難航する鍛冶
王都に物件を購入して数日経った日のこと、今日はある目的のためにノール、マルティナ、俺の3人で王都にあるガンツさんの装備屋に向かっていた。
ちょっとした依頼をしていて確認のために行くだけだから俺1人でもよかったのだが、2人も行きたいと言うので連れてきている。
「むふふ、王都の装備屋に行くのは久しぶりなのでありますね。武具を見るのは楽しみなのでありますよ!」
「ガンツさんの店に行く時いつもお前も来るよな。自前の最強装備があるのに見たくなるものなのか?」
「それとこれとは話が違うのでありますよ。ぬいぐるみを愛でるのと同じぐらい、武器などを見るのは好きなのであります! マルティナもそうでありますよね?」
「当然ですよファニャさん! 煌めく刃の剣、鋭く穿つような矛、堅牢な重圧感を放つ大盾、どれを見ても心が躍るというものです!」
「そうでありましょそうでありましょ! マルティナはよくわかっているでありますな!」
目を輝かせて語るマルティナの言葉にノールはうんうんと頷いている。
ノールも武器マニアの気があるし、マルティナは中二心がくすぐられるから趣向が一致してるんだろうな。
2人共多才だし自前の武器以外にも扱えたりするのだろうか。私、気になります。
「お前ら剣や大鎌以外にも武器を扱えたりするのか?」
「クックック、実にいい質問じゃあないか! 剣、槍、弓、その他諸々の扱いは人並み程度に心得ているよ!」
「おー、私も剣以外に槍も使えるでありますけど、弓は扱えないでありますね。騎士団長にお前は絶対に弓を扱うなって言われたのが懐かしいのでありますよ」
「俺もお前には絶対遠距離武器や魔法は使わせたくないな。後ろから撃たれるのはごめんだぞ」
「むむー、練習すれば私だっていつかは弓を使えるのでありますよ!」
この前のノールにライフルソードをやらしたら見事に誤射しやがったからな……。
弓でもこいつは他の目標に的中させそうだし、遠距離系武器は触らせない方がいい。
もしかして魔導自動車のマジックタレットとか使っても誤射するんじゃ……はは、さすがにそれはないか。
それにしても、マルティナは羨ましくなるぐらい武器の扱いに手馴れていそうなのに大鎌が武器なんだな。
「色々武器を扱えるのに大鎌を選んだのか。まあUR武器だしお前の世界じゃ伝説級の大鎌なんだから、手に入れたなら使いたくなるのも当然か」
「ふっ、どの世界を探してもモルスファルクスより深淵の主たる僕に相応しい武器はないさ!」
マルティナはククッと笑って目に片手を添えて決めポーズを取っている。
伝説の武器を手に入れたなら無理やりにでも使いたくなると思うが、こいつの場合は1番カッコよさそうだからって理由もありそうだな。
そう思っていたがコホンと咳払いをしてマルティナは意外な話を続けた。
「と言ってみたけど、元々剣や槍も扱えるだけでちょっとしっくりこなくてね。モルスファルクスを手に入れる前は鉄の棍棒と投げナイフを使っていたよ」
「剣じゃなくて棍棒とはなかなか大胆な武器を使っていたのでありますね」
「へー、お前なら剣を使うの好みそうなのに棍棒なんて使っていたのか。何か理由があったのか?」
「負の力を付加した投げナイフで相手を弱らせたりして、その後棍棒で叩いてたかな。棍棒ならトドメを刺さなくても相手の手足をへし折って戦闘不能にしやすいし、鎧を着ている相手でも戦いやすかったからね。手入れとかも比較的に楽だったんだ」
「いつもカッコよさとか求めている癖に、そういうところは実利を選ぶんだな……」
「あはは……世の中ロマンだけじゃ生きていけないのさ……」
「ま、マルティナは本当に苦労したのでありますね……」
力なく笑うマルティナに何となく厳しい世の中の縮図を見せられた気分だ。
彼女の中二的な部分は希望を見出す物だったのかもしれないな。
そんな話をしながらもガンツさんの店に到着して中に入ると、娘であるポーラさんが出迎えてくれた。
「あっ、大倉さん、いらっしゃいませ!」
「どうも、お世話になっています。ガンツさんはいらっしゃいますか?」
