疑惑
突如真顔になったレビィーリアさんにより、場が張り詰めていた。
この空気重過ぎるというか、下手な発言したら一気に悪い方向に行く予感がする。
と、とりあえずどういう意図の質問なのか聞いておこう。
「何者と言われましても……どういう意味ですか?」
「こっちが聞いてるのに質問し返さないでくれるかな。言ってる意味わかってるよね?」
いやいやいや! 言ってる意味わからないから聞いたんですが! めちゃくちゃ睨まれて怖いんですけど!
これ以上は俺だと地雷を踏みそうだし、ここはエステルさんに頼るしかない。
ちらりとエステルの方を見ると、彼女は任せてとばかりにウィンクしてくれた。
くっ、本当に自分が情けなくて涙が出てきそうだぜ。
そんな訳で俺に代わってエステルが受け答えを始めた。
「私達はただの冒険者よ。それ以上に何があるのかしら」
「それではいそうですかとは言えないんだよねぇ。さっきも言ったけどただの冒険者が魔人相手に戦えるはずがないんだ。ましてやAランクどころかBランクのパーティーがさ。それだけの実力があってBランクから上がらずに、国の目を避けてコソコソ活動しているなんて怪しいと思わないかな?」
「確かに不審がられるのもわかるけれど、本当に偶然だったのよ。冒険者協会から異変の調査をしてくれと頼まれて、それが魔人と関係あっただけだもの。昇格を避けているのも面倒ごとを回避するためだからね。Aランクになったら指名依頼とかあるから、自由の時間が減るじゃない? お姉さんもそのぐらいわかるわよね」
「……まあ、面倒ごとが増えるって点はわからなくもないかな。でも、それだけじゃ納得できないことも多いんだよ。正直なところ、君達が魔人と何か関わりがあるんじゃないかと考えている」
「あら、それって私達が魔人と通じてるとでも言いたいの?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。例えば魔人の力を手に入れたとか、何か情報を握っているんじゃないとか色々あるね。それか自分達でも知らない内に、魔人から何か吹き込まれているとか。君達を通じてわざと魔人が自分達の動きを知らせていることもあり得るよ。一介の冒険者相手に尻尾を掴ませる程奴らは甘くないからね」
「警戒するのはわかるけれど、そこまで言われたらもう何でもありじゃない。無理矢理難癖を付けて魔人と通じてることにしたいとしか思えないわ」
「それだけこの国と魔人は戦い続けてきたってことだよ。君達もわかっていると思うけど、この世に魔人の残党はまだいるんだ。あいつらを全て残らず倒さないと平穏は訪れないのさ」
「それほど魔人は危険な存在なんですか?」
「それは実際に会ったことのある君達ならよくわかるんじゃないかな? ここまで警戒するのも散々苦しめられてきたからだよ。実際過去に同じような手口で国へ危害を及ぼそうとしたこともあるんだ」
実際に遭遇したマリグナントやミラジュや影の魔人とか、普通の冒険者ならロクに相手なんてできないと思う。
特にマリグナントはBランク冒険者じゃ、眷属のディアボルスでさえ厳しいはずだ。
それなのにBランクの俺達が魔人の相手をして、更に異変まで解決したとなればここまで疑われても不思議じゃないか。
さっき例に挙げた魔人関連の出来事も、過去に起きた経験からみたいだしこの国と魔人との因縁は闇が深そうだ。
魔人の話に考えを巡らせていると、今度はエステルが違った方向から話を切り出した。
「私達に疑いをかけてきたのはドワーフの話を聞いてからよね。何か思う所でもあったのかしら?」
「お嬢さん、明らかにドワーフのことを知っていて質問してたじゃないか。それも魔人から話を聞いたんじゃないのかな?」
「少なくとも魔人から聞いた話じゃないわよ。どうやって知ったのかは……お姉さんの返事次第ね」
「へぇ、私の返事か。いいよ、ドワーフについて何か聞きたいことがあるんだよね」
思い返せばレビィーリアさんの様子がおかしくなったのはドワーフの話をした辺りか。
それなのにその話題をまた出すなんてエステルは勇気があるな。
俺達を疑うきっかけがその部分なら詳しく話を聞くことで誤解も解けるかもしれない。
それに国とドワーフも色々な因縁があるようだし、レビィーリアさんから何か情報を引き出せれば僥倖だ。
さっそくエステルはドワーフについて話し始めた。
「さっき話を聞いた感じだけど、お姉さんはドワーフと実際に会ってるわよね? それって200年前に王国が攫ったドワーフ達なの?」
「あー、なるほど。そうだね、実際に私はドワーフを見たことがあるよ。だけど攫ったって認識は……もしかして君達ドワーフと会ったの!?」
「私が聞いたことを聞き返さないでちょうだい。まず攫ったことに関して話してもらいたいのだけど」
「いや、攫ったっていうのは……お互い同意の上での保護だよ? 人魔戦争の時に王国に住むドワーフ達が狙われたから、見つからないように保護したんだ。故郷に帰りたいと言われたけど、戦争中にそこまで送る余裕もなかったらしい。戦後にドワーフの故郷に通じるシュトガル鉱山も調査したけど、魔物が徘徊するようになっていたから断念したんだ。その後も色々手を尽くしたけど駄目だったらしいよ」
レビィーリアさんは本当に驚いて戸惑った様子で話をしている。
あれ、なんかドワーフから聞いた話と随分印象が違うな。
それに同意の上での保護だと? 攫ったって言葉でドワーフと会ったんじゃないか連想するってことは、ドワーフ側がそう認識していたことも知っているのか?
