ちゅーとりある、であります
「うぅ……酷いのでありますよ」
白銀の甲冑と鼻の部分まで隠したヘルム。結わいている銀髪は腰辺りまで伸びている。
腰にも立派な剣を携えているが、今は涙声で座り込んでいた。白銀の盾も近くに転がっている。
「初の主との対面だというのにあんまりなのであります!」
ノール・ファニャ。最上位レアのURユニット。
GCのユニット性能においては、上から数えた方が早い程の評価。
その反面彼女の見た目評価はあまり良くなかった。
美少女が売りであるGCでヘルムで素顔を晒さないユニット。
それでも俺のお気に入りユニットの1人だ。
設定で詳しくは決まっていなかったが、多分16、7歳辺りだろう。
彼女の固有能力は【戦姫の加護】。自軍にいるだけで、全ユニットの攻撃、防御に30%のバフが掛かる。
そして、スキル【鼓舞】を使うと1分間全ステータスが2倍に上昇するのだ。完全に壊れたキャラだったな。
「ホントすいませんでした。ちょっと色々あって冷静さを欠いていたみたいです」
考え事をしてうっかりしていた。俺は彼女にとんでもなく失礼なことをしていたのだ。
間違いなく第一印象は最悪だろう。丁寧に謝らないと。
なんせ呼ばれて早々に4m程から落下させられたのだ。そりゃ文句の1つや2つは言いたくなるよね。
あの高さから落ちて無傷で済んでいる事に俺は驚いているけどな。
「いいのでありますよ……。それよりも、もう少しくだけた感じで話していただきたいのであります」
「ありゃ、それなら普通に話すけど。もしかしてちょっと変だった?」
「無理してるのがびんびんと伝わってるのでありますよ。それで主殿、私を呼び出して何かご用でありますか?」
こういう丁寧な物言いというのはどうも慣れないな。
すぐ見抜かれてしまったし、相手も許してくれているので普段通りに戻すとしよう。
それにしても用、用か。なんとなく触っただけだからなぁ……でもこの娘がいてくれるのは心強いぞ。
「いやー、特に用はないんだけどさ。あぁ、あとできれば名前で呼んで欲しいかも。俺は、大倉平八だ」
「名乗り遅れて申し訳ありません。私の名は、ノール・ファニャ。ノールと、気楽に呼んでくださいであります。以後よろしくお願いするのでありますよ!」
お互い握手をして自己紹介を終える。まぁ、俺の方は名前知っているんだがね。
「で、早速だけど、ノールはどれぐらい今の状況把握してるんだ?」
「はい! まず私はあなたの手助けをする為に召喚されたということ。そしてここが、大倉殿がいた世界とは違うということであります!」
おぉ、俺が別の世界から来たというところは理解しているみたいだ。
事情を話さなくて済む上に、異世界の人間だと分かっている相手だというのは安心できるな。
それにしても俺の手助けをする為にきた、か。
GCでも主人公の為に女の子達は召喚されて、協力してくれる設定だったからそれのまんまということか?
「ふむ、召喚時間とかは決まっているのか? それと、なんで俺が異世界から来たってわかった?」
「召喚される際に、私達は召喚者の知識と記憶をある程度いただけるのでありますよ。召喚に時間制限はないのであります。その代わりコスト制で、今は私を召喚したら他の者は召喚できないでありますな」
俺の知識が共有されているのか。ゲーム内の知識だけではなく、俺の持つ元の世界の知識。
つまり、俺と同じような認識があるってことか。召喚に時間制限がないのもありがたいな。
これなら護衛を頼むのも問題はなさそうだ。
最後にコスト制と来たか。GC内でも軍団編成には、総コストの合計で制限がかかっていた。
たしか初期値は15。ノールのコストも15だったはずだから、これもゲーム設定の引継ぎか。
コストはレベルに応じて1ずつ上昇するから、俺のレベルを上げれば上がるってところか。
「おーけー。じゃあまずは俺の安全が確保できるまで護衛してほしい」
「了解であります! それと、私は大倉殿のちゅーとりある指導役でもありますよ」
「チュートリアル?」
「そうなのであります! 早速敵が出てきたので丁度良いでありますな」
チュートリアル。それはゲームの始まりに、操作方法などの解説をするお約束的なものだよな。装備欄、スキルの使い方、戦闘の方法などをやるのだが……つまり敵が来るってことだよね?
