次の狙い
いつもお読みくださりありがとうございます。
宣伝になりますが漫画版10巻が2月28日に発売となります。
是非お読みいただけると嬉しいです。
工房長と会話をしていると、アーデルベルさんと副工房長のすり合わせも終わったみたいだ。
最終的に決まったことは、まずエジラの懲戒処分は減給。
降格も検討したけど工房長達の責任もあり、こっちもそこまで重いことは求めないので妥協した形だ。
その分損害補償として様々な素材の提供をしてもらう。
次は名誉回復については、魔導具店の魔導具は独自の物で騒ぎは事実無根であると声明文を出す。
更に今後は魔導具店を対等な取引相手として認め業務提携することも発表する。
傘下に入るんじゃなくて提携相手なのを強調していくつもりらしい。
この規模の魔導具店が工房と提携をするのはほぼ前例がないそうだ。
最後に後ろ盾になる件についてだが、業務提携もその一環で外部から干渉を受けたら工房が全面的に引き受ける。
国や貴族は勿論、それ以外に関しても工房が対処する取り決めだ。
ただし魔導具店と関係ないこと、犯罪等の行為は例外にしてある。
以上の感じでまとまり今回の話し合いの場は終了した。
今後工房とやり取りする際は工房長と副工房長だけとも決まっていたから、工房長にはトランシーバーを渡しておいた。
トランシーバの性能や使い方を説明すると、あの工房長でさえ顔が引きつっていたぞ。
原石の魔導具だけじゃなくこんなのまで隠し持ってたのか……とでも言いたそうだったな。
それで今回の話し合いは綺麗にまとまり、今は帰宅してシスハとノールにも内容を伝えている最中だ。
「と、そんな感じで俺達の狙い通りに話がついたぞ」
「ほほぅ、まさかこんな簡単に決着がつくとは思いませんでしたね。私はもっとドロドロした展開を期待していたのですが……」
「むぐむぐ……シスハは一体何を期待しているのでありますか」
残念そうな顔をしているシスハに、机の上に大量のお菓子を置いているノールがケーキを食べながら呆れている。
俺とエステルが交渉しに行ってる間、随分とのんびりしてやがったみたいだな。
「でも本当によくあれだけの揉め事をあっさり解決したでありますね。しかも事前に決めた要求も全部通したのは驚きなのでありますよ」
「ふふ、話の分かる人でよかったわ。騒動を起こした部長さんには感謝してもいいぐらいね」
確かにこんな好条件で工房を後ろ盾にできたのは僥倖でしかないな。
エジラが迂闊に動いて騒いでくれたおかげだと言ってもいい。
まあ、結果オーライなだけであって、あんないちゃもん付けられたのは良いことじゃないけどさ。
「でも工房長があんな素直に全部承諾するなんてな。偵察カメラで見た時と比べたら随分と物腰が柔らかだったぞ」
「あー、もしかしてエステルさん相手に何か反応していましたか?」
「よくわかったな。最初隠蔽魔法で姿を隠してきたんだぞ。それをエステルが一瞬で見破ったんだ」
「おお! 流石はエステルでありますね!」
「あれぐらい大したことじゃないわ。マルティナと比べたら隠れてないも同然よ」
空気と同化する達人のマルティナと比較したらそんな感想にもなるか。
……マルティナが聞いたらまたいじけそうだな。
でも工房長はあの隠蔽魔法で騎士団すら欺けるようだし、かなりの使い手だったのは間違いない。
それを一瞬で見破られて驚くのはわかるけど、あれほど下手に出るもんなのかね。
俺は未だに疑問に思っていたが、シスハは納得したように頷いていた。
「所謂わからされたってやつですね。そりゃビビッて態度を和らげるのも納得です」
「姿を見破ったのは凄いとは思うけど、魔法を使うところすら見ずに全面降伏するようなものか?」
「ある意味それだけ工房長の実力が高いんですよ。詳しい強さがわからなくても相手との実力差を見極められるってことです。そういう判断が出来るのも指導者として必要ですからね。戦い出してから相手が自分より強いってわかっても大体もう手遅れですよ」
「実際の戦闘と通じる物があるでありますよ。勝ち目がない相手から逃げることも大事でありますね」
「恐らく想定していたよりヤバい相手が出てきたと内心怯えてたんじゃないですか」
隠蔽魔法を瞬時に見抜かれたのもあるけど、実力者だからこそすぐにエステルが自分より上だと判断できたのか。
相手の力量を測れるのもある程度実力がないとできないってことだな。
俺なんてステータスアプリがなきゃ、相手が強いかどうかわからないぞ。
せいぜい見た目がいかついだとか、体がデカくて筋肉ムキムキマッチョマンぐらいしか判断できない。
ステータスアプリで工房長を確認できたらよかったんだが、流石にあの場でマジマジとスマホを向ける訳にもいかなかったからなぁ。
