ミスリル鉱脈
ドワーフの地下都市ステブラに再度侵入した俺達は、廃墟となった町の探索を始めた。
地図アプリで魔物の位置を確認しつつ、建物の中に隠れながら目的地を目指す。
そのおかげで魔物との戦闘も起こらずスムーズな移動だったのだが、途中でガルレガがその状況に首を傾げていた。
「お前らの話だと魔物が多いと言っていたが……全然遭遇しないじゃないか」
「それは魔物を避けているからですよ。私はある程度の範囲内にいる魔物の位置がわかるんです」
「あれほどの戦闘力を持っているのに見えない敵の索敵までできるのか!?」
「今更驚くことでもないでしょ。これぐらいできないとここまで辿り着けないもの」
「人間がこんなに恐ろし……いや、頼もしい奴らとは思ってもなかったぞ。全てにおいて完全に理解の範疇を超えている」
ガルレガの中で人間のイメージがどんどん俺達基準になっていそうだな。
ガチャアイテムは規格外の物ばかりだし理解できなくなるのも無理はない。
俺達が異常なだけと言っても他の人間を知らないガルレガは完全に信じなさそうだし、いつか自分達で他の人と交流すればわかる日もくるだろう……多分。
そんなやりとりをしつつ移動中に気になることをガルレガに質問してみた。
「町中に設置された弩が多いですけど、あれはドワーフの主力兵器なんですか?」
「おう、ドワーフ自慢の武器だ。設置されているのは大型で防衛に使う物だな」
「剣や盾だけじゃなくて、ああいう物も作るんでありますね」
「でもドワーフなら大砲の方が作りやすそうですが、何故弩なんですか?」
「大砲も作れなくはないが色々と問題があってな。それに矢に手を加えれば大砲にも劣らない威力を発揮できるし取り扱いもしやすい。コロッサスでさえ巨大弩なら1撃で体の一部を破壊できるほどだ」
「それだけ威力があるなら防衛としては十分なのかしら。それに地下で大砲なんて使ったら音とかも凄そうだものね」
「地下で活動するのに適した兵器の開発をしていたのかな。くぅー、やっぱりドワーフの技術は興味深いじゃないか!」
話を聞いたマルティナが興奮気味に騒いでいる。
なるほどなぁ、ドワーフの技術なら大砲とかもっと凄そうな兵器を作れそうだけど、地下だと弩の方が使いやすいってことか。
確かにエステルの言う様に地下で大砲を撃ったら、使った方にも爆音とかでダメージがありそうだ。
コロッサスを無力化できるならかなりの威力だろうし、兵器としてはそれでも十分なのかな。
その後も特に問題なく移動を続けて、あっさりと目的地候補の1つである端っこの壁際にある門に到着した。
「この門の先がミスリルの鉱脈に繋がる道だ」
「採掘する場所にまで門を設置しているなんて、随分と厳重に管理していたのね」
「当然だ、ドワーフにとってミスリルは貴重な素材だからな。ミスリルがあったからこそここに都市を構えたのだ。勝手に採掘できないようどの鉱脈も管理されている。そうしなければ際限なく採掘を進めてしまうのでな!」
「それは誇らしげに言うことなのでありましょうか……」
「欲望に忠実なのは結構じゃありませんか。私もお酒を飲むとつい止まらなくなってしまいますからねぇ。欲望には抗えませんよ」
「うむ、睡眠欲には抗えない。生物としての本能だ」
「わかるなぁ、その気持ち。僕も本を読みだすとつい読みふけっちゃうからね」
「私もお外で遊ぶの我慢できないんだよ!」
「ふふ、皆欲望に忠実なのね。私もお兄さんと一緒にいる欲を抑えられないかも」
エステルさんがニコニコと笑顔を向けてくるので、当たり障りなく無言で頷いておいた。
俺達のパーティ―は欲望塗れの奴しかいないのか! ノールだって食事し始めたら止まらないだろうしな。
全く、少しは自制心の高いこの平八を見習ってほしいぜ。
さっそく門をディメンションホールで潜り抜けて、一本道を進んで行き奥にあるというミスリル鉱脈を目指す。
ここもやはり迷宮の影響を受けて緑色の地面や壁に侵食されている。
地図アプリを見ながら注意深く進んでいると、途中で赤い魔物の反応が表示された。
