商談開始
アーデルベルさんと偶然再会した俺達は商人組合の施設を後にし、彼の馬車に乗せてもらい王都にある本邸へ案内された。
到着するとそこはクェレスにあった家よりも遥かに巨大な屋敷で、建物の入り口まで馬車で少し移動するぐらい広い。
流通業をしているとか言ってたけど、ホントこの人どんだけ金持ちなんだよ……。
圧倒的金持ちの威光に圧倒されどぎまぎしつつも、屋敷の入り口に到着し俺達は下車した。
「お忙しいのに時間を割いていただいてありがとうございます」
「いやいや、大倉君達の話を聞く時間は惜しくもありません。君達のような冒険者と関わりを持てるだけでもありがたいことですから」
「うふふ、ありがとうございます。こうしてお話を聞いてくださるだけでも助かりました。商人組合の方では門前払いされてしまいましたので」
商人組合では作った商品の紹介すらさせてもらえなかったからなぁ。
こうやって話を聞いてもらえる機会を貰えただけでもありがたいことだ。
できればこのまま委託販売まで話を取り付けられたらいいのだが……。
期待と不安が入り混じる中、アーデルベルさんの後に続いて屋敷の中に入った。
するとタタタっと軽い駆け足の音と共に、笑顔のアンネリーちゃんが走ってきてアーデルベルさんに勢いよく抱き着く。
「お父さん、お帰りなさい!」
「ただいまアンネリー」
「今日は早いんだね! ……あれ? 後ろの人見覚えがあるような……」
アンネリーちゃんはちらりと顔を覗かせて俺の方を見たが首を傾げている。
えっ、前に会ってから時間が経ってはいるけど、まさか顔も忘れられたのか?
と思っていたのだが、アンネリーちゃんが俺の隣にいるシスハを見た途端それは否定された。
「あっ! 神官のお姉さんだ! お久しぶりです!」
「お久しぶりですね。エステルさんがいつもお世話になっています」
「ってことはこっちのお兄さんは……大倉さん?」
「は、はい……そんなに見た目わかりづらかったかな?」
「い、いえ……ちょ、ちょっとだけわかりづらかったかもです!」
あからさまに目を逸らしてアンネリーちゃんは気まずそうにしている。
……これ、俺の見た目が前と違い過ぎてわからなかったんだな。
今七三分けの髪型なのもあるけど、いつものフルアーマー平八の方で認識されてるんじゃないか?
何とも言えない気持ちになっていると、アンネリーちゃんはおずおずとした様子であることを聞いてきた。
「あの、エステルは今日いないんですか?」
「今日はアンネリーちゃんのお父さんとお仕事の話をしに来ただけなんだ」
「そうなんですか……」
「当初はお父様と会う予定がなくて連れてこられませんでしたけど、エステルさんも会いたがっていますのでまた近い内にお会いできると思いますよ」
「本当ですか! また今度遊びたいって伝えてくださいね!」
アンネリーちゃんは本当に嬉しそうな笑顔で喜んでいる。
ははは、これだけ会いたがっているのを知ったらエステルも喜ぶだろうな。
最近は色々と落ち着いて余裕も出てきたし、気軽に2人が会えるように今後は予定の調整とかをしていくか。
「娘がすみませんね。エステルちゃんと会いたいといつも言っているんですよ」
「エステルも歳の近い友達ができて喜んでいるので感謝していますよ」
「あのエステルさんが無邪気に喜んでいますからねぇ」
そんな会話を終えて俺達は客間へと案内されて、アーデルベルさんと商談を開始した。
一応警護として以前の護衛依頼でも一緒になったエゴンさんも室内にいる。
「それでは本題に入らせてもらいますが、大倉さん達は冒険者向けの魔導具を店舗で委託販売したいとのことでしたね」
「はい、馬車の中で簡単にお伝えしましたけどこちらが詳細です」
屋敷に到着するまでの間にある程度伝えてはいるけど、詳細に関してはまだ話していないので商人組合でも見せた資料をアーデルベルさんに手渡した。
彼は黙り込んでまじまじと読んでいき、全て読み終えたところで頷きながら感想を述べ始める。
「ふむ……なるほど。こちらとして条件は悪くない……むしろ好条件です。ただこれだと既存の店舗を持つ商人ですと、恐らく契約を結んではくれませんね」
「商人組合でも同じことを言われたんですよ。魔導具工房との関係が複雑で断られるという感じで」
