再戦 アステリオス
シスハ召喚から数日が経過した。あれからも変わらず北の洞窟でサソリ狩りをしている。
今は皆部屋でのんびりとし、今日はどうしようか決めているところだ。
それと結局俺は別の部屋にせず、毎日床で寝ることにした。だって寂しいし。
「うーん、せっかく装備を一新したのに結局北の洞窟ばっかだな」
「装備を整えたのは迷宮用でありますし、それも仕方ないでありますよ」
俺が重装鎧の代わりとなったのに、使う機会がまるでない。
まあスティンガーの攻撃を受けてもビクともしないというぐらいか?
ノールの言うように迷宮用の装備だからいいのだが……。
「そうねぇ……それじゃあ気分転換も兼ねて、アステリオスでも狩りにいきましょうよ」
両手を合わせて、微笑みながらエステルがなんかとんでもないことを言い始めた。
ちょっとお出かけしましょ、とかそんな軽い感じでだ。
「お、おま、何言ってるんだ。気分転換で狩りに行くような魔物じゃないだろあれ!?」
使う機会がないからって、あんな化け物を狩りにいこうとか冗談じゃないぞ。
あの時は怪我はしなかったけど、全身が痛かったのは覚えている。
「今はシスハもいるんだし、そんなに危険は無いと思うわよ。それにいつまでも弱い敵ばかり相手にしていても、お兄さん上達しないでしょ?」
「うっ、確かにそうなんだが……」
確かに、確かにこのまま弱いのを相手にしていたって上達はしないだろう。
一応まだ戦士長相手に練習はしているのだが、この装備になってからは危機感も薄れてしまった。
客観的に見てもそれなりには上達しているとは思うのだが、いざ強敵を相手にした場合ちゃんと動けるのかは疑問ではある。
それにシスハもいるし、もしものことがあったとしても平気だとは思う。
やはり多少は無茶をしていかないと駄目なのだろうか……このままじゃ彼女達に技術的に追い付けるとも思えないし。
「心配しないでください大倉さん。生きてさえいれば、私はすぐに回復させることができますので。手足が無くなっても治せるので大丈夫です! あっ、でも首から上は飛ばさないように注意してくださいね」
いや、どこが大丈夫なんだ。
シスハは良い娘なんだとは思う。素直で丁寧な口調に明るい雰囲気。
見ているとなんだか応援したくなるような印象を抱く。
しかし、しかしだ。なんというか……こう、今みたいになんとも言えない感じになることもしばしばとある。
もっと言葉を濁すというか、遠まわしな言い方するとかさ。
確かに分かりやすいんだけど、ちょっと怖い雰囲気がするよ。
●
「マジでやるのか……」
「ほら、大倉殿。過去のトラウマを払拭するのでありますよ! あの時だって最後に油断さえしなければ無事終わったのでありますしね」
そんな訳で、俺達はまたミノタウロスの遺跡へとやってきた。
トラウマ……と言うほどじゃないが、あれ以降ちょっと敵の攻撃に必要以上に敏感になっているかもしれない。
あの時はもう勝ったと油断しよそ見さえしなければ、何事もなく済んでいたんだよな……。
ここで俺が上手くやれたのなら、自信が付くかもしれない。
「その前にアステリオスを湧かせないとね」
相変わらずミノタウロスが徘徊するこの狩場。
エステルがさっそくと杖をグリモワールを取り出し攻撃をしようとする。
しかし、その前に待ったが入った。
「あの、もしよろしかったら私がミノタウロスを狩ってみてもよろしいでしょうか?」
まさかのシスハ。というか狩ってみたいだと……。
俺ですら単独での狩りは怖いというのに、なんて怖いもの知らずなのだろうか。
「いや、いくらなんでもそれは……」
「お願いします! 私、やっと自分の手でこ……た、戦うことができるのが嬉しいんです!」
両手を握り締め胸の前に出し、まるで祈るように俺に懇願している。
潤む瞳で俺を見つめ、不安そうな表情が俺を襲う。
くっ、こんな美人に頼まれたら断れないだろ……美人に弱いのは男の性、仕方ないことなのだ。
「大倉殿、やらせてあげてもいいんじゃないでありますか?」
「そうね。シスハならミノタウロス相手でも平気だと思うわ」
後押しをするように、ノールとエステルも大丈夫だと言う。
うーん、彼女達が言うのなら平気なのかな。
本人もなんだか自分で戦いたいようだし、これで攻撃役が十分できるのなら火力不足も解消できるか?
