ノール式育成法
兎を拾ってから数日後、魔石もさらに貯まって今は920個貯まった。
これで次のフェスが来れば、現状でも目玉のURの1つぐらいは出るとは思っている。
しかし狙いうちをするのにはいささか不安だ。
いつ来るかわからないフェスに向けて、貯めるだけの日々はストレスが若干溜まる。無料配布の石で狙いの確率アップがいつ来るんだと悶々とする感覚だ。
希望の職を迎え入れられなかった時の事を考えると、やはりここはやるべきことをやるべきだな。
「ノール、頼みたいことがあるんだがいいか?」
「ふぇ? どうかしたのでありますか~」
「本当にノールはその子気に入ったのね」
「えへへ、可愛いでありましょ?」
少し前からずっと悩んでいたことを、彼女達に相談しようと意を決した。
声をかけた彼女達は、椅子に座りこないだ拾ってきた兎を撫でて愛でているところだ。
あの兎の名前はモフットと名付けられた……なんかまんまな名前だな。
モフットの為に宿も変えた。若干宿泊料が高くなったが、彼女達も満足しているからいいだろう。
ノールは口元を緩ませて、膝に乗せている兎を撫で満足そうにしている。エステルも横に座って胴を撫でている。
モフットも大人しく彼女達に弄られているが、少し気持ち良さそうだ。正直ちょっと羨ましい……そこを俺と代わろうじゃないか。
「それで、頼み事ってなんなのでありますか?」
「いや、そのな……稽古とかしてもらえないかな、と」
「……えっ」
そう言うと彼女達は顔を見合わせた後、信じられない物を見ているような顔で俺を見る。
膝にいるモフットまで驚いたようにビクンと体を震わせた。おい、馴染むの早過ぎだろお前。
「……エステル、また大倉殿がおかしいのでありますよ」
「……そうね、どうしちゃったのかしら。最近なんだか様子がおかしいのね」
「おう、聞こえているぞ」
ひそひそと小声で言っているが、十分聞き取れる。
なんだ、俺がそういうこと言うのがそんなにおかしいのか?
「一体全体どうしたのでありますか? 私に教わりたいだなんて」
「だって……同じ近接での戦いしてるノールに教えてもらえば、少しはマシになるんじゃないかなと」
俺が戦力となれるようにはどうするべきか。
そこで俺は考えた、身近に近接のエキスパートがいるじゃないかと。
でも正直ノールの戦い方真似しろとか言われたら無理なので、若干不安なんだけど。
「んー、確かにそうね。どうなの?」
「むむ、やる気を出してくれたのは嬉しいのであります。でも稽古でありますか……私、人に教えるなんてやったことないのであります」
唸る声を出しながら、彼女は困ったように手を顎に当てて考え込む。
そうだよな……やったことないことをやってくれって言われても困るよな。
やはり無理なのだろうか……。
「とりあえず実践あるのみ! 大倉殿、今日は徹底的に欠点を探すのでありますよ!」
そう思っていたのだが、どうやらノールに考えがあるらしい。
●
「それで、何故ここに来た」
「多分ここが丁度いいのでありますよ」
「ワシ戦士の森ね」
ノールに言われてやってきたのはワシ戦士の森。
なんで今更こんな場所に来るのか疑問なのだが、彼女がいいでありますから行くのでありますよ! と言うので来てみた。
モフットは宿の主人に預けておいた。あそこはペットも預かってくれるからありがたいな。もちろん有料だけど。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「ここでワシ戦士長とまた一騎打ちするのであります!」
……ん? 一騎打ちだと!?
ま、まさか……ノールの言う実践ってそういう実践か!?
「スパルタ過ぎだろ! お前が相手してくれるとかじゃないのか!」
「何を言うのでありますか。体で覚えるのが一番なのでありますよ。魔物相手にした方が、より確実に経験を積めるでありますよ」
それはそうなのだが……。
俺としてはノールと模擬戦でもしてゆっくりと経験させてもらおうかと思っていたのに。
そういえば、最初のチュートリアルでも彼女にいきなり戦えって放置されたな……頼む相手を間違えたか?
「ここで私が大倉殿の駄目な部分を指摘していくので、それを直しながら戦うのであります。あっ、スカルリングは禁止でありますよ」
「えっ、マジで?」
す、スカルリング禁止だと!?
