コンプリートを目指して 前
「よし、作戦会議をしようか」
「切り替え早いのでありますね……」
コンプガチャを爆死で終えた後、冷静になった俺は椅子に座りなおして、机に肘をついて両手を顔の前で組む。
そして魔石集めをする作戦を話し合おうと、彼女達を見据える。
「大倉殿、今回は大人しく諦めるのでありますよ! あれだけ回したんだから、もう満足でありましょ?」
「駄目だ! あそこまで魔石使ったんだぞ! 引き下がれるか!」
「諦めるのであります! 会議なんて、絶対にしないでありますからね!」
ノールは机をバン、と音がするぐらい叩き、必死になって俺に諦めろと訴えかける。だが、それで諦める俺ではない。
あんなに魔石を使ったんだぞ……残り1つだというのに、ここで諦めてなるものか。今諦めるというのは、クレーンゲームで落ちかけている景品を諦めるようなもの。
そんな惜しいことできるはずがないじゃないか。
「どうなさったのですか、ノールさん?」
「そういえば、シスハは知らなかったわね。まあ、私も実際に体験していないけど」
「うぅ……前にこんなことがあったのでありますよ」
なんでノールがここまで拒絶反応を起こすのか、シスハは知らないみたいだ。
そんな彼女に、ノールは当時のことを話す。
むぅ……普段の魔石集めはノールも受け入れてくれたが、やはり今回はなかなか折れてくれないか。今は非常事態だからな……あの頃の再現になるのが目に見えている。
そう考えると、ノールがここまでまた拒絶反応を示すのは道理か。
「それは……また随分と楽しそうなことをなさっていたんですね」
「あんなの楽しくないのでありますよ……」
エステルがそのことを知った時と同じ反応をされるかと身構えていたが、全く見当違いなことを言い出した。
ノールの話を聞いて、出てきた感想が楽しそうって……やっぱりシスハは常識で考えてはいけない。
まあ、俺からしたらむしろ好都合なんだけどな。彼女なら、俺と一緒に作業狩りしても耐えられそうだ。
「それで、お兄さん? 作戦ってなんなのかしら?」
「え、エステル! 聞いちゃ駄目なのでありますよ! 今ならまだ引き返せるのであります!」
「いいじゃない。私も正直、このまま止めるなんて悔しいもの。お兄さんの話を聞いてから考えても、遅くはないんじゃないの?」
「うぅー、でも……」
「ノールさん、お話だけでも聞きましょうよ」
「……わかったのでありますよ」
頑なに俺の話を聞くことを拒否しようとする彼女だったが、エステルとシスハの意見を聞いて渋々といった様子で諦めた。
実際に体験した人と、話だけ聞いた人との差かもな。そうなると、前にやった勢いでやるのは止めておくか?
これで2人ともノール化したら、もう魔石集めができなくなるかもしれない。
「ん、ごっほん。それじゃあ、改めて言うぞ」
さっき考えたことを踏まえて、狩りについての計画を練るとするか。
後先考えずに無茶をしたら、課金のように身を滅ぼすからな。請求額を見て、枕を濡らした時のような体験はごめんだぜ。
このガチャは今日を入れてあと6日間ある。日付を跨いだ時点で期間が更新されるかもしれないので、あと5日間という考えにしておこう。長い方で考えて、短かった時困るからね。
まず狩場については、新しい狩場を探す選択はしない。
今から効率いい場所探して時間を無駄にするなら、知ってる場所で狩りをして稼いだ方が無難だ。となると、今の候補地としては北の洞窟、ゴブリンとオークの森、レムリ山辺りか。
レムリ山は、魔石効率を考慮した場合論外だ。敵を倒すのに他に比べたら時間がかかる。選ぶなら残りの2つの中からだ。
普段の狩りで、北の洞窟は1時間で魔石が7個ほど手に入る。そしてオークの森の方は、前にやった時の感じだと1時間で5個ぐらいだ。
選ぶなら北の洞窟になるな。だけど、このままだと10時間狩りをしても70個しか手に入らない。
これ以上効率を上げようとしても、今の状態でほぼ最高効率なので無理だ。
そんなに広くもないので、釣ろうとしてもサソリが足りないし、数を増やせばエステルの負担が増えすぎる。
そこでこの平八は考えた。両方で狩りをすればいいじゃないかと。
北の洞窟はエステルと釣り役さえいれば、狩りは十分できてしまう。そうなると、2人余ることになる。
なので、この余った2人でオークの森へ行けばいい。こうすれば魔石効率はかなりよくなるはず。離れても魔石が入ることは、前回の迷宮でわかっている。
以上のことを、俺は彼女達に熱く語った。
「という感じだ。何か言いたいことはあるか?」
「はい!」
「ノールか、なんだ?」
「諦めるのはどうでありましょう?」
「却下。ご理解ください」
「そ、そんなー」
それでもノールはまだ嫌なのか、反対しようとしてくる。
うーむ、何かいい説得材料はないものか。
「ノールさん随分と否定的ですね。そんなに嫌なんですか?」
「だ、だって……考えてみるのであります。既に18回分もやったのに、揃わなかったのでありますよ? もしこれを揃えるとしたら、一体いくつ必要になるのでありますか?」
「次で出るかもしれないぞ?」
「そうやって言って、ずるずると期間ギリギリまで狩りすることになるのでありますよ……」
確かにその可能性もあるな……。だけど、ここまで引いてしまったらもう引き下がる訳にはいかない。
どうしても、どうしてもルーナちゃんをお迎えするんだ!