「あー、いるんですけど奥の作業場にずっと引きこもっちゃってて……私が声をかけてもなかなか反応しないんで困っちゃいますよ」
「そんなに忙しい仕事が入っているんですか? ご迷惑でしたら後日出直しますよ」
「いえ、大倉さん達だったら大丈夫だと思うので今お呼びしますね」
そう言ってポーラさんは店の奥へガンツさんを呼びに行った。
「随分と困った様子でありましたけど、もしかして大倉殿が渡した金属が原因じゃないでありますよね?」
「いやー、もう渡してからそこそこ日数も経ってるし違うだろ。しかも手の平サイズの欠片しか渡してないんだぞ」
「そうでありますよね。でもあの金属は耐久性も凄かったでありますし、加工するのも大変そうなのでありますよ」
「欠片を切り出すのにエステルの魔法でもめちゃくちゃ時間かかったもんなぁー」
ガンツさんに頼んだこと、それは以前ガチャのアイテムである希少鉱石から出た緑の金属を加工してもらうことだ。
どんな性質の物か試すために欠片を渡していたのだが、そろそろ結果が出た頃合いだと思っていた。
もう結構前に渡したから未だにあの金属のせいでこもっているとは思えないが……。
ちなみにあの金属の欠片を切り出す時に、エステルがグリモワールの3倍魔法でレーザーのような光魔法を使っても10分ぐらいはかかった代物。
丸まる塊を消し飛ばすとなると数時間はかかるかもしれないとエステルが驚いていたぐらいだ。
あれを加工するのは難しいんじゃないかって俺達の間でも話していたけど、専門家である鍛冶師に試してもらわないとわからないしな。
希少鉱石から出た金属も加工できるなら冒険者向けに売りたいと考えている。
ガチャから出た素材を使った武器でも魔石が手に入るのか実験するのと、単純に冒険者に強くなってほしい。
冒険者達が強くなればそれだけ希少種を倒す頻度も増えるだろうから、装備をばら撒いたりするのは双方に得があるのだ。
そんな話をノールとしていたのだが、マルティナが会話に入ってこないことに気が付いて店内を見回す。
すると彼女は飾ってあった片手剣を持って目を輝かせていた。
「おい、むやみやたらに触るんじゃないぞ。それ売り物なんだからな」
「ふぇ!? わ、わかってるさ! ちょっと触ってるだけだよ!」
「マルティナは武器屋に来たことはないのでありますか?」
「数回程度しか行ったことないです……。それにこうしてじっくり見る機会もあんまりなくて……」
「そうでありましたか……話は私と大倉殿で聞いてくるでありますから、ゆっくり見ていていいでありますからね」
「ありがとうございます!」
マルティナは俺に注意されてしょぼんとしていたが、ノールに言われてまたすぐに目を輝かせて武器を見るのに夢中になっている。
うーん、こいつの逃げ回っていた事情を考えたら、こうして品物を思う存分見る機会もなさそうだな。
ガンツさんもそんな厳しい人じゃないし、マルティナも壊したりはしないだろうから大目に見ておくか。
そう話を終えると店の奥から扉の開く音が聞こえて、ポーラさんと一緒に目の下にクマができてやつれた顔をしたガンツさんが姿を見せた。
「おう……待たせたな」
「大丈夫ですか? かなりやつれたご様子ですけど……」
「これぐらいどうってことない。それよりもこの金属だ」
「やっぱり私達が渡した金属が原因なのでありますか」
「とりあえずこいつを色々と試してみたんだがな……加工ができない。できないんだよ!」
「お、落ち着いてください!」
「凄く切羽詰まった感じでありますね……」
ガンツさんの手には俺が渡した緑色の金属が握られていて、悔しそうに涙を浮かべて訴えかけてきた。
えぇ……マジであの金属のせいでこんなやつれる程に悩ませちまったのか……。
困惑する中ガンツさんは愚痴るようにこの金属について語り始めた。
「加熱しても一切熱が通らねーし、叩いても伸びるどころか一切傷すらつかねーんだぞ! 魔力を通そうにも弾かれちまうんだ! こんなのどう加工しろってんだよ!」
「えっ、ガンツさん魔力を扱えるんですか?」
「俺は魔法を扱えないがそういう魔導具があるんだよ。魔物の素材や魔法金属は魔力を通さないと加工できないのもあるからな。コロチウムも魔力を通さないと扱えない魔法金属の類だ」
