工房への要求
工房長が興味を示したのを確認してから半月ほど経過した。
あれからすぐに工房が行動を起こす……かと思いきや、何事もなく平穏な日々が続いている。
「工房がすぐ動きそうな雰囲気だったけど音沙汰がないな」
「そうね。けどアンネリーのお家から監視の目が消えたのは良かったわ」
「騒ぎとかも起きてないでありますよね。もう諦めたのでありましょうか?」
「いえ、そう簡単に考えるのは危険かと。工房長が出張って来たからには、本格的に動き出しているのかもしれません。あれは間違いなく曲者ですよ」
うーん、確かに偵察カメラで見た工房長は何となく凄みのある人だったなぁ。
しかもガチャ産アイテムである偵察カメラにも気が付いて破壊してきたぐらいだ。
エステル曰く、魔導具工房は工房長が魔法的な領域を展開しているようで、それで察知された可能性があるらしい。
最初から侵入に気づいていたのか、あの瞬間にようやくわかったのかは不明のようだ。
パッと見た感じなんか無頓着な印象があったから、侵入者がいても放置していたのかもな。
カメラを壊した時も覗かれてるのに気づかないのはどうかと思いますとか言ってたし……。
見られてるのを知っててあのやり取りをわざと見せた可能性も……やば、考えれば考える程怖くなってきた。
うん、あの時ようやく監視に気づいたんだと願っておこう。
特に俺達の方から動くこともないから今日も狩りにでも行くかと思いきや、スマホに通話が入ってきた。
相手を確認するとそれはアーデルベルさんからのようだ。
このタイミングだと工房関連だろうし、この場にいるエステル達にも聞かせるようにスピーカーモードにして通話に出る。
「はい、大倉です。どうかしましたか?」
『大倉さん、突然のご連絡ですみません。それが工房から正式に手紙が届いたんです。対応についてご相談させてください』
「えっ、工房からですか!? 一体どのような件でしたか?」
『まずは店先での騒ぎについて謝罪が書かれていました。それと併せて不利益を生じさせたことに関して、賠償をしたいから話し合いをさせてほしいそうです。可能なら魔導具を作った魔導師も同席してほしいと……』
「それは……エステル達と少し相談させてもらってもいいですか?」
『わかりました。急ぎではないのでじっくり話し合ってからお返事ください』
まさか工房から謝罪したいなんて言ってくるとはな……こりゃどうしたものか。
とりあえず一旦通話を切ってエステル達に意見を求めることにした。
「どうするよ? 監視を止めたと思ったら真正面から来る気になったみたいだぞ」
「つまり工房長主導になったと思ってよさそうね。部長さんは隠れて事を済ましたいからコソコソしていたけれど、工房長ならそんなことする必要ないもの」
「これで一応目的の1つは達成したというところでしょうか。問題は工房長とどう交渉していくかですね。工房長主導に代わっても、魔導具の製作者が誰なのか突き止めたいようですし」
「結局魔導具工房に私達のことを知られるのは避けられないのでありますか」
「騒ぎになった時点でもうそれは諦めるしかなかったわよ。後はここからどれだけ最小限に被害を抑えるかだわ」
最初は委託販売で適当に知名度を上げつつ、会員制を導入してガチャアイテムをばら撒く算段だったのにこんな騒ぎが起きるなんて。
エステル達が作る魔導具の凄さはわかっていたけど、それでも影響を軽視し過ぎていたな。
騒いでいるのが魔導具工房だけなのがまだ救いなのかも。
それも今後どうなるかわからないがな……とにかく魔導具工房とのいざこざを早く終わらせといた方がいいのは間違いない。
だけど謝罪の場に魔導具の製作者、つまりエステルも連れて来てほしいっていうのは引っかかるところだ。
「可能ならって言ってるみたいだし、俺とシスハだけ話し合いに参加するのはどうだ?」
「いえ、私も直接話し合いに応じた方がいいと思うわ。お兄さん達の存在が判明した時点で、私も関わっているのを知られるのは時間の問題だから隠しても意味がないじゃない」
「下手にエステルさんを隠したりせず全力で応じた方がいいでしょうね。魔法が関わってくる交渉だと私でも限界がありますので」
「今回の交渉で工場長の口を封じてしまえば問題もないからね。まずこっちの条件として工房長に直接訪問しなさいって要求しないとね。口の軽そうな部長さんとかも禁止って条件も添えておかないと」
「誰が謝罪に来るのか指定されていないようでしたからね。何も言わないとこのまま副工房長が来そうです。せっかく謝罪させるんですから1番偉い人を連れてきてもらいませんとね」
言われてみればあっちは誰が謝罪に来るのか指定されてなさそうだな。
もし工房長とかが来るって手紙に書いてあるなら、アーデルベルさんも伝えてきたはず。
どうせ会うのならこの際、工房長に来てもらった方が後腐れもなく済みそうだ。
……1番偉い人に謝罪させたいとか言ってるシスハがあくどい顔をしている気がする。
「賠償とやらに関しては何か意見はあるか? 普通に考えたら金銭だと思うけど……アーデルベルさんに任せるって手もあるな。被害を被ったのは委託先の魔導具店なんだし」
「金銭よりも有利な条件での契約を結ばせたいわね。まず私達に関して一切口外しない。連絡をする際は副工房長か工房長が応じる。国と何かあったら魔導具工房が後ろ盾になるってところでどうかしら、勿論無償でね」
「えっ、最初の2つはまだわかるけど最後のはなんだ?」
「これだけ注目を浴びたら国も認知してると思うの。そうなったら接触してくるかもしれないから、全部魔導具工房に投げちゃいましょ。国と関わりもあるそうだから交渉もしやすいはずよ」
「それは名案ですね。今後似たようなことがあれば魔導具工房に言ってくださいって逃げられますよ。これだけ大事になったのも工房側のせいですから、それぐらいの責任は取ってもらわないとケジメが付きませんね」
うーん、確かに賠償として目先の金銭より契約を結んだ方が得な気がするな。
まあ、実際に損害を被ったのはアーデルベルさんの店だから勝手に決める訳にもいかないけどさ。
でも工房と有利な条件で契約を結びさえすれば、金銭的な損失はすぐに埋められるだろう。
だけど国が接触してきたら、工房が代わりに対応しろって言うのはかなり強気な要求じゃあないか?
