浮かれた神官
おまけガチャを終えた翌日、今日は狩りや商品作りは止めて休日にした。
無理のない範囲での作業とはいえ連日続けてたら疲労や不満が溜まってくるからな。
定期的にガス抜きをしておかないといつ爆発するかわかったもんじゃあない、特にノールとか。
そんな訳で俺はエステルと2人でブルンネの町中を出歩いていた。
「クックック、商品生産に魔石集めも順調過ぎて笑いが止まらないな」
「マルティナの笑い方が移ってるじゃない。知らない人が聞いたら悪だくみしているみたいね」
エステルに呆れた目を向けられているが、現状を考えると笑いたくなるのも仕方がない。
商品もエステルのおかげで量産できているし、魔石集めも問題なく行えている。
先日のおまけガチャで使った分なんて本格的に狩りをすればすぐに回収できるからな。
これで魔石不労所得が完成したらどうなってしまうのか……ワクワクが今から止まらねぇぜ。
これからのことに期待を膨らませていたが、町中の様子にちょっとした違和感を覚えた。
普段よりも人通りが多くてワイワイと住人達が騒いでいる。
「にしても、何だか町中が異様に活気づいてないか。祭りごとでもあるのか?」
「そういう訳じゃなさそうだけれど賑やかなのは確かね。良いことでもあったのかしら」
エステルの言う通り住民は皆笑顔だから悪いことが起きた訳ではなさそうだ。
しかし何か行事の準備をしている様子もなさそうだし、活気づいている理由がよくわからない。
だが住民の会話を聞いた感じ、病が治ったとか腰の痛みが引いたやら、終いには怪我がいつの間にか治っていたとか話が聞こえてくる。
まさか……と俺とエステルが顔を見合わせていると、向かいからよく見知った顔の奴が鼻歌交じりにスキップしながらやってきた。
そう、シスハだ。
「るんるんるーん……おっ、大倉さんにエステルさん。こんなところで会うとは奇遇ですね」
「お、おう、スキップなんてして随分とご機嫌だな」
「かなり浮かれているのが見てわかるわ。言動と違って変な神々しさを感じるわね」
ニヤケ面で浮かれた様子だけど、シスハの全身からほんのりと光が放たれていて神聖な力を感じる。
こいつずっとこんな感じで町中歩いてやがったのか……。
「おい、今町中が騒ぎになってるのお前のせいだろ」
「えっ、何か問題でも起きてましたか。住民の皆さんとてもお元気そうですが」
「浮かれて周りが見えてないようね……。癒しの力が漏れてるんじゃない? 体調がよくなったとか病気が治った話で持ちきりよ」
「おっと、それはうっかりしていましたね。自宅だとルーナさんに悪影響を及ぼしそうなので散歩していたのですが、ちょっと発散し過ぎましたか、てへ」
シスハは舌を出しながらこつんと自分の頭を軽く叩いている。
なんかすげぇ腹立たしい気分になってくるんだが……テンション上がりまくってやがるな。
我慢できなくなって力駄々漏れにしながら町中歩いてたのかよ。
そりゃ突然大勢の怪我や病気が治ったら騒ぎが起きるわ。
流石にやり過ぎたと思ったのかシスハは光を発するのを止めて落ち着いたようだ。
ただ歩いているだけで癒しの力をばら撒くとかある意味恐ろしい奴だな……。
それにしても強化された時ってシスハに限らずノール達もテンションが上がっていたが、召喚される前の記憶と比べて実力の認識はどうなってるんだろうか。
「前々から思っていたんだが、お前達は今と召喚される前ってどっちが強かったんだ?」
「ほほう、それは面白いことをお聞きになりますね。んー、そうですねぇ……その辺りは記憶が曖昧ですが、召喚前の方が強かった気がしますよ。1段階強化されたら何だかしっくりきました。痒い所に手が届いた感じですね」
「私も今より前の方が魔法を自由に使えたと思うわ。空も普通に飛べていたもの。グリモワールなしで同じぐらいの威力の魔法も使えていたわ」