へー、そんな金属があったのか……というかコロチウムってそんな金属だったのか。
俺達の装備はガチャ産のみだから素材は全部換金やガチャアイテムのポイントに変換してるから、素材自体には大して興味もなかったからな。
今後は俺達も魔導具とか色々作ろうとしているし、素材についての知識も得た方がよさそうだ。
さらにガンツさんの解説は続いた。
「だがこの金属は熱くもならんし魔力も通らない。冷やしても冷めないしどんな工具でも全く削れすらしない。その癖まるで重さを感じないほど軽いなんて、こんなバカげた金属今まで見たことも聞いたこともねーぞ。というかこれ金属なのか? 一体どこからこんなもん取ってきやがったんだ!」
「あー、出所に関してはちょっと言えませんね……」
ガチャから出たとは言えないし、下手にどこで取ってきたか言えば確かめる人もいそうだからな。
一応この金属に関しては秘密ってことにしているけど、加工できそうなら今後広める可能性もある。
その際の言い訳もちゃんと考えておかないといけないか。
興奮気味に語っていたガンツさんだったけど、落ち着いてきたのか座って一息吐いた。
「はぁ……認めたくない話だが今の俺の技術じゃ加工は無理そうだ。だが、職人としてこのまま諦めたくもない。申し訳ない話ではあるが、もう少しだけこの金属の加工に挑戦させてほしい」
「はい、問題ありませんよ。ですがポーラさんが困っていたので、これの加工に熱中しないでくださいね。特に加工を急いでいる訳でもありませんし、素材もまだ手持ちに残っていますから慌てて返す必要もないですよ」
「うっ、熱中し過ぎてついな……感謝するぜ。大倉の方で他の職人にも頼むようなら、俺に気にせず頼んじまってくれ」
「わかりました。加工方法がわかりましたら……その、ガンツさんにもその方法をお伝えしましょうか?」
「……相手が許可してくれるなら教えてもらいたい。自分で見つけられないのは悔しいが、それ以上にどうすればこの金属を加工できるか気になって仕方がない。方法は駄目でもせめて加工できたという事実だけは教えてほしい。俺も加工方法が見つかったら大倉がいいのなら他の職人に伝えるつもりだ」
「はい、もし加工できる人がいたらお願いしてみますね」
うーん、ガンツさんほどの人がここまで言うってことは、本当に行き詰まっていそうだな。
こういう技術が必要な物は門外不出のことが多いだろうし、彼も無理を承知な上で言うぐらい加工方法が気になるんだろう。
俺としては色々な人が加工できるようになってもらいたいから、唯一この金属を提供できる立場としてできるだけ職人同士で技術共有をしてもらいたい。
ガチャの希少鉱石は出るのがランダムだし、毎回異なる加工方法をやらなきゃいけない可能性もある。
その時に備えて多くの職人を囲い込むのもありだろうな。
今後の戦略も考えてエステル達にも意見を聞こうと思案していると、ガンツさんは俺達の後方を見て首を傾げていた。
「それとよ、さっきからあそこで武器を持ち上げてるのはお前さんの連れか?」
「えっ……あっ!?」
そういえばマルティナがいるのを忘れていたぞ!
振り向くと自身の身丈よりも遥かに馬鹿でかい大剣を片手で持つマルティナが目に入った。
一応注目されないようにマントの効果を使えと言っていたけど、夢中になり過ぎて解除されちまったのか!
「お前なんて物持ち上げてやがるんだ! 落とす前にさっさと下ろせ!」
「へっ? そんな慌ててどうしたんだい?」
「いやだからそれ……平気そうだな。重くないのか?」
「軽いとは言わないけど落とすほどじゃないかな。この圧倒的存在かつ飾り気なしに破壊力だけを追い求めた感じ、たまらない! やっぱり大きな武器は魂が導かれるようなロマンを感じてしまうじゃないかぁ、えへ、えへへ」
「大剣を持ちながら危ない笑い方をしているでありますね……」
口を歪めて不気味な笑い声を上げるマルティナを見てノールが若干引き気味だ。
中二とは別の意味でなんかヤバい気配を感じるぞ……。
こいつ大鎌を使ってるし、巨大武器に異様な執着があるんじゃないか?