一旦全員を立ち止まらせて、マルティナに頼んでゴーストを先行させてどんな魔物か確認してもらう。
ちなみにガルレガにわからないようにか、ゴーストは透明化させているようだ。
「どうだ、魔物は確認できたか?」
「ククッ、既に視界に捉えているよ! でもこれって……」
「何か気になることがあるのか? とりあえず視界共有してくれ」
首を傾げて何とも微妙な反応をしているマルティナに体を触れてもらい、ゴーストを通して見ている彼女の視界を共有してもらう。
するとそこにいたのは、また全身が銀色の光り輝くガーゴイルだった。
ただプラチナガーゴイルよりも更に艶やかに輝いており、体も大きくて手足の爪も鋭く厳つい見た目をしている。
「これは……プラチナガーゴイルなのか?」
「見た目はそんな感じがするわね。でもあれよりちょっと凶暴そうに見えるわ」
「随分と強そうな見た目をしているでありますよ。更に上位のガーゴイルでありましょうか?」
エステル達も視界共有をしてもらい確認しているが、やはり俺と同じようにプラチナガーゴイルよりも上の存在に見えるようだ。
何となくだがどんなガーゴイルか想像ができるんだけど……あまり戦いたくない相手になりそうだぞ。
視界共有で議論をしている俺達に対して、傍から見ていたガルレガは訳がわからなそうな様子で声をかけてきた。
「お前ら一体何の話をしているんだ? 魔物なんてまだどこにも見えないじゃないか」
「あー、実はこの子は遠くの景色を視界に捉えて他人と共有できるんですよ」
「ククッ、友の瞳を借り我が眼に映し出しているのさ!」
「よ、よくわからんがその娘もどうやら普通じゃないらしいな……」
決めポーズで自慢げにするマルティナも合わさって、ガルレガは詳しく理解するのも諦めて乾いた笑いを浮かべている。
とにかくもう俺達に任せておけばいいやって雰囲気をしているぞ。
まあ、俺もよくもうノール達に任せておけばいいかってなることがあるからその気持ちはよくわかるな。
さっそくマルティナが発見したガーゴイルがいる近くまで進んだ後、視認できる位置に隠れて様子をうかがう。
ようやくそのガーゴイルを視界に捉えたガルレガは、思わずと言った様子で声を上げている。
「な、なんだあのガーゴイルは!? まさかあの体の輝き……ミスリルなのか!?」
あー、やっぱりあれミスリルのガーゴイルだったか。
ミスリルの鉱脈にいるからまさかなーとは思っていたけど、本当にそんなガーゴイルが出てくるなんて。
全身が伝説の金属であるミスリルになっているガーゴイル……ステータスを見るのが怖くなってくるぞ。
――――――
ミスリルガーゴイル 種族:ガーゴイル
レベル:70
HP:8万
MP:5000
攻撃力:10000
防御力:48000
敏捷:150
魔法耐性:50
固有能力 能力低下抵抗 魔法蓄積
スキル 曇りなき魔法銀
――――――
「おいおい、あいつめちゃくちゃつえーぞ。見てみろよこのステータス」
「ほおー、そこら辺を徘徊してていい魔物じゃありませんね。あんなのが外にいたら大騒ぎになりますよ」
「全身がミスリルのガーゴイルなんて、それは強いのも納得だわ」
「ミスリルの魔物とは最高にカッコいいじゃないか! あのガーゴイル欲しいなぁ!」
「ふむ、倒せばミスリルを落とすのか? 掘るよりも楽でいい」
「むー、でも凄く硬そうなんだよー。私じゃ倒せないかも」
「ミスリルでありますからね。デバフも効かなそうでありますし厄介そうでありますよ」
やはり伝説の金属製だけあってとんでもなく強いな。
全体的にステータスが高いけど、特に防御力が飛び抜けてやがる。
能力低下抵抗でマルティナのデバフも効果が薄そうだし、普通に戦ったらちょっとめんどくさそうだぞ。
地図アプリを確認してみると、この鉱脈に奥に行くまでに魔物の反応が更に4体、目の前のと合わせて計5体はいるようだ。
「地図アプリで見たところ、点々と行き止まりまで魔物が5体は徘徊しているぞ。多分全部ミスリルガーゴイルだろうな」
