」
「ええ、もう大丈夫よ。ぐっすり寝かせてもらったもの。それより、昨日はごめんなさい。私のせいで、魔石十分に集まらなかったでしょ?」
「気にするな。一度はノールも通った道だ。俺も気がついてやれなくてすまなかったな」
エステルには休んでいろと言ったのだが、約束までしたのに休むなんてできないと言われた。
だから最後は全員でオークの森に来て、エステルは身体強化の魔法のみにし、基本的に休んでもらうことにした。
3人でひたすら狩り続けるがやはり北の洞窟の効率には勝てず、魔石の溜まる速度はあまりよろしくない。
「大倉殿、今どのぐらいなのでありますか?」
「今は……137個だ」
「となると……今日はもう少し狩らないと駄目なのでありますね」
既に日が傾き始めた。もう少しすれば、この辺りも暗闇になってしまうだろう。
あと13個手に入れれば、3回分引ける数になる。ここはなんとしても粘りたい。
「すまないな。今日だけでいいから、もう少しだけ頼む」
「いえいえ。それよりも、シスハ凄いのでありますね……なんであんなに狩りをしても平気なのでありますか?」
「あー、それは知らない方がいいと思うぞ」
今日はエステル達もいるので、シスハは笑い声を出して狩りをしていない。
それでも、狩りをしている彼女の顔を見ると口元がニヤけて今にも笑いそうになっている。
3日間、シスハの狂ったような笑い声に耐えていた俺も、誰かに褒めてもらいたいぐらいだ。
日が完全に沈んだ後も、ランプを使いながら狩りの範囲を狭め全員で固まるようにして狩りを続け、残りの魔石13個の回収を終えた。これでピッタリ150個だ。
そして自宅に戻り、最後のガチャを引くために机にスマホを置き机を囲む。
「さて……これで、これで本当に最後のガチャだ」
「あむ、んぐっ、むふー、美味しいのでありますぅ!」
「んっ……そうね。これで外れたら、私もなんだか泣いちゃいそう」
「はぁー、甘味は疲れた体に染みますねぇ。それで、最後は誰が回すのですか?」
一応終わったということで、ノール達におやつを使用して食べさせている。
今回はイチゴの乗ったケーキ、クリームを包んだふんわりしたワッフル、カリッと焼かれた魚のような生地にあんこの詰まったものが出てきた。
お疲れ様と彼女達に渡すと、3人とも美味しそうにそれを食べて一息ついている。ノールはケーキに夢中で話を聞いていないぐらいだ。
それより、最後のガチャを回す人選をしなければならない。
まあ、今の時点で任せるのならまずは……。
「モフットとノールが1回ずつかな。最後は……その時考えよう」
パーティ内でも異常な運を発揮する2名は確定だ。まずはこのノールとモフットに引かせて様子見。
それでも駄目だった場合は、後で考えよう。
「それではモフット! 頑張るのでありますよ!」
最後のガチャの一番手を担うはモフット。
いつもと変わらない様子だが、ふんす、と鼻息を出しながら勇敢にスマホへ歩み寄る。
そしてゆったりした動作で足を上げ、11連ガチャをタップした。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金、白。白で止まった。
これは出るか? 出ちゃうのか?
