地下2階
地下1階の物品を回収し尽くし、ホクホク気分で2階へと降りてきた。
さっそく地図アプリで確認してみると、1階と同じく中央通路があってその左右に均等に仕切られた部屋がいくつも連なっている。
それだけでここも保管庫用の部屋なんだなと思ったのだが、半分過ぎた辺りで左右の部屋がなくなりだだっ広い間が存在していた。
「地下2階も1階と同じ区切った部屋ばかりだけど、奥に広間みたいな場所があるな」
「うふふ、何があるのか楽しみですよ。保管庫として考えたら、1階よりも貴重な物が置いてありそうですよね」
「1階だけでも十分過ぎる程の量だったけどね。保管庫だから心配はなさそうだけれど、迷宮なのに順調に進み過ぎてちょっと不安だわ」
「迷宮は油断ならない場所でありますからね。気を引き締めて探索するのでありますよ!」
「そうだな。地図アプリを見た感じ魔物はそんないないけど、ここからはあまり離れないようにしとくか。フリージアとマルティナは勝手に物を漁りに行くんじゃないぞ」
「ぶー、つまんないのー」
「そ、そんな夢中になってまで物漁りなんてしないよ……」
フリージアは頬を膨らませて抗議し、マルティナは露骨に目線を逸らしている。
1階で何も起きなかった分、こいつらは特に調子に乗って単独であっちこっち漁りに行きそうだからな。
確かに殆ど戦闘もなくて危機感が薄れるけど、ここは迷宮なんだから警戒は必要だろう。
一応罠などの確認もしつつ中央通路から部屋の中へ入って行くと、やはり1階と同じく棚の上にインゴットなどが置かれている保管庫のようだ。
「うーん、ここも置いてあるのは上と大差ないのか。インゴットや武器や防具……うん? あのオレンジ色のって……」
「コロチウムだな。これほどの数を蓄えていたとは驚きだ」
「これが全部コロチウムでありますか!? 一体どんだけコロッサスを倒したのでありましょうか……」
1つ1つの部屋はそこそこ広いのに、その空間満杯にコロチウムのインゴットが置かれている。
複数の部屋にコロチウムが大量に保管されていて、コロッサスを倒して入手するなら何十……いや、何百体は倒さないと集まらない量だ。
古のドワーフ達は途方もない数のコロッサスを倒したに違いない。
そう思っていたのだが、続くガルレガの発言はそれを否定した。
「いや、これはコロッサスを倒して入手した物ではなさそうだ。コロチウムは自然でも採掘できる。今でもやろうと思えば恐らくできるはずだぞ」
「そうだったんですか。じゃあ探せばコロチウムの鉱脈もあるんですね」
「我らドワーフならある程度可能だが、精霊術の使えない者では難しいだろうな。コロチウムは地中の一定範囲の土に同化するように細かい粒状で含まれている物だ。ミスリルに比べれば埋蔵量は多いが、それでも見つけるのは容易ではない」
へー、なるほどなぁ。じゃあここにあるコロチウムは採掘してきたやつなのか。
土の精霊術が使えるドワーフなら集めるのも簡単ってことなんだろうな。
と納得していたのだが、これもまたガルレガは否定し始めた。
「だがこのコロチウムは自然に採掘した物でもない。上で見た金の延べ棒と似た違和感がある」
「私達には何が違うのかよくわかりませんが、コロチウムではないということですか?」
「限りなくコロチウムに近い物……ほぼコロチウムと言っていいだろう。これを加工すれば普通のコロチウムと寸分違わない強度の物が作れるはずだ」
「それなら何も問題はなさそうだけれど、この数のコロチウムをどうやって揃えたのかしら?」
地下1階にあった金の延べ棒を見た時も同じことを言っていたが、このコロチウムもおかしいようだ。
うーん、素人の俺が見ても何がおかしいのかまるでわからない。
それにコロチウムと同程度の強度を持つ品物を作れるのなら、それはもう本物と言っても過言じゃないのでは?