「1体だけならいいけれど、複数体相手にするにはちょっと心配な強さね」
「囲まれでもしたらさすがに厄介そうな相手でしょうか。各個撃破が望ましいですけど、倒すにしてもルーナさん頼りになりそうですね」
「また私か。過労で倒れるぞ」
「そう言わないでくれよ。終わったら長期間の休みを取るからさ」
「ふむ、仕方がない。今回は諦めて働こう」
渋々と言った様子ではあるがルーナは引き受けてくれるようだ。
やはり防御力が高い相手には、それを無視してスキルであるカズィクルでダメージを与えられる彼女が最適だ。
スキルの再使用時間は4分だから休み休みになるけど、安全に倒すならこの手を使うしかない。
そんな訳でさっそくミスリルガーゴイルを倒すために行動を始めた。
まずはマルティナのゴーストに頼んで、手前にいるミスリルガーゴイルをこっちに引き寄せる。
他のガーゴイルから離れた場所まで誘導した後、インビジブルマントで隠れていたルーナがブスリとカズィクルを使い槍で貫く。
ミスリルガーゴイルは動く素振りすらなく上半身が砕け散り、そのまま光の粒子になり消滅した。
……うーむ、やはり透明マントで隠れた状態から、ルーナのカズィクルぶっ放すコンボは確殺だな。
いきなり至近距離から防御貫通の即死攻撃が飛んでくるとか、味方ながら恐ろしいぞ。
「よし、ナイスだ2人共。マルティナも釣り役見事だぞ」
「クックック、頑張ったのは僕の友達さ。けどやはりデバフの効果が薄いようだね。あれも一撃なんてヴァラドさんは凄いよ!」
「ふん、当然だ。だがスキルは疲れる。こう使う頻度が高いなら通常の戦闘は休ませろ」
「それこそ当然じゃありませんか! ささ、私の背中に乗ってお休みください!」
「助かる」
しゃがんだシスハの背中に飛び乗り、ルーナは気だるそうにしながら小瓶に入った血をグビグビと飲んでいる。
ついでにとばかりに戻ってくる際に拾ったであろう銀色に輝く塊を放り投げてきて、フリージアが喜々としてそれを受け止めた。
「わー、これがミスリルなの? 綺麗なんだよー」
「おお、やっぱりミスリルを落とすんだな。ガルレガさん、これがミスリルですよね?」
「ミ、ミスリルを粉砕……そんなバカな……」
「ガルレガさん?」
「はっ!? す、すまんすまん。って、それはミスリルではないか!」
ミスリルガーゴイルを倒して落ちた物だから、予想通りミスリルなんだな。
見た目は銀に似ているけど、全体的に輝いていて神秘的な雰囲気があるぞ。
ルーナの攻撃に唖然としていたガルレガだったが、銀の塊を見た途端血相を変えてそれを手に持って凝視し始めた。
「ほお、純度もかなり高い。これを使えば最上級のミスリル装備が作れるだろう。まさかミスリルを落とすガーゴイルが存在するとは……」
「ドワーフでもあんな魔物は見たことないのね。迷宮化の影響もあるけれど、ガーゴイルの種類って湧き場所によっても決まるのかもね。ミスリルが形成される場所だから影響してるのかしら」
「今までも色々な金属のガーゴイルがいたのはそれが原因なのでありますかね。ミスリルのガーゴイルが湧くのは脅威でありますが、素材として取り放題なのでありますよ」
「無尽蔵に採れるのなら凄いことですね。まあ、倒す手段が凄く限られるので得なのは私達ぐらいですけど。普通ならもう鉱脈に近づくことすらできませんよ」
「辛い」
ルーナはゲッソリとしながら俺を睨みつけていて、ミスリルガーゴイルの相手をしたくないのがヒシヒシと伝わってくる。
いくら一撃で倒せるとはいえ、毎回スキルを使って倒すのはしんどそうだからなぁ。
ストックがあるとはいえ小瓶に入れた血を飲むのも限度があるだろう。
ステータス的にはエステルでも倒せなくはないだろうが、魔法蓄積とかいう怪しい固有能力持ちだから不用意に相手させるのも危険だ。
だけどミスリルを落とす魔物が湧いているなんて、素材採取の狩場としては最高の場所だ。
問題があるとすれば、ミスリルがいくらでも手に入る代わりに、倒せる人が限られて鉱脈に行けなくなってることぐらいか。
