懐かしのブルンネ
王都で物件探しをして撤退した後、俺達は冒険者協会へとやってきている。
まだ日が沈むまではかなりあるので、その日の内にブルンネは向かうことにした。なのでシュティングを出る前に、一応そのことを伝えておこうとやってきたのだ。
「という訳なので、申し訳ありませんが少しシュティングから離れます」
「あぅー、わかりました……。大倉さん達がいると急なことがあっても安心だったんですが仕方ないですね」
「あー、でも少しなのでまたちょくちょくこっちには戻ってきますよ」
ブルンネに行くということをウィッジちゃんに言うと、残念そうな声で肩を落としている。
Cランクとはいえ、ノール達がいるから戦力的にはBランクぐらいだと思う。
普段は狩りしかせずに毎日帰ってくるので、護衛などで数日不在になることの多い他のBランクに比べたら便利な存在だったかもしれない。あまり依頼自体受けてないけどな。
シュティングにはブルンネで家を購入してもまた来ようと思っている。迷宮もあるし、北の洞窟での狩りもまだまだやりたいからな。
「待たせたな。それじゃあ行くか」
「なんだか久しぶりなのでありますね」
「私は呼び出されてすぐにこっちに来たから、あんまり久しぶりって感じはしないわね」
「なんだか私だけ仲間外れな感じがしますが……知らない街に行くとなるとなんだかワクワクしますよ」
外で待たせていたノール達とさっそく門の外へ行こうと移動する。
シスハだけは微妙に体を動かしてちょっと興奮気味だ。最初はもう少し大人しい奴なのかと思っていたが……案外わかりやすい奴だな。
というか彼女達は3人ともすぐ体のどこかで表現してくるからわかりやすい。
●
王都から出発して俺達は今、魔法のカーペットに乗っている。
また来た時のように馬車に乗るんじゃないかとノールが震えていたのだが、もう地図アプリがちゃんと使えるので今回は乗らない。
移動速度を考えても、10日近くかかる馬車に比べたら魔法のカーペットの方が遥かに速い。途中ある作業もしなきゃならないしな。
「いや~、やっぱり魔法のカーペットは素晴らしいのでありますよ」
「ブルンネから来る時は酔ってグロッキーになっていたもんな」
いつもどおりエステルがあぐらで座る俺の前にすっぽりとはまり、ノールとシスハが後ろに座っている。
ブルンネから来た時のことを思い出しているのか、彼女はしみじみと呟いていた。
あの時は本当に酷かったもんな……何回も嘔吐しそうになっていたから無理やり寝かせたし。
それに万能薬を口に突っ込んで起こしたり……ノールは案外酷い目にあっている気がしてきたぞ。
「今はシスハがいるんだし、今後馬車に乗っても酔いは平気じゃないの?」
「そういえば回復魔法で酔いとかも治るのか?」
「多分……治せると思います。酔いで使ったことがないので、確実に治るかはお答えできませんけど」
回復系はエステルの専門外だと言っていたし、シスハなら酔いすら治せるのだろうか。
筋肉痛も治せるみたいだしできそうだよな。傷を治す以外にも、風邪や頭痛や腹痛も治せそうなので回復魔法って便利そうだ。
「魔法のカーペットならどのぐらいでブルンネに着くのかしら?」
「うーん……これでも2日以上かかるんじゃないか? 地図アプリで見てもまだまだ先だ」
馬車よりもかなり速いとはいえ、ブルンネまでの距離はかなりある。このまま順調に進んだとしても、1日じゃ無理だろう。
馬車の場合は馬の休憩などもあったし、人数も多かったのでかなり違うとは思うが数日はかかるな。地図を確認してもまだ3分の1も進んでいない。
「ちょっと失敗したかも……レムリ山のビーコン回収してけばよかったか?」
「また行く手間を考えるとそのままでよかったのではないのですか? 足りないようならブルンネで魔石を回収して、ガチャを回しビーコンを増やせばいいのですし」
ビーコンは現在総数11個。シュティングの付近に1つ、北の洞窟に1つ、レムリ山に3つ使っているので余りは6個だ。
これを大体の距離で設置するつもりなのだが、足りるかちょっと心配になってきた。ビーコンで一瞬戻ってレムリ山から回収することも考えたが、シスハの言うようにまたレムリ山行く時の手間を考えたらめんどうか。
ビーコンは便利だが目的地まで実際に行って設置しないといけないのが面倒だ。それでも便利だから文句を言うのもどうかと思うけど。
