先の見えない坑道
俺達の目の前に今、人型をしたオレンジ色の魔物コロッサスが姿を現していた。
紫の靄が纏わり付いたコロッサスはその場で動けなくなっていて、スキルを発動する暇もなく上半身をフリージアに射抜かれてバラバラになり光の粒子になっていく。
「これで5体目のコロッサスか。前にこいつを狙って狩りをしていたが、奥に行くだけでこうも簡単に出てくるなんてな」
「貴重なコロチウムが大量に手に入りそうですよ。これもアーデルベルさんに提供したらもっと有利に交渉ができそうですね」
「もう十分過ぎるとは思うけれど、いくらでも需要はありそうだからこの機会に沢山手に入れたいわね」
「前来た時に比べると探索もコロッサスを倒すのも凄く楽でありますよ。これもマルティナのおかげでありますね」
「うむ、敵を弱らせるのはやはり有利だ。動かなくなっていい」
「魔物倒しやすいよね! マルティナちゃん凄いんだよ!」
「クッ、クックックッ……そ、それほどでもないさ。僕の能力が活かされてるのも、フリージアさん達が強いおかげだよ」
マルティナはフードで顔を隠して照れているが、実際前よりも格段に戦いやすくなっている。
坑道に入ってからコロッサスを5体も相手にしているけど、スキルを1回も使わせずに完封していた。
ゴーストで探索しつつ纏わり付かせてデバフを付加することで、行動速度と防御力を低下させて簡単に倒せてしまう。
元々過剰火力気味のパーティでその辺の魔物はもう相手にならなかったけど、マルティナのデバフで更に一方的な戦いになってきているな。
おかげさまでコロチウムがザクザクと手に入って最高だぜ。
「うーん、それにしてもこの坑道深いな。入ってから半日以上は経ってるけど未だに全体像が見えてこないぞ」
「かなり複雑に入り組んでいるわよね。地図アプリやマルティナのゴースト探索があるから順調に進めているけど、行き止まりもかなりあるから普通だったら探索するのも大変だわ」
「迷宮かと思うぐらいガーゴイルの襲撃も多いですからね。これだけ魔物が多いと魔人が関与してる可能性も十分高そうですよ」
スマホの立体地図アプリとマルティナのゴーストに頼んで進むルートを決めて、今のところ行き止まりに当たることなく進み続けている。
この坑道はまるで蟻の巣かと思う様に通路が張り巡らされていて、進んでいる方向がこれでいいのか不安になってくるぐらいだ。
魔物が出てきても瞬殺してるから、それほど足は止めていないのに半日経っても底が見えないとか、一体どんだけ広いのか見当も付かないぞ。
本当にここにドワーフの地下都市に続く道があるのだろうか……まあ、時間はあるんだし焦らず進んでいけばいいか。
「よし、この辺りは魔物も少なそうだしそろそろ休憩しておくか。余裕がある内に休んでおかないと後々きついしな」
「そうね。そこまで急いでいる訳じゃないからじっくりと探索していきましょう」
「早く休もうそうしよう。もう足が棒のようだ」
そう言ってルーナがわざとらしく両足をガクガクさせて上目遣いでこっちを見ている。
吸血鬼が半日程度でそこまで疲れないだろうが、あざとい仕草をしてでも全力で休みたい決意を感じるぞ。
そんなルーナの期待に応えて魔物が比較的来なさそうな場所を選び、ディメンションルームのドアノブを壁に突き刺した。
周囲にはエステルとシスハの結界を張ってもらっておいたから、魔物に出待ちされる心配もない。
中へ入ると見慣れた白い異空間で、更には白い毛玉がピョンピョンと飛び跳ねながら俺達を出迎えた。
白い毛玉の正体、それはモフットだ。
「モフット! いい子にしていたでありますか!」
ノールがモフットを抱きかかえて嬉しそうに可愛がっている。
いつも留守番ばかりで今回は何日かかるかわからず、地下に行くからビーコンですぐに帰れなさそうなのでディメンションルーム内にモフットを同行させておいたのだ。