【R鋼の鎌、SRエクスカリバール、SR爆裂券、Rホットリング、SRカースドロッド、R薄い本、SRビーコン、SRスタビライザー、R消臭剤、『SRボードゲームセット』、SSRペタソス】
「ああ!? ま、まだ駄目なのでありますか……」
「もう、これどうしたらいいの……」
「次ですよ次! 次こそ出しましょう!」
SSRは出たのだが、肝心のディメンションルームが出てこない。ノール達もいつもより真剣にガチャの排出を見守り、そして外れると本当に悔しそうにしている。
モフットの番が終わり、次にノールが回す番となった。
「ノール、頼んだ、頼んだぞ……」
「ノール、あなたに、私達の全てを託すわ」
「ノールさん、頼みましたよ。あなただけが頼りなんです」
「ちょ、ちょっと!? 3人とも止めてくださいであります! も、モフットまで……い、今までで、1番責任重大なガチャなのでありますよぉ……」
全員が今からガチャを回すノールに期待を込め、机に乗せていた片手に全員が手を乗せていく。さらにモフットまで、手をちょこんと乗せてノールに期待しているみたいだ。
彼女まで外すようなら、もう今回は負けたようなものだ。実質最後のガチャだと思ってもいい。
俺達の期待の眼差しに晒されながら、いつもよりぎこちない動きで11連ガチャをノールはタップした。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金、白。白で止まった。
やはり彼女も運がいい。これで出なければ、もう希望はない。
【R閃光玉、SRニケの靴、Rサンダーリング、SRゴールドシューズ、Rアニマルビデオ、Rスピーカー、SRエクリプスソード、Rマジックポーション×10、SR鍋の蓋、『SRプロミネンスフィンガー』、SSR液晶モニター】
「あうっ!? ご、ごめんなさいなのであります……」
「いや、気にするな……」
もうダメだぁ、おしまいだぁ……こんなの出る訳ないよ。
俺は諦めて、机に肘を突いて顔を両手で覆った。無理だったんだ、こんなの当てられる訳がなかったんだ。
ノールが諦めろって言った時、素直に引き下がっていればよかった。なんで俺は、あそこで強行してまで回そうとしたのか。
ここまで失った魔石の数を思うだけで、胸が張り裂けそうな気持ちになる。
チラッと彼女達の様子を見ると、ノールも表情はわからないけど、顔を下に向けてあからさまに落ち込んでいる。
エステルも椅子に腰を預け、やるせない表情をしている。
机の上にいたモフットは、座り込んで悲しそうにキューキュー鳴いている。
シスハは……1人だけ顔を上げて、落ち込んでいる俺達を見て不思議そうにしていた。
彼女だけは、まだ諦めていなかったみたいだ。目が死んでいない。碧の瞳は、未だ曇らず輝いている。
「シスハ……お前凄いな」
「はい? それよりも、まだ1回あるのに皆さんどうして、もう終わった雰囲気しているのですか?」
シスハの言葉に、俺に電流が走る。
そうか……俺の中じゃあと1回しか、だったが、彼女の中ではあと1回もある、なのか。
はは、認めよう。シスハは俺よりも、前向きにガチャに立ち向かう人種だったみたいだ。
「シスハ、頼んだ」
「……へ? わ、私ですか!?」
机の中央に置かれていたスマホを、彼女に託した。
この状況ですら諦めていない者にこそ、ガチャは微笑んでくれるだろうと信じて。
「大倉さん、どうしちゃったんですか? 私に頼むなんて、血迷いましたか!?」
「いや、俺はシスハに頼みたいんだ。俺の直感が、今こそシスハに回させろって言っているんだ」
今まで彼女はSSR以上すら引いていない。だから、自分が引くことに自信はないのかもしれない。
「で、でも……」
「さっきまでのポジティブさはどうした! お前はそんな弱気になるような奴じゃないだろ! 本気のお前を、俺達に見せてくれ!」
それでも、あの絶望感の中1人平然としていた彼女ならやってくれる。そう俺は信じた。
だから託す、この1回を。
「ノール達もいいよな?」
「私はいいのでありますよ。シスハなら、引けるって信じてるのであります」
「私もいいわよ。お兄さんの直感を信じるわ」
ノール達にも聞くと、全員顔を上げていて頷いてくれた。
モフットはシスハの近くまで行くと、胸元に手を伸ばしてポンと前足で叩いた。
「わ、わかりました! 引いてやろうじゃないですか!」
「おっ、その心意気だ! さあ、一思いにやってくれ!」
俺達の激励に応じ、シスハも気合十分と拳を握り締めガッツポーズをする。
そして、怖気づくことなく彼女は11連ガチャをタップした。
頼む、たのむぅ! ここで引けなかったら、このガチャ……俺の、俺達の負けだぁぁ!
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金、白。白で止まった。
「んん!? こ、これは……やった! SSRきました!」
「おお! シスハがSSR以上を引いたのでありますよ!」
「喜ぶのはいいけど、対象のものかわからないわよ? ほら、早くタップして」
ついに、初めてシスハがSSR以上を引き当てた。このタイミングで、ようやくだ。
彼女はそれだけで大はしゃぎし、ノールも共に喜んでいる。エステルは冷静に喜ぶのはまだ早いと言っているが、顔に笑みを浮かべて結果が早く知りたいのかウズウズとした様子。
白を引き当てないと勝負にすらならなかったのだが、彼女はそれを引き当てた。
頼む……本当に頼むぅ! これで、これで最後なんだ!
【Rハタキ、SR脱出装置、R金庫、Rおやつ、SRエクスカリバール、Rボディソープ、Rぬいぐるみ、R万能薬、SR水筒、SRバタフライグリップ、『SSRディメンションルーム』】
――――――
●ITEM COMPLETE!