ガンツさんもそんな様子のマルティナを見て冷や汗をかいていた。
「ず、随分と個性的な知り合いがいるんだな……。小柄なのにあの大剣を軽々持ち上げるなんて、もしかして冒険者仲間なのか?」
「いえ、彼女は冒険者としてパーティーを組んでいる訳じゃないですよ。ちょっとした知り合いなんですけど、王都の武器屋に興味があるらしいので連れてきたんです」
「ほー、まあ大倉達の知り合いならあれぐらいできても不思議じゃないか。あの体格で片手で軽々持ち上げるなんてBランク冒険者でも滅多に見かけるもんじゃないぞ。あんな熱心に見てくれるとは嬉しくなるじゃねーか」
マルティナは死霊術師だからちょっとひ弱な印象があるけど、URユニットだけあって俺なんかより遥かに身体能力も高いんだよなぁ。
あんなデカい大剣片手で持ってるし、腕相撲したら普通に負けるぐらい力の差がありそうだぞ。
最初は引いていたガンツさんも夢中な様子のマルティナに気をよくしたのか、色々な装備などを持たせてもらったりしていた。
そしてマルティナが満足してからガンツさんの店を後にして王都の拠点に帰宅。
「はぁー、堂々とお店に入れるなんて感動的だったよ」
「お前はホント当たり前なことでも感動するんだな」
「君達からしたら当たり前かもしれないけど、僕からしたら新鮮な経験なのさ。それにその当たり前もいつ失われるかわからないからね……」
「また意味深なことを言っているでありますが、何となく気持ちもわかるのでありますよ」
俺達からしたら大したことないことでも、マルティナからしたら感動的ってことか。
日頃からこいつはそんな感じではあるが、当然が失われる怖さを語るのも興味深いところだ。
知れば知るほど、どんな経験をしてきたのか気になる奴だな。
「んー、にしてもガンツさんの腕前を疑う訳じゃないけど、希少金属の加工はめちゃくちゃ難しそうだな」
「ガチャ産の物だけあって加工するのも大変なのでありますよ。それとも出てきた金属が飛び抜けて特殊な物だったのでありますかね?」
「その可能性もなくはないが、この金属自体俺達も何も把握してないからな。出てくるのもランダムだし、この世界の物じゃないかもしれない」
「あの人の反応からして未知の金属の可能性は高いね。他のお店に行った訳じゃないから詳しくないけど、武器や防具の質はかなりの物だったと思うよ。王都中の職人を探しても加工できる人がいるかどうか……」
マルティナから見てもガンツさんの店の装備は出来がいいのか。
コロチウムを扱えてディウスも行きつけにしてるから腕は間違いないんだろうし、俺も信頼してるからこそ金属加工を任せたのもある。
そんなガンツさんですらあれほど追い詰められるなんて、王都に加工できる職人がいない可能性は十分にあるか。
どうしたものかと考えていると、ノールがマルティナに冗談交じりに話を投げかけていた。
「実はマルティナが鍛冶もできちゃったりしないでありますか?」
「さ、さすがに鍛冶まではできないよ! 知識は一応あるんだけど設備とか用意できなかったし……」
「むー、そうでありますか。シスハだったら鍛冶ぐらいお任せください、神官ですからね。とか言ってできないでありましょうか」
シスハだったらどや顔で出来ても不思議じゃないけど、さすがに鍛冶は無理だろうな。
マルティナでも鍛冶の技術は持ち合わせていなかったし、誰も鍛冶はできなさそうだ。
できるとしたらURユニットで何人かいるドワーフ達ぐらいだろうが……ん? ドワーフだと?
「この世界にエルフもいるんだし、探せばドワーフとかもいるんじゃないか?」
「ドワーフ……でありますか? それって種族の名前でありますよね?」
「鍛冶などが得意なことで有名な種族だね。ドワーフなら確かにあの金属の加工もできそうだけど……見つける当てはあるのかい? 今も調べている文献を見てもそれらしい物はなかったよ」
「大丈夫だ、問題ない。エルフの里で聞いてみれば何かしら情報があるかもしれないだろう」
「確かに他種族がいるのなら存在ぐらいは知っているだろうし、エルフ達に聞いてみればこの世界にいるかどうかわかるね」
「おー、さすが大倉殿。ガチャが絡むと頭の回転が早いでありますね」
ふっ、ガチャが絡むとは余計だが俺にしてはいい発想が思いついたな。
考えてみればエルフがいるんだからドワーフがいるのだって十分に考えられる。
この世界のドワーフが鍛冶が得意なのか知らないけど、そういう種族を探すのもありだな。
今度エルフの里に行って鍛冶の得意な種族とかがいないか聞いてみよう。