コボルト相手ではどの程度かわからなかったが、ミノタウロス相手ならば実力がわかるかもしれない。
「んー、お前達が言うのなら問題はないと思うけど……あまり無茶はしないでくれよ? それとやるなら……ノール、すまんが腕輪をシスハに貸してやってくれ。あとこれも使え。それと武器はどうするんだ?」
「了解なのでありますよ。はい、どうぞなのであります」
「ありがとうございます、大倉さん、ノールさん! 武器は杖のままで大丈夫ですよ」
今のままの装備で狩りをさせるのは不安なので、一時的にノールのウィンドブレスレット、パワーブレスレットを装備させることにした。
ついでに守護の指輪、ニケの靴、命の宝玉なども装備させる。
これを装備させておけば、近接職としては十分なはずだ。
準備も整い、エステルから支援も貰いミノタウロスへ向かい駆けていく。
装備が良くなったことで、こないだよりも速い。
そして他のミノタウロスから離れた1匹に狙いを付け、攻撃を始めた。
後ろを向いていたミノタウロスは頭を杖で勢いよく突かれ、前のめりになる。かなり威力があるみたいだ。
叫び声を上げ、斧を振り被り後ろを向くが、既にシスハの姿はなく今度は足を突かれ膝を折る。
上手く死角に入り込んで攻撃しているんだな……単純なステータスだけじゃなく技術による攻撃か。俺がシスハと戦ったら姿を捉えられずに負ける気がする。
ノールよりもかなり分かりやすい感じだ。俺も真似してみたいけどできないかな……なんか先読みして動いてるように見える。
「あれもうモンクだろ……でも杖持ってるしどうなんだ。てか神官ってなんだったっけ」
「なかなかやるでありますな。見事な位置取り、体の動かし方、判断力なのであります。神官にさせておくのは勿体ないのでありますよ」
「それに防御魔法も使っているわね。言うなら神官戦士ってところなのかしら?」
ミノタウロスを翻弄しながら、彼女は突きだけじゃなく蹴りまでやり始めた。
体格差があるからひと蹴りしたら離れているが、コボルトの時は足払いしてから空中で蹴り入れてたもんな……。
念の為に防御魔法も使っているのか青い光が彼女を覆っている。
「ふぅ、やっぱり体を動かすのは素晴らしいですね。自分の手で魔物を倒した達成感、攻撃した時の感触、鳴き声が可愛くてワクワクしてきますね」
しばらくしてミノタウロスは光の粒子になって消滅した。
戦闘を終えた彼女は、それはそれはとても良い笑顔をしている。男が見た場合、間違いなく一目惚れしてしまうほどだと思える。
でも俺からしたら、むしろその笑顔が怖くてとてもそう感じられない。
言ってることも微妙におかしい気がするぞ。
その後はエステル達も参加し、ミノタウロスを殲滅し始めた。
それから数十分程狩りをし、ようやく遺跡の方から稲妻を纏うミノタウロスがこっちに向かっているのが見える。
「つ、ついに再戦か……」
「それじゃあ後は2人で頑張ってね。お兄さん、応援してるからね」
「危なくなったら助けるので、安心してほしいのでありますよ」
皆で挑むのかと思ったら、エステルが支援魔法だけして早々にノールと共に後ろに下がってしまった。
「えっ……ちょ、マジで?」
「大倉さん、頑張りましょうね?」
残されたのは俺とシスハ。あらかじめ知っていたのか、彼女は動揺した様子もなく俺に防御魔法をかけてくれた。
ちょっと、待て! これは聞いてない!
