王都拠点
アーデルベルさんへの商品委託に向けて、魔導具の調整や素材集めをしつつちゃくちゃくと準備が進んでいる。
その一環として王都に拠点を設ける話もしていたのだが、あっさりと物件を購入してしまった。
冒険者協会から徒歩10分圏内の場所で、三階建てのそこそこ大きな建物だ。
お値段なんと1億5000万Gとお高い買い物だったのだが、十分蓄えがあったので一括払いで購入。
こんな建物を買えるのもノール達が頑張ってくれたおかげだなぁ。
今日はその物件を確認するために全員で王都の拠点へとやって来ている。
さっそく建物に入ってみるとフリージアが声を上げて走り回っていた。
「わーい! 新しいお家なんだよー!」
「ふむ、新居か。ブルンネに比べると騒がしい」
「クック、王都の居城こそ深淵の主たる我に相応しい……ひ、人の気配が周囲に多いね」
ルーナは眉をしかめて何とも言えない表情をし、マルティナは片手を顔の前に出してカッコつけたかと思えばキョロキョロと不安そうにしている。
この2人はブルンネの自宅の方が色々と性に合ってそうだな。
フリージア達3人組は興味津々と2階へ上がっていき、俺とエステル達は以前の自宅購入の時を思い返していた。
「あの頃諦めた王都の拠点がこんな簡単に手に入るなんて、何だか拍子抜けするわね」
「1億5000万Gもしたけど今は比べ物にならないぐらい稼ぎがあるからな。大金使う機会なんてほぼないから、これぐらいの買い物はいいだろう」
「食料とかもガチャの食材販売機で全部補えているでありますからね。でも、これで気楽に王都へ食事に出かけられるのでありますよ! むふふ、これからいっぱい食べるのであります!」
「ビーコンを設置するのが主な目的になりそうなので、こちらをメインで使わないのはちょっと勿体なく思えますね」
王都に拠点を買ったのはアーデルベルさんとの取引もあるけど、1番の理由はやっぱり王都内にビーコンを設置できることだな。
これで今後はいちいち門の外から王都に入る必要もないから、人目を気にせずに済む。
一応ビーコンの設置場所にエステルが認識阻害の魔法陣を張ってあるが、町からちょっと離れた場所に置いてあるから毎回歩くのがちょっと面倒だった。
シスハの言う通りメインの住まいじゃないのはもったいない気はするけど、ブルンネの自宅に比べたら快適さが段違いだから仕方がない。
「とりあえず買っておいた家具とかを配置するとして、他にやっておくこととかあるか?」
「うーん、そうね。一応侵入者用の対策でもしておこうかしら」
「えっ、防犯対策ってことか? 王都なんだし治安もいいんだから気にし過ぎじゃないか?」
「ちっち、甘いですね大倉さん。いざって時のために万全の対策をしておくのは重要ですよ。冒険者ってだけじゃなくて、これからは魔導具などの生産者としても注目を浴びかねませんからね」
「そういうものなのか?」
多少の防犯対策は必要だと思うけど、侵入者なんて俺達の家に来るのだろうか。
確かにBランク冒険者で1億5000万もする家に住んでりゃ金目の物もありそうだが、人通りもそこそこあって兵士の巡回とかもあるしリスクが高過ぎるだろ。
魔導具の生産とかも始めたら、製法を知ろうとする奴も出てきそうではあるが……エステル達がそう考えるなら十分ありえるか。
俺の疑問に答えるようにエステル達は話を続けた。
「現状でも冒険者として注目され始めているのだから、誰かが見張ったりする可能性は考えておいた方がいいわね」
「それなら王都に拠点設けない方がよかったか?」
「いえ、それはそれで面倒なことになりそうなのでよかったと思いますよ。毎回王都に来る時外から来たら色々と怪しまれそうですしね。宿屋に泊まるなどの方法もありましたけど、自前の拠点が1番対策しやすいかと」
「おー、さすがエステル達はよく考えているのでありますなぁ。私は単純に王都に家が買えてワクワクしていたのでありますよ」
確かに最近の注目具合を考えたら、外でも誰かしら監視しようとする奴が出てきてもおかしくないか。
そういう奴がいたら地図アプリでわかるとはいえ、姿とかを隠蔽する魔法があって反応しないことも考えられる。
