空飛ぶ車
現在、俺はマルティナと一緒に広大なジャングルの中を駆け抜けていた。
彼女の操る巨大な犬型のメメントモリに乗り、スルスルと木の間を縫う様に走っている。
途中魔物と遭遇もしたが、俺達に近づいた途端マルティナのデバフを食らって動けなくなっていた。
この付近の魔物はデバフだけで無力化できるから大したことなさそうだ。
「あのー、本当にこれでよかったのかな?」
「ん? 何か問題あったか?」
「いやぁ、魔導自動車に乗って移動してもよかったんじゃ……」
「さっきも言ったけど、魔導自動車で通ると無駄に草木をへし折ることになるし、地形も不安定だからな。お前のメメントモリに乗った方が速いだろ」
「それはそうなんだけどさ……。ディメンションルームに入って行くエステルさんの顔が忘れられなくて……僕の危険センサーがビンビンに反応してたんだよぉ」
「まあ平気だって。後で俺がフォローしておくさ」
前に座っているマルティナの背中がブルブルと震えている。
この話をした時のエステルの雰囲気は怖かったからなぁ……。
帰宅したらしばらく相手をしてやらないと後が怖そうだ。
出来れば俺としても魔導自動車がよかったけど、無駄に環境破壊は楽しいぞいする訳にもいかないからなぁ。
下手に荒らすとジャングルの中に隠された地下への道が見つかりそうだしさ。
俺は地図アプリでマークを付けておいたから、後で来てもどこに入り口があるか確実にわかる。
「にしても、本当にメメントモリは速いな。これなら追われてもずっと捕まらなかったのも納得できるぞ」
「クックック、ドゥンケルハイト・シュバルツなら当然さ。僕の最初の友達だからね!」
「ドゥンケル……あー、昔飼ってた犬だったっけ?」
「狼だ! 犬なんて言ったら怒るぞ!」
「悪い悪い、普段からお前が仲良くしてるからついな」
「そ、そうかな? 僕とドゥンケルハイト・シュバルツが仲いいなんて当然じゃないか。えへ、えへへへへ……」
この犬型のアンデッドとマルティナは普段から仲が良さそうに戯れているからなぁ。
まあ、戯れてると言えば可愛く聞こえるけど、実際は骨の狼だから異様な光景ではあるのだが。
……ん? 今この狼が最初の友達とか言ってたよな?
「最初の友達ってことは、こいつが初めてアンデッドとして使役したってことか?」
「そうなるね。今でも鮮明にあの時のことは思い出せるよ。人生を一変させた出来事だったからね」
「へぇー、まあ初の体験ともなれば思い出深くもなるよな。やっぱ寿命がきてアンデッド化させたのか?」
「……そんなところかな。僕にとって友達はこの子しかいなかったから、死んじゃった時に凄く悲しくてさ。必死に願ったら僕と繋がっちゃったんだよね」
何かを思い返しているのか、しゅんと肩を落として物悲しい雰囲気をしている。
この狼をアンデッド化させたのが、マルティナにとって初めて使う死霊術だったってことか。
GCのキャラ設定だけじゃこういう細かい点はわからないから、本人の口からこうやって聞くとより本人を知れるな。
ちょっと気まずい雰囲気になったので俺から話題を振った。
「アンデッド化した直後ってどうなるんだ? 最初からこんな骨の姿なのか?」
「うん、元の体は残ったまま僕の負の力で形成した新たな肉体に魂が宿るんだ。最初は普段僕が乗ってる小型の姿だったよ」
「なるほどなぁ。それなら肉体がもうない魂でも、お前と契約すればすぐ新しい肉体を得られるのか」
「それ目当てで襲い掛かってくる悪霊とかもいるのさ。死霊術師だからって油断してると、霊体に意識を乗っ取られちゃったりするんだ。僕の場合は近づいてきた悪霊は友達になっちゃうけどね」
うわぁ……死霊術師って思うよりも大変そうなんだな。
よく考えてみたら死者に干渉できるってことだし、見たくない物まで見えて精神的にも参りそうだ。
