1日の終りに
狩りを終え、俺達は冒険者協会へとやってきた。
今日は朝から色々やっていたから、コボルト狩って帰ってきただけでもう夕方近くだ。
それにしても……シスハの戦闘力には驚いた。回復用装備であれってことは、戦闘用装備させたらどうなるんだ……。
依頼達成の報告をし、無事シスハの冒険者ランクはFになった。
そして用も済んだので今日は宿へ帰ろうと、入り口の方へと向かった時だ。ちょうど見覚えのある4人組が協会へと入ってきた。
先頭にいる青年が、俺達の方に気が付くと近寄ってくる。
「あれ、エステルちゃんじゃないか」
ディウスか。いつもどおり真っ先にエステルに声をかけてくるんだな。
こいつもしかして……いや、疑うのはよくないか。
「あら、お久しぶりね」
「そうだね。それより……彼はいないのかい? それとそちらのお2人は新しいメンバーかな?」
予想と反して、俺がいないかを聞いてきた。そして鎧姿の俺とシスハを見て、新しい仲間なのかと言われる。
あれ? いつものようにエステルを勧誘するのかと思ったが違うみたいだな。
それにしてもやはり俺とわからないか。ぼろ布纏っているから気が付きそうなんだけど。
「よっ、ディウス」
「……大倉かい? どうしたんだそんな格好して」
「いやぁ、それがな……」
俺が手を上げてディウスを呼ぶと、何やってんだ……と言いたそうな表情をしている。
それで俺が盾役をこれからやってみるということを話してみたのだが……。
「なるほど、確かに良い考えだとは思う。しかし……その格好はそろそろやばいんじゃないかい? 夜中に出歩いたりはしないでくれよ」
「そんなにやばい?」
若干かわいそうな人を見るような目でディウスが俺を見てくる。
なんだ、これじゃ俺が異常者みたいじゃないか。バールと鍋の蓋は仕舞っているし、今はぼろ布とフルフェイスの鎧にスニーカーの普通の格好なのに。
「お兄さん、いつの間に仲良くなったのかしら?」
「ああ、こないだちょっとした用で会ってな。そういえばもうエステルを勧誘しないのか?」
俺が首を捻って考えていると、エステルが声をかけてきた。
スティンガーの素材を渡す時に話して俺は打ち解けていたけど、その時彼女達は買い物に行かせていたんだっけか。
そりゃ突然仲良くなったように見えるよね。
「僕もちょっと焦り過ぎていたようだ。あの時の事は本当にすまなかった」
試合の後はさらに挑発してきていたけど、どうやら本当に反省しているのか頭を下げてきた。
当時は確かに腹が立ったが、今思うとこいつもこいつで何かあったのだろう。
まあエステルを賭けるかどうかで結局引き下がって金の勝負にしてきたし、なにか思うところがあったのかもな。
「ノール?」
「私はまだ許さないのでありますよ。ぷい、なのであります」
俺は感心して見ていたのだが、ノールは未だに許す気にはなれないらしい。
彼が来てから全く見ようともせずに他所を向いている。彼女がこんな態度をするのは本当に珍しい。
いつも陽気でこういうのをあまり気にしない方だと思っていたのだが、もしかして案外気にする方なのか?
「……はは、随分と嫌われてしまったかな」
「自業自得なんじゃない? あんたいっつも勝手に暴走するんだから」
「うっ、す、すまない……」
ノールの露骨に嫌う態度を見て、自虐的に感じる乾いた笑いをしている。
するとディウスのパーティメンバーである弓使いの女の子が会話に参加してきた。
黒い弓に所々黒い防具をしているが、かなり軽装に見える。あの黒いのはスティンガーの甲殻を使った物かな?
それにしても口調からして明るい印象を受ける娘だ。オレンジ色のセミロングの髪がよく似合う。
「大倉さん……でしたよね? 私はミグルです。こないだはディウスの馬鹿が迷惑かけちゃってごめんなさい。私も止めなかったから同罪なんですけど……」
「はい、大倉ですよ。あの時は確かに困りましたけど、もう済んだことですのでお気になさらないでください」
顔を合わせたのは試合の時だけだったが、パーティメンバーの方々は気にしていたのかな?
というかいつも暴走するって……こいつが今までどんな事してきたのかちょっと気になるぞ。
そしてミグルちゃんと会話した後、他のメンバーもそれぞれ紹介しようと挨拶をすることになった。
「す、スミカです……よろしくお願いします……」
「……ガウスだ」
神官の娘はスミカちゃん。人見知りなのかなんだかおどおどして小声だ。ショートの茶髪で装束衣装、これがなかなか似合っているな。
そしてもう1人は短めな挨拶をした黒い鎧のお方。寡黙な人なのか?
