アルブスの謎
怯えていたアルブスもすっかり落ち着きを取り戻し、改めて俺に質問をしてきた。
「私以外の龍人なんて今まで見たことなかったのに……一体どこで遭遇したのよ」
「詳しくは言えませんが、ある異変に巻き込まれた時に遭遇しました。連絡はできなくもないですが、よっぽどのことがなければ姿を見せてくれないと思います」
「ふぅん……まあ、いいわ。あんた達が言えないのもよっぽどの理由があるのよね。あれ程の力を持つ龍人が今まで誰にも知られずに大人しくしていたのは考えられない。下手に探りを入れて怒りを買うのも怖いし……」
「アルブスがそこまで言うってそんな凄い龍人なんだ。あの牙から神秘的な力は感じたけど、どれほどなのかわからなかったよ」
「同族じゃないとわからないかもね。本能的に絶対に勝てないって思ったもん。今までどんな強い奴でもあんな風に感じたことないわ。初めて聞く同族の話がこんなに恐ろしいなんて……」
カロンちゃんの牙を思い出したのか、アルブスがまた青い顔をして震えている。
本人に会ったら泡を吹いてぶっ倒れるんじゃないか。
本当は連絡なんて出来ないけど念のためのブラフだ。
最悪モフットのスキルとカロンちゃんの牙を併用して、緊急召喚石を使えば狙って呼べる可能性はある。
それよりも初めて聞く同族の話って……。
「さっきも聞きましたけど、アルブスさん以外に龍人はいないんですか? 実際に会わないにしてもどこにいるか話ぐらいはありそうですし、アルブスさんの親とかは……」
「いない。私に親なんていないわ」
「す、すみません! 失礼なことを聞いてしまいました!」
「謝らなくてもいいわ。別に気にしてないし、正確にはわからないだけだからね」
「わからない、ですか?」
「幼い頃の記憶がないのよ。色々あって国に仕えているけど、私自身のことは何にも知らない。生まれた場所やどう育ってきたかもわからないし、気付いた時にはどうしてここにいるかもわからなかった。だから親がいるかもわからないわ」
「そこまで話しちゃっていいの?」
「話したって減るもんじゃないでしょ。それに私の生い立ちなんて誰も興味ないし。やっと同族って手掛かりが手に入ったんだから、こいつらに話すぐらいはいいわ」
「アルブスがそう言うならいいけどさ……」
レビィーリアさんは心配そうな顔をしているが、当の本人のアルブスは気にした素振りはない。
GCのキャラだとしたらこの世界に親はいないだろうし、探りを入れるために聞いてみたが予想外の答えだな。
まさか記憶がないとは……これじゃノール達と同じGCの世界から来たのか、元からこの世界にいたそっくりさんなのか判断できないぞ。
もう少し聞いてみようかな。
「つまり記憶喪失みたいなものですよね。それで国に保護されたと」
「その解釈でいいわね。それで他に行き場もないから騎士団に入った訳。龍人自体は伝説上の存在として伝えられていたから、実在が確認された初の龍人が私ってこと」
「騎士団でも一部の人しか知らないんだよね。私も隊長になって聞かされた時は凄く驚いたよ。入団時もどうして騎士団にこんな小さな可愛い子!? がって驚いたのにさ」
「小さいも可愛いも余計だ! あんたは入団時から私の頭撫でてきて失礼な奴だったわね!」
「あれー、そうだったっけー」
当時を思い出しているのかアルブスは顔を赤くし騒ぎ、レビィーリアさんはとぼけるようにそっぽを向く。
確かにアルブスの見た目は普通の少女だし、最低でも200歳を超えた龍人なんて思えないよな。
この世界にも龍人の存在自体はあったみたいだが、伝説レベルで存在の怪しい種族ってところか。
「そんな話を聞かせてもらえるってことは、私達が出会った龍人の情報も欲しいんですよね?」
「うん、それに出来たら会わせてほしい。何か私のことを知ってるかもしれないしね。報酬はちゃんと弾むわ」
「わかりました。それじゃあ取引に関してはこの迷宮を出てからにしましょう」
「それでいいわ。そういえば迷宮をどう進むか話し合う場だったわね」
よし、アルブスの情報はある程度引き出せたから、今はこんなところでいいだろう。
迷宮攻略後にも交流する約束が出来たし、迷宮探索の話をしないとな。
「50階層までは到達した経験があるんですよね? どういう風になっているか教えてほしいです」
「当然共有するつもりよ。迷宮の構造自体は今までと大差ないわ。魔物はリザードマン系で、45階層のボスはデカい毒蛇。このメンツなら苦戦はしないでしょ。問題があるとしたら50階層ね」
「50階層って凄く広い迷路でしたっけ。そんなに探索が難しいんですか?」
「そう、とにかく広い迷路よ。しかもこの迷宮にあった今までの仕掛けが勢ぞろいしているわ。あの忌々しいルーレットがいくつも点在して……思い出しただけで腹が立つ!」
「強いだけじゃ突破できないってことだね。騎士団もあまり長い期間留守にする訳にもいかないから、本格的な探索は滅多に行けないんだ。少なからず被害も出るしね。だからって冒険者に任せるのも費用やら色々と問題があってさ」
枕を強く抱いたアルブスの様子からして、よっぽど探索に苦戦していそうだ。
