驚異の普及
今日もいつも通りの魔石狩りと商品生産に勤しむ……のは止めて、今日は全員でセヴァリアへ食事に来ていた。
先日ルーナが寂しそうにしていたのもあり、急遽こんな日があってもいいだろうと俺が提案したのだ。
モフットとミニサレナは留守番だが、何かしらお土産を買っていってやらんとな。
さっそくセヴァリアにビーコンで移動して、今は街中を歩いている。
いつかここにも拠点を設けて、街中に直接ビーコンで移動できるようにしておきたいな。
「皆で食事に出かけるのは珍しい気がしてくるでありますよ」
「家の中でも楽しめたけど皆でお出かけもいいよね! 楽しみなんだよ!」
「こうやって一同でどこかに行くのも久しぶりだわ。思ってみれば結構な大所帯になったわよね」
「ぼ、僕なんかがこんな輪の中にいるなんて夢みたいだ……もうこれで終わってもいいかな……」
「うふふ、今日は楽しみましょうねルーナさん!」
「うむ、楽しみだ」
ノール達が楽しそうにワイワイとはしゃいでいるのを、俺は少し遅れて歩き後ろから眺めていた。
うんうん、こうやって女の子達が和気あいあいとしているのを見ているのはいいものだ。
フリージアやルーナもエステルの魔法で見た目は普通の人になっているから安心して出歩いている。
挙動不審なマルティナも、エステル達の勧めでお洒落していていつもの陰気な雰囲気もすっかりない。
こうやって傍から見ていると、見た目だけでもとんでもなく目立つ集団だな……。
アイマスクを着用しているノールだけは私服でお洒落をしていても、いつもの雰囲気をしているから実家のような安心感があるぞ。
そんな感想を抱いていると、俺が少し集団から離れているのに気が付いたのかエステルが隣へやってきた。
「遅れて歩いてどうしちゃったの。お兄さんの隣いいかしら?」
「お、おう。ちょっと考え事してただけだ」
「ふふ、やった。それにしても食事に行こうなんて急にどうしたの?」
「いや、狩り以外で最近色々忙しかったからさ。たまにはこうやって出かけるのもいいだろ」
「そうね。最近は狩り以外に皆でどこかへ行く機会って全然なかったわ。自宅では集まって過ごしているけれど、外出するのはまた違った気分になるわね」
常に自宅で顔を合わせてるとはいえ、出かけるとなれば気分も変わるよな。
訓練所や図書館を追加して自宅内の娯楽も充実してきたから、あのフリージアでさえ外に出たいと騒ぐことも減っていた。
それにノール達も各々外出しているし、全員でどこかへ行こうっていうのも狩り以外だとほぼない。
狩りすら控えめなこの機会に、こうやって食事だけでも外出するのもいいだろう。
エステルに連れられて俺も彼女達の輪の中へ入ると、ノールが疑問を投げかけてきた。
「それにしてもどうしてセヴァリアに来たのでありますか? 特に不満はないでありますが、普段なら王都に行こうってなるでありますよね」
「あー、考え過ぎかもしれないけど今王都に皆で行くのはちょっとな。レビィーリアさんとバッタリ会いでもしたら面倒だろ」
「遭遇するのは限りなく低そうですが、誰かしら関係者に見られる可能性は考えられますね。この町でもありえそうですけど、王都よりは遥かにマシですよ」
「せっかくのお出かけで人目を気にするのも嫌だものね。王都から離れる選択はいいと思うわ。それにたまには海を見に来るのも良いもの」
セヴァリアに食事へ行こうと誘った時に誰も反対しなかったから特に理由を言わなかった。
単純に王都に行ってばかりだったからたまには他の町もいいと思ったのだが、やはり最近の騒動で避けた方がいいと思ったのもある。
フリージアやルーナを連れた状態で、もしもレビィーリアさんと遭遇したらまたいらぬ誤解を招きそうだ。
港の方へ歩いていき海が見えてくると、マルティナは驚きの声を上げていた。
「す、すご!? 見渡す限り水が広がってる!」
「ふっふっふ、マルティナちゃん。あれが海ってやつなんだよ!」
「本物の海ってこんななんだね。知識として知ってたけど見るのは初めて……本当に凄いなぁ」
フリージアがどや顔で海だと教え、マルティナは感動で打ち震えているようだ。
セヴァリアが港町だと行く前に教えた時に、今まで海を見たことないと楽しみにしていたからなぁ。
マルティナは知識は豊富でも実際に経験したり見たことは少なそうだから、こういう些細なことでもすぐ感動している。
連れ回す方からしたらこういう反応をしてもらえると、ちょっと嬉しい気分にはなるな。
それから海が見える飲食店を探しながら街の様子を見ることにした。
前に来た時以上に人で賑わっていて、一部は王都と負けず劣らずな活気を見せている。
「久しぶりに来たけど少し前に魔物の襲撃があったとは思えない活気だな」
「被害も少なく済んで復興も早かったからね。魔物の襲撃があったら不安で離れる人も出てくるけれど、この様子ならその心配もなさそうだわ」
「魚市場も賑わっていますから、漁師の方々も漁に精を出しているようですね。あの事件を早期に阻止出来て良かったですよ」
港には船も沢山停泊していて漁師などの姿も多い。
荷物も沢山船で送られているのか、作業員っぽい人達が自分の背丈よりもデカい四角い箱を持ち上げて運んでいる。
……んん? いくらなんでもデカすぎないか?