「そうでしょうね。魔導具を売る店舗は殆ど既存の魔導具工房と契約を結んでいますよ。工房と契約を結んでいなくても、魔導師を抱え込んで独自に魔導具を販売する商人もいます。個人で魔導具を売る魔導師なら委託などせず自分で店舗を持ったりもするので、大倉さん達のような例はとても珍しいですよ。個人商店なら委託販売してくれるところもあるでしょうが……大半は同じように工房と契約を結んでいるので、探すのは難しいと思います」
言われてみれば自分で魔導具を作れるのなら、わざわざ品物だけ委託しようなんて人は少ないのか。
それで生計を立てようとしたら魔導具工房に入るか、自分で店を構えてやる方が稼ぎも多いだろうしな。
俺達としてもできるだけ多くの冒険者にガチャ装備を行きわたらせたいから、ある程度規模のある店舗で取り扱って欲しいのもある。
これ以外にもアーデルベルさんからの指摘は続いた。
「大倉さん達もこの条件なら自分達で店舗を構えた方が自由にできそうですが、委託販売したい理由がおありなんですか?」
「あー、えっと……」
「私達はあくまで冒険者活動がメインですからね。ですが手に入れた素材の加工をする術もあったので、せっかくなら品物を作って販売してみようと思ったんです。でも店舗を持つにはノウハウも必要で手間も多いですから、委託販売が理想的と考えました」
うろたえる俺の代わりにシスハが流暢に答えてくれた。
おお、本当にやり手の秘書のように対応してくれているぞ!
俺が答えても変なこと言っちゃいそうだから、黙ってシスハに任せておこう。
シスハの言い分を聞いてアーデルベルさんはさらに追及をしていく。
「確かに冒険者稼業をしつつ店舗経営は難しいですね。人を雇うなりしても少なからず大倉さん達に負担もあるでしょう。ですが稼ぎを考えるなら最初から委託料5割というのも譲歩し過ぎなのでは?」
「条件が条件ですからこれぐらいしないと受けてくれる人がいないと思いまして。それに魔導具を作る素材は全て自前ですから、これでも十分過ぎるぐらい利益はありますよ」
「大倉さん達の実力は十分に理解しておりますからその点は頷けますね。ですがこのメンバーカードというのは何故作ろうと?」
「それも販売戦略の一環ですね。ある程度品物を買い物してくださった信頼できる方にのみ、割引や特別なアイテムの販売を考えています。それと販売物をある程度把握するためです。私達の魔導具は非常に有用ですが危険な物もあるので、販路はしっかり把握しておきたいんです」
ガチャアイテムの販売は会員のみに考えているからメンバーカード制は譲れない。
魔石の入手条件の1つの仲間意識のこともあるけど、信用できない相手にガチャアイテムを渡すのは危険だからな。
それでもSR辺りまでの装備しか売る気はないから、他人に譲渡などされても問題はない。
何にせよ会員制にしておけばもしもの時に把握しやすいのも欠かせない理由の1つなのだ。
「なるほど、大倉さん達の考えはわかりました。ある程度納得できるものでしたし、メンバーカードというのも面白いですね。お得意様を作るだけではなく、売った後のことまで考えているのは脱帽いたしました」
「そ、それなら……!」
「はい、今のお話だけでも前向きに検討いたしますよ。実は以前クェレスに行ったのも今回の店舗開設に向けての一環だったんです。私達も魔導具の取り扱いを考えていたのですが、既存の魔導具工房と契約しても他の商人と競合するだけですので、新しい工房や個人の魔導師と契約できないか検討していたんですよ」
やったぞ! まだ契約してくれる訳じゃないけど、俺達が委託する条件はアーデルベルさんから悪く思われてないみたいだ。
まさか前にクェレスへ護衛したのが、王都に店を構える為の準備だったとは……今日このタイミングで出会えたのは僥倖だな。
あれ? でもあの時点で契約相手を探していたとなると、既に見つけている可能性も……。
そう俺が考え付いた頃には、既にシスハがその件について質問をしていた。
「あれから随分と経っていますが、もしかして既に工房や魔導師と契約をしていらっしゃいますか?」
