馬車との遭遇
「はぁ~、ファニャラッシュ、もう僕疲れたよ」
「誰がファニャラッシュでありますか」
広い草原を抜け、今は人工的に作られたであろう街道を歩いている。
既に合計で数時間以上だ。
ゴブリンを倒したことで俺のレベルは1上がっていた。
大きな生物を初めて殺したが、嫌悪感はさほど感じなかったので多分俺はそういう奴なのだろう。
移動している最中、ノールと話し色々と情報を得ることもできた。
召喚される時に色々と知識として入ってきたらしい。
まず俺のスマホ。
充電がやばいと思ったのだが、この世界の大気中にある魔素と呼ばれる物質で補っているから心配はないようだ。
次にあのゴブリン。
あれは魔物で、この世界では害獣のような扱いみたいだ。死ぬとアイテムをドロップする。まるでゲームだな。
さらにガチャ。
今のGCガチャはR、SR、SSRユニットの排出がないらしい。つまりユニットはURのみ。代わりにキャンプセットや言語の書のような存在しなかったアイテムが入っている。
そして俺自身のこと。
GCでは主人公ユニットがいた。俺はその主人公ユニットとして判別されているみたいだ。主人公ユニットには称号を変えることで固有能力の変化がありそれも俺に備わっている。初期は【団長】の称号で、効果は味方ユニットの全ステータスが10%上昇だ。
「そうでありますな。一応は道に出られましたし、今日はこの辺りで野宿とするでありますか」
「おっしゃ! 着慣れない鎧とかのせいで俺もうくたくたなんだぜ」
ノールの許可も下り、今日の移動はここで終了だ。
しかし野宿をしようにも必要な道具すらない。
それを彼女に尋ねると、スマホのアイテム欄からキャンプセットを出してくれと言われた。
「おぉ~、こりゃ便利だな」
――――――
●キャンプセット
お馴染みのキャンプ用セット
環境に考慮して1日経つと消滅する使い捨てなので安心。
――――――
キャンプセットをタップすると、スマホから光が溢れ実体化し始める。
派手過ぎて街に行ったら使うの厳しそうだな。目立つわ。
出てきたのは三角テントに薪。着火器具も完備されているのでこれで野宿は問題なさそうだ。
ってこれ使い捨てかよ!?
「できれば途中で馬車など拾えるといいのでありますが」
「はは、そう都合良くいかないだろう」
椅子も付いていたので座り一息つく。
はぁ、一日で色々と有り過ぎて疲れた。
ふとノールの方を見ると、テントが珍しいのか、おぉ~と感心した声を出しながらテントに入って行く。
なんというか……あいつ自由人過ぎるな。
まあ一緒にいるのには大分気楽なので彼女が最初に出て来てくれたのには感謝している。
これで重装鎧の奴が来ていたらどうなっていたことやら。
「むぅ! これ美味しいのでありますよ! 私餌付けされちゃうのであります」
「いやぁ、まさかガチャからこんな美味いのが出るなんて……」
夜も更け薪に火を点け食事を取ることにした。冷える季節ではないようで、時折吹く風が気持ちいい。
食事はガチャで出た食料だ。
――――――
●食料(残り10回)
ランダムで1食分の料理を出すことができる。
食器は使い終わった後土となって消滅。
――――――
1つで10回分の食事が出てくるようだ。これはありがたい。
2回を消費し、俺とノールの分の食事を取り出す。
出てきたのはシチューにパン、それと飲料水。
ガチャから出てきた物なんて平気なのだろうか……と思っていたが意外と美味かった。
ノールなんて食べた瞬間に、うおぉ! と騒ぎ始めてやかましくなったぐらいだ。
●
「大倉殿、気が付いたでありますか?」
「ふぇ? 何? 交代の時間?」
「寝ぼけてないで起きて欲しいのでありますよ……」
食事後、しばらく雑談などをして過ごしたが明日も朝早くから移動するつもりなので交代で寝ることにした。
彼女を先に寝かせようとしたが、体力もなく慣れてもいない俺の方が先に寝た方が良いと言われた……情けない。
そして俺が夢の世界へと旅立っていい感じの時に、ノールから声をかけられた。
「少し離れた所で、争う音がするのでありますよ。恐らく魔物と人でありますな」
耳を澄ませてみると、確かに魔物の怒号らしき声が響いている。
寝ぼけた頭を振り眠気を覚ます。俺達は街道から少し離れた位置をキャンプ地としていた。
