魔物探知機
思い立ったが吉日。
という訳でもないのだが、魔物探知機を作ろうと話がまとまった当日にはエステルが魔導具作成を始めていた。
それから数日後。
訓練所でエステルとミニサレナが作業するのを見守っていると、ついに魔物探知機が完成したようだ。
「ふぅー、これで完成かしら」
【ヤァ!】
「もうできたのか。流石エステルだな。本当に何から何まで任せて悪いな」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ? これぐらい戦うのに比べたら苦でもないわ。私も色々と作れて楽しんでいるもの。ミニサレナもお疲れ様ね」
【ヤァヤァ!】
エステルとミニサレナは軽く片手を合わせてお互いを労っている。
ミニサレナは補助役としてだが、この2人が力を合わせたらどんな物でも作れちまえそうだな。
さっそく完成した魔物探知機を見てみると、手の平サイズの四角い石の板だ。
「これはどういう物なんだ。魔元石で作ったんだよな?」
「ええ、原石だと魔物の位置を特定する魔法を付加するのが難しかったからね。周囲の魔素を吸い込んで魔力の波を飛ばす仕組みにしてみたわ。魔物だけに反応するようにしたから誤認もないはずよ。範囲は大体全方位500メートル、特定の方向のみ集中させたら1キロってところかしら。初期の地図アプリを参考にしているから、高低差とかはわからないけどね」
「そんだけわかれば十分過ぎるな……。でも魔力を飛ばしたら魔物に気が付かれないのか?」
「そこはちゃんと対策してあるから平気よ。擬態している魔物は特定できないし、特殊能力持ち相手だと不確定要素があるから渡す際は説明した方がいいわね」
全方位500メートルで一方向なら1キロも索敵できるとか十分過ぎる性能だな。
擬態持ちの魔物は地図アプリでさえ見破れないから、売る際は説明が必要か。
試しに訓練場の機能を使って魔物の幻を呼び出し、魔物探知機を起動させた。
石板に触れると表面が光り始めて、まるでスマホの画面のように色々と表示されている。
自分の位置は真ん中の黒い点で、そこを中心として円状に魔力の波が広がっていく。
波が通過した場所に魔物がいると赤い点で表示され位置が分かる仕組だ。
定期的に波が放出され、魔物が移動しても常にどこにいるか把握できる。
「へぇ、これは本当によくできてるな。画面までちゃんと作られてるのか。これの素材が石とは思えないぞ」
「せっかく魔元石を使うんだから拘らないとね。光魔法を応用して訓練所の空中モニターやスマホの画面を再現してみたの。図書館でお兄さんの世界の技術が書かれた本を読んで、仕組みをある程度理解して真似できたわ。まだ魔元石級の素材を使わないと厳しいけどね」
探知機だけかと思ったけど、サラッと液晶モニター的な物まで再現しているんですけど……。
それにこの魔物探知機も、地図アプリというより元の世界のレーダーに近い仕組みな気がする。
図書館で現代知識をみるみる吸収して、それを魔法に応用しているのか。
将来が楽しみなようで不安なような……ちょっと複雑な心境だぞ。
「だけどここまで手間がかかってると量産するのも大変そうだな。魔元石だってルプスレクスを倒さないと手に入らないし」
「そうね。1つの魔元石から20個ぐらいは作れるとはいえ、安価で販売しない方がいいわね。使い捨て品でもないから、最低でも500万Gぐらいでいいんじゃない?」
「ご、500万Gだと……エステルが本気になったらあっという間に億万長者になりそうだぞ」
「あら、お兄さんが望むならいくらでも頑張っちゃうわよ。私としては物を作るより魔物を倒しちゃう方が早いのだけれど」
「は、はは……気持ちは嬉しいけど金稼ぎが目的じゃないから遠慮しておくよ。でも色々作ってくれてありがとうな」
そう言ってエステルの頭を撫でてやると凄く嬉しそうな笑顔をしていた。
冗談気味で言ったけど本当に億万長者になるぐらい稼いできそうだから恐ろしいぞ。
それにしても魔物探知機の値段が500万Gか……。