この中なら安全だから襲われる心配もないし、探索に疲れたノール達の癒しにもなるだろう。
ノールに続いてフリージア達も用意しておいた椅子やベッドの上に座って一息ついている。
「わー、やっぱりこの部屋凄いんだよ!」
「事前に教えてもらっていたけど、本当に君達は規格外の魔導具ばかり持ってるよね。こんな異空間を簡単に使えるなんて信じられないよ」
「ガチャのSSRの魔導具だもの。魔法でこれを再現しようとしたらかなり大変だわ」
「やはりベッドで寝れるのはいい。そうじゃないと疲れが取れん。この前の迷宮では酷い目に遭った」
「ルーナさんがじっくりとお休みになられてよかったですよ。ささ、私が疲れをお取りいたしますからね!」
さっそくベッドに横たわったルーナの体をシスハがマッサージしている。
本当にシスハはルーナに対して甘々だな……全くうらやまけしからんぜ。
自宅の家ほどじゃないにしろベッドも人数分あり色々と家具なども持ち込んであるから、普通に生活できるぐらいディメンションルーム内は充実している。
テントなどを使った野営と比べたら天地の差があるぐらいの快適さだな。
そんな感じで実家のような安心感を覚えながらくつろいでいると、マルティナは眉間にしわを寄せて腕を組んで悩むような素振りをしていた。
「ん? 難しい顔をしてどうしたんだ?」
「いや……僕の知ってる探索と全然違ってちょっとね。この前の精霊樹では普通に野営とかしてたけど、普段はこんな感じなのかい?」
「ええ、あの迷宮が特殊だっただけで他の場所はこんな感じね。楽でいいでしょ」
「お泊りしてる感じで楽しいよね! 朝まで皆で遊ぶんだよ!」
「朝まで遊んでたら明日の探索ができなくなるのでありますよ……」
フリージアはすっかりピクニック気分になっちまってるな。
この前の精霊樹の迷宮では内部が変動するせいでディメンションルームを使うのは控えていたが、迷宮でもなければこうやっていつでも自由に休み放題だから緊張感もなくなる。
本来なら魔物がいつ襲撃してくるかわからない中で、交代で見張りをしつつ休憩するしかないからな。
これが本当に探索なのかとマルティナが困惑するのも無理はないか。
緩い雰囲気で雑談を続けている中、ふとある疑問が浮かんだのでフリージアに話を振った。
「そういえば聞いてなかったけど、フリージアはドワーフを嫌っていたりしないのか?」
「嫌いじゃないよ! どうしてそう思ったの?」
「えっ、エルフとドワーフってそういう関係だと思ってたからさ……そうでもないのか?」
「んー、私はよくわからないんだよー。だって会ったこともないもん。里でドワーフの話を聞いたことはあるけど、実際に会ってもないのに嫌うのはよくないよ!」
「むふふ、フリージアはいい子でありますねー」
「えへへー、それほどでもあるんだよー」
ノールによしよしと頭を撫でられてフリージアは顔を綻ばせている。
なるほどなぁ、エルフとドワーフはお互い嫌っていると何となく決めつけていたけど、フリージアみたいな考えの奴もいるのか。
里で聞いたドワーフの話も何だかいい内容ではなかったみたいだが、自分で確かめない限り悪く思わないというのはフリージアらしい。
彼女の話に続いてノール達もドワーフに関して知っていることを口にし始めた。
「でも、私もドワーフに会ったことないでありますよ。たまに町とかに物を売りに来たりしていたらしいでありますけどね」
「私はそもそもあまり人に会わなかったから、ドワーフもエルフも見たことなかったわね。大きな町に行けば普通にいるらしいけれど」
「この世界よりは見かけやすい存在だったと思うよ。僕も生きてるドワーフとかには会ったことないけどね」
……生きているドワーフには、か。つまり霊体のドワーフには会ったってことなのだろうか。
マルティナの友達の中にまさかドワーフのゴーストがいたりしないよな?
