少しの変化
レビィーリアさんとの問題を何とか回避してしばらくしてからのこと。
今日はアーデルベルさんの屋敷を訪れて商品の納品や店の状況を聞いていた。
特に今回の主題はついに導入された会員制に関しての話だ。
「会員制の導入だが今のところ順調に進んでいるよ」
「本当ですか! 今どのぐらい会員証は発行されましたか?」
「50枚は超えていると報告は貰っているね。このまま増えていけば100枚は超えるはずさ」
「あら、それは順調そうね。早めに追加の会員証も作っておかないといけなそうだわ」
おー、もう会員証の発行が50枚を超えたのか。
冒険者だけが対象でこれならかなり順調と言える。
パーティー単位で頼んでいる人が多いだろうから、実態の人数はもっと多いはずだ。
最終的にはガチャアイテムを購入してもらい、希少種を倒してもらうのが目的ではあるが……これで条件をクリアできるかまだわからないのが怖いところ。
ここまでやって無駄骨になったら心がへし折れちまうぞ。
「本当に君達が作る魔導具が好評で凄まじいよ。おかげで店全体の売り上げも引っ張られるように上がっている。冒険者の方々が魔導具店のついでに色々買い物をしてくれ、一般の方々も魔導具に興味を持って来店が増えているよ」
「貢献できているようでよかったです。こちらも私達だけじゃお店なんてできなかったので助かっていますよ」
「いやいや、むしろこれで報いれているのか申し訳なく思うよ。あまりの評判の良さに他の商人達からも色々言われているんだ」
「それって商品を卸してほしいとか、仕入れ先を教えてほしいとかかしら?」
「その2つが特に多いね。何とか魔導具工房の力を借りずに断っているが、探りを入れてくる同業他社が日に日に増えているんだ。他の町でも販売してもらえないかと問い合わせもきているぐらいだよ」
おー、順調とは思っていたけど、まさかそこまで熱望されているとはな。
特に俺としては他の町での販売って部分が気になるところだ。
「アーデルベルさんとしては、できるようでしたら他の町でも同様の店を構えたいですか?」
「今の盛況を見たら是非とも各都市で展開していきたいところだね。ただそこまで手を広げるのはしばらく難しい。王都の店舗がもっと安定してきたら検討してもいいと思いますよ。大倉さん達の考えとしては、できるだけ幅広い冒険者に魔導具を利用してもらいたいのですよね?」
「あっ、はい。やはり地方の冒険者達は魔導具が欲しくても頻繁に王都へ来れませんからね。できるだけ多くの冒険者に会員になってほしいんですよ」
「他の冒険者の方々のことをそこまで考えるとは流石は大倉さん達ですね。出来る限りあなた方の支援をさせていただきますよ」
アーデルベルさんは畏まった様子でそう言ってきた。
あれ? なんかただ商売の話をしているにしては、含みがあるような雰囲気があるのですが……。
話も終わって自宅に戻ってから、そのことについてエステルに言ってみた。
「んー、なんかアーデルベルさんの俺達に対しての態度がただの商談相手じゃない気がしたな」
「もしかしたら私達が他の冒険者の実力の底上げをしているように感じたのかもね。考えられないほど安く魔導具を卸しているし、冒険者への優遇もしているもの。何か高潔な目的があると思っているんじゃないかしら? 実態はただのガチャなのだけれど……」
えぇ……確かに他の冒険者が倒した希少種から魔石を得るって高潔な目的はある。
だが、別に冒険者のためを想ってやってる訳でもないからなぁ。
出来るだけ利用してもらうために商品も安くしているだけで、冒険者に強くなってもらわないと希少種も倒せない。
俺達は魔石が手に入るし、冒険者は魔物をより倒せるようになってまさに両者両得なだけだ。
それで俺達が敬われるのは何とも言えない気分だが……まっ、いいか。
今日の用事も終わって廊下を歩いていると、自宅の図書館から声が聞こえてきた。
中を覗いてみるとルーナとマルティナが何やら話している。
「それでね、これとこれが面白いと思うよ! ヴァラドさんだったらこれも良いかも!」
「貴様が勧めてくる本は趣がある。これはどうだ? 味わい深かった」
「あっ、それはまだ読んでないかな。読ませてもらっていいかな?」
「うむ、後で語り合おう」
お互いに本を並べておススメを紹介しあっているようだ。
エステルが言ってたけど本当にルーナも図書館に通っていたんだな。
「おう、2人で本の話をしているのか」
「むっ、平八か。帰ってきたのか」
「お帰りだね。取引は順調だったかい?」
「ああ、もう50枚以上会員証を発行したみたいだ。後はこれでガチャアイテムを販売すれば、夢の魔石自動取得が確立できるぞ!」
「ロクなことを考えていない顔をしている。いつもの平八だ」
ルーナがジト目の呆れ顔で俺を見ている。
ロクなことを考えていないとは失敬な。
これで成功すればガチャ回し放題の野望が実現できるんだぞ!