「随分でかい荷物を運んでる人達がいるな。セヴァリアの人って力持ちなのか?」
「私でもあれぐらい運べるよ!」
「僕もあれぐらいの大きさなら運べるかな」
「私もだ」
「いや、お前らと一般人を比べるんじゃない」
普通、なのだろうか? 下手したら車並みにデカい箱を平然と運んでるぞ。
多分今の俺ならあれぐらいは運べると思うけど……この世界の人も冒険者やら魔導師やら当たり前のようにいるし、力持ちな人は珍しくないのか?
実際運んでいる人達は筋肉ムキムキでまさに運び手って感じもする。
フリージア達に言われて俺の認識がおかしいのか首を傾げていると、エステルも何やら小難しい顔をしているのに気が付いた。
「エステル、どうかしたのか?」
「いえ、何でもないわ。ちょっと気になったけどまさかね……」
そう言ってエステルは微笑みながらも、何かを気にしたように荷物を運ぶ人達を見ている。
本当に何かあればちゃんと言ってくれるだろうし、そこまで心配することでもなさそうだ。
でも気になるから帰ったら確認はしておこうかな。2人きりで話せば教えてくれるだろう。
そんなことがありつつも飲食店に入り食事をすることにした。
2階の景色がよく見える席に案内され、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。
やっぱ港町だけあって魚介類の料理の種類が豊富でどれも美味しい。
シスハはお酒も注文して楽しそうに飲み、ノールはいつもながら皿が山のように積み重なるほど食べてご機嫌だ。
「むふふふ、やはりセヴァリアの料理は美味しいでありますな!」
「調子に乗って食い過ぎるなよ。俺達まで出禁にされちまうからな」
「ノールの料理も美味しいけどこうやってお店で食べるのもいいわよね。はい、お兄さんあーん」
「うっ……あーん」
エステルが片手を下に添えながらフォークで刺した魚の身を差し出してきたので、躊躇しつつも口に含んだ。
ノール達だけじゃなくて一般客の目のあるところでやるのは照れ臭いのだが……本人が嬉しそうにしているからいいか。
このまま食事も楽しく終えるかと思えば、突然フリージアが気になることを言い出した。
「ねーねー、あの人周りに誰もいないのに1人で何か話してるよ。近くに幽霊さんでもいるの?」
「うーん、僕が見る限り霊体はいないみたいだよ。多分独り言を呟いているだけかな?」
「だが誰かと話しているようだ。……ん? 耳に何か当ててるぞ」
フリージア達が言っているのは1人客の男性で、確かに周りに誰もいないのに何やらブツブツと呟いている。
よく見れば片手で何かを持ち耳に当てており、何となく俺は見覚えがある仕草をしていた。
ルーナに指摘されてそこを凝視してみれば、紫色に煌めく石を持っている。
「あれって……まさか」
「やっぱり、あの人が持っているの通話用魔導具じゃない。魔力の感じからして王都で売っている物ね」
「それってつまり、王都で買ってセヴァリアで使っているってことでありますか!?」
「そうとしか考えられないわ。さっき物を運んでいる人達からも、よく知ってる身体強化の支援魔法を感じたのだけれど気のせいじゃなかったわ」
「王都以外で販売していないのに、もうセヴァリアで使われるぐらいに流通しているんですね。街中で使用者を見かけるなんて、もう冒険者相手の枠組みから完全に外れていますよ」
おいおい、もうセヴァリアでも俺達が作った魔導具が使われてるのかよ。
おかしいと思った荷物運びの人達は、支援魔法を使っていたからあんなのを運べていたんだな。
冒険者が使ってるのを見かけるならまだしも、ここまで一般的に普及しているとは……。
気分転換にセヴァリアに来たのにまさかの事態だぞ。
セヴァリアでこれってことは、一体今の王都はどうなっているんだろうか。




