新たな懸念点
協会長との話を無事に終え、これで一件落着。
……と、思いきや、帰宅した俺はずっと悩みに悩み抜いていた。
「んー、本当にこのままでいいのだろうか……」
「そんなに悩んでどうかしたのでありますか? 帰ってきた時は順調だって喜んでいたでありますよね」
「そうね。このままなら特に問題なく事が運びそうだけれど、何か不満があるのかしら?」
「確かに魔導具店で特典やら割引が貰えたらやる気は出るだろうけど、果たしてそれだけで希少種狩りがそこまで増えるのか疑問でな」
あれだけ喜んでいたのにこの悩みよう、ノール達が疑問に思うのも無理はない。
俺も上手くいったとルンルン気分だったのだが、思い返してみたら本当にこれだけでいいのだろうか、何か見落としているんじゃないか?
そんな不安が頭をよぎり始めて悩んではみたものの、結局答えが出ずに今に至る。
そうやって居間で首を傾げていると、シスハも会話に加わってきた。
「そうですねぇ。私ならそれでも十分やる気が出て魔物を殲滅する勢いで狩ると思いますよ」
「お前は全く参考にならねーよ。そんなのなくても殲滅するまで狩りするだろ」
「そう聞くとなんとも言えない感じがするわね。正直なところ、私からすれば割引程度じゃそこまで狩りをしようって気にならないわ。お兄さんが一緒にいてくれるなら頑張っちゃうけれど」
「おまけ次第でありますが難しそうでありますね。私は美味しい物が貰えたら張り切っちゃうかもでありますが……」
ダメだ、ノール達じゃ全く参考にならねぇ。
シスハは何もなくても狩りするだろうし、ノールは食い物で釣れるから論外だし、エステルは……まあ、嬉しいけどちょっと参考にはならないか。
もっとこう、一般人に近い感性の奴に話を聞きたいんだが。
そう思っていると、ルーナ達と遊んでいたはずのマルティナがこっちへやってきた。
ルーナとフリージアは遊び疲れたのか寝ている。
「あのー、話を聞いてたんだけど僕も意見を言ってもいいかな?」
「ん? ああ、むしろありがたいぐらいだぞ。何か気になるところがあったのか?」
「うん、そもそもどうして普通の冒険者が多くの魔物や希少種をあんまり狩れないか考えたことある?」
「えっ」
改めてそんなことを聞いてくるなんてどうしたんだ?
冒険者が希少種や大量の魔物を狩れない理由って……。
「それは湧き場所に突っ込んだりできないからだろ。希少種を湧かせるには魔物を大量に狩らないといけないしな」
「そうだね、普通の人は魔物が沢山来る場所なんかじゃ狩りはしない。じゃあ、普通の冒険者さん達は魔物を自主的に狩ろうとしたら、どうしているのかな?」
「それなら魔物の生息地から適度に離れた場所で狩るでしょうね。近過ぎたら複数体に襲われるから、自分達で狩れる量を調整しないといけないけれど。せっかく見つけても周りに余計な魔物がいたら諦めないといけないわ」
「魔物をおびき寄せる方法もありますが、それだと数はこなせませんね。魔物が全部でどのぐらいの数いるかも把握しないと、迂闊に手を出せないでしょう。私ならまとめて全部殺っちゃいますけど」
「シスハでも一応慎重な考えができたのでありますね……」
「うふふ、私だって毎回正面から殴りかかったりはしませんよ。勝つのが難しい時は敵同士で争わせて、残った方を私が倒していました。最後に勝てばいいんですよ」
シスハはどや顔をして得意げにしている。
こいつ戦闘狂のように思えるけど、不利な時は躊躇なく卑怯な手を使うタイプだよな……本当に神官かよ。
にしても、マルティナの質問の意図がよくわからないな。
答えは何なんだと催促するように手を差し出すと、マルティナは詳しく説明してくれた。
「似たような意見が何個か出たけどさ、つまり魔物がどこにいるのか、数がどれぐらいなのかすぐにわからないからだよね。まずそこを解決しないと魔物を狩る数は増えないと思うよ。僕だって君達と一緒じゃなかったら、魔物の群れがすぐ近くにいる場所で狩りなんてしないもん」
