地下要塞
ゴーストによる探索の結果を踏まえて、内部の様子から3つに候補を絞りその中でも最も可能性がありそうなルートを選択した。
あまりに通路が長すぎてゴーストでも最深部まで到達できず、結局自分達の目で確かめるしかなさそうだ。
「マルティナのゴーストでも奥まで見通せないとか、ここも踏破に数日はかかりそうな深さだな」
「面目ございません……僕の力不足です。能力低下が効かない敵までいるし……」
「そう卑屈にならないの。ある程度どこが正解なのか絞れたんだから十分よ」
「全部探索していたら何日かかるかわかったもんじゃありませんからね。行き止まりをいくつか発見できただけ上出来ですよ」
肩を落としているマルティナに、エステルが優しく微笑みかけて慰めている。
どの通路が正解なのか探索しきれなかったことに責任を感じているみたいだ。
13個もあった中から候補を3個まで絞れた時点で十分過ぎるんだけどなぁ。
ゴースト達は迷宮の壁を通り抜けられないから傍に戻して、今はこの通路の探索に集中してもらっている。
精霊樹の迷宮でも同様に壁抜けができなかったし、迷宮の壁は全部物理的強度が高いだけじゃなくて霊体の干渉も受け付けないようだ。
さらにマルティナが嘆いている理由の1つに、この通路に出てくる銀色のガーゴイルの能力も関係していた。
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シルバーガーゴイル 種族:ガーゴイル
レベル:60
HP:7000
MP:400
攻撃力:1800
防御力:4000
敏捷:150
魔法耐性:40
固有能力 能力低下抵抗
スキル 魔除けの光沢
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名前の通り全身が銀になっているガーゴイルで、こいつは固有能力でマルティナのデバフの効果が薄い。
さらにスキルで体から光を放つとゴースト達が嫌がって逃げ出してしまう。
ゴーストによる探索が手間取ったのはこのガーゴイルが原因らしい。
ルーナですらあの光を見ると顔をしかめて即座に槍の投擲で破砕してるから、負の力持ちに対して不快感を与えるスキルのようだ。
こいつも羽があるけど地面での移動も結構速くて、狭い場所から四足歩行でカサカサと出てきて不気味だし油断ならない。
ドロップアイテムは当然銀の塊で、ピカピカしてるって理由からフリージアが喜んでいた。
そしてもう1体出てくるのが黒いコロッサスだ。
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ニゲルコロッサス 種族:コロッサス
レベル:70
HP:3万
MP:300
攻撃力:3000
防御力:9000
敏捷:180
魔法耐性:40
固有能力 ハイパーアーマー 生体感知
スキル 縮地 ヒートアイ
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こいつは魔法耐性のあるコロッサスで、なんと目から熱光線まで放ってくる。
撃つのにワンテンポあるからそんな脅威じゃないけどさ。
固有能力の生態探知は範囲内に入ると即座に反応してきて不意打ちはしづらい。
だけど通常のコロッサスと比べてそこまで強さに差がないし、こっちはデバフも普通に入るから特に問題なく処理できている。
ドロップアイテムは黒いコロチウムみたいで、オレンジ色のよりも更に希少っぽいから高く売れそうだな。
これも複数取れそうだからアーデルベルさんにも渡すとしよう。へへっ、今回は土産が沢山取れそうだぞ。
細い通路を抜けると広間に出て、また狭い通路に入っては広間に出てといった感じの繰り返しで先を進んでいく。
広間は城壁のような壁が構築され複雑に入り組んでおり、今までの迷宮と比較してもマルティナの言う様に人為的な構造物に思えた。
「しかし実際に見てみるとホントこの中は要塞って感じがするな。門や覗き穴まであるし、隠れるための小部屋みたいなのがいくつもあるぞ。……うわっ、物を投げ入れるような穴まであるぞ」
「迷宮にしては誰かが外敵と戦うための構造に見えるでありますね。マルティナ、ここでも争いは起きてなさそうなのでありますか?」
「死の気配は感じないけど……正直ちょっとわからない。迷宮化してるからか死や魂の気配自体あまり感じられないんだ。僕と契りを交わしている友達じゃないと、少し離れただけでも感知できそうにないよ」
「迷宮内は魔力も充満していて特殊な空間になっているものね。マルティナのゴーストでも迷宮の壁は抜けられないし、ただの魂だけの存在だったらすぐに自我を保てなくなっちゃうのかも」
「血の匂いも特にない。迷宮は時間が経てば残り香すら消えるかもしれない」
争いの痕跡がないってことは、やっぱりここはただの迷宮なんだろうか。
だけど風化した木箱やら物が散乱しているから、前に誰かいたような形跡は存在している。
もしここを何者かが守っていて、争わずに放棄したのなら何があったんだ?
