交渉成立
お互いの情報不足により混乱は生じたものの、ある程度事情を把握しガルレガもようやく話す気になってくれたようだ。
「わかった、お前達の話を聞いてやろう。だが信用した訳じゃないからな。集落には連れて行かん。今ここで交渉をするのなら応じよう」
「それで構いませんよ。話を聞いてもらえるだけで助かります」
さすがに自分達の拠点に人間を招くのは抵抗感があるようだな。
俺達としても鍛冶の話を聞きたいだけだから、集落とやらに行く必要もない。
あんなに警戒されていたのに、ここで交渉してくれるんだったらありがたいぐらいだ。
ガルレガは胡坐をして腕を組みながら俺達に尋ねてきた。
「まずお前達の聞きたい鍛冶について聞いてやる。一体何を作りたいんだ?」
「こちらの金属の加工方法を知りたいんですよ」
「なんだ、そんな簡単なことか。自分で加工方法すら模索できんとは所詮は人間だな。コロチウムすら加工できないそうじゃないか」
ガルレガはフンと鼻息を鳴らして笑いながら俺の方を見てきた。
おや? コロチウムを加工できないだと?
ガンツさんは普通に加工できるはずだが……200年の間に王国の鍛冶技術も上がっているのかね。
話がさらにややこしくなりそうだから今は黙っておこう。
反論もせず大人しくガチャから出た緑色の希少鉱石の破片をガルレガに手渡した。
今回は手のひらサイズでこれもエステルの魔法で切り出したものだ。
受け取ったガルレガは得意げな顔でその金属を眺めたが、すぐに顔から笑みが消えて真顔になる。
「お、おい、なんだこれは……どこでこんな金属手に入れたんだ! 俺達でも知らない物だぞ!」
「えっと、迷宮のような場所で手に入れた物なんですよ。王国でも腕のいい鍛冶師に加工を依頼したんですけど、何をしても全く形すら変えられなかったみたいです」
「お、親父! 私にも見せてくれよ!」
さっきまでの余裕な態度を豹変させて、ガルレガもカルカも夢中な様子で謎の緑金属を観察している。
ドワーフなら金属の正体も見破れそうだけど、知らないってことは相当希少な物なんだな。
ガチャ産の物だけある。……というか、この世界に存在しない金属の可能性が高くなってきたぞ。
それから俺達の存在を忘れて、2人はあれやこれやと加工法について話し合っていた。
「コロチウムのような魔法金属でもないな……。精霊術を使って……でも火力が……」
「溶岩から熱を吸い上げて火力上げればいいんじゃね? 親父と私でやれば炉も持つだろ」
「うーむ、だがそれでも怪しいところだ。それに今ある金槌ではこれを加工する魔力に耐えられん」
ほー、やはりドワーフだけあって色々な鍛冶の方法を思いついているようだ。
聞く限り鍛冶に精霊術も取り入れて魔力も使うのか。
でも色々と問題があるようだな……ん?