「ノールが嫌がるのはわかる。だけど、そこをなんとか協力してくれないか。終わった後、俺のできることなら、なんでもするからさ」
このまま協力してもらえないのも困るので、俺は手を合わせて拝みながら頼んだ。
俺の言葉を聞いて、ノールは体をピクンと動かして反応した。
「なんでも……で、ありますか……」
「お兄さん、それって私達も?」
「あ、ああ、もちろんさ」
「ふふ、なら私は賛成よ。手伝ってあげる」
ノールは顎に手を当てて、うーんと悩み始める。一緒に聞いていたエステルも、俺の言ったことに興味津々なのか、机に手を乗せて身を乗り出し聞いてきた。
可愛らしい笑顔で了承してくれたが……これはまずいことしたかも。ここまで嬉しそうって、一体何を要求されるかわかったもんじゃない。ちょっと後が怖い。
「なんでもって、いい響きですよね。私もご協力いたしますよ、大倉さん」
「お、おう、ありがとな」
シスハは、なんか不気味な感じがすることを言いながら、ニッコリと笑って了承してくれた。
やばい……エステルより怖いんだけど。
何を要求されるんだろう……でも、コンプガチャは揃えたいから、ここは腹を括るしかないか。
「それで、ノールはどうなんだ?」
「むぅ……いいのでありますよ。協力するのであります」
「よし! ありがとうな!」
2人が了承してくれたおかげか、ノールも仕方ないといった様子で了承してくれた。
ふぅ……これでなんとか狩りができるな。後のことが怖いけど、そこは必要なことだったと諦めよう。
彼女達に無理を通してもらうんだ。俺もそれなりのことをしてお礼をしないと。
●
1日目。
翌朝、日が昇り始めたぐらいの時間に、俺達は狩りをする為に自宅から移動を開始した。
ビーコンを自宅から自由に使えるので、まずはエステル達を北の洞窟まで送ることから始める。自宅があるって素晴らしいね。
朝一番にガチャの残り期間を見てみると、残り5日間と表示が変わっていた。
どうやらガチャの期間は、迷宮クリア後じゃなくて、1日でカウントされていたみたいだ。エグイね。
「さて、それじゃあ今日から頑張って狩りをしていこうか!」
「大倉殿……それ、装備したのでありますね」
「ああ、なかなかカッコいいだろ?」
「カッコ良いというか……」
「ヒャッハー! とか言い出しそうですね」
せっかくガチャから出たので、新しい装備を俺は使っている。
肩に着ける黒色の防具で、鋭い20cmぐらいの棘がいくつも付いていた。
なかなかカッコいいなって思ったのだが、ノール達の反応は微妙な感じ……なぜだ。
――――――
●トゲ付き肩パット
攻撃+100
防御+100
――――――
攻撃力も上がるみたいだし、なかなか良い装備なんだけどなー。これでタックルをすれば、ある程度ダメージ与えられそう。
「うぅ……ついに来てしまったのでありますよ……」
エステルとシスハを北の洞窟に残して、俺とノールはオークの森に移動をした。
森に到着すると、彼女は前のことを思い出すのか、渋い声を出している。
シスハを連れてきてもよかったのだが、一応試しにノールとシスハを交代で釣り役とオーク狩りをさせることにした。
シスハには俺の聖骸布と、ディフェンスブレスレットを貸しているので、釣り役としての対策は万全だ。
「ノールはあの時から比べたらだいぶ強くなったし、今回はさらに早くできるんじゃないか?」
「あの時から既にブラックオークは一撃だったので、大して変わらないと思うのでありますよ」
んー、ノールは能力値が跳ね上がっているし、前より狩りの速度が上がると思ったのだが……そうでもないのか?