彼女が丁度良いと指差す先を振り向くと、先ほど俺を襲ったゴブリンが5体程に増え向かってきていた。
「ニンゲン! コロス! オデクウ、アイツクウ!」
「うわ!? さ、さっきの奴じゃないか!」
「落ち着くでありますよ。まずは、スマートフォンで装備画面を開いてほしいのであります」
複数のゴブリンが叫び、棍棒を振り回しながらこちらに駆け寄ってくる。ノールはそれに落ち着いた様子で腰に携えた片手剣を引き抜くと俺の前へと移動した。
彼女の抜いた白銀の刃。美しい青い筋が入っており、装飾品などはないがシンプルゆえにその刃の美しさが際立っていた。
それと対になるような白銀の盾も彼女は構えている。
「ひゃぁ! こ、こうか?」
「次に、装備画面で防具と武器を選択するのであります」
その刃に見惚れていたが、走ってきたゴブリンの棍棒をノールが弾き返したところで我に返る。
急いで彼女に言われた通りに装備画面を開く。
「おっ、おぉ!? こ、これは……」
言われた通りに布の服、銅の鎧、銅のレギンス、ブーツ、鍋の蓋、エクスカリバールをタップしていく。
すると、俺の全身がスマホから出た光に包まれる。光が消える頃には、俺の体は先ほど選んだ装備に包まれていた。
手には鍋の蓋に光り輝くバールのような物も装備されている。
「準備できたでありますね? それでは、ちゅーとりあるを始めるのであります」
俺の準備が終わった事を彼女がこちらを見て確認する。そして、今まで相手の攻撃を捌くだけだったノールが自分から動き出した。
一般人である俺にはその動作がよく見えなかったが、一瞬の内に奴らの間へと滑り込む。その後剣を2回振ってすぐにこっちへと戻ってきた。
5体いたゴブリンの内4体がその2振りで首から上を刎ね飛ばされて胴体が力なく倒れる。
ゴブリンの死体はその後発光し、小さい何かへと変化する。
「すっげぇ……」
「コイツ、ツヨイ! ナンデ、ナンデ」
俺はゴブリンの死体の変化よりも、彼女の身のこなしに感動していた。
この平八の目をもってしても、あの動きを見抜けないとは……完全に節穴なんだけどな。
仲間を瞬殺され残されたゴブリンは困惑しうろたえている。
「まずは慣れる為に、大倉殿にはその残った敵を倒して貰いたいのであります」
「倒す?」
「そうなのであります。この世界で活動していくには、必須事項であります」
鞘に剣を納め、もう手出ししませんっという風に彼女は近くの木に背中を預けてこちらを見ている。
「大倉殿~、頑張るでありますよ~」
彼女の方を見ていた俺は、目の前に居たゴブリンを完全に忘れていた。
ノールがまた指を差し、俺がそっちを振り向くと走ってくるゴブリンが視界に入る。
「オデ、カタキウツ! オマエ、ヤツザキ!」
「うっわ、ちょ、ちょっと待て!」
仲間を失い、怒り狂ったゴブリンが俺へと棍棒を振り下ろす。
とっさに手に持っている鍋の蓋でその攻撃を受けると、ズッシリと重い衝撃が腕へと走る。
ゴブリンは休む暇も無く雄叫びを上げ、鍋の蓋へと棍棒を乱打する。
「無理無理無理! ヘルプ! ノール助けて!」
「平気でありますよ~。大倉殿なら、10回以上攻撃されても死なないのでありますよ~」
平気だと言われても、受け止める蓋からの衝撃を考慮するとこれは確実に痛い。
痛いどころか骨が折れるぐらいまではいきそうなぐらいだ。
全く何を根拠に平気だと言っているんだこいつ!
「あっ」
「チャンス、チャンス」
何度も攻撃を受け止めていたが、ついに腕が疲れ蓋を弾かれた。
ゴブリンはそれに喜びはしゃぐと、棍棒を俺の腹へと殴打する。
「ッ……あれ? あんまり痛くない」
ズシリと横っ腹に棍棒を喰らう衝撃を感じた。痛みに備え目を瞑り堪えていたが、予想とは違い軽い痛み程度しか来ない。
ゴブリンは動じない俺に唖然としていた。これはチャンスだと俺はエクスカリバールを振り下ろす。
反撃されると思っていなかったのか、防御をする暇もなく俺の攻撃はゴブリンの頭部へと突き刺さる。
頭蓋骨を貫通する衝撃などはなかった。まるで豆腐を削るかのようにゴブリンの頭部は半分程抉れ吹き飛んだ。
死体はすぐに光に包まれ、棍棒と牙のような物へと変化した。
「大倉殿、大丈夫でありますか?」
終わった事を確認したノールは近づいてくる。
多分彼女は最初からこうあっさり終わるのを予想していたのだろう。
騎士であるキャラクター設定は伊達ではなかったか。
「大丈夫でありますか? じゃねーよ! せめてもう少し余裕持たせてからやらせろよ!」
「いふぁい! いふぁいのでありまふよ!」
事前にもっと説明とかあってもよかったんじゃないですかねぇ。
せめてもの仕返しに、俺は彼女に飛びかかり両頬を引っ張る。
ノールの両頬は、モチモチとしたなかなか良い触り心地だった。