仮にこれが偽物だとしても、それで何か不利益がある訳でもないしなぁ。
ドワーフとしてやはり金属の材質にはこだわりがあるのだろうか。
そう思いながらも探索を進めていると、ある部屋に足を踏み入れた瞬間に衝撃が走った。
銀色に見えるインゴットが部屋を埋めるほど大量に積まれていたのだ。
こ、この艶のある銀色に近い金属ってまさか……。
俺が驚きのあまり言葉を失っていると、ガルレガが顎が外れる勢いで口を開けながら叫び出した。
「ミスリル、だと!? ミスリルまで保管されていたのか!」
「こ、この数はさすがに驚きましたね。部屋が丸まる埋まるぐらいの数置かれていますよ」
「見て見て! 隣の部屋にも沢山置かれてるんだよ! いっぱいあるね!」
「こんなにミスリルがあるのは僕も見たことがないよ。さっき採った鉱脈よりも多そうだね」
「ふむ、これだけあると珍しさがない」
フリージアに釣られて俺も他の部屋を見に行くと、同じようにミスリルのインゴットが部屋の中を埋め尽くしていた。
その数はマルティナが言ったように、俺達がミスリル鉱脈で採掘した量を遥かに上回っている。
これだけのミスリルがあるなんて、まさにここにあるのは財宝と言っても過言じゃないな。
俺達は目先のミスリルの量に目を奪われていたが、ガルレガは冷静にそのインゴットを手に取ると黙り込みながら観察をしていた。
「もしかしてこのミスリルも違和感があるんですか?」
「……ああ、純粋なミスリルではないな。一体何故このような物が保管庫に置かれているんだ」
「自然の物でもなければ、魔物から採れる物でもなさそうなのよね? 別の方法で似た金属を入手する手段を見つけていたのかしら。ドワーフの一部しか知らない保管庫にこれが置かれているのも、その手段は秘密ってことよね」
「このような金属なら俺と同程度の鍛冶をできる者なら違和感を覚えるだろう。今のドワーフの間でもこのような物は流通していない。現在その製法が伝わっていないか、もしくは今も極秘にされているのか……」
「けど別に悪いことじゃないでありますよね? 沢山ミスリルが手に入るのはいいことなのでありますよ!」
「うーん、そうとも限りませんよ。確かにミスリルは有用な金属ですけど、希少性に価値を見出している部分もありますからね。ドワーフ達がその方法を広めなかったのには理由もあるはずです」
「入手方法やこの金属自体に何か問題があった可能性もあるね。保管庫の外に持ち出せずに廃棄もできなくてここに置いてあったのかな? どちらにしても昔のドワーフ達は、この金属を外部に知られたくなかったのが見受けられるね」
確かにここにある金属に問題がないのなら、ドワーフの間である程度流通していてもいいはずだ。
ガルレガが言う様にドワーフの鍛冶師はその違和感に気づくようだが、こんな金属は見たことないって言ってるから流通もしていないのだろう。
現時点で保管庫から見つかったインゴットの話を整理すると、金、コロチウム、ミスリルを大量に入手する術があったのは確実だ。
それは鉱脈で採掘や魔物のドロップ品じゃなくて謎の入手法である。
採掘や魔物を倒して入手しようとしたら、途方もないほどの数量が必要になる。
ドワーフ達にその方法は引き継がれておらず、恐らく200年前ですら金属の存在自体も秘匿されていた。
希少価値が大切だから広めなかったって理由もありえるが……うん、よくわからない。
何かしら問題がある金属なのは間違いないから、とりあえず下手に弄ったりせず回収だけしておこう。
謎のミスリルインゴットの回収を終えて中央通路を進み、奥にあった広間へと出てきた。
そこには今までとは打って変わり、色々な人工物が置かれている。
ハンマーなどの工具が置かれた作業台があっちこっちにあり、一際目立つのは中央にある巨大なドーム状の物体だ。
穴が開いていて中に何か入れて使うみたいだが、それを見たガルレガは驚きの声を上げた。
「あれは炉か!? 宮殿の地下に炉が存在するとは……それに様々な加工施設もあるようだ」
「ここで金属を加工して色々と作っていたのでありますかね?」
「表に知られずに加工作業をするのに広大な空間が必要だったのかしら。ドワーフに関しても謎の部分が多そうだわ」
「うー、難しい話はよくわからないんだよ」
「関わらないでいい。面倒な話はごめんだ。平八達に任せよう」
ただの保管庫かと思いきや、まさか作業場まで併設されているとは思わなかったな。
昔のドワーフ達にとってそれだけあの金属が重要ってことだったのだろうか。
さっそく作業場を調べようかと思ったのだが、広間を守る様に1体の魔物がいるのに気が付いた。
それは金色に全身が輝くコロッサス。
ついに金のコロッサスまで出てくるとは……ステータスを確認しておこう。
――――――
プソイドゴールド 種族:コロッサス
レベル:60
HP:3万
MP:1000
攻撃力:5500
防御力:6000
敏捷:150
魔法耐性:50
固有能力 ハイパーアーマー 魔法反射(弱)
スキル 形状コピー 縮地
――――――
「ステータス的にはそれほど強くないな。周りに他の魔物もいないから、今のうちさっさと倒しちまうか」
「また私が透明になって殺るか?」
「いや、温存しておいてくれ。大して強くもないから普通に倒すぞ」
一応迷宮の深部っぽい場所で何が起きるかわからないし、ルーナのスキルは奥の手として残した方が無難だ。
ステータスはそれなりに高い魔物だけど、普通に戦ってもそんなに手こずる相手でもない。
そう考えて攻撃しやすい場所に移動しようと俺が一歩足を進めた途端、金のコロッサスがグルリとこっちに顔を向けた。
しまった、もうバレたのか!? まだそんなに距離が近くもないのに!
