はぐれ集団
昨日は暗くなる前に野営をし、次の日の早朝に移動を始めた。
野営をしている最中も、コボルトがちらほらと近寄ってきたりしたのは集団が近いからだったのだろうか。
移動を始めて数時間程度で、1つの集団と遭遇した。
そして現在、俺達はその集団を草むらに隠れ横から観察している。
「うわぁ……なんか凄いことになってるんだけど」
「これが兆候さ」
草原に広がるコボルトの群れ。目的があるようにどこかへ向かい固まって動いている。
1体1体の間隔はそれほど詰まっておらず、かなりの範囲にコボルトの集団は広がっていた。
パッと見ると統制されているように見えるが、目を凝らすとかなり雑だ。
この群れのコボルトは前に見たのと違い、若干体が黒味を帯び剣ではなく槍を持っている。これがハイコボルトなのか?
そして先頭には斧を持ち、一際大きく黒ずんだコボルト。こっちがティラノスコボルトか?
とりあえず両方確認だな。
――――――
●ハイコボルト 種族:コボルト
レベル:25
HP:3500
MP:0
攻撃力:250
防御力:80
敏捷:50
魔法耐性:0
固有能力 無し
スキル 無し
●ティラノスコボルト 種族:コボルト
レベル:35
HP:1万5000
MP:0
攻撃力:600
防御力:150
敏捷:80
魔法耐性:0
固有能力 無し
スキル 狂化
――――――
ん? 思っていたより弱いな。それでも数が多いし、ディウス達だけで来ていたら危険だったかもしれないか。
「いつもより規模でかいよねこれ?」
「あぁ、そうだな。核の魔物がいないというのに、これほどの規模がもう動き出しているなんて……」
ミグルちゃんとディウスが話しているのを聞くと、どうやらこの集団は通常より多いみたいだ。
ざっと見た感じ40……50以上はいるか? 一斉にこの規模の魔物と遭遇するのは、乱獲をしている俺達でも初めてだな。
あの先頭を歩いているティラノスコボルトが核なのかと思ったのだが違うようだ。
「この集団の中に核の魔物がいるんじゃないのか?」
「いるんだったらもう少し中央に固まっているはずだよ。これは核の個体のいる群れから切り離されて、周囲を徘徊し始めた集団ってところだね」
「……いつもなら20程度の塊しか徘徊しないはずだが」
「ど、どう見ても50体以上はいますね……」
ガウスさんとスミカちゃんもこの数には驚いているようだ。
集まった群れが分かれてさらに徘徊を始めるとか、大討伐超迷惑だな。
しかも今見ているコボルトの集団が切り離されて50なら、本体は100体は確実に超えているだろう。
コボルトロードがもしいて、周りにこいつらが数百もいたら……。
「これも一応倒しておいた方がいいんだよな?」
「もちろん。はぐれ集団でこれとなると……集団の本体がどうなってるか考えたら恐ろしいな」
このまま放置してどこかの村や人が襲われるのも不味いだろう。
とりあえず見つけた集団は片っ端から倒していくことにするか。
「それじゃあまとめて殺っちゃってもいいのよね?」
「待て待て、こんなところで魔法使って消費するな。このぐらいならノールと俺とディウス達でいいだろう」
バッグから赤いグリモワールを取り出し、魔法を撃とうとし始めたエステルを制止する。
ただのはぐれ集団相手に彼女を浪費させるのはよろしくないと思う。いざって時にエステルには範囲殲滅を頼みたいしな。
この程度の規模なら近接職の俺達が戦うだけで十分だ。
「それじゃあエステルとシスハに支援を貰った後に、俺とノールとディウスが前に出てミグルさんが援護でいいか? ガウスさんは彼女達を守っていただけると助かります」
これだけ人数がいると役割分担ができてかなり楽そうだ。
シスハがいればハイコボルト達に遅れを取ることはないだろうけど、念の為ガウスさんにエステル達を守ってもらおう。
コボルトロードの時は俺かディウスがさらに守りに入って、ノールを主に前に出そう。この中じゃ圧倒的強さの近接だからな。
俺やディウスよりも、シスハが前に出た方が強いかもしれないが……今回はちゃんと回復役をしてもらうぞ。
「シスハさんまで支援魔法が使えるのか……」
「うぅ……使えなくてすいません……」
「えっ! あっ、違う違う。スミカだってこれからさ」
ディウスが俺の話を聞いて、驚いたようにシスハを見て呟いた。
それを聞いてスミカちゃんがしょんぼりと顔を下に向け落ち込んでいる。
慌てて訂正しているが……なんだか大変だな。
それにしても神官が支援魔法まで使うのは珍しいのか?
「と、とりあえず! さっきのでいいか?」
「あぁ、僕は構わないよ。皆もそれでいいかい?」
なんだか戦闘前に微妙な雰囲気になってしまったが、気を取り直してそれでいいのか聞いてみる。
ディウスの言葉に、彼のパーティは皆頷いたのでこれでいいようだ。
さっそくエステルとシスハに頼み、全員に支援魔法をかけてもらう。
「……これは凄いな。なんだか力が湧いてくる」
「エステルちゃんからの支援……ん~、最高!」
「ちょっと、その反応は止めてもらえないかしら?」
俺達は普段から支援を貰っているが、初めて支援魔法をかけてもらったディウス達は驚いている。
俺も初めてしてもらった時は、体に入る力の具合に驚いたもんな。
ミグルちゃんは何故か自分の体を抱き締めて何かを感じるようにし、それを見たエステルは微笑んでいるけど頬が引きつっている。
なんだろう……このパーティちょっと変態多くない?