「つまり限凸すると元の世界の実力に近づくってところか? ルーナも解放石を使った時に若い頃を思い出すとか言ってたし」
「ルーナの若い頃っていつの話なのかしらね……」
「ルーナさんは今でも十分お可愛いのに若い頃は一体どうなって……うっ、想像しただけで胸が! これが愛!」
何を想像したのか知らないが、シスハは体をくねくねさせながら胸を押さえている。
ルーナは今でも幼い姿なのに若い頃って一体どうなってたんだろうなぁ。
吸血鬼だから見た目がずっと変わらなさそうではあるけどさ。
「最大まで強化したら召喚前の強さになるってところか?」
「うーん、そう単純でもないじゃないかしら? 何となくだけれど、今の私でも半分ぐらいは力が戻っていると思うわ」
「私としては感覚的に半分は超えてますかね。あの頃なら町1つぐらいなら1発で治癒や浄化できましたけど、今の力じゃその7割程度出せたら十分ですね」
「なんだ、2人共感想がだいぶ違うな」
「元の世界で到達していた実力の差じゃない? マルティナを例に出すと、URユニットバトルで戦った時が召喚前の実力と考えてよさそうね」
「称号的にも2段階以上強化された状態の強さでしたよね。仮にあの時が3段階だったとしたら、それ以降は潜在能力が引き出されるとかじゃないですか。カロンさんやサレナさんは5段階目でも力が落ちたと認識していたようですし、自身の到達点まで行ってそうですよね」
なるほど、URユニットバトルで戦ったマルティナの実力が元の世界での強さって意見は面白いな。
あのマルティナが3段階目だったら、4段階以降は元の強さを超えていくってところか。
ルーナも解放石で一時的に5段階目の強さになってたけど、言動からして元の世界での強さは同等かそれ以上だったと思ってよさそうだ。
サレナもカタログスペックの5割とか言ってたし、サレナ級の強者になると最大強化が元の実力って感じか。
……って、つい強化の話になって話が逸れていたけど、シスハが浮かれてこれ以上癒しの力をばら撒かないように言っておかないとな。
「何にせよあまり派手に癒しの力をばら撒くなよ。妙な騒ぎになって誰かに目を付けられても困るからな」
「わかっておりますよ。ですが幸せのお裾分けってことで大目に見てくださいよぉー」
「まあ浮かれたくなる気持ちもわかるけれどね。私も強化された時は魔法を撃ちたくなったもの」
「ですよねですよね! 私の体を通して出る力を抑えきれなくなっちゃいましたよ! うふふ、早く狩りに出て魔物をぶちのめしたい気分です! 私は神官ですからね!」
「神官なら他人を癒したいとか言っておきなさいよ……」
シスハが拳をバキバキと鳴らしているのを見てエステルが呆れた視線を送っている。
こいつは他人を癒すより、魔物をぶちのめすことに生き甲斐を感じてそうだからなぁ。
そうだ、ここで立ち話をしているのもあれだし飯にでも誘ってみるか。
「せっかく外で会ったんだしお前も飯にでも――むぐっ!?」
「大倉さん、それ以上言ってはいけませんよ。パワーアップした直後に地獄を見たくないんです! そ、それじゃあ私はもう行きますのでお2人で楽しんできてください!」
さっきまでの浮かれた様子は消え失せて、青い顔をしながらシスハは俺の口を塞いできた。
そしてエステルの方をチラリと見ながら、口早にあれこれ言うとそそくさとその場から離れていく。
「何だったんだあいつ? 祝いがてら飯でも奢ってやろうと思ったのにな」
「ふふ、何だったのかしらねぇ。お兄さんのそういう鈍い所も嫌いではないけれど。シスハは空気を読んでくれたみたいだから、何かお祝いに買っておいてあげましょうか」
ニコニコと笑顔なエステルにそう言われて、首を傾げながら俺も同意した。
どうやら俺のわからないところでエステルとシスハが何やら通じ合ったらしい。