せっかく要塞を作って敵に備えていたのに、全く戦わずして逃げるなんてあるのかねぇ。
考えられるとしたら戦う気すら起こらないほど圧倒的な敵が来たか、天変地異のような何かが起きたとかか。
広間を抜けると狭い道に高い段差のある場所が出てきたので、俺が先に登ってから背後のエステルに手を差し出した。
「ここ登りづらいから気を付けろよ」
「あら、ありがとうお兄さん。うんしょ……ふぅ、慣れてきたとはいえまだ動くのは苦手だわ」
「ははは、エステルは運動とか得意そうじゃないもんな。俺が背負ってやってもいいんだぞ?」
「苦手だからってそこまで甘える訳にはいかないわ。そう言ってもらえるのは嬉しいけれど」
エステルはそう言って頬を少し赤くしながら片手を添えている。
うんうん、エステルも随分と逞しくなってくれたなぁ。
俺としては頼ってほしい部分もあるからちょっと残念な気持ちもあるが……ん?
妙な視線を感じて目を向けると、シスハがニヤニヤとした笑みを浮かべて俺の方を見ていた。
「うふふ、迷宮内だというのにイチャコラするとは……大倉さんもやりますねぇ」
「なっ、別にそういう訳じゃ……」
「ふむ、なら私が代わりに背負ってもらおう。歩くのは疲れた。運動も苦手だ」
「嘘つけ! お前は楽したいだけ――こらっ! 背中に飛び乗るな!」
「面白そう! 私も乗せてほしいんだよ!」
「ふざけるな! お前まで乗ったら動けなくなるわ!」
「……こんな場所でもあんな騒げるなんて、皆探索慣れしているんだね」
「大体探索と言っても緩い雰囲気でありますからなぁ。もう少し緊張感を持ってほしいのでありますよ」
ルーナとフリージアが俺の背中に乗っかって騒ぐのを、マルティナとノールが呆然と眺めていた。
ひと騒ぎしつつ奥へと進んでいくと、またもやしゃがまないと通れそうにない通路が現れる。
この要塞のような通路は幅の狭い場所だけじゃなくて天井の低い通路もかなり多い。
エステルやルーナは小柄だからそこまで苦労していないが、俺やノール達はスムーズに進めなくて少し手間取っている。
そんな通路を何度も通っている間に、俺の中である疑惑がだんだんと強まっていた。
「うーん、これってやっぱり……」
「何か気になることでもございましたか?」
「あの天井の低い通路さ、小さい奴が通りやすい構造だと思わないか?」
「そうね。私やルーナなら比較的簡単に潜り抜けられたわね」
「うむ、何故ここはこんなに狭い場所が多い」
「小柄な人だったら動きやすそうだね。隠し部屋とかも僕達じゃ入れない狭さのところが多いし……はっ!? もしかして!」
「あっ、わかった! ここってドワーフが――むぐっ!?」
「俺が言うからお前は黙るんだ! ややこしくなるだろ!」
フリージアが先に言おうとしたから慌てて口を塞いだ。
恐らくエステル達もわかっていると思うけど、考えをまとめるために俺が代表して言っておこう。
「この迷宮ってやっぱりドワーフが作った場所なんじゃないか?」
「薄々感じていたでありますけど、その可能性はありそうでありますよね。つまりドワーフは迷宮を作れるってことでありましょうか?」
「いや、この要塞はドワーフが作った物で、そこが後から迷宮化したんだろ。いくらドワーフでも迷宮内の壁や地面を変形させるのは無理なはずだ」
「エステルさんの魔法ですら迷宮内部は干渉できませんからね。その方が可能性としては高いでしょう。それならここが要塞のような構造になっているのも頷けます」
ドワーフと言えば小柄な種族だし、この要塞はどう考えてもそのドワーフ達に合わせて作られたものとしか思えない。
所々にある隠れ小部屋もルーナがギリギリ入れるか程度の大きさで、天井の低い通路も小柄だったら走り抜けることも可能だ。
ここはドワーフが守るための要塞として最適と言ってもいいし、そこが迷宮化したと考えれば辻褄も合う。
要塞の壁とか内部も全部緑に発光して迷宮化しているし、あのバカみたいに強度のある壁とかを加工して作ったとは思えない。
そうなるとこの通路の先にあるものは……フリージアがさっきの代わりとばかりに口にし始めた。
「じゃあじゃあ、ここの奥にドワーフの都市もあるってことなのかな? かな?」
「それも考えられるだろうね。でもそうなると、なんで迷宮化したかだけど……君達の話や今までのことを考えると、魔人が関わっていそうだね」
「ああ、魔人は迷宮を作り出すか、もしくは誘発させられるのかもしれない。だからドワーフ達はその前兆を察知して、迷宮に飲み込まれる前にこの場所から逃げたんじゃないか?」
「精霊樹の迷宮にも干渉していたようですから、それは十分にありえそうです。ドワーフと人の交流を分断することが魔人達の目的だったのなら、これで達成していますからね。結果として要塞も魔物が湧くようになって使い物にならなくなっていますし」
「どちらにしても奥まで入ってみないとまだわからないことだらけね。ドワーフの都市がありそうってだけで、進むのにちょっと期待が出てきたじゃない」
ここがドワーフの地下都市へ繋がる道だったとしたら、やはりグラリエさんの話に間違いはなかったってことだ。
そうなると問題はどこまで迷宮化しているのかだが……とりあえず正解の通路を見つけて最深部を目指すとしよう。




