コボルトの帝王
コボルトロードを討伐し、その後は何事もなく19層目まで突破。
20層目を目指して下へ続く階段を進んでいた。
「よし、これで次は20層目か」
「もう道中の魔物は相手にならないでありますね。ここのボスもパパッと倒しちゃうのでありますよ!」
「でも20層ってことは10層のルーレットみたいな仕掛けがありそうよね。その情報はなかったのかしら?」
「4つ宝石を集めて台座にはめ込むとボス部屋に続く扉が開くらしいぞ。その宝石は迷宮外に持ち出すと消えるそうだ」
「持ち出せるならそれだけ集める人もいそうでしたが、ちゃんと対策されているんですね」
冒険者協会の情報で事前に20層のギミックは知っていた。
階段を降り切って20層に到達すると、事前の情報通り広間に4つの穴の開いた台座が置かれている。
その奥に大きな扉があり、他にも4つ通路があった。
「4つ行き先があるから1つずつ攻略して宝石を取ってくるのかな。こういうギミックもワクワクするじゃないか! きっと各部屋に中ボスがいるに違いない!」
「宝物集めみたいで面白そうなんだよ!」
「面倒なだけだ」
マルティナ達がワイワイと騒いでいるのを尻目に、俺は大きな扉にディメンションホールを突き刺した。
すると慌てながらマルティナが駆け寄ってくる。
「ちょっとちょっと! 何やってるのさ!」
「えっ、ディメンションホール刺しただけだけど」
「宝石集めはしないの!? またズルする気なんだよ!」
「迷宮探索は遊びでやってるんじゃないんだよ! ギミックは無視するに限る! 過程や方法なんてどうでもいいんだ!」
「うむ、平八の言う通りだ」
「言ってることは正しいでありますが……平八殿が言うと何故か卑怯な感じがするのでありますよ」
「時と場合次第よね。今は身内しかいないんだからいいじゃない」
「正規の方法もどうなるのか気になりますが、わざわざ苦労する必要はないですからね。飛ばせるところは飛ばしてしまいましょう」
楽に突破する方法があるっていうのに、わざわざ苦労してギミックをクリアする必要はない。
これからどこまで潜るかもわからないんだから、出来るだけ体力は温存した方がいいしな。
まあ、宝石が配置されている場所がどうなっているか気にはなるけど、迷宮な時点でロクなことはないだろう。
ブーブーと不満を漏らすマルティナとフリージアを無視して、ディメンションホールの穴を潜って扉の向こう側に進む。
するとまた大きな扉があり、どうやらこの先がボス部屋のようだ。
「さーて、20層目のボスと対面か。ここのボスはコボルトエンペラーらしい」
「エンペラーとはカッコいいじゃないか! どんな姿をしているんだろう」
「ロードの次はエンペラーですか。コボルトなのに随分と大層な名前ですね」
「ゴブリンとかにも似たようなのがいるから、魔物ってそういう分類をされているのが多そうね。今回もサクッと倒しちゃいましょうか」
事前情報で20層目のボスがコボルトエンペラーなのは把握済みだ。
基本的にはロードの上位互換で、体の動きを止める雄叫びや眷属を召喚してくるらしい。
周囲には強いコボルトもいるようで、ここを突破するには最低でもBランク3パーティー以上、魔導師と神官も必須だという。
例によって扉を少し開けて中を確認すると、大量のコボルトがズラリと並んでいて、その奥に豪華な椅子に座った巨大なコボルトがいた。
どのコボルトも鎧を纏っているが、椅子に座る奴は金色の鎧で一際存在感を放っている。
間違いなくあいつがコボルトエンペラーだな……ステータスを確認だ。
――――――
●コボルトエンペラー 種族:コボルト
レベル:70
HP:35万
MP:3万
攻撃力:5000
防御力:3500
敏捷:280
魔法耐性:60
固有能力 帝王の覇気
スキル 帝王の鉄槌 畏怖 眷属召喚 眷属勅命
――――――
これはなかなか……倒せない範囲じゃないがかなりの強さだ。
図体もデカく筋骨隆々で、傍らには巨大な斧が置かれていて明らかに武闘派。
戦いになればあれを振り回して襲ってくるに違いない。
――――――
●コボルトプラエトリアニ 種族:コボルト
レベル:50
HP:5万
MP:3000
攻撃力:2000
防御力:2500
敏捷:180
魔法耐性:30
固有能力 身命の守護
スキル 身代わり 集団鼓舞
――――――
エンペラーよりは小さいが、負けず劣らず逞しい姿のコボルト達だ。
全員剣と盾を持っていて、黒いヘルムと鎧に身を包んでいる。
全部で30体ってところかな。
エンペラーとこいつらを一斉に相手にしたら、流石に少し手こずりそうだ。
「20層でこの強さかよ……。しかも周りにいるのもそこそこ強いぞ」
「近衛兵でありますかね。何となく凛々しい雰囲気があるのでありますよ」
「か、カッコいい……。あのエンペラーの装備も落ちないかなぁ」
「凄く強そうなんだよー。でもエステルちゃんならまた一瞬で倒しちゃうよね!」
「そうね。何もなければ一撃で全部倒せちゃうと思うわ」
やはり戦闘は不意打ちで一網打尽にするに限る。