「つまり傘下にはならないけど後ろ盾になれってことだよな。いくら賠償とはいえそう上手くいくか?」
「そこを上手くやるのが交渉じゃない。謝罪の場とはいえ工房長を引きずり出したんだから、この機会を利用しない手はないわ。それに交渉材料は他にもあるもの」
「エステルさんの魔法陣に興味津々でしたからね。問題があるとすれば副工房長って方でしょうか。監視した日からそれなりに日数が経っているのを考えると、副工房長を呼び戻した可能性が高いです。今回の交渉にその方も十中八九出てくると思いますよ」
「私達が工房長の訪問を要求しなきゃそうなるでしょうね。副工房長でも十分こっちの要求は満たせそうだけれど、工房長もいた方が交渉しやすいと思うの。工房長に確認を取るって言ってその場で一旦はぐらかす手も使えなくなるもの」
「次々こんな発想が出てくるの、エステルとシスハを敵に回すと恐ろしいのでありますよ……」
話を聞いていたノールはブルブルと震えながらエステル達を見ている。ホントそれなと同意してやりたいところだ。
どちらかだけでもガクブルしそうなのに、この2人を同時に相手にするとか考えるだけでも恐ろしい。
それからもエステルとシスハが笑い合いながら色々な提案をしつつ、工房に何を要求しようかあれこれ決めるのだった。
それから更に10日後、手紙で何度かやり取りを通じてアーデルベルさんの屋敷で工房長達と会うことに。
アーデルベルさんは俺達の提案に納得してお任せすると言われ、工房側も要求通り工房長と副工房長が訪問するのを了承してきた。
当日になり俺とエステルはアーデルベルさんの屋敷を訪れて、アーデルベルさんと一緒に工房長達が来るのを待っている。
本当はシスハも連れてこようとしたけど、工房側は2人しか来ないのでこっちの人数はあまり多くない方がいいと決まった。
正直俺は交渉ごとにあまり自信がないのだが……アーデルベルさんとエステルがいてくれれば平気だろう。
スーツを着ながら緊張でガチガチに固まる俺に、アーデルベルさんが世間話をするように声をかけてくれる。
「いやぁ、正直大倉さん達が工房長の訪問を要求した時は驚きましたが、まさか工房側が了承するとは思いませんでした。工房長がこのような場に出てくるなんて聞いたことがありませんよ。大倉さん達が公開した魔法陣はそれほどの物だったんですね」
「これもエステルのおかげですよ。上手く工房長の興味を引くようにしてくれたんです」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ。これぐらいお安い御用なんだからね」
エステルはいつもの調子でウィンクして俺にアピールをしてきた。
……はは、こういう時でもエステルは普段と変わらないから心強いな。
そんな感じで緊張がほぐれてきたところで、使用人さんが工房の馬車が到着したと伝えてくれた。
それからすぐに俺達の待つ部屋に案内されて、1人の男性が中へ入ってくる。
短い茶髪の眼鏡をかけた人で、ローブを羽織って見るからに魔導士と言った雰囲気をしている。
俺達と目が合うと軽くお辞儀をして挨拶し始めた。
「はじめまして、魔導具工房で副工房長を務めているラディエです。この度は我々がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「ご丁寧に謝罪に訪れてくださり誠にありがとうございます。商会長のアーデルベルです」
アーデルベルさんが立ち上がって挨拶をし返したので、俺も合わせて立ち上がりお辞儀をしておいた。
この人が副工房長なのか、何というか真面目そうで秘書って感じがするな。
……あれ? おかしいな、工房長も来る予定のはずだけどこの人しか来ていないぞ。
アーデルベルさんもそれに気が付いたのか困惑した表情をしていたが、エステルだけは俺達と違った反応を見せていた。
彼女は椅子に座ったまま頬に片手を添えて、ジトーとした目で副工房長の方を見ている。
どうしたのかと首を傾げそうになったが、その前にエステルが口を開いた。
「お姉さん、そろそろ姿を見せてもいいんじゃない?」
「あらら、すぐ見破られちゃいましたか」
声が聞こえたかと思えば、副工房長の隣に突然女の人が出現した。
それは偵察カメラで見た工房長で、あの時の白衣姿と違いローブ姿に帽子を被って魔導師っぽい風貌をしている。
なんだ、ちゃんと来ていたのか……って、この人は一体どこから出てきたんだ?
何もないところから突然現れたように見えたけど、エステルだけは完全に気づいていたようだな。
少し驚いた素振りを見せた工房長だったが、帽子を取りお辞儀をすると挨拶し始める。
「すみませんね。あまり大勢の方に姿を見られたくないので隠蔽の魔法を使っていたんです。はじめまして、私が工房長のファルティです」
工房長であるファルティさんが面白そうに笑いながらエステルを見ると、彼女も同様に微笑みながら立ち上がってお辞儀をした。
……何だろう、お互いに見つめ合っているだけで既に異様な雰囲気がするのだが。
この話し合いの場、無事に収まるのだろうか。