前はヘルムを被っていて見えなかったけど、短い茶髪。顔を見るにディウス達とは結構歳が離れていそうだ。俺より背が大きく威圧感が凄まじい。これは頼りになりそうな盾役だな。
「それにしても、また随分と美人さんを見つけてきたね。あなたの勧誘の手腕をぜひ教えて貰いたいぐらいだ」
「ははは……それよりも最近見なかったけど、どこか行ってたのか?」
「ああ、ちょっと護衛依頼を受けていてね」
一通り挨拶も終え、俺はディウスと話すことにした。
また何処で見つけてきたのか聞かれたが、笑って誤魔化し話を逸らす。ガチャからだなんて言えませんし。
シスハを召喚するまでにも結構協会に通っていたのだが、最近は全く見かけなかった。護衛依頼で遠くまで行っていたのか。
「ん~、エステルちゃんやっぱり可愛いなぁ」
「可愛いと言ってもらえるのは嬉しいけれど、抱き付くのは止めてほしいわね」
「え~、そんな~」
ノール達はあちらの女性陣達と会話する為に集まっていた。
声がしたのでふと見てみると、エステルがミグルちゃんに抱きつかれている。
う~む、やはりああいうのはいいなぁ。隣のディウスまで緩んだ顔でそれを見ているぞ。
「あっ、せっかくの機会だしさ、ガウスさんに盾役のコツとか聞いてもいいか?」
「駄目とは言わないが……あまりお勧めはしないよ?」
ここで会ったのも何かの縁だし、ちょうどいいな。
一応リーダーであるディウスに確認をするが、あまり良い返事ではない。
何かまずいことでもあるのか? お勧めはしないと言うけど……聞くだけだし問題ないよね?
「すいません」
「……なんだ」
「もしよかったら、私に盾役のコツなど教えていただけないかと……」
挨拶を終えた後テーブルに1人座り飲み物を飲んでいた彼に声をかけると、短めの返事を貰う。
怖い、怖いぞ。低い声で凄みを感じる。
「……いいだろう。お前に盾役がなんたるかを叩き込んでやろう」
どんな返事が返ってくるかビクビクとしていたが、案外すんなりと受け入れてくれた。
あら、見た目と違って結構優しい人? シスハもそうだったけど、見た目で人を判断しちゃ駄目だね。
「まず初めに、盾役に必要なことは何かわかるか?」
「えーと……まずは守ることですか? それと痛みに耐えることなど」
必要なことと言われてもな……とりあえず守ればいいんじゃないのか?
あとノールにも言われたが痛みに耐えることか。守っているのに痛みで集中力切らして、抱えずに後ろに通しちゃうなんてやばいだろうし。
「それしか出ないというのは、漠然とした印象しか抱いていないということだな」
彼は手に持っていた飲み物をテーブルに置き、一呼吸し俺を真っ直ぐに見つめた。
まるで見透かされているかのようだ……確かに盾役って何すればいいのかとりあえずの印象しか持っていない。
「自分がどれほど盾役をこなせるかの把握。己の力量を見定め、無茶な抱え込みは避ける。パーティにとって一番の危険は、盾役が脱落し敵を解放してしまうことだ。パーティーが崩壊する原因となる」
うーむ、なるほど。片っ端から敵を受け止めていたら、回復が間に合わず潰れる可能性もあるか。
それで途中で受け止めていた敵が一気になだれ込んだら、パーティが全滅するかもしれない。
「次に優先順位だ。どの敵を抱え、どの敵を周りに流すか。これを間違えると仲間に被害が及ぶ」
自分が抱える必要がない敵は、味方に任せるということかな? そうすれば無茶な抱え込みをせずに済むのか。
でも間違えた場合のことも考えると、どれを自分が足止めするべきなのか判断するのも難しい。
俺の場合ステータスアプリがあるから、それを参考にすればいいのかな。
「あとは足止めしている最中、仲間との位置取りの把握。自分が邪魔となり、味方の攻撃を遮らないようにすること。これは自分達で経験しながら考えるといい」
これは一朝一夕でやれるようにはならないな……。
想像したら俺が変な動きして、後ろからエステルに撃たれる光景が浮かんできたぞ。
「そして……お前が最初に言ったように痛みに耐えること。鎧を砕かれ、時には肉体に直接の攻撃を受ける時もある。鎧を着ているからと、慢心などするな」
防御力に甘えて気を抜くなということか。確かにコボルトと戦った時、どうせ攻撃通らないし……なんてことをちょっぴり思った。
盾役をするならば、こういう考えは捨ていつでも攻撃が通るかもしれないと覚悟しないと駄目なのか。
あっ……考えただけで胃が痛くなってきた。
「想定外の攻撃で突然の痛みなどもあるだろう。だが、それに耐えるのが重要だ。狂い泣き叫ぶような痛み、身が焼けるような感覚、朦朧とする意識を払拭し耐える。あぁ……その時が俺は一番生きているんだと実感ができる。貴様も盾役を目指すのなら、この気持ちを理解できるはずだ」
ん? なんだろう、少し様子がおかしいぞ。
先ほどまで落ち着いた様子で話をしていたのだが、だんだんと言葉に力がこもり始めた。
そして気持ちを理解できるはずだと、俺の肩に手を乗せる。
「えっ……あの、ちょっと」
「……わかるだろう? さあ、俺と共に見果てぬ境地への歩みを進めよう」
俺を見つめる彼の瞳は、とても熱がこもっているように見える。
やばい、この人やばい人だ。痛みで生きてる実感って、どこかのネジが外れている人だろ!?