いたら言ってそうだしそれはさすがにないか。
とりあえずノール達の世界、要するにGCの世界じゃドワーフは特に珍しくない存在っていうのはわかったな。
「まあフリージアは別としてだ、やっぱドワーフとエルフってお前らの世界でも一般的な認識で仲悪いのか?」
「僕の知る限りじゃあまりよくはないね。でも、それは敵対してるとかじゃなくてライバル視が近いかな。エルフは自然の草木から神秘的な物を作って、ドワーフは金属から超常的な物を作り出すからね。どっちがより優れた物を作れるか争ったりしたそうだよ。あとエルフは森の精霊、ドワーフは地の精霊の力を借りるって言われてるから、そういう部分でもお互いに対抗心があったって聞くね」
「どっちの種族も似たような部分と真逆の部分があるから、意識しつつも対抗心が芽生えるのかしら? でもそう聞くと絶対に嫌っている訳じゃなさそうだから、フリージアと会っても平気かもね」
「まあ何があるかわからないから、一応エルフであることは隠すつもりだけどな。フリージア、もしドワーフ達と遭遇しても自分からエルフだって正体を明かしたりするんじゃないぞ」
「了解しましたなんだよ!」
ビシッと敬礼してフリージアは答えているが、本当に大丈夫か心配になるぞ……。
それにしても、ドワーフとエルフの対立って言うのも何だか複雑そうだな。
グラリエさんの様子からしてこの世界のドワーフとエルフも仲はよくなさそうだから、フリージアがエルフってことはできるだけ隠しておこう。
初対面から悪印象を抱かれたら交流をするのも難しそうだからな。
最悪フリージアはディメンションルーム内で留守番してもらえばいいだろう。
そう話がまとまったところで、ルーナを愛でていたシスハが会話に参加してきた。
「成り行きでドワーフを探すことになりましたけど、ガチャでドワーフのURユニットが来てくれたら話も簡単だったんですけどねぇ。GCとやらにやはり私達のような存在のドワーフもいらっしゃるんですよね?」
「ああ、何人かいるけどモアーナってドワーフ戦士が有名だな。足止め役のできる戦士ユニットとしてよく使われていたぞ」
「おお、戦士のドワーフでありますか! 足止めってどんな感じなのでありますか?」
「ハンマーを使うキャラクターで、地面や壁を振動させると敵ユニットの動きが止まったり、一瞬で落とし穴を作ったり土の壁を作り出したりするんだ。狭い場所での戦闘が得意なキャラだったな。そんでもって本人の火力がめちゃくちゃ高いから、そのままハメ殺しにされるパターンもよくあったぞ」
「へぇー、話を聞いてるだけじゃちょっと想像し辛いけど、坑道や洞窟みたいな場所だとかなり強みを発揮しそうね」
「ドワーフは物作りだけじゃなくて、強靭な肉体を持つから戦士としても優秀らしいよ。だから自分達で作った物で武装していく内に鍛冶が上手くなったって説もあるみたいだね」
モアーナはマルティナの言う通り戦士ユニットとして、前衛ではかなりの強さを発揮する。
専用UR装備の武器に一時的に壁や穴を作り出す地形変形能力があって、妨害役ができる敵だと厄介なユニットだった。
岩などをハンマーで殴り飛ばして遠距離攻撃とかもできたからなぁ。
さらにドワーフを象徴するかのように、一定数のユニットの武器や防具にバフ効果も付加できる固有能力も持っている。
URでも上位性能であるノールほどじゃないにしても、優秀な前衛キャラクターだったのは間違いない。
落とし穴に落とされて拘束され、ハンマーで叩き潰される即死コンボを食らった時は枕を濡らしたぜ。
モアーナをガチャで引き当られたらいいんだが……そう上手くいかないのがガチャなんだよなぁ。