「まだ契約は交わしていませんけど、いくつか候補は見つかりましたね。工房は難しかったのですが、専属契約してもいいという魔導士はいました。しかし素材と設備の提供などで難航していて……そこまでして他の工房と一線を画す商品を作れる保証もないので、非常に悩んでいました」
「そこでちょうど私達が提案してきた、というところでしょうか」
「そうなりますね。私としてもとても助かる提案だったのですが……」
「問題は肝心の商品、ということですか」
大手の店舗となれば取り扱う魔導具もかなりの物で、新しく参入して勝つのは厳しいだろうなぁ。
アーデルベルさんは既存の魔導具工房と契約しないで、魔導師を囲って新商品の開発を狙っていたけど、初期投資をして見合う物ができるか博打に等しいから悩んでいたと。
そこに俺達が魔導具を作って委託を持ち込んできたから、これ幸いといったところだろう。
俺達にとってもアーデルベルさんにとっても、まさに利害が一致しそうなタイミングだな。
これで俺達の作った商品がお眼鏡にかなう物なら、文句なしに契約成立しそうだぞ。
話もまとまり後は実物を見せるだけになり、見本として持ってきた品物を机の上に並べた。
まず見せる物は特に目玉商品になりそうなエステルの原石魔導具だ。
「とりあえず主に販売しようとしている魔導具がこちらです」
「これは随分綺麗な物で……宝石の原石でしょうか?」
「はい、ルゲン渓谷のラピスから採れる原石ですよ」
「ルゲン渓谷!? 大倉さん達はあんな場所にまで行っているんですか!」
「以前依頼で行ったことがあって、今も時々原石を採りに行ってるんですよ」
「そんな気軽にあそこまで行くなんて……さすがBランク冒険者ですね。これだけでも仕入れたい商人は沢山いるぐらいですよ」
俺達はビーコンでいつでも行き放題だけど、ルゲン渓谷はめちゃくちゃ離れた場所にあるからなぁ。
クェレスならまだ近いが王都から行くとなると非常に困難だ。
今でもノールのために原石探しに行ったりはしているから、契約が成立したら全員で本格的に原石狩りに行こう。
アーデルベルさんは原石を摘まんで興味深げに眺めながら質問をしてきた。
「これはどういった魔導具なのでしょうか?」
「赤い原石は攻撃系、緑は支援系、青や紫はその他の効果といった感じで大雑把に分けてあります」
「なるほど、具体的にどのような効果があるのですか?」
「攻撃系はエステルの爆破魔法が込められていますよ。威力はこの前試してみましたが、ミノタウロスぐらいなら1発で倒せましたね」
「……へ?」
アーデルベルさんはぎょっとした様子で机の上にある赤い原石を見ると、ワンテンポ置いて突然叫び声を上げ、同時にエゴンさんまで駆け寄ってくる。
「こ、こんな小さな原石でミノタウロスを倒せる魔法を!? し、仕舞ってください!」
「あっ、はい」
「お、驚かさないでくれ! お前はなんて物出しやがるんだ……」
「す、すみませんでした」
黙って話を聞いていたエゴンさんまで慌てた様子で、アーデルベルさんを机から遠ざけていた。
ミノタウロスを1発で倒せる程度でそこまで驚くほどなのか。
この前威力を試すのに訓練場の機能を使ってみたけど、最低品質の爆破原石ですら1個で問題なくミノタウロスを消し飛ばせた。
もうすっかり弱い魔物って認識だったけど、ミノタウロスってそこそこ強い魔物だったんだっけ?
「これでも低威力の物を持ってきたんですけど、これ以上となるとさすがに売るのまずいですよね?」
「ミノタウロスが1発で低威力……ちなみにこれ以上となるとどんな物が?」
「そうですね……アステリオスやコロッサスぐらいは1撃で、魔物50体ぐらいなら消し飛ばせると思いますよ」
「ま、魔物50体ですか……そんな物はさすがに取り扱いできませんね……」
俺の話を聞いたアーデルベルさんは頬を引きつらせて困惑した様子だ。
中品質ぐらいでミノタウロスなら50体程度は軽く消し飛ばす威力は出せると思う。
そんな物は売れないと俺だってわかってはいたけれど、まさか低品質の物でもやり過ぎだったのだろうか?
うーん、俺はまだ常識的だと思っていたが、ノール達に毒されてすっかり感覚が狂いつつあるな……。
この後に出す品物もやり過ぎじゃないか不安になってきたぞ。