いや、でも今の俺には聖骸布があるし、ワシ戦士長程度なら問題ないはずだ……。
「それと聖骸布も脱ぐのであります。少しは危機感ないと駄目でありますからな」
「ほ、本当にこれで戦うのか……」
ノールに聖骸布を引っ剥がされ、俺は元のバールと鍋の蓋を持った戦士へと舞い戻った。
えっ、やだ、凄く心許ないよ? 安心が無くなっちゃったぞ。
「これでも結構優しい方なんじゃないかしら?」
「レベルもあの時より上がっていますし、自信を持って挑んでほしいのであります」
た、確かにそうだ。俺もあの時よりレベルも上がり経験も積んでいる。
もしかしたら今ならワシ戦士長ぐらい普通に倒せるかもしれない。
「あら、ワシ戦士長がいないのね。とりあえずやっちゃうわね」
「ワシ戦士を片付けて湧かせるでありますか」
森の前を歩くワシ戦士達。そこには赤い羽の者はおらず、どうやら今は湧いていないみたいだ。
それを確認したエステルがグリモワールを取り出し、空中に火の玉を出現させ草原を爆撃していく。戦士達は爆発によりどんどん空を舞う。
1発目を耐えた戦士が、落下した後に立ち上がろうとするがその前に2つ目の火の玉が飛んできて吹き飛ばされる。
次々と吹き飛ばされて散るあいつらを見て、俺が言いだしたせいでこんな事になり申し訳ない気分になってきた。
「はい、それじゃあお兄さん頑張ってね」
「大倉殿、ファイトなのであります!」
戦士達が蹂躙されしばらく経ち、また森の中から複数の魔物が飛び出してくる。
その集団の中には、一際大きい赤い鳥――ワシ戦士長の姿だ。
エステルが魔法でワシ戦士長を攻撃し、こっちに引き寄せた。
随伴として周りにいた戦士達も追いかけてくるが、向かってくるまでに次々とエステルの魔法の餌食となる。
前回と同じように赤いオーラを纏いスキルを発動している戦士長。俺はそいつに向かいバールを振るう。
遠距離攻撃の風属性攻撃をバールの先から放ち、それが奴へと着弾する。
急な横槍に驚いたような声を上げるが、すぐにエステルへと向かっていた進路をこっちへと変え走りだす。
大丈夫、大丈夫だ。あいつはもう既に俺よりも遥かにステータスは下。
俺だって前回よりはレベルも上がりステータスだって上がっているんだ。俺ならやれる、はず!
「くっ、うお!?」
俺のもとにまで来た戦士長が、手に持つ片手剣を振り下ろす。それを蓋で防ぎ受け止める。
そしてここで反撃のバールを横薙ぎし、腹の部分へと突き刺そうとした。
しかし攻撃が当たる直前、戦士長は後ろへ跳び俺の攻撃は回避された。
何故だ……俺の攻撃は前回よりもさらに速くなっている。なのに当てることができない。
そんな感じで俺が一方的に攻撃を受け止めていたのだが、不意に戦士長が地面を蹴り上げ目に砂を飛ばしてきた。
「イタっ!?」
急な目潰しに反応できず、俺はモロに砂を片目に入り込ませた。片側の視界を失い、焦った俺は頭部だけは守ろうと蓋を頭に持ってくる。
その直後、足に何かで斬り付けられたかのような痛みが走った。多分戦士長に斬られたのだろう。
とりあえず戦士長を遠ざけようと残った片目で奴を見て、バールを振るう。
血が流れるような感覚はない。遠ざけた隙にちらりと片目で足を見ても血が出ているようには見えない。
防御力があれば傷は負わないが、それでも痛みはあるようだ。最初のゴブリンの時と同じか。
そこから防戦一方の俺だったが、数分程してワシ戦士長の体から赤いオーラが消え動きが極端に遅くなる。
それでようやく俺でも攻撃を当てられる速さになり、目潰しされた視界も多少は戻りワシ戦士長を倒すことができた。
「はぁ……はぁ……、もう、まじ、無理」
なんとか倒し終わった俺は、彼女達のもとへと戻り大の字で倒れこんだ。
これ、ステータスの差が無かったら確実に負けてる。頭部などは反射的に守れるが、足などはかなり斬り付けられた。
凄く痛い。感覚的にはコピー用紙をスッ、と動かして肌が切れたような感触。それが足に無数と広がっていてとても不快だ。
「ノール、判定はどうかしら?」
「あー、うーん、色々と駄目でありますね」
なんだか困った様子で腕を組みノールは考え込んでいる。
どうやら俺は全く駄目だったらしい。俺もそう思う。
まさかここまで駄目だなんて……。
それから彼女の解説が始まった。
まず視界が狭い。相手を見る時に、俺はどうやら全体を見ず武器ばかりに気を取られていたみたいだ。
それから防御が甘い、攻撃する時適当過ぎる、ステータスがなまじ見えてるから油断する、装備の能力に振り回されて使いこなせていない、などなど色々と指摘された。
全部指摘され終わった頃には、俺の心はもうへし折れるかと思った。
もう少し慣れてから少しずつ指摘しようと思っていたけど、この際なので全部言うのであります。なんて言われた。
「という感じでありますね。なので、大倉殿はそこを意識して戦ってみるといいのでありますよ。そうすれば、スキル使用中のワシ戦士長も倒せると思うのであります」
「それじゃあお兄さん、2体目いってみましょう」
「えっ……え? まだやるの!?」
もう今日はなんだか疲れたし帰るか。
そう思っていた俺を2人が両脇を抱えて立ち上がらせる。
そしてずるずると引きづられ、またワシ戦士の方へと連れていかれた。
お家帰りたい……。
●
「俺……頼む相手間違えたかも……」
あれから数時間後、ようやく今日の特訓は終了した。
倒したワシ戦士長の数は10体を超えた。そして全身があの肌が切れた感覚がしてぞくぞくとする。
ポーション飲んでもこの感触が残り、体が無意識にくねくねと動いているぞ。
「いやぁ、後半からはそこそこ攻撃を当てられるようになったでありますな」
「ふふ、攻撃を受ける回数も減ったし、これからもやっていけば少しは意識が変わりそうね」
えぇ……これからも? これからもやるのこれ……。
確かに回数を重ねるごとに着実と成果は出ていた。これを繰り返せば彼女達に追い付けるのかと思えば嬉しいが、同時に胃がなんだか痛くなってくる。
そんなんで今日は終りというので、さっさと宿へ帰ろうとスマホを取り出した。
「ん? こ、これは!?」
それと同時にスマホがバイブレーションし、画面にでかでかと【SSR確定、33連ピックアップガチャ開催】と表示されていた。