金槌って聞いて思い出したけど、地下都市で拾った謎の金槌があったな。
「金鎚と言えば地下都市を通った際に、廃墟の地面から掘り起こした箱に入っていた物があるんですけど何かわかりますか?」
「地面に埋まっていた金槌だと……まさか!? 見せてくれ!」
「お、落ち着いてください!」
何やら思い当たる節があるのか、ガルレガは俺の体を激しく揺さぶって急かしてくる。
さっそく拾った金槌をバッグから取り出して渡すと、彼はマジマジとそれを見てから目を見開いて大声を上げた。
「こ、これは失われた家宝の金鎚ではないか! まさかこれを狙って地下都市に侵入したのか!」
「違いますよ! 偶然見つけたから拾っておいたんです!」
「でもそれ本当にあなた達の家の物なの? どうやってわかったのかしら」
「ここに印が入っているだろ。これは代々我が一族で使っている物だ。俺やカルカの武器にも刻まれている」
そう言って金槌の頭の部分の印を指差した後、ガルレガは持っていた斧を見せてきた。
斧の頭の部分にも金槌と同じ印があり、どうやら彼の言っていることは事実のようだ。
まさか偶然拾った金槌がガルレガの一族が残した物だとは……変哲のない物に見えるけど、ガルレガの興奮した様子を見るとかなり大事な物らしい。
そんな彼にカルカが神妙な面持ちで気になることを言い出した。
「親父……これが手に入ったならもうステブラに行く必要もなくないか?」
「ううむ……だが家宝を取り戻す以外にも、他の長から頼まれている物もある。それにステブラでしか採れないあれも必要だ。この者達がステブラに行く力を持つのはこれで証明された。このまま探索に出向くしかないだろう。それに故郷も取り戻さなければならん」
うーん、カルカ達が地下都市に行く目的の1つは、この家宝の金槌とやらを取り戻すことだったのか。
だが、家宝を手に入れたからって地下都市に行くのを諦める気はないらしい。
目的とやらも気になるところだけど、俺も気になっていた疑問をエステルは頬に片手を添えながら彼らに投げかけた。
「家宝なのはわかったけれど、どうしてそれを地面に埋めてあったのかしら? 逃げ出す際に持っていけばよかったのに」
「200年前の話を親父から聞いたが、突然ステブラの大部分に緑の侵食が始まり、床を開けられなくなったようだ。家宝の金鎚は滅多に持ち出す物ではないから秘蔵していたらしい」
「家宝を大事に隠しておいたら持ち出せなくなったとは、何だか本末転倒に思えますね。まあ、町が迷宮化するなんて誰も予想できませんか」
なるほどなぁ、家宝を床下に隠しておくとはドワーフらしくはあるか。
シスハの言う様に、まさか迷宮化して掘り起こせなくなるなんてそりゃ想像もできないな。
ガルレガの父親の世代、つまりカルカからしたらおじいちゃんの頃の話ってところか。
全く予期する暇もなく迷宮化が始まった感じだけど、その時一体町で何が起きたんだろ。
何にしても偶然とはいえ家宝も渡したんだから、少しは信頼は得られたはずだ。
「これである程度は信用してもらえましたか? 勿論ステブラにもお連れしますよ」
「……ああ、家宝まですんなり渡されたら何も言えない。むしろそこまでしてもらって鍛冶をするだけでいいのか?」
「他に手段がないからね。それに迷宮化した地下都市の探索は私達もしようとしていたから、あなた達を連れて行くのはついでよ」
ガルレガ達がいなくても迷宮化した地下都市の探索自体はやるつもりだったからな。
元々ドワーフ達の都市だったんだから、彼らが一緒に来てくれるのはありがたいぞ。
ドワーフにしかわからない物があるかもしれない。
俺達の提案にすぐ頷くだろうと思っていたのだが、ガルレガは質問を投げかけてきた。
「ステブラの様子はどういった感じだった?」
「全て迷宮化していて町は廃墟になっていて、強めのコロッサスやガーゴイルがうじゃうじゃ徘徊していましたね」
「探索するのは一筋縄じゃいかないと思うわ。でもあなた達のことは私達がしっかり守るから安心してちょうだい」
俺達の言葉を聞いたガレルガは黙り込んで考える素振りをしてから、ようやく俺達の提案を受け入れるように頭を縦に振った。
「なら我らが鍛冶を引き受け、代わりにステブラに連れていくことで交渉成立だ。カルカ、アガリア、お前達は集落に帰れ」
「親父、何言ってるんだよ! 1人で行こうなんてずるいぞ! いつも私達に調査をさせてただろ!」
「俺がこいつらと行く。お前まで付いてくる必要はない。守ると言われている時点で我らは戦力に入っていない荷物ということだ」
「くっ、それは……」
帰れと言われたがカルカは食い下がったが、戦力外と言われて言葉が続かなくなった。
ガルレガ達も決して弱くはないけど、俺達と同行するとなれば守られる側の存在である。
確かに人数が増えれば増える程俺達も守るのが大変だから、少人数にしてもらえるのはありがたい。
だが、ガルレガ的にはカルカ達が心配っていうのもありそうだな。
魔物がうじゃうじゃいるって聞いて、娘を危険に晒す気もないんだろう。
でもカルカからしたら地下都市には行ってみたいだろうしなぁ。
安全かつ俺達の負担にならないように同行させる方法があれば……あっ、そうだ。
あれを利用すればいいんじゃないか?
