工房長との会話
一瞬場の空気が凍るほど冷え込んだが、工房長の上手い立ち回りによって何とか持ち直した。
やれやれ、俺まで肝が冷えるぐらい緊張が張り詰めていやがったぞ。
「それでお話って何かしら? 私達についてはあまり話せないわよ」
「それはわかっていますよ。ですが教えていただきたいことがあるんです。まずあなた方は何者なんですか?」
「教えられないって言ったのにそれを聞くのね。納得してもらえるかわからないけれど、私達は冒険者をしているのよ」
「冒険者? あの冒険者協会の冒険者ですか?」
「はい、一応Bランク冒険者としてやっているんです」
俺は証拠としてBランク冒険者の証である銀のプレートを見せた。
これで納得してもらえるかと思いきや、工房長は顎に片手を添えながら眉をひそめている。
何か気になることでもあったのか?
「Bランク、ですか。エステル様も同じランクということですか?」
「ええ、お兄さんと一緒のランクよ」
「ふーむ……不思議ですね。正直なところ、大倉様とエステル様では雰囲気があまりに違っていたので、どういう関係なのか気になってしまったんですよ」
「あら、それってどういう意味かしら?」
「いえいえいえ! お、お似合いなのは確かなのですが、冒険者として活動しているのは意外だと……」
ゴゴゴと音が聞こえてきそうなエステルの雰囲気に、またもや工房長は委縮して慌てて取り繕っている。
言いたいことがよくわからないけど、俺とエステルに対して感じ取っている何かが違うってことだろうか。
大人しくその後に続く工房長の話に耳を傾けた。
「エステル様は納得と言うより、むしろAランクじゃないのに驚きました。あなた様程の魔導師が冒険者をしている時点で驚愕しましたけどね。大倉様は何といいますか……強者特有の雰囲気を感じなかったんです。一般人のような非戦闘員の印象ですね。ですが矛盾しますけど、強い力を持っている感じもするので不思議な方だなと」
「へぇー、お姉さんって鋭い感覚を持ってるじゃない。さすが工房長ってところね」
俺が一般人の非戦闘員か……確かにその感じは正しいだろうな。
レベルが上がってステータス的には強いかもしれないけど、気持ちの面では未だにその感覚が拭えない。
ノール達を見て俺が感じるような雰囲気が強者特有の物なんだろうが、俺がそれを出していると思えないからなぁ。
工房長なだけあってそういうのを見極める感覚は高いんだろうか。
「とりあえず冒険者ってことで納得してもらえたかしら」
「はい、まさか冒険者だったとは思いませんでした。エジラ部長が正体を掴めなかったのも納得ですね」
「そんなに冒険者なのが意外だったの?」
「私でも可能性は低いと考えて調べるのは後回しにしますね。あれ程の魔導具を作れるなら最低でもAランク級の実力があると考えますから、有名な冒険者パーティーに限られます。ですがAランク冒険者の魔導師がそんなことするとは思えません。それなら最初から冒険者になりませんよ」
んー、言われてみればそうかもな。
この世界の魔導師は冒険者になるのは稀みたいだし、魔導具を作りたいなら最初からその道に進むか。
しかもAランクパーティーにいるようなレベルじゃないとあの魔導具を作れないなら、尚更その線は薄いなと後回しにすると思う。
俺達は更にBランクだし調べてもなかなか辿り着かなかっただろうな。
「それじゃあ工房の裏切り者がいるかもって話はどう考えているの? エジラって人がそれで騒いでいたわよね」
「その可能性はほぼないと考えました。工房にいる技術者であれを作れる者はいませんよ。基礎的な部分と重要な個所が既存の技術と違っていますから、私が情報を横流ししたとしても不可能ですね。公開された魔法陣を拝見しましたけど、あれは無理矢理私達の知る技術を取り入れてありますよね? 本当はもっと簡略化できたのに、意図的に理解しやすくされていると感じましたよ」
「ふふ、そこまでわかってくれるならやった甲斐があったわね」
「あれだけの数を量産するのに工房の工場技術を使ったんじゃないかという意見もありましたが、そんなことができるなら私が教えてほしいところですよ。あんな複雑な魔導具を短期間で量産する技術はないですからね」
「工房長なのに工房の技術をそんなに卑下していいのかしら?」
「エステル様の実力を知ればそうもなりますよ。私の隠蔽魔法を一瞬で見破るということは、実力が遥かに上ということですからね。騎士団の方でも気づくのに多少時間がかかる程度の力はあるんですよ」
「確かにお姉さんの認識阻害の魔法はなかなかだったわ。工房長なのも納得したもの」
隠蔽魔法って言ってたけどあれは認識を阻害する魔法だったんだな。
エステルの目は欺けなかったが、この平八の目をもってしても全く認識できなかったぞ。
フリージアやマルティナは例外として、ノール達にも工房長の魔法が通じるのか気になるところだ。
軽いやり取りが終わったかと思えば、工房長が改まって質問を投げかけてきた。
「一応ご確認なんですけど、魔導具店の後ろ盾になるというのは製作者を暴いたり危害を加える相手が現れた時だけですよね? 失礼な話になりますが、犯罪行為などを行った場合は流石に私共でも庇い切れませんので……。国が動くかもと言う話でしたので、国家反逆罪などに問われたらどうにもなりません」
「そ、そんなことしませんよ! あくまで今回のように相手側から何か行動を起こしてきた時だけです。私達が悪事を働いた場合などはその限りじゃありません」
「無条件でって言ったから心配になる気持ちはわかるけれど、流石にそんな要求まではしないわよ。元々悪事をする気だってないしね。今回だってただ魔導具を売ってただけで理不尽な言いがかりをされたもの。国だけじゃなくて貴族が関わってきた場合にもお願いすると思うわ。これだけ話題になると何か企む貴族もいそうだもの」
「うーん、貴族ですか。大半の貴族はどうにかなりますけど、公爵だと工房でもなかなか厳しくなりますね。まあ、公爵程立場がある方々なら安易に動いたりはしないと思います」
契約内容を確認する際も一応言ったけど、念のためってところか。
悪事を働く気なんて全くなかったが、工房が後ろ盾になったからって好き勝手やる可能性は否定できないもんな。
無条件だと言いはしたけどその辺りの線引きをしっかりするのは大事なことだ。
俺達の答えに安心したのか工房長は一息吐くと、今度は驚くべき内容を口にし始めた。
「実は賠償の1つとして国との取引を紹介しようと考えていたんですよ。ですが逆に国と関わりたくないと言われて驚きました」
「国との取り引きですか!?」
「それは余計なお世話になるところだったわね。どうしてそう考えたの?」
「いやぁ、普通は国と繋がりが持てるとなると喜ぶ方も多いので。軍があなた方が販売している魔導具に興味があるようで、似たような物を作れないかと打診を受けたんですよ~」
おいおい、まさかの既に軍が動きを見せていただと!?
