屋敷の監視者
魔導具店の様子見を終えて帰宅し、さっそくエステル達に店先で揉め事があったことを話した。
「へぇー、そんなことがあったのね。お兄さんとノールだけで行ってよかったのかしら。私としては不満が残るけれど」
「ははは……落ち着いてきたら一緒に行こうな。それよりも初日から面倒なことになりそうだったぞ」
「あれは凄い剣幕でありましたからねぇ。皆驚いていたのでありますよ」
「現状他に類のない魔導具でしたので多少絡んでくることは想定できましたけど、まさか初日からとは驚きましたね」
話題になってくれば魔導具工房から何かしら接触されるとは思っていたが、シスハの言う様に初日からあんなことが起こるとは思わなかったぞ。
しかもあのおじさんが言っていたことも気になる内容だった。
「いちゃもん付けるとかならまだしも、作ったのが魔導具工房の関係者だとか言い出したから本当に驚いたぞ。どうしてあんな発想になるんだよ」
「それほど自分達が仕切っている魔導具販売の情報網に自信があるんじゃない? 私達の想像以上にこの国の魔導具は工房に牛耳られているのかも」
「リスタニア学院の卒業生がどうとかって話も聞いたのでありますよ」
「あー、そういえば大倉さんと商業組合に行った時にもそんな話を聞きましたね。学院の卒業生なら後押ししてもらえるとか言われましたよ。そもそも今回の件も、コネがなきゃ魔導具販売なんて無理だって断られたのが始まりですし」
確かに商業組合に相談しに行った時に、魔導具を作ったのはリスタニア学院の卒業生かとか聞かれたな。
そうでもなきゃ委託を受ける商人なんていないとまで言われたし、魔導具業界は恐ろしい世界なのかもしれない。
もし工房の関係者じゃない奴が魔導具で商売をしようとしたら、素材を売ってもらえないとか妨害行為もありえる。
俺達は素材から加工まで全て自前だからその心配はないけどさ。
「まあ、いくら騒ごうが本当に俺達は工房の関係者じゃないんだから問題ないだろ。アーデルベルさんが上手くやってくれるさ。事前に身元がバレないように対策も取ってあるからな」
「大倉殿はそういう所だけは用意周到でありますよね」
「アンネリーの家にビーコンを設置してトランシーバーも預けてあるもの。これで商品を卸すのも内密にできるし、連絡も直接会わなくて済むものね」
「それだけ関係者がどうとか騒いでいたなら、取引をするのを見越して待ち伏せなどもありそうですからね」
そう、騒ぎになるのは想定していたから、既にその対策は万端にしておいた。
アーデルベルさんの屋敷にビーコンを設置することで、商品の納入する際に目撃されるリスクをなくしたのだ。
必要はないが念のため魔法陣も床に書かせてもらい、あくまで魔法で転移していると誤魔化してある。
専用の窓のない部屋を用意してもらったから外部に漏れる心配もない。
考え過ぎかもしれないけど、魔法で何かしてくる可能性もあるからエステルがその対策もしてくれた。
連絡だけならトランシーバーがあるから、今からアーデルベルさん達を調べても俺達の存在がバレる心配はないだろう。
取引をしていることも一部の人しかしらないし、まさか冒険者の俺達が魔導具を作ってるとは思うまい。
せいぜい俺達との関係がわかったとしても、魔導具用の素材を卸してると思う程度じゃないかな。
そう気楽に考えてから数日経って、アーデルベルさんから連絡があり開店後初めて追加で魔導具の納品をすることになった。
どうやら想定以上の売り上げのようで、開店前に納品した分の在庫が枯渇しそうな勢いだそうだ。
なので可能な限り魔導具を作って大量納品になってしまった。
おかげで魔導具を作る速さよりも、ラピスの原石が先に枯渇しそうだったから夜まで狩りをする事態に。
いつも通りの車狩りだったけど、幸いフリージアが映画に夢中なおかげで不満も持たずに狩りをしてくれて助かったぞ。
……その代わり映画を沢山追加するのに魔石をそこそこ使ったけどさ。
そんな話をしつつ数日が経過し、アーデルベルさんから連絡があり商品を追加で納品することに。
準備を終えてビーコンで屋敷に行くと、アーデルベルさんとアンネリーちゃんが出迎えてくれた。
