アイテムガチャ
「それで、そのコストダウンは誰に使うの?」
エステルは自分自身を指差し少し動かして、自分に使ってくれと主張するように聞いてくる。
うーむ、確かに彼女に使ってもいいのだが……ノールはバフ、エステルとシスハは支援魔法持ちなので、今後仲間が増えたとしてもパーティから外れることはまずない。
しかし貴重なコスト低下が手に入ったとなると、もう少し貯めてから考えて使いたいな。うん、まだ使うのは止めよう。
「期待しているところ申し訳ないが、今はまだ使わないぞ」
「お兄さんのケチ……」
「まあ今は余裕があるでありますしね」
俺が使わないと言うと、エステルは拗ねたのか口を尖らせてケチと言う。ケチとは失礼な。
「それより、ガチャをどうするかだな」
「今回は……アイテムガチャですか?」
ガチャのフェスティバルが来たのはいいのだが……アイテムガチャか。
【アイテムガチャ開催中! アイテム系の排出率UP!】
こんな表記がされている。アイテム系の排出率アップねぇ……。
SSR以上の排出率アップという訳でもないし、正直スルーしても構わないガチャだな。
まあ最近は4人になったので、ガチャ産の食料が不足しているしやること自体は意味がある。魔法のカーペットのように便利なアイテムも出る可能性はあるが、必死になって回すほどでもないしな。
優先するならやっぱり装備とユニットにしたい。
でも今は魔石が846個あるので、200個程度ならいいだろう。
それにしても大討伐凄いわ。あの短期間で150個以上の魔石が手に入った。希少種が大量にいたもんな。
「それじゃあ平八カーニバル……と言いたいところだけど、今回は全員1回ずつにしておくか」
「またカーニバルしないのでありますか!?」
「お兄さんの何回までって言うの、信用できないのよね」
「えっ! 私にもガチャをやらせてもらえるのですか!」
このガチャでは俺の射幸心は満たされない。なのでカーニバルと認める訳にはいかない。
通知を見た時は絶頂に達するほどの感謝を覚えたが、今は萎えてしまった。まるで気力が湧かない。
ノールはカーニバルじゃないことに驚き、エステルは俺のことを信用せず、シスハはガチャ自体を喜んでいる。
三者三様の反応だ。
「それじゃあ今回はシスハから引いてもらおうか」
「はい! はぁ~、これがガチャなんですね。なんだかワクワクしてきます」
目を輝かせて鼻息が荒くなっているシスハにやらせることにした。
いつものようにベッドに座るわけにはいかないので、机を囲んで椅子に座り、中央にスマホを置いてガチャる。
モフットはノールの膝に座っていた。数日宿にいなかったので、彼女がモフットに構いまくったせいか少し疲れ気味だ。
シスハは初めて触るスマホに慎重に指を置き、11連ガチャを押す。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【R食料、SR脱出装置、Rポーション×10、Rおやつ、SR高級ランプ、R万能薬、SRビーコン、R栄養剤、R寝袋、SRエクスカリバール、Rキャンプセット】
中身が排出されたのだが、場の雰囲気はなんとも言えない。シスハは無言で画面を見つめて止まっている。
エステルとノールはどう反応していいのかわからず、互いに顔を見合わせ固まっていた。
あちゃー、初陣がまさかのSR止まりか。これはショックが大きいかもしれないな。
そう思い慰めの言葉でも送ってやろうかと思っていたのだが、無言のまま彼女の手がまた11連ガチャへと向かっていた。
「おいこら! 何もう1回やろうとしてるんだ!」
「うわああぁぁ! 離してください! 私の初めてがこんな幕引きだなんて、そんなのあんまりじゃないですか! 先っちょだけ、先っちょだけ指を当てるだけですよ!」
「な、何やってるんでありますかお2人共!?」
「先っちょだけ当てても普通に押しても変わらないわよ」
シスハが画面を触る前に腕を掴み、ガチャる前に止めた。それでも彼女は俺の手から逃げようとするので、エステルとノールにも手伝ってもらい椅子にロープで縛り上げる。
ロープは前に迷宮行く時に準備した物の1つだ。まさかこんなところで使うなんてな。
それにしても、なんて奴だ。この俺ですら予想外だぞ。
最初に決めた回数を守らないなんて、忍耐力がなさ過ぎるぞ。俺のようにちゃんと理性的に自制できるようにならんとな。
「ふぅ、全く。まさかもう1回やろうとしやがるなんて。油断も隙もあったもんじゃないな」
「ブーメランが飛んでいるのでありますよ」
「シスハもお兄さんにだけは言われたくないと思うわよ」
「うぅ……1回だけなんてあんまりですよ……」
エステルがジト目で俺の方を見ている。ノールも同じように俺を見ているが、アイマスクで表情がわからない。
なんだ、何故そんな目で俺を見るんだ。俺がまるで変なこと言ったみたいじゃないか。
椅子に縛り付けられたシスハはうなだれながら呟いている。容姿のせいかその光景はなんだかいけない事をしているように思えてきたが、同情の余地はない。
約束を破り追加でガチャをしようとした者に情けは無用だ。
「それじゃあ次は私かしらね?」
一騒ぎ終え、今度はエステルの番だ。少し嬉しそうに微笑んで彼女はスマホを操作している。
うむうむ、ガチャを喜んでいるのは良い傾向だ。エステルもだんだんとガチャに染まってきているな。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【SR高級枕、R食料、SRエクスカリバール、SR高級包丁、R万能薬、SR高級ライト、R弁当箱、SR洗浄機、R寝袋、SRエアーロープ、Rぬいぐるみ】
「むぅー」
