工房との交渉
「この度は私共が多大なるご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。工房長として深くお詫び申し上げます」
そう言って再度深くお辞儀をしてから工房長は席に着く。
続けて副工房長も頭を下げてから席に着いて話し合いが始まった。
軽くではあるが俺達も一応自己紹介は済ませて、主な話し合いは店舗の責任者であるアーデルベルさんにしてもらう。
「今回は謝罪だけでなく賠償なども含めて話し合いたいのですが、お互いに内容を提示していきましょう」
「わかりました。こちらに意見をまとめてありますのでご確認ください」
「私共も書類にまとめましたのでご確認ください」
アーデルベルさんと副工房長がそれぞれ書類を取り出して交換した。
アーデルベルさんが目を通した後、俺とエステルもそれを回してもらい工房側の意見を読む。
工房側の賠償提案は部長であるエジラの懲戒処分、発生した損害の補償、アーデルベルさんの店に対しての名誉回復などが盛り込まれていた。
まあ妥当なところというか、対等な相手として交渉してくれそうな感じだな。
姿を隠していたとはいえ工房長までこの場に来ているし、俺達の要求を通すのも無茶ではなさそうだ。
こっちが提示した賠償内容は、先日話し合った俺達のことは一切口外しない、今後連絡を取り合うのは工房長と副工房長だけ、魔導具店に外部から干渉があった場合無条件で工房が後ろ盾をする、販売している魔導具が独自の物だと認めた声明文を出す、の4点。
俺達の方は工房側の条件は特に問題なかったが、こっちの要求を見た副工房長は怪訝な表情で質問を投げかけてきた。
「これは……損害補償など書かれていませんがよろしいのでしょうか?」
「店頭で騒ぎが起きましたが、あれでむしろ注目度が上がったようでして。特に売り上げが下がった訳でもなく、市場に悪評なども流れていません。工房から謝罪を出していただけるなら、それに越したことはありませんが」
「それは必ず行わせていただきます。独自の魔導具だと認めるのもその一環ですので、こちらは成立ということでよろしいですね」
金銭面での要求も考えたけど、アーデルベルさんの話だとあの騒ぎで損失はなかったらしい。
工房が騒ぐほどの魔導具なのかと興味を持った人が多くて、実際に使用した人達の評判がうなぎ上りだったとか。
だからあれ以降飛ぶように売れて、大量の追加発注が起きたんだな。
エジラが騒ぎを起こしたのは問題だったけど、結果的に魔導具の良さを広めるのに貢献していたのは皮肉だ。
工房長も内容の確認を終えたのか俺達に質問してきた。
「あなた方に関して一切口外しないと言うのは、大倉様とエステル様に関してでしょうか?」
「はい、私達2人は魔導具店に関わっていることを知られたくないので、工房長と副工房長以外に認知されたくありません」
「わかりました、連絡も私と副工房長のみというのもそれが理由なんですね。問題ありませんのでこの2つの条件も受け入れます。ですが最後の外部との問題が起きた時に、工房が後ろ盾になるというのはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味で今回のように魔導具店が外部から干渉を受けた際、工房が代わりに対処するということです」
「それはあなた方の魔導具店が工房の系列店に入るという訳じゃありませんよね?」
「はい、工房と商業契約は結ばずに後ろ盾になってもらうということです」
口外と連絡の件はすぐに了承してくれたけど、後ろ盾に関してはやっぱり慎重になっているみたいだ。
そりゃ無条件で後ろ盾になれなんて要求、いくら賠償とはいえ受け入れるのは難しいか。
俺達としてはこれが1番大事なことだから、どうにか交渉して了承してもらわないとな。
「なるほど、その条件を提示するために損害補償などが明記されていなかったんですね。ちなみに後ろ盾になるというのは、魔導具店であって店舗その物ではないんですか?」
「はい、魔導具店のことのみ後ろ盾になってください」
「……もう少し質問をさせてください。その干渉してくる相手というのはどこを想定していらっしゃるんですか? 工房に後ろ盾になってもらうということは、それ以外の勢力からの干渉のはずですが私達以外からも干渉を受けていたのでしょうか」
