工房長出現
エステルが支援魔法を作る魔法陣を公開したらどうかと提案し、帰宅してからシスハ達とも話し合いそれで行こうと方針が決まった。
なので翌日から早速魔導具店に魔法陣を描いた紙を貼り付けて、初日にあった騒動は事実無根だと説明を添えて公開。
大半の人達はそうなんだー、とよくわからなそうに眺めるだけだったが、一部魔導師のような人達は目をひん剥いて群がっている。
公開するだけじゃなくて書き写しも自由に許可しており、必死になって魔法陣を描いている人もいた。
それを見てアーデルベルさんは不安そうにしていたけど、俺達の言葉を信じてくれている。
それから更に数日経ち、魔法陣の件が広まったところでまた俺達は魔導具工房に偵察カメラで侵入していた。
今回もミニサレナに操縦してもらい、俺とエステルとシスハとノールの4人でそれを見守っている
「さて、本当に魔法陣を公開した効果はあるのか?」
「私の予想だとそろそろ頃合いだと思うわよ。この前の工房の様子を見た感じだと、それなりに再現できるはずだわ」
「魔法陣を大っぴらに公開するとは、エステルさんも大胆な発想をなさいますね。このシスハ感服いたしましたよ」
「それで工房長をおびき寄せるって話でありますが、本当に興味を引けるのでありますか?」
「ふふ、それは見てのお楽しみね。既に工房長が動いちゃってるかもしれないけれど」
エステルは片手を頬に添えて自信満々に笑っている。
事前に色々と説明はしてもらったけど、本当にエステルの言った通りに工房長が興味を持つかは疑問だな。
偵察カメラは前回同様あっさりと結界を突破して、前にも監視した研究室に侵入。
すると室内には前回以上に人が多くいて、何やら研究を進めているようだ。
1人の研究員が机の上に置かれた魔法陣を起動させようとしているが、それは先日俺達が魔導具店で公開した魔法陣だった。
魔力を込めたのか魔法陣が輝き始めたけど、すぐに光が霧散して上手く機能していないようだ。
『くそ、また失敗か。魔法陣はこれでいいはずなんだが……』
『我々が使っている魔法体系とはまるで違う技術が使われていますね。一応読み解けはしますがこれ程難解な物とは……これを使いこなせれば魔力効率が最低でも数倍は跳ね上がりますよ』
『性能の良い魔法陣なのは確かだが扱いづら過ぎる。これは支援魔法の魔導具を作るようだが、元になっている魔法陣自体が異常だ。少しでも魔力調整に失敗したら魔法が成立しないぞ』
『まずはこの魔法陣に対して理解を深めないと調整どころじゃない。記号や模様の形が意味している魔法への効果も未解明な部分が多いな。答えはわかっているがその過程が理解できていない状態だ』
各々エステルの魔法陣を眺めながら眉間にしわを寄せて困っているのが見て取れる。
魔法陣1つでとんでもない評価をされているぞ。
「エステルの予想通り魔法陣を起動することすら苦戦しているな」
「同じ魔法でも色々と違ってくるからね。この世界の魔法を混ぜながらアレンジしてみたわ。魔法陣はただ形を真似するだけじゃ完全な再現は難しいのよ。魔力を通す順番や量とかでも変わるからね。あれは特別難しく作った物だから苦戦するのは当然よ」
「エステルさんならもっと魔法陣も圧縮できそうですもんね。余計な物を付け足して難解にしている感じでしょうか」
「それもあるけれど余計な物って程じゃないわよ? 私は省略できてもあの人達じゃ過程がなきゃ魔法自体成立しなくなっちゃうもの。補足説明付きだと思ってちょうだい」
「魔法自体扱えない私は話を聞くだけで頭がパンクしてきそうなのでありますよぉ。もっと簡単に魔法を使いたいのでありますぅ」
「そんなんだからお前は魔力調整すらできないんじゃないか?」
ノールはエステル達や研究員同士の会話を聞いて、頭から煙でも出るんじゃないかってぐらいフラフラしている。
こいつは魔法を使わせたら暴発させるのに定評があるからな……。
もしこの場にフリージアがいたら、2人で目を点にして思考停止していたんじゃないか?