やだ、俺この人みたいにはなりたくない。
逃げ出そうと後ろに下がろうとしたが、ガウスさんが掴む手は離れず動けない。
「なんなのでありますかあれは……」
「あー、だから言ったんだが……」
いつの間にかこっちの様子を見ていたノール、それとディウスが俺を見て何か言っている。
なに? お勧めしないってこういう意味だったの!?
●
あれから数十分、俺は盾役がどれだけ素晴らしい体験ができるのかを語られた。
いやぁ……ちょっと俺には付いていけない世界かな。
打撃、斬撃、刺突、状態異常、その他もろもろがどんな痛みか。それをじっくりと聞かされて精神的に参った。
「さーて、今日はもう寝ようか……俺疲れちゃった」
もう宿に戻って、飯なども終えあとは寝るだけだ。
結局4人で同じ部屋なのだが、俺は1人床で寝ようと寝袋を出そうとしたのだが。
「えぇ、そうね。それじゃあお兄さん、一緒に寝ましょうか」
「そうでありますな。さあ、早くこっちに来るのでありますよ。はよ、はよはよなのであります」
その前に2人がそれを止めた。
エステルはシスハと同じベッドに座り、ノールはもう片方のベッドに座りバンバンと叩く。
彼女の膝の上にはモフットがおり、はよしろやって感じで俺を見つめている。お前までそっち側なのか!
「いや、床で寝るし。既に寝袋も用意している」
同じ部屋にいるのはなんとかなるが、さすがに一緒のベッドで寝るだなんて無理だ。
「大倉さんが床で寝て、私達がベッドで寝るなんて……駄目ですよそんなの」
「えぇ、そうね。ほらお兄さん、こっち」
シスハまで参加し始め、エステルまで乗ってくる。
というかそっちってまさか3人で寝るつもりじゃないよな?
「じゃあ大倉殿、ここは誰と寝たいか選ぶのでありますよ」
俺は助けを求めるように、いつのまにか残ったノールの方を見つめていた。すると、とんでもない爆弾を投下してきやがった。
「いや、ちょっと……マジで勘弁してほしい」
止めて、止めてね! ここで誰か選べだなんて死んでしまいます。
マジで、ホントこれ以上俺を虐めるのは止めよう。3人の中から誰か選べだなんて……後が怖い。
「大倉殿……私達と寝るのが嫌なのでありますか?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないけど……」
「ならいいじゃない、ね?」
「そうですね。大倉さん、誰がいいのかさっさと選んだ方がいいですよ?」
嫌なのかとノールが消え入る声で聞いてきた。
そういうの止めてほしい、心が痛くなってくる。
残る2人も、なんだか威圧するかのように返事の催促をしているかのようだ。
マジでなんなのこれ……怖いよ。この中から選べだなんて……。
「……すいません、本当に勘弁してください」
結局俺が取った行動は、深々と土下座をして許してもらうことだった。
それで今回はなんとか治まったのだが、今後もこんなのが続くのなら俺が死んでしまう。
明日から別の部屋にしようか……でも1人ぼっちは寂しいし、別の部屋にしたら彼女達のいる部屋に行ったりするのがなんだか恥ずかしい。
俺はどうしたらいいのだ……。