「エステル! いらっしゃい!」
「ふふ、来ちゃった。こういう時しか会えなくてごめんなさいね」
「ううん! エステルが忙しいのはよくわかってるよ! 会えるだけで嬉しい!」
エステルとアンネリーちゃんはキャッキャウフフと談笑している。
商品を持ってくるのは俺だけでもよかったけど、エステルが会いたそうにしていたからこの機会に連れてきたのだ。
うんうん、やっぱり女の子達が楽しそうにしているのは微笑ましいな。
その間に俺はアーデルベルさんと仕事の話でもしておこう。
「大倉君、直接届けてもらってすまないね。とても助かっているよ」
「いえ、私達も委託してもらい助かっていますので。頼まれていた通り今回は量も増やしましたよ」
「無理を言ってすまないね。この魔導具は売れると踏んではいたのだが、どうやら予想以上の反響で驚いているよ。君達と取引が出来て本当によかった。今じゃ冒険者以外の人達まで買いに来ているんだ」
「えっ、冒険者以外の人も買ってるんですか」
「ああ、やはりあの支援魔法の魔導具は凄まじい効果があるよ。実際に使った冒険者達の話が、力仕事をする人達まで広がったらしい。それと癒しの石も好評だ。腰痛などで困っていた人でもあの石を身に付ければ痛みが引くと話題になっている。通話魔導具もやはり商人達が目を付けているそうだよ。既に正規品も買い占められそうな勢いだよ」
「あはは……何だか想像以上に凄いことになっていそうですね」
一応冒険者向けの魔導具として取り扱ってもらっているけど、やっぱり効果が凄いから一般人も欲しがる人が出てきたか。
力仕事の人が支援魔法を使うとは盲点だったが、考えてみれば効率が一気に上がるから当然だな。
癒しの石も周囲を全員癒すタイプと、ネックレスやブレスレットにして身に着けた人だけ効果が出るタイプの2種類に分けてある。
普通のポーションは傷を治すには効果的だけど、関節痛などには効果が薄いらしい。
神官に回復を頼むのはお高くつくそうだから、シスハの力が籠った癒しの石はコスパがよさそうだ。
完治しないにしても痛みを継続的に和らげる効果はあるだろうな。
うーん、なんか本来の用途と違う使われ方をしているけど、宣伝効果は抜群ではあるか。
今回は多めに欲しいと言うので商品作りに集中してもらって、数千個単位で支援魔導具と癒しの石を持ってきてある。
どっちもバカげた量ではあるけど、エステルとシスハにかかればあっという間に出来上がるから恐ろしい。
特にシスハは2段階目に強化された影響か、山積みになった石を一瞬で癒しの石に変えていた。
力こそパワーな奴ではあるが、神官としての力は本当に凄まじい。
マジックバッグから商品を出して引き渡しながら、先日の魔導具店での騒ぎについて聞くことにした。
「ところで実は開店日に少し様子を見に行ったんですけど、魔導具工房の人と揉めていましたよね。あれから特に何も起きていないんですか?」
「あれを目撃していたんだね。あの時は丁度私も近くにいたからすぐ駆け付けられたんだ。彼は魔導具工房で部長をしているエジラという方だよ」
「部長があんなに騒いでいたんですか。魔導具工房ってああいう人が多いんですか?」
「魔導師は気難しい方が多い印象がありますね。ですが直接来てあんなに騒ぐ方は珍しいと思います」
よかった、魔導具工房の人達が皆あんな感じだったらどうしようかと思ったぞ。
だけど部長クラスの人が怒鳴り込んでくるなんてよっぽどのことだよなぁ。
工房で部長がどのぐらいの立場なのか知らないけどさ。
それにただ騒ぐだけではなく穏やかじゃないことも言ってやがった。
「製作者と一緒に謝りに来いとか言ってましたけど大丈夫ですか?」
「あれは一種の脅し文句だと思いますが大丈夫ですよ。魔導具の作成者が工房の関係者であること前提の脅しですからね。正体がわかったら制裁をするが、今の内に名乗り出るなら大目に見ようと言ったところでしょう」
「そこまで言い切るほど魔導具を作ったのが工房関係者だって思い込んでいるんですね」
「魔導師で魔導具工房と一切関係のない人自体が稀ですからね。しかも魔導具を作れるとなれば尚更です。工房に弟子入りするかリスタニア学院にでも行かなければ学べないと思いますよ」