そのまま研究室の様子を観察していると、急にバンッと大きな音を立てて扉が開かれた。
誰か来たのかと思えばそれはエジラで、鬼のような形相で叫び出す。
『どうなっている! あれから何日も経っているのにまだ魔法陣をロクに扱えないのか!』
『調整がとても繊細でして……魔法陣を読み解くのもまだ終わっていません』
『どうして1つの魔法陣如きの解析ができんのだどうして! それでも工房の研究者か貴様ら!』
『ですが……』
『ですがもクソもない! やる気が足りないのではないか! 私が研究員だった頃はもっと熱意を持ってだな――』
そう言ってエジラがあーだこーだと説教のような話を始めた。
彼の剣幕に誰も反論できる様子もなく、研究員達は早く嵐が過ぎ去ってくれと祈るかのような表情をしている。
「エステルの魔法陣を解析されてるっていうのになんか気の毒になってくるな」
「あんなこと言われても出来ないことは出来ないでありますよね。まるで大倉殿の魔石狩りなのでありますよ」
「えっ……いくら俺でもあんな風には言ってないだろ!」
「一体どの口が言っているのでありますか……」
「まあまあ、精神論も時には大事だと思いますよ。私もよく折れた自分の手足を気合で治していましたからね」
「それは確かに精神が強くないと無理だと思うけれどなんか違うわよね……」
魔石狩りで無茶を言った覚えはあるけど、こんな風に言った記憶はないはずだぞ。……多分きっと。
シスハは何か一部分精神論を肯定しているが、それはもうイカれちまってる領域だろ。
偵察カメラ越しとはいえ、俺達までエジラの話にウンザリしてきていたのだが動きがあった。
ついに耐えきれなくなったのか、1人の若い研究員がむっとした表情で声を上げる。
『それでは部長が1度お試しになられては――』
『馬鹿! お前何言って! ……す、すみません! 我々の力不足です! 全力で取り組みますのでもう少しお時間をいただければ!』
『ふん……いいだろう。貸してみろ、魔法陣さえわかっているなら起動するぐらい容易いことだ』
『しかしその魔法陣は……』
『あのような小さな魔導具店如きの魔法陣などそう難しい物ではない。よく見ていなさい』
また怒鳴るのかと思いきや、エジラは自信満々な様子で若い研究者の話に乗った。
もしかして既にエステルの魔法陣の使い方を理解しているのか!?
だからあんな強気で研究員達に説教をしていたんじゃ!
エジラは紙に描かれた魔法陣の上にラピスの原石を乗せて魔力を流し始める。
魔法陣が輝き出して光の強さが増していき、原石もだんだん光り出す。
このまま成功するのでは……と思った瞬間、バリンと音を立てて原石が粉々に砕け散る。
『グッ――な、なんだこれは! 原石が飛び散ったぞ!』
『で、ですから難しいと……』
『違う! これはきっと魔法陣が悪いんだ! 魔力を込めただけでこのような反応を起こすなど不良品に違いない! 本当にこれであのような魔導具を作っているのか!』
おいおい、あんな自信満々そうにやって失敗した挙句、顔を真っ赤にさせながら今度は魔法陣に文句を言い出したぞ。
エステル達も呆れるような目でその光景をみている。
「あーあ、魔力を思いっきり込めて失敗したようね。理解できてない魔法陣に魔力を込めすぎるとああなるのよ」
「他の研究員の方々はああなるってわかっていたようですね。あの方よく部長になれましたね」
「うーん、途中までは上手くいっていたみたいだから多少は力量があると思うわ。自分の力を過信していたみたいだけれど」
「でもあの言い訳はちょっと見苦しいでありますなぁ」
ノールですら頬をポリポリとかきながら苦笑している。
いやぁ、見苦しいなんてもんじゃないよなぁ。
俺だったら恥ずかし過ぎてその場から走って逃げだすぞ。
失敗しておいてあんなこと言えるのはある意味凄いんじゃないか?