・SSRディメンションルーム
・SSR食材販売機
・SRボードゲームセット
・SRトゲ付き肩パット
・SRプロミネンスフィンガー
コンプリート報酬
【URルーナ・ヴァラド】ゲット
――――――
「――あ、で、出た? 出ちゃいました」
画面をタップし、排出されたものを確認した。
そしてそれを見たシスハは、驚いた表情で出たと俺達に告げる。
「うおおぉぉ!? し、シスハ、よくやってくれた!」
「凄い、凄いのでありますよシスハ! これで、私達の苦労も報われるのでありますよ!」
「シスハ、凄いじゃない! あなたって、ここぞって時にやってくれるのね!」
きたきたきた! きたぞ! マジで出やがった! よかった、本当に良かったよぉ……。
今すぐに上半身の服を脱いで踊り出したいぐらいだよ。やったら変態扱いされそうだからやらないけど。
ノールとエステルも喜び、立ち上がってシスハの肩に手を乗せて喜んでいる。
モフットも机の上でピョンピョンと跳ねて喜びを表しているみたいだ。
だが、引いたシスハは椅子に座ったまま、スマホを見つめ苦笑いを浮かべている。
喜んでいた俺達だが、そんな彼女の様子に気づいて困惑してお互いに顔を見合わせた。
「シスハ、せっかく出たのに嬉しくないのでありますか?」
「あぅ、いや、その……」
「ん? どうしたんだ?」
「いえ、本当に出ると……な、なんだかどう反応していいのかわからなくて……」
今までずっとSRしか引けなかったせいか、どうやら反応に困っているらしい。
なんだ、そんな理由か。普段はあんなにノリがいいのに、こういうところで戸惑うなんて。
「こういう時は、素直に喜べばいいんだよ。引けなかったら発狂して、引けたら大いに喜ぶんだ。それがガチャだ」
「大倉殿の発狂はやり過ぎでありますけどね……」
ガチャってものは、出たらとりあえず喜んでおけばいい。
難しいことは考えちゃいかんのだ。
「そ、それじゃあ……やりましたー! 私、当たり引けちゃいましたよ!」
「うんうん、それでいいんだ、それで」
俺の言葉に従い、シスハは片手を握り締めて、頭の上に掲げ喜び始めた。瞳にはうっすらと涙まで見える。泣くほどの感動だったみたいだ。
いやぁ、よかったよ。無事にコンプリートガチャを終えることができた。
俺達の5日間の頑張りは、無駄ではなかったのだな。
「やった! やった! やったった!」
「うふふ、やった! やりました!」
「うーん……」
「エステル? 難しそうな顔をして、どうしたのであります?」
「いえ、なにか重要なことを忘れている気がするの」
俺とシスハはお互いに手を取り合い、喜びを分かち合うようにくるくる回っていた。
そんな俺達とは違い、エステルがこめかみに人差し指を当ててなにやら考え込んでいた。
「ん? 何かあったっけ?」
「……あっ、そうよ。お兄さん、今回、何回11連ガチャを回したの?」
「えーっと……28回だな。それがどうかしたか?」
踊るのを止めて、エステルが呟いたことに反応をした。
するとちょうど思い出したのか、ポンと手を叩いて今回のガチャの回数を聞かれた。
それが一体どうしたんだ?
「つまり308回ガチャ引いたのよね? なのに、URが1個も出ていないわ」
……!? ちょ、えっ……あれれ? おかしいな? 僕の聞き間違いかな? 今308回って……。
「……あ? えっ……308回だとぉ!? そ、それでUR0って、おい!? 大爆死ってレベルじゃないぞ!?」
コンプガチャを引くことに夢中で忘れていたが、確かに思い返すと1個もURが出てない。
えっ、ちょっと待ってくれ。308回でUR出ないって、えっ?
「はぁ、はぁ、はぁぁァァ!?」
「お、落ち着くでありますよ! コンプガチャが揃ったんですし、いいじゃないでありますか!」
「駄目に決まってるでしょぉぉ! うわぁぁァァ!」
「言わない方がよかったかしら?」
「うふふ、私が、私が出したんですね」
過呼吸気味になった俺は、そのまま叫び出して床をのたうち回った。
あり得ない、あり得ない。コンプガチャだからって確率下げられたのか? 嘘だろ!?
これじゃあ、コンプガチャせっかく揃えたのに、大爆死みたいなものじゃないか……。
立ち上がると即座にノールに後ろから羽交い絞めで拘束され、エステルにジト目で見られる。
そんな俺達の輪に入らず、シスハが愛しそうにスマホを胸の前で握り締めているのが見えた。
まあ今回は無事すんだのだから、よしとしておくか。