音の方向からして、多分この争いは街道だ。
「うーむ、襲われているな」
「そのようでありますな。それにオークまで居るのでありますよ」
発見されないように、2人で背を低くして近寄り草むらに身を隠す。
前を見ると馬車を庇うように剣を持った中年程の男が一人魔物と対峙していた。
風貌は騎士というよりも冒険者の様に見える。
馬車と男の間にも、青年の男性が短剣を持って震えながら構えていた。
魔物の方はゴブリンが10体に2m程の巨体をした生物が2体いる。
豚っぽい頭をしているしノールが言うようにあれはオークか。
俺達と同じように薪に火を点けて休憩した跡があり、野営をしている途中に襲われたのだろう。
「よし、助けるか。ノールはオークを頼む。俺はゴブリンを処理するからさ」
「了解であります!」
チュートリアルでのゴブリン戦もかなり余裕があったし、オークはノールに押し付ければ問題はないだろう。
女性の方に強いの押し付けるのは男として駄目だろと普通なら思う。
しかし今は俺の方がノールよりも遥かに弱いのだ、仕方ないよね。
「下がっていてください! 私達が相手をします!」
草むらから飛び出して、魔物を引き付けるように大声で叫んだ。
対峙していた中年男性は、一瞬呆けた顔をしていたがすぐに青年を連れて馬車の後ろへと下がっていく。
魔物達は下がる男達を無視して俺達の方へと注目した。
魔物達の周辺には、ゴブリンを倒した際に落ちるドロップアイテムがいくつか転がっている。
あの中年男性が数体は倒したのだろう。
「オーク2体相手となると、今の私ではギリギリなのであります。大倉殿、可能ならば早めにゴブリンの処理をお願いするのであります!」
魔物達が一瞬動きを止めた隙に、ゴブリンの間を駆け抜けて彼女はオークへと切り込む。
不意を突いた今の一撃で、一体のオークの片腕を切り飛ばし悲鳴のような声でオークは叫ぶ。
「ヤラレル! ミンナ、タスケル!」
「やっべ、俺もぼーっとしてないでやらないと」
唖然としていたゴブリン達が、オークの悲鳴を聞き助けようと動き始めていた。
俺は急ぎエクスカリバールと鍋の蓋を構え走り出す。
そして次々とバールを振ってゴブリンを殴りつける。
「おっりゃ! ……この武器強いな」
「ナンダ、コイツ! ヤバイ、ヤバッ――」
言い終わる前に、俺の攻撃で最後のゴブリンの頭部が弾け飛ぶ。
ずぶの素人である俺の動きでも、このバールのような物で殴り付けるとまるで豆腐だ。
棍棒で防ごうとしても、当たった瞬間に砕け散りゴブリンもまとめて抉り潰した。
ふざけた名前だがこのエクスカリバール、流石はSR武器だ。
SR防具である鍋の蓋も多分めちゃくちゃ耐久力高いぞこれ。
「ふぅ~、なんか拍子抜けするな」
「あっ、大倉殿も終わったでありますか~」
さて、ノールの支援でも……と思ったら既に彼女は剣を仕舞い袋にドロップアイテムを回収し始めていた。
袋は彼女が持っていた物で、チュートリアル戦のドロップアイテムもそれに入っている。
「……ぎりぎりだったんじゃ?」
「それが思ったよりも弱かったのでありますよ、てへ――いふぁい!? いふぁいでありまふよ!」
なんだろう、無性に腹が立つな。思わずまた両頬を引っ張ってしまった。
「すまん、何故か急にやりたくなった」
「うぅ、私の餅肌が荒れちゃうのでありますよ……」
「お、おい、あんたら」
馬車の後ろに隠れていた男性達が近寄って困惑した声をかけてきた。
ノールのせいですっかりと場の緊張感など皆無である。
「あ、すいません」
「いや、助かったよ。あんた達随分と強いんだな」
「本当に助かりました。ありがとうございます」
男性2名は俺達に頭を下げ礼を言う。
あまりに手ごたえなかったので、礼を言われると逆に申し訳なさを感じる。
俺達居なくても平気だった気がしてくるが、この世界の平均的強さがどれぐらいなのか分からないからなんとも言えない。
「いや、当然の事をしたまでですよ。私は大倉平八と言います、あなた方は?」
「私は大倉殿の護衛を務めるノール・ファニャであります!」
「こちらから名乗らず失礼致しました。私は商人のラウルと申します」
「俺は冒険者で今は、このラウルさんの護衛をしているグリンだ」
互いに握手を交わし、挨拶を終える。
下心満載の手助けであったが、どうやら当初の不安は解消できそうだ。