「それじゃあ私も――ぐぇ!?」
準備も整い、いざ戦いへと思ったところでシスハが当然のように前に出ようとした。
なので後ろから首元を掴んでそれを止める。
「ごほっ……な、何なさるんですか大倉さん!」
「神官なのに突っ込もうとしてどうする気だ! シスハは回復役だから今回は後ろな」
「そ、そんな……」
首が一瞬絞まったのが涙目になりながら咳き込んで、若干怒ったように力んだ瞳で俺を睨んできた。
そして前に出るなと言うと、今度は絶望したような表情をした後に四つん這いになって落ち込んだ。
せっかく美人なのにどうしてこんなに残念なんだ……ディウス達も呆れたように俺達を見ている。
「今回……? 普段は神官なのに前衛で戦っているのかい? 一体あなた達はどんなパーティなんだ……」
「し、神官なんですよね?」
「もちろん私は神官ですよ」
やっぱり神官が前に出るのはおかしいみたいだ。ディウスとスミカちゃんが困惑している。
顔を上げて元気がなさそうに神官だと答えているが、周りから疑惑の視線が注がれている気がする。
緊張感のない雰囲気が続いたが、ようやく気を取り直し集団に攻撃を仕掛けることにした。
「それじゃあいっくよー!」
ミグルちゃんがまず最初に集団に向かい矢を射ることになった。
元気よく筒から矢を取り出して弓につがえる。狙いを定めているのか少し弦を引き息を吐き出す。
狙いが定まったのか彼女が矢から手を放した時、矢に光が集まりだした。そして光を纏う矢が放たれると、凄い勢いでハイコボルトに向かっていく。
横からの不意打ちだったが、1番端にいたハイコボルトの頭部に矢が命中する。当たったコボルトの頭部が弾け飛ぶと、その後ろにいたコボルトの頭にも貫通した矢が当たり2、3体まとめて頭部を失った。
「うっわ!? な、なにこれ!?」
あの光はスキルを使ったんだと思うが、それでもこんな結果になると思っていなかったのか彼女は驚いていた。
俺とノールのバフ、それにエステルの支援魔法とスキルが重なって威力が跳ね上がったのか。
「ほら、ぼーっとしてないで行くぞ!」
「あ、あぁ……」
攻撃されたことに気が付いた周囲のハイコボルト達がこっちに向かってくる。
先頭の方を歩いていた奴らもこっちに引き返してきた。
ミグルちゃんの攻撃を見て口を開けて唖然としていたディウスに声をかけ、向かってくる魔物を相手にする為飛び出した。
向かってくるハイコボルトを、俺は次々とバールを突き刺して薙ぎ払う。
ハイコボルト程度なら俺でも1撃で倒せるようで、体のどこを突き刺してもそのまま体が抉れて吹き飛ぶ。
ディウスの方を見てみると、1撃ではないが2、3回攻撃するだけで倒せるみたいなので問題はなさそうだ。
1番前に飛び出していったノールは、真っ先にティラノスコボルトへ向かっていき腕を切り落とした後に首を刎ね飛ばし瞬殺していた。
向かう途中にいたハイコボルト達も、彼女が1振りするだけで数体まとめて切断される。俺とディウスよりも圧倒的速さで処理していくノールにはもう呆れるしかない。
「うん、この程度なら楽勝だな」
「数だけいても質が低いでありますからな。大倉殿、これで調子に乗って群れの本体と戦う時気を抜くのは駄目でありますよ」
あれだけいたハイコボルト達が、数分もしない間に全滅した。地面には大量のドロップアイテムが散乱している。
楽勝だなーとか思っていたが、ノールに釘を刺された。
「なんというか……なんだろう。あなた達の非常識さはわかっていたはずなんだが、予想以上に非常識だったみたいだ」
「この支援魔法反則的じゃない! エステルちゃんってやっぱり凄いのね!」
「あら、ありがとう」
あまりに呆気なく全滅させたことに、ディウス達は驚きを通り越して呆れているように見える。
ミグルちゃんの矢が強力になっていたのは、全部エステルの支援魔法のおかげということになったようだ。
これで驚かれたら、エステルに本気で攻撃させた時はどうなるんだ……。
「ノールさんもオーガの攻撃を弾いてひっくり返したりしていましたが……ここまで凄いとは思いませんでした。感服いたしました」
「むぅ……どうもなのであります」
ディウスが真剣な表情でノールに声をかけた。さっきの戦いを見てどうやら何か思うことがあったみたいだな。
完全に畏まっていて、彼が彼女に羨望の眼差しを向けている感じだ。俺から見てもノールの戦い方は憧れる。
声をかけられた彼女はなんだか嫌そうにしながら、少ない言葉を返すだけだ。
このパーティを組んでから、ノールはいつもの暢気な雰囲気がなくなっていた。未だにディウスが許せないのか?
うーむ、どうにかならないものかね。