戦後にドワーフを故郷に送ろうとしたみたいだけど、シュトガル鉱山は塞がっていてもう地下都市には行けないだろうし、そもそも魔物が徘徊しているのも事実だ。
帰りに俺達が出た地上部分も綿密に隠されていたし、魔導自動車でかっ飛ばさないと辿り着くのも一苦労だった。
そう考えればレビィーリアさんの話も辻褄が合わなくもないが……まだ気になる点はいくつもある。
そのことについて更にエステルが話をしていた。
「それで今でもドワーフを隠れて国が保護しているってこと?」
「……想像にお任せしておくかな。ただ悪い待遇じゃないことだけは騎士団として明言しておくよ。それで君達も実際にドワーフと会ったんだよね?」
「ええ、どこでかは教えないけどドワーフと会ったわよ」
「やっぱり……ドワーフも無事にあの戦争を乗り越えていたんだね。まだ全面的な信用はできないけど教えてくれてありがとう」
そう言ってレビィーリアさんは俺達に頭を下げてきた。
未だに若干怪しい雰囲気があるものの、さっきよりは空気が和らいだ感じがする。
ドワーフの話に関してはこれで一歩前進と思ってもいいのだろうか。
この国のどこかにドワーフもいるみたいだし、上手く話が付けば故郷に帰してあげられるかもな。
ドワーフがまだいることを教えたリスクもなくはないが、正確な場所を知らずにガチャアイテムでもなきゃ行くのは困難だから問題はないはず。
もし見つけられるなら昔の調査で辿り着いてるだろうしな。
さて、少しは誤解も解けた感じもするから改めて聞いてみよう。
「それで私達が何者かって話ですけど、どう答えたら満足してもらえますか? 冒険者以上でも以下でもないんですが……」
「うん、君達とは一度しっかり腰を据えて話した方がいいかもしれないね。少なくともちゃんと話はしてもらえそうだ。もしよければ、これから君達のパーティーメンバーも交えて話してもいいかな? 他のパーティーメンバーとも会わずにあれこれ決めつけるのも良くないよね」
「えっ、それは……」
「別の日にしてもいいけど、私が人を連れてくるとか国に報告するとか君達も不安になると思うんだ。君達が潔白なら今の内に解決すれば私の中だけで留めておけるけど……」
うーん、言い分はわかるがノール達にも会って何か確認するつもりなのか?
俺としてはあまり詮索されるのは避けたいんだが、疑われた以上早めに解決した方がいいのは確かだ。
レビィーリアさんが言う様にここで帰したら、次は他の人を呼んできたり報告されて国からお呼び出しがかかるのも避けたい。
勿論ここで提案を引き受けたからといって、彼女が本当に黙っている保証はないのだが……。
どうしたものかとエステルに視線を送ってみると、察してくれたのか頷いていた。
「いいんじゃない。ノール達にも会ってもらえたら色々納得してもらえるんじゃないかしら。ここはしっかり1度誤解を解いておいた方がよさそうね。後であれこれ言われて問題になっても困るもの」
「エステルがそう言うなら……とりあえず自宅に来てもらってもいいですか?」
「うん、提案を受け入れてくれてありがとう。……って、自宅?」
「あっ、はい。パーティーメンバーで住んでいるんですよ」
「まあBランク冒険者ならそれぐらいの稼ぎはあるかな。普通はそれぞれ宿に泊まってるもんだと思っていたよ」
勿論連れて行くとしたら王都の拠点に連れて行くつもりだが、パーティーメンバー全員で住んでいるのは珍しいのだろうか。
俺としてはシェアハウス的な感覚だったけど、この世界じゃそういうのはないのかね?
案内する前にノール達に連絡をして、王都の拠点に移動しておいてもらわないとな。
さっそく移動しようかと思ったのだが、何か忘れているような……。
「マルティナ、出てきなさい。帰るわよ」
「うん? 他にも誰か――」
「はい、出てきました」
「うわっ! 誰!?」
エステルの言葉に従って、レビィーリアさんのすぐ真後ろにマルティナが突然現れた。
あっ、そうだ。マルティナも一緒に来ていたことを忘れていたぞ!
レビィーリアさんの後ろに現れるって、まさかそこにずっといたのだろうか。
そんなところでスタンバっていたとは……俺達に何かあったら動く気だったのかもな。
「僕出てきてよかったの?」
「どうせ入館する時に人数もバレていたもの。さっそく1人紹介するわ。非公式だけどこの子もメンバーの1人よ」
「えっと、あの……どうも」
「う、うん、初めまして……私がこんなに近づかれても気が付かないなんて……」
レビィーリアさんは突然現れたマルティナを見て青い顔をして驚いており、マルティナはビクビクしながら綺麗にお辞儀している。
こいつ初対面の相手と挨拶するのは本当に苦手みたいだな……。
入館時に3人で申請してあったから、後で調べられでもしたらまた良からぬ誤解を生むところだった。
死霊術師の力がバレないか不安はあるけど、それも含めてレビィーリアさん次第で色々解決できるかもな。
様々な不安要素を抱えながらも、彼女と話し合うべく図書館を後にし王都の拠点へと向かうのだった。