今まで一緒に戦ってくれた彼女達がいないというだけで、なんと心細いんだ。
そんなことを考えていると、ついにアステリオスが赤いオーラを纏って走ってきた。
「うおっ!? くぅ……き、きつい」
前回はノールが受け止めてくれたが、今回はその彼女がいない。
当然シスハが受け止めるなんてできないので、俺が受け止めたのだが物凄い衝撃で腕が痺れた。
鍋の蓋を両手で押さえ踏ん張り突進を耐えているのだが、アステリオスが頭を前に動かすたびに地面を抉りながら後ろに体が下がる。
終わるまで耐えなければならないのかと冷や汗が出てきたが、すぐにそれも終わった。拮抗している間にシスハが奴の首に杖を叩き込んだからだ。
ドスンと音を立て、頭がそのまま地面に突き刺さって止まった。
これはチャンスだと動きが止まっている間に、斧を持っている腕をバールで何度も突き刺してHPを削る。
「シスハ、俺を盾にしながらこいつを攻撃できるか?」
「はい、任せてください!」
このまま倒されてくれないかなー、なんて考えていたがそう簡単にはいかないようだ。
頭を引っこ抜いたアステリオスは雄叫びをあげ鼻息を荒くしている。
めっちゃ怒ってるよ。でも不思議と怖いとは思わない。
その後、俺が斧による攻撃を防ぎながらバールで反撃し、隙を見てシスハが杖を叩き込む。
彼女の方に注意が向いたら、俺の後ろに一旦隠れてもらい隙ができたら叩くという感じだ。
防御重視で固めてはいるのだが、それでも腕にダメージが入るようなのでシスハに回復をして貰いながらだ。
この堅実な流れ、もはや負ける要素が無い。ふふ、我々の勝利は確信的だ。
おっと……また調子に乗るところだった。
今回は油断はしないぞ。こうやって終わる時に油断しそうになるのが一番危ないな。
2人でアステリオスのHPを削るのには、やはり時間がかかってしまう。
そんな攻防が数十分続いたのだが、そろそろ限界なのか奴は荒い息をしながら片膝を突く。
これで終わらせられるとバールを握り直し近寄ろうとしたのだが、前回と同じように斧が投擲された。
「よっしゃ――って、うおおぉぉ!?」
俺に向かい飛んできた斧を弾き、武器もなくなったことだしこのままトドメをさそう。
そう思いアステリオスを見ると、いつの間にか赤いオーラを纏い頭を突き出し目前に迫っていた。
「うっ、ぐっ、ぉ……くっそ!」
やばい、マジでやばい!
また鍋の蓋で受け止め耐えるが、さっきとは違い突然なので全く踏ん張る準備が無い。
なんとか拮抗しているけど、このままだと前のノールみたく吹き飛ばされる。
くそ、やはり俺では満足に盾役すらもできないのか。
「はああぁぁ!」
俺はもう駄目だと鍋の蓋から手を離しそうになった。
だがその前に、叫び声を上げながらシスハがアステリオスの首にストッキングに包まれた足を叩き込んだ。
金色の髪を激しく揺らし、空中で1回転して足を振り下ろす姿は胸が踊る。
そんな彼女が放ったその一撃はまるで断頭台のギロチン。
攻撃されたアステリオスはズドン、と地面に首から沈み変な方向に首が曲がり折れていた。
舌を出しながら泡を吹いて息絶えている姿から、さっきの一撃がどれほどやばいのかがわかる。
「大倉さん! 大丈夫ですか!」
「あっ、はい、な、なんとか……」
拮抗していた対象が消えたことで、俺は力が抜け座り込んでしまった。
そんな俺に近寄り、笑顔で手を差し伸べてきた彼女。背後では日の光が輝き、服と相まって神秘的だ。
普通ならこれで惚れてしまうのかもしれない。
しかし、目の前であんなものを見せられていた俺は震えが止まらない。
エステルと同じくこの娘も怒らせたらやばいんだろうなと、俺は唾を飲むのだった。