でも普通の研究員より魔法の力量が高いのだけは確かなようだ。
エジラの見苦しい言い訳をしばらく聞いていると、研究室の扉がコンコンと叩かれてまた誰か入って来た。
それは桃色の髪をおさげにまとめた小さな女性で、白衣を着ていて研究員なのが見てわかる。
彼女を見た途端、研究員やエジラは目を見開いて驚きただ事じゃない様子だ。
そんな研究室の空気もお構いなしに彼女は声をかけた。
『あのぉ~、今こちらで何か魔導具を使用しましたよね?』
『こ、工房長!? ど、どうしてこちらに!?』
えぇ!? あんな女の人が工房長ってマジ?
俺はもっと厳ついおじさんだと思っていたんだが……。
副工房長は男の人って聞いていたけど、工房長はどんな人物なのか全く情報がなかった。
エステル達も驚いたのか俺と同じような反応をしている。
俺達の驚きも他所に工房長達は話を進めていた。
『ここから私の研究室まで魔法反応が飛んできたんですよ。それでどんな魔法を試していたんですか~?』
『い、いえ! 工房長が興味を示すほどの物じゃありませんよ! 魔導具の試作に失敗しただけでして……』
『ほほ~う、魔導具ですか。あれほど強力な反応を示す物を作っていたのとは興味深いですね。設計図を見せてください』
『それは、あの……えーと……こちらになります』
あれだけ偉そうにしていたエジラが素直に従って、エステルの魔法陣を工房長に手渡している。
「本当に工房長が来やがったぞ。どうしてだ?」
「熟練者だったら魔法の反応から通常の魔法と違うってわかるもの。実験している内にいつかこうなるって思っていたけれど、部長さんのおかげで目的を達成できたわね」
「エステルさんの魔法陣で数倍に膨れ上がった支援魔法が飛び散った感じでしょうか? それを感知するとは工房長という方も侮れませんね」
「女性が工房長なのは驚きでありますね。小さいのに何だか迫力を感じるのでありますよ」
なるほど、魔法陣を使わせてわかる人にはわかる何かを発生させていたってことか。
さっきエジラが派手に原石を砕け散らせたおかげで、工房内にその反応をまき散らして工房長を呼び寄せたんだな。
こんな方法を思いつくとは流石エステルさんだな……。
工房長はエジラから受け取った魔法陣の紙を興味深そうに眺めている。
見せてもらおうか、工房長の実力とやらを。
『ほほぅ、これ面白いですね。それでこの魔法陣を使ってどんな魔導具を作る気だったんですか? 支援系魔法を付与する物ですよね』
『こちらのラピスの原石を加工して支援魔法を付与する魔導具を作る物だそうです』
『なるほどなるほど、これをこうしてこうやって……あらよっと!』
紙に描かれた魔法陣の上にラピスの原石を置き、工房長は魔力を流し始めた。
エジラの時のように魔法陣が輝き始め、原石もだんだんと光を帯びていく。
だが、先ほどとは違いそのまま原石の光が一際強く輝くと、エステルが作っているような支援魔法の原石が出来上がっていた。
「なん……だと……。おい、あの人1発で成功させちまったぞ!」
「ふぅん、初見であれを使いこなせるなんてやるじゃない。もう少し苦戦してくれると思っていたけれど想定以上ね」
「あれ程の実力があるからこそ工房長をやっていられるんですね。部長とは比べものにならない実力があるようです」
「でも成功されちゃったのは本当に大丈夫なのでありますか?」
「事前に言った通りあれだけじゃ私達の真似は出来ないから安心してちょうだい」
確かに支援魔法の原石魔導具を作られたのは問題だが、量産用魔導具もないと大量生産は不可能だからな。
それにエステルならもっと早く製作できていたし、工房長クラスじゃないとあの魔法陣を起動できないなら心配はないか。