さっそくアウルムスライムと同じように、マルティナのゴースト達を部屋に侵入させた。
そしてエンペラーに憑りつきデバフをかけ始める。
だが、体を黒い靄が覆った瞬間、エンペラーが突然雄叫びを上げた。
黒い靄は体から弾かれて霧散し、ゴースト達は吹き飛ばされて怯えた様子でこっちへ戻ってくる。
「な、何が起きたんだ!?」
「そんな馬鹿な!? 友達が弾かれた!」
「エンペラーの固有能力でしょうか? マルティナさんの負の力が蹴散らされましたね。デバフを無力化する魔物もいるとは驚きですよ」
「あっ!? お、こっちに向かってきてるよ!」
「なら今度は私が――えいっ!」
デバフを攻撃だと認定したのか、エンペラーが指差すとプラエトリアニが武器を構えて向かってくる。
なので扉を全開にして、エステルが掛け声を共に杖を振り極太の光線を放つ。
いつものようにコボルト達が光に飲み込まれる……かと思いきや、1体のプラエトリアニが突出して光線を受け止めた。
何故か光線はそれ以上進むことなく、エステルが放つのを止めるまで全てそいつに吸収されてしまう。
攻撃が止むと同時にプラエトリアニの体がボコボコと膨らみ、最後には破裂して粒子に変わった。
「なんだと!? エステルの攻撃を止めやがったぞ」
「スキルの身代わりってそういうことですか……。自分を犠牲にして攻撃を無力化するようですね」
「全滅させられる威力だったのだけれど……なんちゃって。それなら手数を増やせばいいだけよ」
「私もお手伝いするんだよ!」
「手伝ってやろう」
詳しい効果はわからないけど、オーバーキルの攻撃でも身を犠牲にすれば受け止めきるってスキルなのか?
こんなこと冒険者協会の情報にはなかったのだが……そもそも一撃でコボルトを全滅させる程の攻撃をする人がいなくて、あのスキルの真価を発揮する機会がなかったのかもしれない。
これは困ったなと思ったのだが、エステルはすぐに解決策を見つけて対応し始めた。
一撃の極太ビームではなく、10個の小さな魔法陣を宙に展開し一定間隔で小さなビームの弾幕を放つ。
威力は変わりないのかプラエトリアニに掠っただけで体の一部が消し飛び、次々と貫かれて数を減らしていく。
追い打ちのようにフリージアとルーナから矢と槍も飛んでいき、1体も俺達へ辿り着きそうにない。
「いくら攻撃を防げても簡単に対処しちまうんだな……」
「私でも本気のエステル相手じゃ近づくのは難しいのでありますよ。フリージアやルーナもいるなら無理であります」
「こちらへ辿り着く気配はなさそうですね。また私の出る幕はなさそうですよ」
「うぅ……神官以外にもデバフが効かない相手がいるなんて……」
「ゴースト経由だからでしょうね。マルティナさんが直接やるならデバフも通ったと思いますよ。あの程度の魔物に負ける程あなたの力は弱くないですからね」
「……アルヴィさんにそう言ってもらえると嬉しいかも」
「か、勘違いしないでくださいよ! 私はただ事実を言っただけですので!」
マルティナがぎこちない笑みを浮かべると、シスハは頬を赤くしながら顔を背けている。
一応実力を認めて褒めているんだと思うが、お前はいつからツンデレキャラになったんだと……。
エステル達の猛攻でプラエトリアニ達が全滅すると、ついに奥に座っていたエンペラーが動き出した。
傍らにあった斧を担ぐと物凄い速さで俺達の方へ駆け出す。
当然すぐにエステル達が反応して攻撃をするが、エンペラーが雄叫びを上げると一瞬で複数のプラエトリアニが召喚される。
新たに現れたプラエトリアニ達は身代わりになり攻撃を防ぎ、エンペラーはそのまま突き進む。
しかし、エステルの攻撃に続いてフリージアの矢とルーナの槍も飛んできて、黄金の鎧ごと体を貫通した。
それでも致命傷じゃなかったようで踏ん張ってまた駆け出そうとしていたが、再びエステルの光線が放たれてエンペラーは飲み込まれてしまう。
光が収まると跡形もなく消滅していて、その場には黄金の鎧の一部と巨斧が残されている。
今まで相手した魔物の中でも少しは粘った方ではあるけど、なんて呆気ない最期なんだ……。
エンペラーが決死の覚悟で向かってきていたのに、エステル達はまるで散歩でも終えたかのように談笑していた。
「攻撃を防がれてちょっと焦っちゃった。フリージアとルーナがいてくれてよかったわ」
「えへへ、お安い御用なんだよ!」
「ふむ、厄介な魔物だった」
「まさか眷属を召喚して即盾にするとはな……あの魔物エグ過ぎないか?」
「あの眷属自体がエンペラーを守るような存在ですからね。今の私達だから相手になりませんでしたが、ああいう魔物がいると踏まえてこの先は進まないと危なそうですよ」
「集団戦闘の出来る魔物は単純な強さだけじゃないでありますからね。この先も注意して進むのであります」
本来ならコボルトプラエトリアニを各個撃破していき、コボルトエンペラーを孤立させて倒すんだろうなぁ。
危なげなく倒せたとはいえ、エステルの最大攻撃を1体の犠牲で受け止めるスキルは脅威だぞ。
やはり迷宮の魔物は油断ならない相手だと改めて認識し、次の層へ俺達は降りて行くのだった。