しかも体を乗っ取りに来るとか怖いな。……近づいたら友達になるって意味深な発言も地味に恐ろしいけど。
「僕もドゥンケルハイト・シュバルツを友達にしてすぐ家を追い出されたから、それからホント大変だったよ。うっ、思い出すだけで涙が……」
「追い出されたって、お前普通に誰かと暮らしていたこともあるのか」
「は!? いやその……うん、家族と暮らしていたよ。でも死霊術がきっかけで追い出されて、色々とあって人から追われることになったんだ。ドゥンケルハイト・シュバルツがいなかったら僕は確実に死んでたね」
おう……なんか思っていた以上に重たそうな身の上話なんですが。
家を追い出された挙句に追いかけ回されて死にそうになったって……そりゃアンデッドを友達として認識するのも無理ないな。
今後はもう少しこいつに優しくしておくべきなのだろうか。
そう考えていたけど、マルティナはそこまで暗い雰囲気にならずに話を続けている。
「でも結果的にはあれが最善だったかな。そうじゃなくてもいつか同じことになってたよ」
「どういうことだ?」
「前に昔は負の力を垂れ流しだったって言っただろ? だからその内自分の力を制御できなくて、周りの人達に力がバレてたと思うんだ。力が発現してから僕が近づくだけで体調崩す人もいたからね。それに生まれつき負の力が強かったから、悪霊に体を乗っ取られてた可能性もあるね」
「どちらにしても人に追われることになってたのか。お前本当に苦労してきたんだな」
「クックック、憐れまないでもらおうか。これは深淵が僕に課した運命の業。いずれ魂の支配者として君臨するための試練だ。……で、でもそうやって気にしてもらえるのはちょっと嬉しいかも」
中二病発言でカッコつけたかと思いきや、体をもじもじとさせながら恥ずかしがっている。
やっぱりめんどくさい奴だ……まあ、こんなだけど凄く頼りになるからなぁ。
それから数時間ビーコンを設置しつつ草木の中を駆け抜け、ようやくジャングルの外に出た。
ジャングルときっぱりと境界を仕切るように荒れ地が広がる。
エステル達をディメンションルーム内から出して、魔導自動車に乗り換えて再度出発した。
のだが……助手席に座るエステルから強烈なジト目を向けられている。
「お兄さんとマルティナ、移動中何を話したのかしら?」
「ど、どうしてそんなこと聞くんだ?」
「いえ、何だか移動前より雰囲気がよくなった気がしたから。ね、マルティナ」
「そ、そそそんなことないよ! 世間話をしただけさ!」
「ふーん、そう。まあいいわ。これから帰宅するまでお兄さんの隣にいるからね」
少し頬を膨らませてエステルはご不満そうだ。
さっきマルティナも不安そうにしていたし、帰宅したら何かフォローを入れておかねば……。
誤魔化すように俺は周囲の様子について話し始めた。
「この付近は人もいなそうだし、今は帰るのが最優先だけどいつか探索しに来たいな」
「あら、何かお兄さんの興味を惹く物があるのかしら」
「それはまだわからないけどさ、未知の場所を探索するのはワクワクするだろ?」
「私も探索しに来たいんだよ! 面白そうだもんね!」
「大倉さんが純粋にそんなこと言うのはどうも怪しい気がしますね。本当のところはどうなんです?」
「おいおい、俺がいつも他意を含んでると思うんじゃない。新しい効率的な狩場の発見や魔人の残した施設があるんじゃないかとか、微塵も考えてないぞ」
「思いっ切り考えてるじゃないでありますか!」
ノールのツッコミを受けつつも魔導自動車をかっ飛ばすこと数時間、目前に巨大な山が迫っていた。
ガルレガからどの方面に進めばいいか事前に聞いて地図アプリに登録しておいたのだが、あの山が王国とここを隔てる山のようだ。
「おー、近づいてみるとめちゃくちゃデカい山だな……。あそこを越えれば王国方面に戻れるみたいだぞ」
