ちょっとした異変
「いや、本当にすまなかったな。でもエステル、怒ったからってスキルは迂闊に使うんじゃないぞ」
「ええ……頭に血が上っちゃって。ごめんなさいね」
「エステル、辛くないでありますか?」
「大丈夫よ。でも、できたら早めに宿に戻りたいわ」
アステリオス討伐を終えた俺達は、シュティングに戻ってきた。帰りはビーコンを設置しておいたので一瞬だ。
あの後一応アステリオスのドロップアイテムは回収しておいた。
着弾地点に行ったら、とんでもない大きさのクレーターが出来上がっていたよ……。
中央に巻き添えになったミノタウロスの角と一緒に、少し赤みがあるアステリオスの角もあった。斧もちゃんと落ちたみたいで回収済みだ。
そしてやはりエステルにも、ノールと同じようなスキルによる反動があった。
ノールの筋肉痛程じゃないが、体内の魔力の扱いが上手くいかないみたいで気分が悪いらしい。
なので今日はさっさとプレートを更新して宿に帰ろうと思う。
「すいませんー」
「あっ、大倉さんですか。Cランク昇格依頼が終わったんですか? 相変わらずお早いですね」
「はい、あと別の魔物の討伐証明もあるんですけど見てもらえますか?」
冒険者協会に着き、いつものようにウィッジちゃんの所へ行く。
そしてミノタウロスの角10本と、アステリオスの角も一緒に手渡した。
あれ程強い魔物だ、さぞ討伐報酬も高いだろう。
でもあんなのがいるなら事前に教えてほしかった。
「いいですよ~。えーと、ミノタウロスが10体と……えっ……これって」
手渡したドロップアイテムを確認していた彼女が、アステリオスの角を見た途端こわばった表情に変わった。
「本当にあそこでこの魔物が出たんですか?」
「はい? そうですよ」
「アステリオスはBランク複数パーティ推奨の魔物なんです。あの狩場にこの魔物がいるなんて聞いたことがありません」
は? Bランク複数だと……そりゃ強い訳だ。
それよりもあの狩場にいないはずの魔物っていうことの方が気になるな。
「普通はあそこにいない魔物なんですか?」
「はい、そういうことになります。最近、その魔物がいないはずの場所での発見報告が相次いでいるんです。魔物が領域内から抜け出してくることも増えたみたいなんです」
どういうことだ?
そういえば前にサイクロプスが出た時もグリンさんがなんでこんな場所に……とか言ってた気がするな。
馬車で王都の道中にいたミノタウロスも不自然なぐらいに湧き場所と離れた位置にいた。
今回の事と何か関係があるのだろうか。
「今回の件は申し訳ございませんでした。この事については後日改めてお詫びをさせていただきます」
「はい、わかりました」
俺達だったから良かったが、もし他の冒険者達だったら大変な事になっていたかもな。
ウィッジちゃんもいつもの緩さが消えて真摯な態度に変わっている。
なんだか大事になりそうで嫌な予感がする……というか最近嫌な予感ばかり感じてる気が。
その後プレートをCランクの証である銅のプレートに替えてもらった。
ついでに受け取ったアステリオスの討伐報酬は1体で5万Gとかなりの高額だったが、また地面を転がることになるならもう狩りたくないや……。
●
先にノールとエステルを宿まで送り、俺は1人雑貨屋などに行きドロップアイテムを売ったりしてきた。
最近は毎日少しずつ貯まったアイテムを売りに行っているのだ。
一気に持っていくと買い取ってもらえなくなるからね……。
とりあえず今日の分は終り、宿へ帰ることにした。
今日は地面も転がったし散々な1日だったな……あの攻撃を受けても変形すらしない鍋の蓋に感謝だわ。
宿に到着し借りている部屋に入ろうと扉を開けると、見慣れない銀髪の女性がベッドに寝転がっていた。
手には不気味な丸い人形を2体持ち、眺めてうっとりしている。
誰だこの人?
「はふ~、やっぱり可愛いなぁー」
あっ……これノールの中の人だ。
なんで出てきているんだ? 確か素顔を見せるのは恥ずかしいとか言っていたはずだが……。
とりあえずまた素顔を見て泣き出されても嫌なので、このまま扉を閉めて見なかった事にしよう。
俺だって自家発電を見られたら恥ずかしいしな。気持ちは分かるぞ。
「あっ……」
「よ、よお……」
閉めようと扉を動かした時、ノールがふとこっちを向いた。そして彼女の青い目と目が逢う。
「あっ……あっ……うわああぁぁ!? なんでもう帰ってきてるんですかー!」
「俺が悪いのか!? なんでお前がアイマスクしてないかの方が聞きたいわ!」
固まりながら口をパクパクさせ、息を吸い込んだと思うと絶叫した。
こうなるなら帰ってこない方がよかったよ……。
今度から部屋に入る前にはノックしてもしもしするかな。
「うっ、だ、だって……私にも稀によく普通にしていたい時だってあるんですよ!」
「そ、そうか。それよりも素顔見られて平気なのか?」
うーむ、やはりありますが語尾にないと違和感が凄いな。
ノールは寝転がっていた状態から起き上がり、俺の方を見てベッドに座りなおした。
前回と違い、彼女は顔を見ても取り乱していない。でも若干頬が赤くなっている。
「ふっふー、エステルと慣らす為に特訓したんです!」
「ほぉ……で、エステルはどこに?」
「お風呂ですよ」
自慢げに胸を張って彼女は言う。若干どやってるな。
エステルが見当たらんと思ったら風呂にいたようだ。
それにしても、俺がいない時に2人でそんなことをしていたのか。
俺達にとっては当たり前なのかもしれないが、ノールにとっては大きな一歩だな。
その調子で普通の時も素顔のままでいてほしい。
「それで、お前は何をしていた」
「えへへ~、いいでしょう? 貰ったぬいぐるみを愛でていたんですよ!」
手に持っていた手の平サイズのぬいぐるみを俺に見せ付けるように突き出してきた。
いや、いいでしょうとか言われてもちょっと困る。
本当にこういうのが好きなんだな。
「それなら他のもいるか? 爆死したのが貯まってるぞ」
「え! 本当ですか!」
スマホを取り出してアイテム欄を開き、貯まっていたぬいぐるみを放出した。
まんまるいピンクの体に鳥のクチバシがついたようなのや、イモムシの形をした緑の物やら様々な物が出てくる。
手の平サイズじゃなくて、抱き抱えられるような大きさの物も複数あった。
……マジでこれなんの為にガチャに入っているんだろう。ノールがいるから一応使い道あるけど、そうじゃなかったら完全にハズレだよな。
あるとしたらこれが好感度アイテムとか……さすがにあり得ないか。
「えへへ、ありがとうございますね」
「お、おう」
彼女は出てきたぬいぐるみを抱き抱えると、はにかんだ笑顔で俺を見ている。
うっ、なんか悔しいけどやはり可愛い。もうずっとアイマスク外してほしいぐらいだ。
「むっ、そろそろ駄目みたいです」
急に彼女が声を出しビクンと体を震わせた。
そしてアイマスクを取り出すと、いつものようにそれを着ける。
「ふぅ、久々に満喫できたでありますよ」
「……お前は一体どうなってるんだ」
いつもの状態に戻ったノールを見て、さっきの笑顔を見たときめきが失われていく。ときめきを返してほしい。
時間制限でもあるのか? まるで星の戦士だな……。