「……その発想はなかった。魔物の湧きの早さだけしか気にしていなかったぞ」
「言われてみると最初の頃から地図アプリがあったでありますから、魔物の位置がわからなくて困る機会って滅多になかったでありますね」
「困ったのはトレントやラピスみたいな擬態する魔物ぐらいだったわね。普通の冒険者は常にあれぐらい魔物を探すのに苦労しているって考えたら、狩りの効率を上げるなんてそう簡単じゃないわ」
「普段から使い慣れて感覚が麻痺していましたが、言われてみたら全くその通りの話でしたね。特殊能力持ちでもなきゃ奇襲される心配もありませんでしたし、強さ以上に考慮するべき点だったかもしれません」
そうか、俺達の魔物を狩る早さは強さも大きな要因だけど、それと同等以上に魔物の位置を把握できる点もあった。
どこに魔物がいるのかある程度の範囲で即座にわかるし、魔物の狩場に突っ込んでも位置がわかっているから囲まれる前に逃げ出すこともできる。
だが、普通の冒険者は当然こんな物持ってないし、魔物を探すにしても慎重に偵察をする必要があるはずだ。
普段冒険者は湧き場所から大きく離れた徘徊する魔物を狩るそうで、素材目当ての時でもなきゃ生息地に近づくこともないらしい。
そんな魔物を狩ろうとしたら探すのも一苦労だろうし、いくら強くなっても対象を見つけられなきゃ意味がない。
相手の位置や数を把握できるのは、戦いにおいてそれだけ重要な情報だってことだ。
マルティナやフリージアのように感知能力があれば別だが、URユニット級の能力持ちの冒険者なんてほぼいないと思っていい。
まさかそんな根本的な部分にも原因があったとは……この平八の頭脳をもってしても見落としていたぞ。
「じゃあ特典だけじゃそこまでの効果は期待できないってことか?」
「本当に少し増えるぐらいだと思うよ。それに無理をして怪我でもしたら治療費とかで本末転倒じゃないか」
「こちらとしても冒険者の方々が狩りをできなくなってしまったら、結果的に魔物を狩る数が減るので困りものですね。そこまで無茶をするほどの特典を用意するのも大変ですし、別の手段も考えた方がよさそうですよ」
うーん、特典で釣るだけで十分効果があると思っていたけどまさかの事態だ。
魔物狩りだってかなりの危険があるんだから、ちょっとした特典や割引で希少種狩りをしようってなる人がそれほど増えるか怪しい。
どうも引っかかっていたのはその点だったのかもな。
俺にはガチャアイテムやノール達がいるけど、もしそうじゃなかったら割引程度でわざわざ希少種狩りに挑むだろうか?
……ないな、希少種は強いから危険だし、探す時間で普通の魔物でも狩ってた方が金銭的にもよっぽど効率的だ。
俺が必死に考えた妙案は無駄だったのか……そう落胆しかけたのだが、エステルが手を叩いてパンと音を出した。
「なら魔物がいるかどうかわかればいいのよね。そういう魔導具を作っちゃいましょうか」
「えっ……えっ!? 作れるのかよ!」
「地図アプリ程詳細に位置を知れる物は作れないけど、どの方向にどの程度の魔物がいるか判別する魔導具ぐらいは作れるわ。魔力を飛ばして生物がいるか確認する魔法を応用すればいいだけだもの」
「そ、そんな簡単に作れるとは流石エステルだな」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
ニコニコと笑いながらエステルが頭を突き出してきたので、とりあえず撫でて褒めておくことにした。
これからどうしようか悩むかと思ったら一瞬で解決しちまったぞ……。
これだけで解決するとは思えないけど、懸念点の1つは潰せたし新商品の開発にも繋がったと思っておこう。