「むっ、この先に魔物がいるな。避けて進むか」
「大倉さん、そのまま進みましょう!」
「えっ……ま、まあいいけど……」
地図を見ながら進んで行くと、進行方向に魔物の反応があった。まだ離れているので戦わないで避けて通ることもできるのだが、シスハが避けずに行こうというのでそのまま進んだ。
そして進んだ先には、狼型の魔物が数匹いた。前に戦ったウルフよりも一回り大きなタイプだ。
見えた所でカーペットを一旦停止させると、シスハは座った姿勢のまま跳躍してウルフへと向かっていった。
彼女の存在に気が付いたウルフ達が威嚇するように姿勢を低くし、ある程度までシスハが近づくと一斉に飛びかかる。
噛み付こうと鋭い牙の生えた口を大きく開くウルフだが、その攻撃が彼女に当たることはなかった。
飛びかかってきたウルフが攻撃を当てられる範囲に入ってくると、杖で頭ごと粉砕されてしまうからだ。
1匹の頭を粉砕すると、2匹目、3匹目と杖だけじゃなく蹴りなども混ぜ、流れるような動きで次々と始末していく。
数匹いたウルフは、1度飛びかかっただけでもう着地することなく全て光の粒子に変えられてしまった。
「ふぅ……この辺りの魔物は耐久力がないんですね」
「わざわざ相手しなくてもいいと思うのでありますが……」
「退屈なのはわかるけどね」
この辺りには強い魔物はいないはずだから普通に戦わせたが……魔物の耐久力がないんじゃなくてシスハの攻撃力があり過ぎるだけなんじゃないか。
魔物を倒した彼女は頬を緩めてとても満足そうな笑顔をしている。移動を開始して数時間ほど経っているし暇だったんだろうな。
だからって魔物を倒すのもどうかと思うが……まあずっと座っていても体がきつくなってくるし、たまに降りるのもいいかもしれない。
それにしてもエステルの支援なしであんな動けるのかよ。
「はぁ、今日はここまでかな。夜でも無理やり進もうと思えばいけるがどうする?」
「止めておいた方がいいのでありますよ。下手に動いたら何がいるかわからないでありますし。モフットもいるのですし、大人しく今日は休むのであります!」
俺達の方が襲ったようなものだが、魔物の襲撃からしばらく移動して日が沈み始めたので今日は野営をすることにした。
ここに来るまでにビーコンを設置したり、何回もシスハが魔物を襲撃したりなど色々あったが、特に困るようなことは起きていない。
魔法のカーペットと地図アプリを併用すれば夜の活動も可能だが、ノールが抱きかかえているモフットもいることだしあまり無茶はしない方がいいか。
「むふふ、やっぱり食料は美味しいのでありますよ」
「外でも美味しい物が食べられるっていうのがいいわよね。食料がRで良かったわ」
「どれだけあっても困りませんしね」
「それはそうなんだけど……実際かなりお世話になっているが……うーん」
キャンプセットを取り出し、焚き火を囲みながら食料を出す。
ジュウジュウ音を立てているステーキ、ふんわりとしたプレーンオムレツなど、様々な料理がでてくる。
ずっと食べていられるならガチャ産の食料を食べていたいが、毎日3食全員で食べたら即なくなるので街にいる時は極力食べていない。
俺としても食料がRでよかったとは思うけど、Rで喜ぶのもなんか複雑な気分だ……。RやSRは複数欲しくなるようなのばかり。爆死した時に少しでもショックを和らげる為なのか?
「前はミノタウロスに襲われたけど、今回は大丈夫みたいね」
「そうだな。地図アプリで広範囲を見てみるとちょくちょくいるが、離れているから平気だろう」
地図アプリを見てみると、あっちこっち離れた場所で赤い点がうろちょろしている。それでもここまではかなり距離があるので、こっちに来ることはないだろう。
野営中は俺とノールで交代しながら見張りをして寝ることにしている。エステルとシスハは魔法を使うので、精神的に何かあると影響があるのでちゃんと寝てもらう。
俺もテントの中で寝ろと言われたが、さすがに3人で寝るとかなり密着するので丁寧にお断りして寝袋で寝た。
●
出発から3日目、俺達は無事ブルンネへと到着した。
今回は何事もなくてよかったよ。ビーコンも5個設置したがなんとか足りそうだ。
久しぶりに戻ってきたのだが、やはり王都と比べると人も少なくてなんだかのんびりした雰囲気。住むならこういう所の方がいいのかな?