「最低でも500万Gだと普及させるのが難しくないか?」
「それは一般販売用として、ガチャアイテムを買えるランクになった人に1つ無料で提供したらどう?」
「えっ!? 500万Gの魔導具を無料で!?」
「ええ、1番この魔導具を持ってほしい人達だもの。カードの偽造とかもできないから複数不正入手される心配もないわ。本当ならもっと安くしたいところだけど、多分これは冒険者の人以外も欲しがるわよね」
「そりゃそうだろうな。魔物の位置がわかる魔導具は商人だって欲しがるさ」
500メートル先まで魔物がいるかわかる片手サイズの魔導具なんて、町の外に出る人なら喉から手が出るぐらい欲しいはずだ。
そう考えたら最低額である500万Gですら安過ぎるかもな。
確かに俺達からしたら魔石狩りのできる冒険者だけ所持してもらえばいいし、作る手間を考えたら売れまくっても困る。
いっそのこと冒険者のみに配布する限定品にしてもいいけど、絶対噂が広がってまた面倒ごとが起きそうだしなぁ。
アーデルベルさんのお店に貢献するためにも限定品は避けるべきか。
魔物探知機を眺めながら思考を巡らせていたが、ガチャリと音を立てて誰かが訓練所に入ってきた。
それは両手で山のように大量の料理を持ったノールだ。
「失礼するのでありますよ~。あれ、もう終わっちゃったでありますか?」
「ちょうど今完成したところよ。これから量産に向けてまだ色々やらないといけないけどね」
「そうでありましたか。お食事でもどうかと差し入れを持ってきたのでありますよ。沢山食べて頑張るのであります!」
「え、ええ……ありがとう。でもこの量は流石に多すぎるわよ。ノールとお兄さんも一緒に食べましょ」
「そうでありますか? むふふ、仕方がないでありますねぇ」
「お前最初から一緒に食うつもりで持ってきただろ」
「そ、そんなことないのでありますよ!」
俺の指摘にぎくりと身を震わせてノールは反応した。
こいつ差し入れを口実に自分も大量に食うつもりで料理を持ってきやがったな。
そんな訳で一緒に食事をすることになったのだが、その前にエステルが気になることを言い出した。
「ミニサレナも一緒に補給しましょうか。こっちへ来なさい」
【ヤァー! ヤァヤァ!】
「ん? ミニサレナも何か食べたりするのか?」
「ええ、魔力を補給するのが楽しみらしいわ。手伝ってくれたお礼にいつもあげてるの」
【ヤァ!】
ミニサレナが勢いよく飛んできてエステルの肩に乗ると、彼女は手慣れたように指先から虹色の光球を作り出した。
それを受け取ったミニサレナが光球を頬張ると、モキュモキュと音を立てて咀嚼して機械とは思えない幸せそうな表情をしている。
ま、魔力を食ってやがるのか?
「凄く美味しそうに食べているのでありますね。魔力って美味しいのでありましょうか……ゴクリ」
「食べようとするな。というか、ミニサレナも魔力の補給って必要なんだな」
【ヤァ! ヤヤァヤヤァ!】
「何言ってるのかわからねぇ……」
「体内に魔力を発生させる装置があるから外部から補給する必要はないけれど、魔力を取り入れるのは好きみたいよ。私の魔力はお気に入りのようね」
【ヤァ!】
「ほほぅ、魔力にも味みたいなのがあるのでありますか。私もエステルのを食べてみたいのでありますよ!」
「別にいいけれど、ノールが食べても味なんてわからないんじゃないかしら。……あっ、よかったらお兄さんも食べてみる?」
「俺は遠慮しておくよ」
「あら残念。お兄さんにだったらいくらでも体内に取り込んでくれていいのだけれど」
エステルはそう言って片手を頬に添えて照れ臭そうにしながら、もう片方の手で虹色の光球を作り出していたが丁寧にお断りしておいた。
確かにエステルの魔力はミニサレナからしたら極上な物だろうな。
いつも魔導具制作を手伝ってもらっていたし、こうやってお礼をしていたのか。
こうして新たなエステルとミニサレナのやり取りをしりつつも、無事魔物探知機が完成したのを祝って食事をした。