言われてみれば騎士団は迷宮探索で主力が長期不在はできないだろうし、攻略が捗ってなかったのも納得できる。
冒険者に頼むにしても、30階層以降の探索を出来そうなAランクへの依頼料も軽視できない。
一般人の俺には想像し辛いが、複雑なことが絡み合って迷宮攻略ができなかったのだろうな。
そう思っていると、思い出しイライラをしていたアルブスの表情が一転して笑みを浮かべた。
「ま、でも今回は結構期待しちゃってるかな。どうせこの部屋みたいな便利な魔導具が他にもあるんでしょ?」
「あー、まあ、そうですね。退けない状況なので出し惜しみせず使わせてもらいますよ」
「具体的にどんな物があるのかな? 全部は言わなくてもいいけど、使う頻度が高そうなのだけ教えてもらえたらこっちでも色々考えられるからさ」
出来るだけ秘密にしたかったけど、こんな状況じゃ出し惜しみできないからな。
俺達がどんな魔導具を持っているか知っておいてもらった方がいいか。
女神の聖域とかあるのを知らないと、意図が伝わらずに避難が間に合わないかもしれない。
主に使いそうな魔導具は教えることにしよう。
「まず広範囲の地形がわかる物、敵の強さがわかる物、一定範囲の壁を貫通して向こう側に行ける物、高速移動できる乗り物ですかね。それと戦闘面でしたら、30分ぐらい外部から干渉されない結界を張れますよ」
「どうしよう、とんでもないのはわかるけど、どんな物か想像ができない……」
「実際に見せてもらった方が早そうね……」
アイテム名を言ってもわからないから詳細を伝えたけど、それでも具体的な想像は難しいか。
探索を再開したら実演して見せるとしよう。
出し惜しみと言えば、魔導具だけじゃなく他にも問題があるな。
「おーい、マルティナ。ちょっといいか?」
「うん? 僕に何か用かな?」
「お前の力がこれから必要になりそうだから、あれについて話したいんだがいいか?」
「君がいいのなら構わないよ。それに隠している場合でもなさそうだからね」
ノールとフリージアと楽しそうに話していたマルティナを呼んだ。
アンデッドを操る能力を見せるのを躊躇っていたけど、この先へ進むなら彼女の能力を使わないのは悪手だ。
本人の了承も得られたが、果たしてアルブス達の反応は……。
「実は彼女も力を隠させていたんですよ。死霊術師って知ってますか?」
「えっ!? この子が死霊術師!?」
「うそっ!? あんなに近接戦闘をしていたのに死霊術師!? 普通後ろから見てるだけなのに……」
「……クックック、そうさ! 僕こそ最強つよつよ死霊術師、マルティナ・エロディさ!」
マルティナは一瞬呆けた表情をしたがすぐに気を取り直し、片手を顔の前で広げ決めポーズを取り自慢げにしている。
2人の反応に気を良くしたのだろうか。
俺もちょっと予想外だったけど悪い反応ではなさそうだ。
「お2人は死霊術師を知っているんですか?」
「うん、騎士団にも死霊術を操る人がいるからね。表向きには極秘になってるけどさ。君達が隠していたのも似た理由でしょ?」
「そうですね。魔人が使っていた力と聞いたので」
「魔人がよく使っていたのは間違いないわ。昔はそれなりに使える奴がいたけど今はほぼいないわね。それよりもあんた見た目通りの歳なの?」
「えっ……そ、そうですけど」
死霊術師と聞いて驚いていたアルブスだが、今度はマルティナに疑いの目を向けている。
それに歳を聞くとは、この世界の死霊術師は一体どんな存在なんだ。
レビィーリアさんもまだ納得していないのか質問を投げかけてきた。
「じゃあ負の力を出してもらえるかな。今は力を抑えてるんだよね?」
「わ、わかりました。では……!」
マルティナが深呼吸して少し間を置くと、ぶわっと何かが肌に触れて周囲の空気が重くなった。
普段は抑えているけど、意図的に負の力を解放するとこんな風になるのか。
「うわ!? ちょ、止めて止めて!」
「これは……」
レビィーリアさんは耐えられないといった様子で両手を振って中断を訴え、アルブスでさえ目を見開いて息を吞んでいる。
ノール達も感じ取ったのかこっちを見て少し驚いた感じだ。ルーナは寝ている。
マルティナは力を放出するのを止めると、緊張した面持ちで2人に質問をした。
「騎士団の方と比べて僕の力はどうですか?」
「段違いにあんたの方が上ね。あの腹黒爺さんが知ったら腰抜かしそうだわ」
「それだけの負の力をコントロールするのは並大抵じゃできないよ。気配を消すだけでもただ者じゃないと思っていたけど、想像できないぐらい凄い子だったんだね」
「えへ、えへへへ、それ程でも……期待に応えて次からは僕も張り切っちゃうぞ!」
アルブスとレビィーリアさんに絶賛され、マルティナは片手で頭を擦ってにやけ面をしている。
誰に褒められても喜びそうだが、憧れである騎士の2人に褒められたからか一層嬉しそうだ。
腹黒爺さんってアルブスが言っていたが、騎士団の死霊術師がそうなのだろうか。
とにかく俺達の杞憂もなくなったから、次からマルティナも全力な本気の探索ができるぞ。




