大討伐の兆候
レムリ山に行ってから十数日、結局北の洞窟で狩りをしているがたまにあそこにも行くようになった。
やはりレベルが高いからか経験値はリザードマンの方が上だったみたいだ。
ケプールも一気に8体出てくるので、魔石もそれなりに手に入る。
だがノールにスキルを使わせるとまた倒れるので、俺が攻撃を受けながらの狩りなのだが……若干攻撃が通るようで痛い。
そんな日々を過ごしながら、本日も冒険者協会に来てみたのだが。
「ん? なんだか今日は妙に騒がしい気がするな」
「何かあったのでありますかね?」
中に入ってみると、なんだかいつもより人が多く騒がしい。
違うパーティ同士で話し合っている姿がちらほらと見受けられる。
ウィッジちゃんの受付を見てみると、大きな鎧を着た人でよく見えないが数名人がいて何やら話し合っていた。
うーむ、これは邪魔しちゃいけないか。協会内も騒がしいし、今日は話さずに狩場でも行こうかな。
「あっ! 大倉さん! ちょっと、帰らないでください!」
ノール達に外に行くかと言い、協会から出ようと入り口の方に向かった。
だが出る前にウィッジちゃんが俺達を発見し、叫びながら出て行くなと言う。
なんだろう? 俺達にも何かあるのか?
「何かご用でしょうか?」
「はぁ、良かったです。大倉さんが来てくれなかったらどうしようかと思っていたんですよ」
引き止めることができたことに安堵しているのか、ホッと胸に手を当て息をついている。
来てくれなかったらって、そこまで重要な用事があるのか?
「やあ、大倉」
「ディウスだったのか。どうかしたのか?」
ウィッジちゃんの受付まで行くと、それまで話していた人がこっちを向いた。どうやらディウスだったみたいだ。
ミグルちゃんとスミカちゃん、ガウスさんも一緒にいる。
「はい、実は緊急の依頼がありまして。ディウスさんにお願いしたのですが、大倉さんにも行ってほしいんですよ」
緊急の依頼か。それに俺を誘うということは、複数パーティ推奨っていう依頼かな。
「最近魔物の発生場所がおかしいというのはご存知ですよね? ですので、今回の緊急依頼は慎重にと協会長から言われているんです」
確かにアステリオスの時にそんなこと言っていたな。あの時の謝罪として30万G貰ったっけ。
それにしても協会長直々に慎重にやれという依頼だと? なんだかただごとじゃない雰囲気がするぞ。
「Aランク冒険者にご依頼されないのですか?」
「Aランクの方々には他の場所へ行ってもらっています。なのでディウス様達にはBランクの推奨の場所へのご依頼です」
そんなに心配事が起こるかもしれない依頼だというなら、Aランク冒険者に頼んだ方がいいんじゃないか。
そう思い考えを口に出すと、もう既にAランクは他の場所に向かったと言われた。
緊急依頼が同時に他の場所でも起きているってことなのか?
「わかりました、私は構いませんよ。それと依頼の内容はどのようなものなのですか?」
「はい、西にあるハイコボルトが生息する地域での討伐依頼です。大討伐の兆候が出始めていますので、その前に核となる個体の討伐が条件です」
ん? 大討伐に核となる個体?
危機が迫っているような緊張した表情で言われたのだが、何を言ってるのかさっぱりわからん。
「あの……大討伐ってなんでしょうか? それと核となる個体とは?」
「なんだ、冒険者やっているのに知らないのかい?」
俺の言葉にディウスが反応し、彼のパーティメンバーも驚いたような表情をしている。
一方俺達の方は誰も知らないようで、俺がノール達と顔を見合わせると知らないという返事なのか首を傾げていた。
俺達がわからないということで、大まかな大討伐に関しての情報を教えてもらった。
大討伐には2種類あり、圧倒的な強さの魔物が出現した時、もう1つが核の魔物を中心に群れが形成され暴れまわる時を大討伐と言うらしい。
Aランクの冒険者達は数もあまり多くないみたいで、複数の場所で起きたせいで他に任せられる冒険者のいない地域に駆り出されたようだ。
「へぇー、そんなのがあるのか」
「群れの方は放置しておくと弱い魔物でもかなり被害が出るからね。その前に討伐しないと」
「大討伐は理解したよ。それで核の個体っていうのは?」
核の個体というものについて聞いてみると、魔物の群れの頂点。つまりリーダーに選ばれた魔物のことみたいだ。
これが決まると魔物は湧いた後に通常の徘徊などをせずに、この核の魔物の配下となって徐々に集団が形成される。
今回の兆候というのは、異常に集団化したハイコボルトの群れが頻繁に冒険者達と交戦することがあり発覚したようだ。
報告を聞いて他の地域も調べてみたところ、同じ兆候があり緊急依頼となったらしい。
その集団が不完全な状態の今、先に核となる個体を叩き大討伐に発展する前に阻止するのが今回の依頼だ。
「その核の個体が今回危険視されているんですよ。目的地にいる魔物はハイコボルトとティラノスコボルトの2種類です。そしてもし今回も異常な発生が出るとしたなら、予想されているのはコボルトロードの出現です」
なんかコボルトなのに随分と物騒な名前じゃないか? ティラノスにロードって……。
「それはどの程度の魔物なんですか?」