「奥行きもありそうな山ね。魔導自動車でも越えるのがちょっと大変そうだわ」
「深い谷もあるって話でしたよね。向こう側に行くには山を登るか谷を下りるかのどちらかですか」
雲にも届きそうなほど高い山がいくつも連なっていて、上の方は雪まで積もっている。
あの山を越えるとなると魔導自動車でもめんどくさそうだな……。
しかも強力な魔物もいるって話だし、襲われでもしたら厄介そうだ。
もう1つあちら側とこっちを分断している谷を見に行くと、幅が数十キロはありそうな深い谷間だった。
断崖絶壁になっていて下を見るとまたもやジャングルが広がっている。
こりゃ降りるのも登るのも大変そうだな……どうしましょ。
「うーん、正直山を越えるのが無難なところだけど、結構時間がかかりそうだよなぁ。すぐに向こう側に行く方法もなくはないが……」
「えっ、そんな方法あるのかい!? ならそれがいいんじゃないかな」
「いやぁ、色々とリスクが高そうだからさ。魔導自動車の飛行機能を使えば谷を越えられると思うんだよ。ただ運転がさ……うん?」
どうしたものかと悩んでいると、突然ミニサレナが俺の前に飛んできて騒ぎ始めた。
『ヤァ! ヤァヤァ!』
「運転なら任せてほしいって言ってるよ。ミニサレナちゃんに任せようよ!」
「えっ、ただ車を運転するんじゃなくて飛行機みたいなもんなんだぞ? 大丈夫なのか?」
『ヤァー!』
ミニサレナは元気よく片手を上げてやる気も漲らせている。
マジックタレットで実績もあるし、魔導自動車に直結して操作できるミニサレナなら運転もお手の物だろうな。
そんな訳で魔石100個を消費して魔導自動車に飛行モードを追加した。
俺達に操縦できる気がしないから諦めていたけど、まさかこんな形で運用できるようになるとは思わなかったぞ。
さっそく飛行モードを選択してみると、魔導自動車が全体的に流線形になり左右に翼が形成された。
後面にはノズルが複数付いていて魔力を噴射して加速できるようだ。
運転席のハンドルも飛行機用に変わり、スイッチや計測器など難しそうな物がいくつも増えていた。
うへぇー、こりゃ俺じゃ操縦なんて無理だ。
ミニサレナが俺の膝の上に乗り魔導自動車と接続すると、計測器やスイッチが勝手に動いて色々と準備が始まったようだ。
モニターに数字が表示されて何やら計算しているようで、エンジンの始動音も鳴り始めた。
「これで谷を越えられるのか不安だな……。本当に大丈夫なのか?」
『ヤァ! ヤァー!』
「大丈夫だ、問題ないって言ってるんだよ!」
ミニサレナが振り向いて親指を立てて任せろとジェスチャーしている。
本当に任せて平気なのか心配なんだけど……信じるしかないな。
それからミニサレナの指示を受けて、エステルが土魔法で地面を真っ直ぐな平らにして滑走路を作った。
エステルさんの手にかかれば滑走路さえあっという間に作れちまうな。
準備も完了して魔導自動車は動き出し滑走路を走り出した。
グングンと速さが増していき谷が目前に迫る中、ついに魔導自動車は浮き上がって空を飛び出す。
高度もみるみると上昇していき、地面にある物があっという間に豆粒サイズに見える。
「飛んでる! マジで飛んでやがるぞ!」
「あはは、凄い! 凄いんだよ! 良い景色だね!」
「ひぃぃぃぃ!? 高い高い! 高過ぎて怖いよぉ!」
「情けないですね。この程度の高さで怖がっててどうするんですか。はぁ、ルーナさんにも見せてあげたい景色ですよ」
「空を飛んでるのもだけど速さも凄いわ。これならあっという間に向こう側に着きそうね」
「揺れもなくて快適でありますね。魔導自動車を手に入れて本当に良かったのでありますよ」
初めて見る空からの光景にノール達ははしゃいでいる。
まさかこの世界で飛行機に乗る日が来るとは……。
これもサレナがミニサレナを俺達にくれたおかげだな。