と驚愕したのだが、コロッサスは更に驚きの変化を見せた。
全身がグニャグニャと液体のようになり体の形が徐々に変わっていく。
警戒しながら見守っていると、ついに変形が終わりコロッサスは別の形になった。
その姿は…マントを羽織りヘルムを身に着け、全身が鎧に包まれたフルアーマー。
更に帽子や手袋やグローブをしていて、両手には鍋の蓋にバールのような物を持っていた。
な、なんだあのふざけた格好をした奴は!? ……って、あれ俺じゃね?
「あのおかしな姿は大倉殿なのでありますよ!?」
「あら、まるでお兄さんの金の像だわ。精巧に形を真似ているわね」
「金色の大倉さんとはまた不気味な金像ですね。最初に近づいたのが大倉さんですから、それに反応したのでしょうか?」
不気味とは失礼なと言いたいところだが、俺と同じ姿に変わるとか気味が悪いぞ。
しかも体は金で構成されたままだから、エステルの言う様にまさに金色の平八像だ。
形状コピーってスキルの効果なのだろうか。
戦闘になる前にステータスを改めて見ておこう。
――――――
プソイドゴールド・ヘイハチ 種族:コロッサス
レベル:60
HP:3万
MP:1000
攻撃力:5500
防御力:6000
敏捷:150
魔法耐性:50
固有能力 ハイパーアーマー 魔法反射(弱)
スキル 形状コピー 縮地
――――――
「ステータスに変化がないな。俺の姿になっただけなのか?」
「それでも油断はできないでありますね。全力で倒すのでありますよ!」
「了解しましたなんだよ! 狙い撃つよ!」
それほどステータスも高くないし、コロッサスに遠距離攻撃はないので先制攻撃としてフリージアが矢を放った。
黄金の平八像はそれを華麗に避ける――訳もなく、全くの無反応と言ってもいいぐらいあっさりと直撃を食らい頭が吹っ飛んだ。
そのまま2発、3発と続けざまに矢で射られて、バラバラに全身が砕け散って黄金の平八像は消滅した。
「あれ、簡単に倒せちゃったんだよ? 普通のコロッサスより弱かったかも……」
「フリージアさんの矢に全く反応できてませんでしたね。あれじゃまるで大倉さんのような……あっ」
「何かわかったのでありますか?」
「もしかしたら、あのコロッサスは変化した対象の素の身体能力や行動などを真似るんじゃないですか? だから素の大倉さんの姿を真似たコロッサスは、矢に全く反応もできずに頭を消し飛ばされたんですよ」
「要するにコロッサスのステータスをした、私達の動きをする魔物になるってことよね。もしお兄さんの装備まで真似て反映されていたら、あんな簡単に倒せないもの。ノールやルーナの姿になっても結構脅威になりそうね」
「ふむ、面倒そうな魔物だ」
「そうなっていたら悪夢だね……。素の状態の君がコピーされて本当によかったよ。先頭に出てくれて助かったよ」
「お、おう……なんかスゲー複雑な心境なんですが……」
プソイドゴールドが俺の姿になったおかげで楽に倒せたけど、それで感謝されるのは誠に遺憾である。
なお、倒したプソイドゴールドから金が落ちていないか確認してみたが、何もドロップはしていなかった。
たまたまドロップがなかったのか、それとも元々何も落とさないのか。
確認のためもう何体か倒してみたかったけど、他にプソイドゴールドは湧いていないのが残念だ。
作業場も一通り調べてみたが結局これ以上何かわかることもなく、ついに俺達は地下3階へと降りることにした。
思いついたけど盛り込むほどの物じゃない会話だけのネタを少々……
――――――
「およよー、平八元気なさそうなんだよー。大丈夫?」
「ああ……最近何だか体が重くてな。まるで何かが背中に乗ってるような……」
「あっ、確かに君凄くツかれているね。体が重くなるのも仕方がないよ」
「あー、大倉さんツかれていらっしゃりますね。体調は大丈夫ですか?」
「マルティナとシスハが言うと妙に怖いのでありますが……」
「疲れているのか憑かれているのかどっちかしら。疲れているなら私が添い寝して、憑かれているのなら……」
――――――
もし悪霊に憑りつかれても即座にシスハ達がお祓いしそうなので成り立たなそうです。