是非とも狩場として残したいところではあるが……迷宮が消滅したらここも魔物の湧き場所じゃなくなっちゃうんだろうなぁ。
ルーナのスキル再使用時間が来る度にミスリルガーゴイルを処理しつつ、ようやくミスリル鉱脈の行き止まりに到着。
そこは銀色に輝く細長い形をしたミスリルが地面だけじゃなく、壁や天井まで隙間なく生えて奥の方まで続いている。
ミスリル周辺は不思議と迷宮の侵食が止まっていて、生えた地面などは緑色になっていない。
一体どんだけのミスリルがここに埋蔵されてやがるんだ……。
「おー、ここがミスリルの鉱脈でありますか! 辺り一面ミスリルでありますね!」
「綺麗な場所なんだよー。ミスリルって凄いんだね!」
「魔力も満ちていて神秘的な場所だわ。これが全部ミスリルなんてかなりの量じゃない」
「これ1つだけでも凄まじい価値がありそうなのに、天井までビッシリとミスリルが生成されていますよ」
「根こそぎ持っていこう」
「これだけのミスリルがあればカッコいい物が作り放題じゃないか! 腕に巻く鎖や手甲……クックックッ」
さっきは薄い反応をしていたエステル達も、これほどの量のミスリルには圧巻されたようだ。
伝説の金属がこんなに存在するなんて、まるでミスリルのバーゲンセールだな……。
途方もない量に俺達は驚いていたが、ガルレガは顎に手を当てて怪訝な表情をしていた。
「うーむ、言い伝えられていた量に比べると少ないな」
「えっ、これでも少ないんですか?」
「俺に聞いた話では奥が見えなくなるほどミスリルがあったと言われていた。これでも現在俺達が使っている新たな鉱脈に比べると多くはあるがな」
「言い伝えが間違っていたのか、他の原因で数が減ったのかしらね? ミスリルの周辺は迷宮の侵食が止まっているのも関係ありそうだわ」
「ミスリルは神秘的な金属だからね。迷宮に抗う力を含んでいても不思議じゃないよ。それ以外に考えられるとしたら、迷宮化した際に魔人がここまで来て採掘して行ったか、ミスリルガーゴイルが湧くようになった影響で力を奪われたのかな?」
「いくら考えても真実はわかりませんね。とりあえずあるだけ採掘してしまいましょう」
目の前にあるミスリルでも十分凄い量だが、空間を埋め尽くすほどとは言えない。
元々そこまではなかったのか、それとも200年前に放棄されてから何かあったのか……。
シスハの言う様に真相なんてわかりっこないから、今ある分だけでも確保すればいいだろう。
さっそく採掘を始めようとした俺達だったが、その前にガルレガが忠告をしてきた。
「採掘すると簡単に言うが、ミスリルを掘るのは楽じゃないぞ。ミスリルは頑丈で加工するまでもそう簡単に砕けたりしない。まず土の精霊術を使い全体に力を浸透させ――」
「えいっ!」
ガルレガの話を遮るように、エステルは力強い掛け声と共に杖を振り下ろした。
すると地面に衝撃が走り壁を伝わり天井まで届くと、次々とミスリルが地面から跳びはねるように抜け、壁や天井からはポロポロと抜け落ちる。
それを受け止めるようにエステルの風魔法がふわりと優しく包み込んで、みるみるとミスリルの山が形成されていった。
「わー! 全部引っこ抜けたんだよ!」
「ふふっ、迷宮の侵食がない地面なら簡単に手を加えられるわね」
「さすがエステルでありますよ。魔法なら採掘までお手の物でありますね」
「くっー、やっぱりエステルさんの魔法は凄いよ!」
「ミスリルは簡単に……簡単に……」
「ガルレガさん、なんかすみません……」
あまりの光景にただ唖然としていたガルレガの肩を、俺は慰めるようにポンと叩いた。
うん、エステル達相手には常識が通用しないからな……本当なら1つ採掘するだけでもかなり大変な物なんだと思う。
そんなこんなで無事にミスリルを回収した俺達は、再びステブラの町中へ戻るのだった。
集めたミスリルは当然マジッグバッグに入れて、その無尽蔵に入るバッグにまたガルレガは頭を抱えていたのは言うまでもない。