「なんだかあまり良くない出だしでありますな」
2人続けてのSR排出のみ。やはり確率アップがないとSSRですら出にくそうだな……。
エステルは悔しそうに頬を膨らませて両手を握りこぶしにして震えている。写真に保存しておきたい可愛さだが、今は机の上だし音が出るから止めておこう。
次はノールの番だ。
「大倉殿……10回でいいので単発でやってみてもいいでありますか?」
「ん? いいぞ」
「ありがとうございますなのでありますよ!」
ほぉ、まさかノールからそんな言葉が出るなんて。最初にエステルを出した時は単発だったし、彼女は単発教に入信したのか。
うむ、良い傾向だ。これからどんどん彼女達にはガチャ沼に沈んでほしい。そうすれば俺の気持ちも理解してくれるはずだ。
【R食料】【R万能薬】【SRビーコン】【SR脱出装置】【Rおやつ】【SSRハウス・エクステンション】【R万能薬】【SR鍋の蓋】【Rランプ】【SR調味料セット】
ノールが次々と単発ガチャを回し宝箱からポンポン排出されていく。銀が5個、金が4個、そして白が1個だ。
3人目にしてやっとSSRが排出された。
「あう……SSRが1つなのであります」
「1個出てるだけでも十分じゃないですか!」
まさかまたノールだけSSRを出すというのか……こいつの運は一体どうなっているんだ。
彼女はちょっと落ち込んでいるが、SSRが出ただけでも喜ばしい。ちょっと毒され始めているようだな、いいぞ。
それにしてもハウス・エクステンション? なんだろこれ。SSRのアイテムということは、魔法のカーペット並に便利そうだが……。
「それじゃあ次は……モフットでありますか?」
「あ、ああ、いいぞ」
ノールが膝の上に座っていたモフットを机の上に持ち上げる。モフットは理解しているのかスマホの前までテクテクと歩いていく。
4人だと思っていたけど、考えたら4人と1匹だったな……まあ250個の消費ならいいか。
「その子もガチャ回すんですね」
「あら、知らなかったの? シスハを出したのはモフットなのよ」
「えっ」
テクテク歩いていたモフットを眺めながらふとシスハが呟く。そういえば彼女にはモフットについて特に話していなかったな。
普通に撫でて可愛がっていたのでもう知っていると思っていたよ。
そして自分を出したのはモフットだという事実を知った彼女は、短く声を出しモフットを見つめている。兎に排出してもらったということを知ったシスハの心境は複雑そうだ。
スマホに辿りついたモフットが、前足を11連の部分にポンと乗せタップする。本当にこいつ賢いな。
画面に宝箱が映し出される。そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【SR高級アイマスク、Rシャンプー、Rポーション×10、R眠り薬、R栄養剤、Rアニマルビデオ、SR警報機、Rマスク、SR夢見の枕、Rおやつ、R釣竿】
幸運をもたらすと言われているモフットを投入しても、SSRの壁は高かったか。
……ちょっとだけUR出るんじゃないかと考えはしたが、ガチャは厳しかったようだ。
「あぅ……モフットの力を以てしても駄目なのでありますね」
「まあ今までなんだかんだUR出てたからな。今回も俺が出してやるから安心するがいい」
「お兄さん、そうやって自分からフラグを立てるの止めた方がいいと思うわよ」
「そこまで自信満々に言うなんて、私期待しちゃいますよ?」
ふっ、この俺の運命力を以てすれば、今回だってURが排出されるのは道理。UR以外はありえないのだ。
まっ、危惧していることをあえて言うなら、同じURが出ることぐらいかな?
俺の力強い指先がスマホの画面へ触れる。そして出現するは宝箱。
そして宝箱は、銀、金。金で止まった。
【SRエクスカリバール、SR鍋の蓋、Rリンスー、R香水、Rゴム、R薄い本、SR録画アプリ、SR腕カバー、R食料、SRペット小屋、SR高級ライト】
……馬鹿な、そんな馬鹿な。URが出ないだけならまだ納得するが、俺の運命力を以てしてもSSRが出ないだと!?
「ほら、やっぱりこうなるのね」
「大倉殿、もう引いちゃ駄目でありますからね」
「さっき私を止めたのですから、まさかもう1回やりたいなんて言わないですよね?」
エステルは頬に手を当てふぅ、と息をつく。ノールは何かを警戒しているのか、異様に俺の動きを見ているみたいだ。
シスハは椅子に縛り付けられたまま、笑顔で俺に声をかけてくる。その笑顔はお前まさか自分だけ引く気じゃないよな? という副音声が聞こえた気がした。
「ぐっ……そうだな。確かに俺はシスハがもう1回引くのを止めた。俺が最初に皆1回ずつにしようって言ったからな。だがそういうことなら、皆でもう1回引けばいいのではないのだろうか? ここまでSSRが1個しか出ていないんだ、次はSSR以上が複数出てもおかしくないだろう? だから今から俺が引くのも問題ないと思うんだ」
「なるほど、その発想はありませんでした! それなら私も大歓迎です!」
「その理屈はおかしいのでありますよ!」
「シスハもガチャをやらせたらいけない人種だったみたいね……。お兄さんの言うままに引かせたら、魔石が全部なくなっちゃうわ」
ここまでSSRが出ていないんだ。もう5回やればSSR、それどころかURが出ることだって考えられる。ここで引かずしていつ引くのか。
しかし俺の意見に賛同したのはシスハだけのようで、俺はノールとエステルにスマホを取り上げられ、シスハと同じようにロープで椅子に縛り付けられた。
俺は何を間違えたのだろうか。同じように椅子に縛られているシスハが、同類を見ているような嬉しそうな表情で見てくるが止めてほしい。
 