そんな注目の的である偵察カメラ越しに見る工房長は、目を輝かせて興奮気味なご様子だ。
『いやぁ、これ起動させるの大変ですね。まだ完全には制御しきれませんでしたので性能がた落ちです。それで考案したのは誰なんですか? 工房で作った物じゃありませんよね。どうしてこの魔法陣を工房で試しているんですか?』
『そ、それはですね……』
『早く説明してください。私時間を無駄にするの嫌いなんですよ。研究時間が減ったらどうしてくれるんですか。魔法陣の入手先だけでもとっとと吐いてください』
あのエジラが小さな工房長の剣幕に押し負けてたじろいでいる。
結局彼女の圧に耐えられず、魔法陣の入手先やアーデルベルさんの魔導具店について白状した。
商品である支援魔法の原石を見せて、誰でも買えるぐらい大量に流通していることも伝えている。
『これが大量に売られているなんて信じられませんね。私でもそんな数を作るのは厳しいです。知らない間にそんな魔導具店が出来てたとは驚きましたよ。しかも魔導具を作る魔法陣まで公開するとは刺激的ですね。是非1度足を運んでみたいです。早速行って来ましょうか』
『えっ!? こ、工房長自ら行くのはいけません! 販売されている魔導具でしたらここに揃っています!』
『どうして私が行ってはいけないんですか? どんな方がこれを作っているか気になるじゃないですか。出来れば魔法についてお話をしたいですね。何か不都合なことでもおありですか?』
『ぐ、ぐぐぐ……』
『工房長、実はですね……』
『貴様! 余計なことを――』
『部長は黙ってください。もしかして既に何かやっちゃいましたか?』
研究員の1人の言葉をエジラが遮ろうとしたが、工房長にまた圧をかけられて黙り込んだ。
研究員により、魔導具店の店先で騒いだこと、工房の裏切り者がいると断定したこと、屋敷やルゲン渓谷などを監視していたことが明かされた。
それを聞いた工房長は大きなため息を吐いて呆れている。
『はぁ……多少のことは目を瞑っていましたがまさかそんなことをしていたとは……。喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売りましたね』
『ですがそれも工房の為に!』
『やるなとは言いませんがもう少し慎重に動いてほしかったですね。何度も成功していたから慢心しましたか? 副工房長ならこのような軽率な行動はしませんでしたよ。取り込むにしても他にやり方があったでしょう』
おいおい、注意するのかと思えば行動したこと自体は咎めないのかよ!
上手くやっていたなら問題ないかのような言い草だぞ。
工房長なら安心かと思ったけど、油断ならなそうな人っぽいな……。
『それに……覗かれていることにも気づかないのもどうかと思いますよ』
『へっ? それは一体どういう――』
あれ、工房長こっち見てないか?
そう思うと同時に工房長がパチンと指を鳴らした瞬間、偵察カメラが映していた画面が消えて暗くなった。
「えっ、画面が消えたぞ?」
『ヤァ……』
「どうやら偵察カメラが破壊されたみたいね。カメラは消滅したから鹵獲の心配はなさそうよ」
「あれに気づくとはなかなかやりますねぇ。喧嘩を売ってはいけないって言った時点で雰囲気が変わっていましたよ」
「あの辺りで監視されているのに気が付いたのでありますか。工房長って方は見た目と違ってなかなか怖そうな人でありますね」
偵察カメラに気が付いてぶっ壊されたってこと!? マジかよ!
しかも指を鳴らすだけの無詠唱魔法だ。
話を聞いて敵対者がいると勘付いて、使い魔とかを探知する魔法でも使ったのか?
とりあえず工房長の興味を引くのは成功したけど、あんな人と上手く話し合える自信がないぞ……。