「安全は保障するので3人同行されても問題ないですよ。ちょっと変わった場所に入ってもらいますけど」
「あら、ディメンションルームを使うつもりかしら」
「ああ、あそこなら安全だろうしな。それにフリージアもそろそろ出してやらないとさ」
「変わった場所……? 一体どういう意味だ」
ディメンションルームの中にカルカ達を入れておけば、安全に同行させてやれる。
それにこれから地下都市に行くんだったら、またフリージアを出してやらないといけない。
エルフだから紹介するのは不安ではあるが、多少信頼を得た今ならまだ平気なはずだ。
さっさくディメンションルームのドアノブを壁に突き刺して開くて、中でフリージアがベッドに寝転んでモフットと戯れていた。
モフットが扉が開いたのに気が付いてこっちを見ると彼女も気が付き、ベッドから飛び跳ねて向かって来る。
「平八! やっと開いた! いつまでここに居ればいいの!」
「落ち着け落ち着け! やっと話がまとまったから安心しろって!」
「本当! 早くお外で遊びたいんだよ!」
フリージアは頬を膨らませてぷんすかと怒っている。
カルカ達と会う直前に中へ入ってもらったから、結構な時間ここにいてもらったからなぁ。
そろそろ大人しくしているのも我慢の限界だったか。
抗議してくるフリージアを俺がなだめていると、突然壁の中から現れた部屋の中を見てガルレガ達は目を丸くして唖然としていた。
「な、なんだこれは!? こんなところに部屋がありやがるのか!」
「ここただの壁だよな? なんで急に扉が……てかそいつ誰だよ!」
「もしやまた魔導具ってやつですかい!? 珍妙な物をこうポンポン出してくるとは恐ろしい方々だ……」
ディメンションルームだけじゃなく、中に人がいたことを含めてガルレガ達は混乱しているようだ。
そこへ追い打ちをかけるかのように、フリージアは彼らに近寄って笑顔で挨拶をした。
「私はフリージアだよ! よろしくね! わー、ドワーフに会うの初めてなんだよ!」
「な、馴れ馴れしい奴だな。なんか変な感じもするし……」
「この雰囲気……森の精か!? この女何者だ!」
カルカは違和感を感じる程度なのか首を傾げていたが、ガルレガは精霊の気配でも感じ取ったのか驚いていた。
やっぱり精霊術が使えるだけあって、何となくだけどエルフだと感じ取っているみたいだな。
フリージアをディメンションルーム内に潜ませておいて正解だったぞ。
「実は彼女はエルフなんですけど……フード取ってみせてやれ」
「うん! ほら、これでわかるかな? かな?」
「その耳は伝え聞くエルフのものか!? あのエルフが何故こんなところにいるんだ!」
「マジかよ!? エルフってあのエルフか! 私初めて見るぞ!」
「エルフですと……」
カルカ達はエルフと聞いてまた驚きの反応を見せていた。
特に1番年配者に見えるアガリアは驚愕と困惑が入り混じっているようだ。
ガルレガはエルフと会ったことがないのか、アガリアに本物のエルフなのか確認を取っている。
「噂に聞いていたのと随分違う……。アガリア、本当にエルフか?」
「間違いありません。昔に見たエルフ達と精霊の気配も似ています。ですがこのような気さくな者は珍しいかと」
「親父、エルフって偉そうで傲慢で冷血でプライド高いんじゃなかったのか? こいつ凄い間抜けそうだぞ」
「私は間抜けじゃないやい! 失礼なんだよ!」
「わ、悪かった。……聞いていたのと全然違うや」
頬を膨らませてぷんすかと怒るフリージアに、気を抜かれたのかカルカも何とも言えない顔をしている。
ふーむ、ドワーフ達からのエルフの印象も随分とよくなさそうだな……。
でもフリージアのおかげかすっかり毒気も抜かれていそうだから、それなりに良好な関係は築けそうだ。