「ちなみにシスハが取引先に行って相手がエステルだったらどうする?」
「そりゃ勿論即座に土下座し全力で謝罪して全面的に要求を受け入れますよ。下手に交渉なんてしたらその後どんな目に遭わされるかわかったもんじゃありませんからね」
「あら、まるで私が恐れられるような存在みたいじゃない。シスハは私をどう思ってるのかしら?」
「いえいえいえ! そ、そんなことございませんよ! ただ敵には回したくないと考えているだけです!」
「ふふ、ちょっとした冗談よ。そんな怖がらなくたっていいじゃない」
エステルは笑顔で微笑んでいるが、それを見てシスハは青い顔をして震えている。
なんか工房長が取り繕っていた姿とデジャブるんだけど……俺が話を振っておいてなんだが余計なことを言い過ぎたな。
シスハの意見はエステルの怖さを既に知ってるから参考になるか怪しいが、同じぐらい人を見抜く力量が工房長にはあったのか。
「エステルから見て工房長の実力はどうだった?」
「そうね。魔力量自体はそんな多くなかったけど、技量は結構ありそうだったわ。冒険者としたらBランクよりは確実に上ね。あまり戦闘向きの人じゃなさそうだけれど」
「魔導具工房の長だけあって魔導具の研究が主体の方なんでしょうね。姿を隠す魔法を使えるならそれなりに自衛もできるようですが」
「そんな人ですら一目置く魔導具を作れるエステルは凄いでありますなぁ。エステルは当然戦闘がメインでありますよね?」
「そうね。私もそれなりに知識はあるけれど、同じぐらい魔法の腕がある人が魔導具のみに打ち込んでいたら流石に勝てないわ」
「もうその時点でハードル爆上がりですね……」
エステルと魔法の腕が同格が前提というのがまず不可能に近いよなぁ。
工房長ですら瞬時に全面降伏するんだから、この世界にエステルと同格な相手はいるのだろうか……。
ただでさえエステルは魔導師系としちゃGCのユニットでも最高峰だからなぁ。
同じくGCのURユニットの生産職系でもなきゃ同レベルの魔導具は作れなさそうだ。
「これで工房の問題も解決したし、後はこのまま魔導具店を軌道に乗せて会員制を導入するだけだな」
「ですが予想以上に一般の方にまで普及し始めていますね。その上会員制で冒険者にガチャ装備まで購入させるとなると……」
「とんでもない騒ぎになりそうね。会員になるために商品を更に買いたいって人も出てきそうだもの。会員は冒険者だけって話だけれど、その話を聞いたら一般人まで欲しがりそうよ」
「普通に売ってるのでもあれなら、会員制の商品はどんな物かと気になるでありますよね。その内王都以外からも買いに来る人がいそうなのでありますよ」
店を開く前はちゃんと売れるか心配ではあったけど、蓋を開けてみれば想定以上の好評ぶりだった。
冒険者向けに考えていたのに、一般人までもが買い求めてきたのは予想外だ。
狩りのついでに素材集めが出来たり、魔導具の生産はミニサレナにも任せられるからいいけど、当初の予定より遥かに需要が多い。
当然通常商品の生産の手を抜く訳にもいかないし、ノールが言うように王都外からも求められるようになったらヤバいか?
そんな中で会員制のガチャ装備販売……やべぇ、魔導具販売が順調過ぎてまさか不安になってくるとは思わなかったぞ。
「軍にすら既に目を付けられ始めていたみたいだからなぁ。ガチャ装備の件も事前に工房へ相談するのは考えておくか。工房長か副工房長ならその辺りの見極めも上手そうだし」
「何かあったら誤魔化すのは工房の仕事だものね。意見を貰う口実は十分にあるわ」
「いやぁ、私達が考えたことですがなかなかエグイ要求をしましたよねぇ。それをそのまま全部受け入れるとは思っていませんでしたよ。最初は誇張気味に要求して、段々条件を緩和するのが交渉の定石ですからね。値切りみたいなもんですよ」
「シスハ達とは絶対交渉事をしたくないのでありますよ……。気が付いたら不利になっていそうなのであります」
「うふふ、そういうのを身に付けるのも大事ですよ。おやつを賭けて私と勝負してみますか?」
「嫌なのであります! 全部取られちゃうでありますよ!」
ノールは慌てた様子で机の上に置いてあったお菓子を腕で囲んで守っている。
シスハと交渉で賭け事なんてしたら、根こそぎ持っていかれそうだからなぁ。
とりあえず工房の件は片付いたし、次は冒険者にガチャ装備を普及させることに力を入れていくか。
目指せ不労魔石取得!
前書きにも書きましたがこちらでも……。
漫画版10巻が2月28日に発売となります。
可愛いマイラとエステルが表紙ですので是非見ていただけると嬉しいです!