「さて、じゃあ……ノールはここと、ここと、ここを回ってくれ。俺は別の所で狩りをするからさ」
「へ? 一緒に狩りをするんじゃ?」
「何言ってるんだ。あの時と違って、もうレベルも装備も高いんだから、離れて狩りするに決まっているだろ」
あの頃は俺1人じゃブラックオークを倒すのに何回も攻撃が必要だったけど、今なら1人でも1、2発で倒せる。
だから今回は離れて、別々のリポップゾーンを回る計画だ。これはシスハでも同じことをするつもりでいる。
これで倍……は無理でも、かなり魔石の効率も上がるはずだ。
「……大倉殿も、成長なされたのでありますね。成長を見守るって、こんな気持ちになるのでありますな」
「お前は俺の保護者か! ほっこりしてるんじゃない!」
腕を組んで、うんうんと頷きながらノールは俺を見ていた。
成長したと言って貰えるのは嬉しいが、なんだか複雑な気分だ。
それから前にやったように狩りが始まった。
俺もノールと同じように3つのリポップ場所を回りながら、ゴブリンを倒してブラックオークが湧いたら倒す。
彼女のバフのおかげか、俺でもブラックオークを一撃で倒すことができた。
だが、2人で一緒に回っていた時に比べると、ゴブリンやオークの処理する時間が若干遅くなり、効率が2倍と言うほどにはなっていない。
それでも、一緒に回るよりは効率はいいけど。
ドロップアイテムに関しては、今回は一切拾わない。
そんなことする暇あるなら、1個でも多く魔石を手に入れないと。
「大倉殿、そろそろ暗くなってきたのでありますよ? もう今日は終わりにした方が……」
「くっ、何言っているんだ。まだ114個しか貯まってないんだぞ!」
「もう十分でありますよ……前に比べたら楽になったでありますが、やっぱりこの作業のような狩りはきついのでありますぅ……」
狩りを始めてから既に10時間近くは経っただろうか。空を見ると、もう夕焼け色に近づいていた。
ひたすら淡々とゴブリンとオークをエクスカリバールで抉り飛ばし、タックルで頭を粉砕したりして倒していた。
すると、ノールが近づいてきて今日はもう終わりにしようと言う。魔石を見てみると、128個まで増えている。
今日だけで114個の魔石を稼ぐことをできたか……迷宮を抜いたら、過去最高の魔石の回収率だ。
だが、これだけじゃコンプガチャを制覇するには足りない。もっと、もっと魔石を稼がないと。
そう考えていると、俺のスマホがバイブレーションした。画面を見てみると、エステルからトランシーバーで連絡がきたみたいだ。
『お兄さん、もう今日は終わりにしましょうよ。さすがに、もう疲れたわ』
『はぁ……はぁ……私、もうずっと、走りっぱなし、なんですが……』
「むぅ……そうだな。今日はとりあえず終わりにしようか」
どうやらあっちは、もう限界みたいだ。
あまりやり過ぎると駄目だって昨日考えたばかりだったな……ここは大人しく止めておくか。
「さてさて、今日の成果でガチャを引くとしようか!」
「お願いでありますから、どうかこれで終わりにしてほしいのであります」
「はぁ、いつもの倍以上の時間やっていたから、疲れたわ」
「なんだか、まだ後ろからサソリが追っかけてきている気がしますよ……」
エステル達を迎えに行き、自宅へと戻ってきた。そしてガチャを回す為に、椅子に座って全員で机を囲む。
ノールは祈るように手を合わせ、エステルは疲れたのか椅子に肘を付けて片手で目を覆い、シスハは悪寒がするのか両腕を掴んで寒そうなポーズをしている。
初めて長時間の狩りだったからか、エステルは特に疲れているようだ。あまり無茶をさせない方がよさそうだな
「よし、じゃあ貯まった魔石でガチャをやるぞ。今日はノールが引いてくれ」
「了解なのであります! さあ、出ろ出ろなのでありますよぉ!」
早速、今日のガチャの時間だ。今日できるのは2回。これでディメンションルームを引ければ、その時点で狩りは終了。解放される。
ノールはそれを期待しているのか、かつてないほどのやる気な声だ。
うおおぉぉ! と叫びながら、ノールは11連ガチャをタップした。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【R食料、SRビーコン、Rポーション×10、R大剣、SRエクスカリバール、SR爆裂券、R薄い本、SRコロナリング、Rホットリング、R閃光玉、『SRトゲ付き肩パット』】
「うー、違うのであります! なんでこれ何度も出てくるのでありますか!」
「一応コンプ対象だけどさ……被りすぎだろ」
腕をブンブン振って、ノールは悔しそうにしている。
またトゲ付き肩パットが出やがったか……これエクスカリバール並に出てくるな。あっ、エクスカリバールも出てるじゃん。
この武器もう呪われてるんじゃってぐらい出てくるな……強くなるからいいけどさ。
悔しそうにしていた彼女は、気を取り直して再度11連ガチャをタップする。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【Rおやつ、SR命の宝玉、Rぬいぐるみ、Rジャンクリング、SR脱出装置、R万能薬、SRウエストポーチ、R煙玉、Rキャンプセット、SR鍋の蓋】
「あうっ!? また金だったのでありますぅ……」
「ノールでも駄目なのか……」
くっ、ノールが念じたのが仇となったのか……物欲センサーに引っかかってしまったみたいだ。
こうなると、明日はモフットに引かせるしかないか? モフットなら物欲に支配されることもないだろうし。
「明日もあれやらないといけないの……」
「明日は私、オークの方でいいんですよね?」
エステルも今日で終わらなかったからか、眉をしかめて暗い表情をしている。
シスハの方が特に動じることなく、明日のことを気にしているみたいだ。彼女のポジティブさは、俺達の中で1番かもしれないな……。