しかも工房に似た魔導具を作れないか打診してるとは……もう目を付けられていたことが恐ろしいぞ。
それに国との取り引きを俺達に紹介しようと思っていたことも驚きだ。
「それじゃあ私達の懸念は合っていたようね」
「そうなりますね。軍と取引が成立すれば大量受注になるので、良い手土産になると思っていたんです。工房でも軍需品を大量に作って利益を出しているんです。魔物との戦いが恒常化しているので需要がなくなりませんからね」
「要するに工房は国とずぶずぶってことかしら?」
「民生品から軍需品までお任せの工房として通っていますからね~。軍との取引がなければここまで大きくなっていませんでしたよ」
わーお、ただ魔導具を売ってるところかと思っていたけど、軍隊とも取引してたのか……。
俺が思っていた以上に魔導具工房ってデカい組織かもしれない。
それでよく俺達との契約に応じてくれたもんだな。
エステルも不思議に思ったのかその点を質問している。
「だとしたら後ろ盾になって私達のことを隠すのは工房として不都合じゃないの?」
「んー、不都合じゃないと言えば嘘になりますけど隠し通せなくもないですね。ただ軍がエステル様達の商品を欲しがっているのは確かです。既に似たような物は軍に導入されていますが、コスト面やお手軽さが全然違うんですよ」
「えっ、似たような魔導具自体はあるんですか!?」
「はい、似ていると言っても気軽に使える物じゃありませんけどね。通信用の魔導具もありますけど、気軽に配備できる物じゃありません。支援魔法をかける魔導具もありますが、全員に付加するとなると結構手間なんですよね~。エステル様が作ったような使い捨ての物はありませんよ」
要するに大型の物はあるけど小型の物はない感じかな。
もしエステルの魔導具を導入できたら、各々の兵士達に通話魔導具や携帯型の支援魔導具を持たせて好きなタイミングで使える。
そうなれば軍隊としてはかなり強化されるはずだ。
今回の工房との件がなくても、後々面倒ごとに巻き込まれてたかもな。
そう考えたら早めに工房と繋がりを持てたのは結果オーライなのだろうか。
「何にせよ私達は軍と取引するつもりはないから、工房の方で上手く対応してもらっていいかしら?」
「わかりました~。了承しておいてなんですがいきなり難易度が高い話ですよ。副工房長が何とかしてくれるはずです。彼は交渉事などが得意ですからね」
「それは助かるわ。報酬なしでの後ろ盾って話だけれど、良好な関係を続けられるなら魔法に関してお話してあげてもいいわよ」
「本当ですか! それならお任せください! 副工房長が頑張ってくれますよ~!」
「あなたにも頑張ってもらいたいのだけれど……」
副工房長に丸投げする気満々だな……エステルが呆れた顔をしているぞ。
でも副工房長は実際やり手な雰囲気をしていたから、工房長も全面的に信頼を寄せているんだろうな。
これでしばらくは不安もなく伸び伸びと活動ができそうだ。
そう話も一段落したと思っていると、工房長が懐から何かを取り出した。
「それと謝罪の一環ではあるのですが、良ければこちらをお持ちください」
そう言って手渡されたのは手の平サイズはある金属製のエンブレムだ。
紋章が刻まれていて何やら重々しい物を感じる。
「これはなんですか?」
「魔導具工房からの認定証のような物です。これがあれば国の施設などである程度優遇を受けられますよ。許可の必要な場所も一部入場できるようになります。貴族の相手など困った時はこれを見せちゃってください。その場は回避できるはずです」
「あら、こんな物貰っちゃっていいのかしら。かなり大事な物よね」
「私からのお気持ちだと思ってください。ですがあまり乱用されると色々と困ってしまいますので、ここぞという時にお使いください。所持しているのが知られると余計な注目を集めてしまいますよ~」
つまりこれが魔導具工房が後ろ盾になっているという証だな。
許可が必要な場所に入れるってことは、王国立図書館の特別な区画にも入れるってことか。
だけど工房長が言う様にあまり他人に知られない方がいいから、使う際は慎重にならないといけないな。