うーん、これはディウス達も同じようなことを言っていたな。
それだけ魔導師達は縦も横も繋がりが強いってところか。
何となく俺の想像じゃもっと個別主義的な感じで、それぞれ自由な分野の研究とかしてるもんだと思っていたぞ。
この話を聞く限り全て独学で学ぶぐらいの人じゃないと、魔導具工房のしがらみから逃げられそうにないな。
……うん? でもそうなると気になる点も出てきたぞ。
「失礼な話ですけど、アーデルベルさんはエステルが工房の関係者じゃないかとよく疑いませんでしたね。実は関係者で秘密裏に取引しようとしてるって思いませんでしたか?」
「正直なところ最初はまさかとは思いましたが、エステルさんほどの才女が知られてないことがまずおかしいですからね。学院に入っていれば噂ぐらいは聞くはずですし、工房にいたのならすぐに関係者に知られたはずです。世の中に知られていない天才なのだと思っていますよ」
「なるほど……でも工房や学院の関係者じゃない俺達との取引に、アーデルベルさんもよく話に乗ってくれましたね」
「大倉さん達の実力はあの護衛依頼のおかげでよく知っていますからね。まあ、実際にあの魔導具を見てしまったら他にも飛びつく商人はいたと思います。元々大倉さん達と知り合いだったことに感謝していますよ。それにアンネリーの友達であるエステルさんを疑ったりはしません。取引にあまり私情を混ぜるのはよくありませんけどね」
そう言ってアーデルベルさんは苦笑しつつも穏やかな表情をしていた。
もし護衛依頼で知り合っていなかったら、他の商人同様に取引なんてしてくれなかっただろうな。
エステルとアンネリーちゃんの仲がよかったことも、信頼を勝ち取れた一因のようだ。
そんな話をしていると、アンネリーちゃんと談笑していたエステルが声をかけてきた。
真剣な表情をしていた何やら深刻な雰囲気をしている。
「お兄さん、近くで魔法の気配がしているわ。誰か魔法を使っているみたいよ」
「えっ、魔法だと? マジで魔法まで使って何かしてきたのか……」
「感じる魔力が小さいから恐らく監視系ね。地図アプリで確認してみて」
「ああ、わかった」
言われるがまま地図アプリを起動してみると、館の周囲に複数の紫色の表示があった。
3D画面で詳しく形を確認すると鳥の姿をしていて、木に止まったり屋敷の上をぐるぐると飛び回っている。
どれも頭をアーデルベルさんの屋敷の方を見ており、あからさまにここを見張っている感じだ。
「紫色で表示された鳥がいるぞ。この屋敷を見張っているみたいだ」
「恐らく魔導師の使い魔ね。お兄さんの言っていた魔導具工房の人達じゃない?」
「まさか既に工房が動いていたとは……このような手を使って監視をしてくるとは思いませんでした」
「えっ、誰か私達の家見てるの!? 怖いよぉ……」
「アンネリー安心して。屋敷内には干渉できないように魔法をかけておくわ」
怯えるアンネリーちゃんに優しくエステルが微笑みかけているがその目は笑っていない。
すぐに杖を取り出してえいっとかけ声を出すと、屋敷全体に何かしらの魔法を施したようだ。
「おいおい、そんなことをしたら魔導師がいるってバレちまわないか?」
「既に魔導具を売ってるんだから今更でしょ。下手に手出しができないように警告しておいた方が無難よ。自分達の魔法で干渉できないと分かれば引き下がるわ。アンネリーの家を見張ろうなんて許せないもの。本当ならその鳥を通して相手を逆探知して仕返ししてあげたいぐらいよ」
「エ、エステル、そこまではしないでいいかも……」
ゴゴゴと効果音でもしそうな笑みを浮かべるエステルに、震えていたはずのアンネリーちゃんが青い顔をしている。
エステルが本気になったらマジでやりそうだから恐ろしいな……。
でもアーデルベルさんと魔導師が取引をしているのは、既に誰もが知るような事実だしそれを隠す必要はないか。
彼女の言う様に屋敷の中まで干渉させない方が大切だ。
流石に本人達に危害を加える真似はしないとは思うけど、関係者の監視までしてくる相手なら何かしらの対策は考えた方が良さそうだな。