ビーコンを見られたら面倒なことになるだろうし、万全な対策のできる自宅を今購入したのはいいタイミングだったのかもな。
ノールは相変わらずホヘーと呆けた感じで何も考えてなかったみたいだ。俺もそこまで考えてなかったけどさ。
「それで対策って言っても何をするつもりなんだ? まさか侵入してきた相手を塵も残さず消滅させる魔法でも仕込むつもりじゃないよな?」
「もう、私がいつもそんな物騒な魔法ばかり使うと思っているのかしら。さすがに自宅で攻撃的な魔法なんて使わないわよ。睡眠、捕縛、幻影辺りを主体にするわ。窓から中を確認できなくする魔法とかね」
「何か物を置く重要な場所に結界も張っておきましょうか。2階より上は私達ぐらいしか入らないと思うので、丸ごと結界で覆ってもよさそうですね」
「エステルとシスハに任せておけば問題なさそうであります……。お城とかより侵入困難な建物になりそうでありますなぁ」
エステルとシスハはうふふと笑い合って何やら楽しそうな顔をしている。
この2人が本気で対策した拠点なんて侵入したくないな……絶対に生きて帰れなさそうだぞ。
そんなエステル達に防犯対策を任せ、俺とノールで家具などを各部屋に設置していると上の階の探索を終えたのかフリージア達が戻ってきた。
「探索してたみたいだが満足したか?」
「むー、高い建物で上に登るの楽しいけど部屋が狭いね。これじゃ動き回れないんだよー」
「そりゃブルンネの拠点と比べたらな。基本こっちで生活するつもりもないから、一応拠点として使える程度にするつもりだ。別荘とでも思っておけ」
「王都の拠点が別荘なんて随分贅沢じゃないかい? 僕からしたら持ち家に住めるだけでも憧れだったのに……」
「そういえばお前町中にあまり入らなかったとか言ってたな。もしかして野宿が基本だったのか?」
「うん、いつでも逃げられるように野宿ばかりだったね。宿に泊まれるだけでも幸運だったかな。毎日美味しい食事ができて、大量の湯のお風呂に入れて、フカフカのベッドで寝れるなんて……それだけで夢のような暮らしだよ」
「ふむ、貴様から陰の気配が薄れているのはそのおかげか。私も呼び出されてからは気を張ることがなくなった」
ルーナも最初はツンツンしてたけど、今ではすっかり丸くなったもんなぁ。
マルティナも最初は警戒心が結構あったが、今は素の反応でコミュニケーションを取ることが増えた。
この世界に来てからしばらく野宿や宿暮らしが多かったけど、マルティナの話を聞いているとガチャやノールのおかげで俺も随分と恵まれていたのがわかるぞ。
それからマルティナ達も交えて家具を設置し終えた頃、エステル達も終わったのか一息吐きながら俺達と合流した。
「ふぅ、とりあえずはこんなところでいいかしらね」
「これだけやっておけば一安心ってところでしょうか」
「もう防犯対策とやらが終わったのか?」
「ええ、やっぱり自宅だと自由に魔法陣を施せるから楽だわ。魔導師にとって拠点の強化はお手の物だもの」
「へぇー、さすがはエステルだな。具体的にはどんな魔法を施してあるんだ?」
「まずさっき言っていた外から中を確認できない魔法と、音が聞こえなくなる魔法、あと気配を狂わせる魔法ね」
「前2つはわかるけど最後の気配を狂わせるってなんだ?」
「誰もいないと思ったら急に人がいる気配がしたりランダムで切り替わる魔法よ。これなら外から様子を探ろうとしても正確に人数とかも探れないわ。当然魔法による探知も遮断しておいたから、私以上の実力者でもなきゃ家の中の様子はわからないわね」
「私の方は単純に許可した者以外は入れない結界を張っておきました。私より力のある神官か、エステルさん並の魔法でも使わないと壊れないんじゃないですかね」
「エステルやシスハ以上の人なんてこの世界にいるのでありましょうか……」
エステルとシスハ以上って時点でほぼ無理ゲーに近い条件だよなぁ。
ただの物件がこの世界でも最高レベルのセキュリティー対策されてるなんて誰が想像できるだろうか。
魔法だけじゃなくて建物自体の強化魔法も施されているみたいで、窓ですらノールが全力で殴っても壊れない耐久性を誇っていた。
果たして侵入者や監視者がくるのか疑問ではあるが、誰も餌食にならないことを願っておこう。