「そういう訳じゃないんですけど、今後国から干渉される可能性もあるので……」
俺が国と答えた途端、工房長達は目を見開いて驚いた表情をしている。
そりゃ想定している相手が国だとか言われたら驚くか。
副工房長はもう完全に黙り込んで、工房長に判断を全て委ねているようだ。
工房長は額に指を当てて悩む仕草をして眉をひそめている。
「国からの干渉……具体的にはどういったことに関してですか?」
「今回工房がしたような魔導具の製作者への詮索ですね」
「要するにあなた方の正体が判明しないようにしてほしいということですか」
「そうなります。もし何か要求されたら工房が間に入ってください」
俺達が1番国に警戒しているのは、正体バレして厄介ごとに巻き込まれることだ。
ただでさえ目を付けられそうになっているのに、魔導具販売までして大人気商品を作ったとかどうなるかわかったもんじゃない。
しかも今回工房長さえ関心を持つ魔法陣まで公開してるんだから、魔導具店に俺達が関与してると知られるのは避けたいところ。
だけど工房からしても国相手に俺達を庇護するのは、いくら関係があったとしても負担が大きいはず。
これから交渉で無条件って部分を緩和して、何か報酬を出して引き受けてもらえると助かるのだが……。
どんな回答が来るのか緊張していると、悩んでいた工房長はついに口を開いた。
「わかりました。それではあなた方の条件を全て受け入れた上で、エジラの懲戒処分、損害補償、名誉回復というところでよろしいでしょうか。損害補償に関しては当初の予定よりだいぶ低い金額になってしまいそうですが」
「は、はい、ですがこれではこちらがかなり好条件になりますがいいのですか?」
「エジラの責任が大きいですが、私と副工房長の管理責任も問題でしたからね。工房長の名を使って表向きにも謝罪いたします」
工房長は笑顔でそう答えて、副工房長も判断を受け入れたのか特に何も言っていない。
おいおいおい! まさか全面的に要求受け入れてくれたぞ!?
しかもこっちの要求だけじゃなくて、工房側の賠償内容まで盛り込まれてやがる。
まさかここまでこっちが有利な条件で了承してくれるとは……あまりに話が良すぎて逆に怖くなってくるぞ。
エジラとかと違って俺達の裏にもっと巨大な組織がいるとか疑ったりはしてこないんだな。
「よろしければ大倉様とエステル様とお話をさせていただきたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。エステルもいいよな?」
「ええ、いいわよ」
そんなこんなで話し合いもあっさり終わり、細部はアーデルベルさんと副工房長が話し合うことになり俺達と工房長は別室に移動した。
さっきまでの緊張した雰囲気もなくなり、工房長は再度俺達にお辞儀をしてくる。
「誘いを受けてくださりありがとうございます。先ほどは試すような真似をして申し訳ありませんでした」
「別にいいわよ。そのお詫びも兼ねてすんなり条件を呑んでくれたじゃない」
「いやぁ~、全部お見通しでしたか。扉を開けた途端に目と目が合って肝が冷えました。あの魔導具を作ったのはエステル様なんですね」
「納得してもらえたようでよかったわ」
エステルと工房長は微笑み合っているが、既に工房長側が気圧された雰囲気だ。
エステルのことを様付けで呼んでいるし、魔導師として何か感じ取ったのだろうか。
工房長は魔導師同士で語り合いたいだろうけど、俺までこの場にいてもいいのかね?
「一応同席していますけど、話したいのはエステルだけですよね? 私は席を外してもいいですよ」
「いえ、エステル様の方が気になるのはその通りですが、大倉様のことも気になっているんですよ~」
「ふーん、お兄さんのことも興味あるのね。一体どこに興味を持ったのか聞かせてもらおうかしら」
「えっ、いや……な、何をしていらっしゃる方々なのかと……エ、エステル様との仲がとてもよろしく見えたので気になっただけですよぉ~!」
「あら、そうなの。それなら仕方がないわね」
一瞬エステルから凄まじい圧を感じたが、冷や汗をかいた工房長の言葉を聞いてご機嫌な様子に早変わりした。
危機を察知してから恐ろしい程の取り入りの早さ……この工房長、侮れない人だな。