……実際は確立できたとしても、冒険者がどれぐらい希少種を倒してくれるかという問題があるんだけどさ。
流れが悪いから話を変えておこう。
「ゴホン、ルーナは文学系が好きって聞いたけど本当か?」
「別に。適当に読むだけの暇潰しだ」
「ヴァラドさんって凄く本を読み込んでくれるんだ! 細かいところまでしっかり目を通して、書いた人の心情や物語内の細かい描写の意味も考察して凄いよ! この前だって――」
「黙れ!」
「ひでっぶ!?」
顔を赤くしたルーナがマルティナの両頬を手で押し潰して話を遮った。
ほほお、文学が好きなことを知られるのが恥ずかしいのか。
ルーナにもロマンチストな部分があったんだなぁ。
「ドワーフの地下都市に行ってから寝てばかりだったけど、最近は割と起きてるのが多いじゃないか」
「すっかり疲れも取れた。私だってずっと寝てる訳じゃない」
「でもヴァラドさんって寝るのが好きだよね。ベッドも凄く拘ってるもん。あんなに寝心地良いベッドで寝たことなかったよ」
「うむ、自慢のベッドだ。また寝にくるといい」
「えっ、マルティナもルーナのベッドで寝たことがあるのか?」
「うん、フリージアさんに誘われて一緒に寝かせてもらったよ。なんというかその……お泊り会みたいで凄く楽しかったかな」
マルティナはもじもじとしながら照れ臭そうにしている。
普段の話を聞いてるとお泊り会やら仲良くするのに憧れていそうだったからな。
フリージア達と仲良くなって願いが叶っているのはいいことだ。
ルーナのベッドはガチャ産アイテムもふんだんに使われた豪華仕様だし寝心地は最高だろう。
「ところで制限区域で見つけてきた本はもう生成したのか?」
「あっ、うん。でも大した物は見つからなかったかな。この前は本格的に探す時間がそこまでなかったからね」
「確かに行ってからすぐにレビィーリアさんに絡まれちまったからな。それでよく資料が見つかったもんだ」
「クックック、僕にかかれば造作もないこと! だけどやっぱり国からの検閲はかなり厳しそうだよ。この前聞いたレビィーリアさんって人から聞いた話は全く載ってなかったもん」
「あの話が本当だとしたら、かなり貴重な情報だったってことか。図書館で情報を得るのは難しそうだな」
せっかく制限区域に行ったのに、レビィーリアさんと遭遇したせいで大した時間探せなかった。
その間に多少とはいえ有用な資料を見つけてきたのは流石マルティナだ。
でもレビィーリアさんから王立図書館にもなさそうな話を聞けて約束もできたから、結果としては良かったのだろうか。
そんなやり取りをしていると、話を聞いていたルーナが加わってきた。
「最近平八達は遠出しなくなった。私も狩りをしていないから体が鈍りそうだ」
「まあ楽な狩りが確立できてるからな。それに今は商売関連の方に力を入れてるしさ。ルーナとしても今の方がいいだろう?」
「ふむ……楽ではある。だが寂しい気もする」
「大変だったけどまたエルフの森やドワーフの地下都市みたいな冒険をしたいよね! 血沸き胸の高鳴る冒険を求めているよ!」
「そこまでは求めてない」
「そんなぁー! また皆で冒険に行こうよ!」
ルーナにバッサリと切られ四つん這いになりマルティナは落ち込んでいる。
うーむ、確かに最近安定し過ぎていて変わりない日々を過ごしているな。
商売関連に関わっていないルーナは特にそう思うだろう。
そんな彼女が寂しく感じるとは、疎外感的なのを覚えたのかね。
最初の頃からは本当に考えられない変化だなぁ。
俺の知らない間にルーナ達も仲良くなって、色々と変わってきているのかもしれない。