「迷宮の15階層辺りにいるコボルトが、コボルトロードと呼ばれています」
15階層……確かにそれはやばいな。
最低でもBランク以上、それに15階層辺りの魔物というとかなり強い可能性がある。
ボスであるアウルムスライムよりは弱いだろうが、スチールスライム並かそれ以上の強さかもしれない。
装備含めたステータスは見れないが、ディウスも素ではそれなりの強さがあった。
それでも集団が形成されつつある場所で、迷宮15階層にいる魔物相手は厳しいだろう。
「あなた達と一緒に行くのなら心強い。今回はよろしく頼むよ」
「ああ、こちらこそよろしくな」
お互いに握手をし、協力し合う事に合意する。
この世界に来て初めてパーティ同士の協力か。それがまさかディウスとなんてな……出合った当初からは考えられない。
●
緊急ということで、急いで支度をしてシュティングを飛び出した。
本当なら特に支度もせずに行くことができたのだが……
「普通に歩くのがこんなに辛いなんてな」
「私達随分と楽をしてきたのでありますね……」
ディウス達と一緒に行くということ。つまり魔法のカーペットとビーコンが使えない。
久々に自分の足で歩くことに、ちょっと嫌気が出てきたぞ。自動車に慣れた後に徒歩での移動に戻すようなものだ。
ノールですら少し気だるそうに歩いている。
「エステルちゃん達と一緒に依頼受けれるなんて運が良かったわ!」
「あんまりはしゃぐなよミグル……」
「だって仕方ないじゃない。エステルちゃんみたいな可愛い子と一緒なんてテンションが上がっちゃうわよ! 私が守ってあげるからね!」
「ええ、期待しているわね」
俺とノールが後ろを歩き、ディウスとミグルちゃんの近くにエステルがいる。
テンションが高いミグルちゃんを見て恥ずかしそうにしているディウス……ディウスの貴重な恥じらいシーンだな。
熱烈な彼女のアプローチを、エステルは微笑みながら受け流してる。さすがだ。
「ガウスさんは色々と良い体験をしたと聞いていたので、話す機会がありましたら是非お話ししたかったんです。今までで一番効いた攻撃はどのようなものなんですか?」
「ふむ、そうだな……あれは今から……」
「……また始まっちゃった」
シスハとガウスさん、その後ろを歩くスミカちゃん。
2人が何やら物騒な話を始め、それに彼女は怯えるように震えている。
うん、俺もあの輪には入りたくないな。シスハとガウスさんはもしかして相性がよろしいのか?
昔を思い出しているのかしみじみと語る彼の言葉を、嬉しそうに頷きながらシスハが聞いている。
「あっ、さっそく魔物が来たみたい。ちょうど良いし、私の腕前見せちゃうよ!」
目的地に向かい歩き続けていると、途中で遠くの方からコボルトが走ってきた
まだ距離がだいぶあったのだが、それを発見したミグルちゃんはなんだか活き活きと矢をつがえ撃ち出す。
彼女の放った矢は見事にコボルトの頭に命中し、リンゴが弾けたかのように綺麗に頭が粉砕される。
「……あれ?」
「ミグル、今何をしたんだ?」
「今までと同じように攻撃しただけだよ! いきなりコボルトの頭が吹き飛ぶなんて驚いたなぁ……なんでだろう?」
いつもはこんな派手に吹き飛ぶことはないのか、その結果を見てディウスのパーティは不思議そうな顔をしている。
……あっ、今一緒にいてパーティとして認識しているから、もしかして俺達のバフ入ってるのか?
今はノールと俺を合わせて攻撃力が65%上乗せだ。
これは言わない方がいいだろう……というか言ったところで信じてもらえなさそう。
●
しばらく歩き続けているがまだ目的地まで到着しない。
魔法のカーペットなら数時間だろうが、徒歩だと半日以上はかかりそうだ。
「エステル、大丈夫か?」
「ええ……平気よ。心配しないでお兄さん」
少しずつだが、エステルの歩く速度が落ちているようだ。
なんとか付いて来てはいるのだが、表情も硬く無理をしているように見える。
思い返してみると、彼女を召喚してから長距離を歩くということをやっていない気がする。
今回は急ぎなので皆若干足早になっているのかもしれないな。
「無理するのはよくないのでありますよ?」
「私がおんぶしてもいいんですよ? 体力には定評がありますよ私」
ノールとシスハも気が付き声をかけるが、平気だと言って歩き続けようとしている。
「仕方ない……ほら、乗っていいぞ」
「えっ、でも……」
このままだと支援魔法で自分強化してまで歩きそうだったので、おんぶすることにした。
現地に着く前に精神的に疲労されても困るしな。
という訳でおんぶすることにした。エステルなら軽いし、今日の野営するぐらいまでなら平気だろう。
彼女の前にしゃがんで背中に乗るように促す。
ディウス達は何事かと少し驚くようにこっちを見ていた。なんだか恥ずかしいな……。
「……ごめんなさい」
「そこはありがとうって言ってくれ」
戸惑いながらも、謝りながら彼女は俺の背中に乗った。
俺の首に腕を回し、太股辺りを俺が支える。
申し訳なさそうにしているのがもやもやするので、ここ謝るのではなくお礼をしてくれと俺は後ろを見ながら彼女に言う。
それを聞いたエステルは、少しきょとんとした顔をした後微笑んだ。
「ありがとう、お兄さん」