さっそくブルンネに到着したので家を買いに……といきたいが、まずは冒険者協会に挨拶をしておこう。
一応これから寝泊りするのはブルンネになりそうだし、戻ってきたことを言っておいた方がいいと思うからな。
「あっ、グリンさん。お久しぶりです」
「……うおっ!? だ、誰だよお前!?」
冒険者協会に向かい、中に入ると見覚えるある中年男性がいた。この世界に来て1番最初に出会った冒険者であるグリンさんだ。
依頼書の貼ってある掲示板と睨めっこしていたので、後ろから声をかけた。
振り返って俺の方を見ると、驚くような声を出して飛び退き誰だと言われる。
……ちょっと会ってなかっただけで忘れられたのか俺……なんだか悲しい。俺は知り合いのつもりだったけど、相手からしたらそうじゃないと思われていて忘れ去られていた時の気分。
泣きたくなってきた。
「……ん? その変な武器と鍋の蓋……それにその娘がいるってことは大倉か!?」
「あっ、はい、そうです」
おっ、覚えていてくれた。
でも判断するのそこなの? バールと鍋の蓋、それとノールで俺と判断したみたいだ。
確かにこんな装備の奴は少ないと思うけど……。
「変わり過ぎだろ……誰だかまるでわからなかったぞ。せめて声をかけるならそのヘルムは脱いでおけよ」
「あ、確かにそうですね。でもそんなに変わりましたか?」
「変という意味では変わっていないが……」
言われて気が付いたけどそういえばヘルム被っていたんだった。そりゃわからないか。いやぁ、忘れられた訳じゃなくてよかった。
「それにしても随分とパーティが増えてるな」
「そうですね。グリンさんに最後に会ってから二人入ってもらいました。魔導師のエステルと神官のシスハですよ」
「魔導師は聞いていたが神官まで入ったのか!?」
グリンさんは俺の後ろにいたノール達を軽く見回した。
彼は俺達がここから出発する時、他の依頼でいなかったから挨拶できなかった。
エステルはここで冒険者の登録をしていたからマーナさんから聞いたのだろう。
俺が彼女達を紹介すると、神官までいるということを聞いてかなり驚いている。あまりいない魔導師に加えて、神官がパーティにいるからそうなるか。
「エステルよ。おじさん、よろしくね」
「お、おじさん……」
エステルが笑顔でグリンさんに挨拶をするが、おじさんと言われて若干顔が引きつっている。
……俺も中年だと思っていたのだが、もしかしてもう少し若いのか?
「初めまして、シスハ・アルヴィと申します」
「――あっ、ど、どうも……」
次にシスハが柔らかな微笑みで挨拶をする。
挨拶されたグリンさんは、真正面から彼女の顔を凝視して言葉を失っていた。そしてすぐにハッとして短い返事をすると、俺の方へときてノール達から離れた場所に連れていかれた。
顔と耳が若干赤いぞ。
「な、なんでしょうか?」
「お、おい! あの美人さんはどうしたんだ!?」
「えっ、あっ、普通に知り合っただけですよ……」
「くぅ……あんな美人とパーティだなんて……幸せな奴だな」
彼女達に聞こえないようにボソボソ俺に声をかけてきた。どうやらシスハの容姿を見て目を奪われていたようだ。
全員容姿が良いとはいえ、ノールは顔が見えないしエステルは幼い。しかしシスハは顔も見えていて年齢も20歳ほど。
男として反応するなら間違いなく彼女だろう。確かに他人から見たらかなり美味しい立場だと思うし、俺も恵まれているとは思う。
だけど全員何かと残念な部分があるしなぁ……シスハなんて笑顔で魔物を素手で貫くような奴だし。
「それで、王都に行ったのになんでわざわざ戻ってきたんだ?」
「家を買おうかと思いまして。王都じゃ高すぎたのでここで買おうかと……」
挨拶も終えて、なんでブルンネに戻ってきたのかを不思議そうな顔で聞かれた。
王都に行ったら戻ってくる人も少ないのかもしれない。
「あー、まあ高いよな。……って、おい! 家って……まさかあの娘達と住む気か?」
「はい? そのつもりですが?」
「……なんというか色々と凄いな」
家を買うと言うと納得したように相槌を打ち、そして驚いたのか大声を出した。
ん? ノール達と住むのがそんなに驚くことなのか?
……よく考えたら女の子3人と同じ家に住むって聞くと、なんかヤバいようにしか聞こえないな。実態がどうあれ、ちょっとまずい気がしてきたぞ。
あまり他人に知られるのはよくなさそうだ。
 




