質問合戦
図書館で出会った女性、レビィーリアさんは笑いながらも俺達が探している魔人に関して話を持ち出してきた。
「それで魔人の話だったっけか? このレビィさんが知っていることなら教えてあげちゃうよ」
「あら、それは助かるわ。……けど、ただで教えてくれるって訳じゃなさそうね」
「ありゃま、バレちゃってますか。答える代わりに私も君達が知ってることを聞きたいんだ。高位の冒険者なら現場に行くこともあるだろうから、実際に見た人の話も聞いてみたかったからさ。あと君達に関しても知りたいですなぁ」
「わ、私達のですか? 別にお話しするようなこともないと思いますけど……」
「こりゃまたとぼけたご冗談を。大倉平八っていえば今王都で1番話題の冒険者じゃないか。そんな相手に興味持たない訳ないし、絶対面白い話握ってるよね」
そうまた愉快そうにレビィーリアさんは笑っているけど、俺とエステルはまたチラリと目配せをして意思の疎通を図る。
偶然ぶつかった感じの出会いだったが、俺達のことを相手は既に知ってたようだな。
王都で話題になってるのは前から聞いていたから知っているのは不思議じゃないけど、何かこの人は警戒しないといけない雰囲気を感じる。
その上でエステルは大丈夫だと判断したのか、頷きながら彼女の話に返答をした。
「知ってもらえているなんて光栄だわ。それじゃあ、お互い順番に質問していきましょうか」
「ほほぉ、なかなか肝が据わってるお嬢さんだね。いいよ、どんどん質問しちゃってくださいな」
そう言ってまず先に俺達が質問するように促された。
質問に関してある程度関係ある話は1つのものとして扱うとのことだ。
エステルさんなら上手いぐらいに聞き出してくれそうだし、俺は黙って置物になっておこう。
「まず魔人についてなんだけど、魔人って一括りにされているけど本当は色々な種族が混ざっている総称じゃない。なのに全て同じ種族のように扱われているのはなんでかしら?」
「あー、それは魔人が多種多様過ぎるからだね。というか、同じ種族内でも見た目が違い過ぎて判断できないからそうなってるんだ。例えばデーモンと呼ばれる種族がいたそうだけど、同じデーモンでさえ尻尾があって魔物に近い見た目だったり、私達に近い容姿をしていたりで纏まりがなかったとか。だから見た目が人類と大きく違っていたら魔人って区別されていたそうだよ」
「ふーん、納得できるようでできない理由だわ」
エステルは不満そうにしているけど、これはある意味俺達が聞きたかった話の1つかな。
知識人っぽいレビィーリアさんがこの認識なら、この国で魔人は広く一般的にそう思われてると考えてよさそうか。
実際俺達が遭遇した魔人でも、同じアークデーモンであるマリグナントとミラジュは全く違う。
彼女の知識が本当だって証明にもなったから、本命の質問への下準備はできたってところか。
質問は順番ってことだったから、お次はレビィーリアさんが俺達に質問する番だ。
「それじゃあ次は私だね。うーん、そうだな……平八君、ずばり君はどこから来たのかな?」
「えっ、わ、私のことですか?」
「……何、お兄さんに興味あるの?」
「いやいやいや、ただの好奇心だってば! そう怖い顔しなさんな!」
エステルに鋭い目つきで睨めらたレビィーリアさんは青い顔で必死に否定している。
お、俺のことが聞きたいっていうのは驚いたが、それ以上にエステルさんが怖過ぎるんですが……。
レビィーリアさんは言い訳するように立て続けに理由を言い始めた。
「いやぁ、大倉平八なんて名前珍しい響きだし、この辺じゃ見かけない人種だからさ。そんな君が突然この国に来て有名になったら気になるでしょ?」
うーん、確かに俺はこの世界の人間じゃないんだから名前も聞き慣れないだろうし、見た目だって珍しいのはあるな。
さて、どうしたものか……適当に答えることもできるけど、知識人のレビィーリアさんに下手は嘘はすぐバレそうだ。
……待てよ、この機会をむしろ活用するべきなんじゃないか?
これだけ知識がある人なら地球に関して何か知ってるかもしれない。
一応地球に帰る方法を探すことも俺の目的の1つだし、質問に答えつつ情報を引き出すか。
言えない部分もあるから誤魔化しつつ俺は返答を始めた。
「地球って多分遠く離れた場所をご存じないですか?」
「地球……? それってどの辺りにある国なのかな? 多分っていうのもあやふやだなぁ」
「実は私もどこにあるかわからないんですよね。気が付いたらこの国にいたんですよ。記憶も曖昧で持ち物からその国が関係あるってわかったんですけど……」
「えぇ……それって記憶喪失ってこと?」
「全部忘れた訳じゃないですけどそれに近いと思いますね。レビィさんは聞いたことないですか?」
「いやぁ、そんな国は初耳だねぇ。通りで聞きなれない名前な訳だ」
レビィーリアさんは腕を組んで首を傾げて考える素振りをしているが、本当に知識にないのか困った顔をしている。
この人でも全く聞き覚えがないってことは、人に聞いたりして情報が手に入る線は皆無になったと言ってもいいレベルだぞ。
人を見抜くのに長けたエステルの方を見ても首を振っているから、彼女が嘘を吐いてないのは明確だ。
はぁ、望み薄だったとはいえ本当に地球に帰還することに関しての手掛かりは掴めそうにないな。
レビィーリアさんの質問が終わり、またエステルの番になり質問を投げかける。
「じゃあ次なんだけど、アルグド山脈にある森について知りたいわ」
「うん? アルグド山脈……クェレスから離れた場所にあるところだっけ。あんな辺境に何かあるのかな?」
「この前そこにプルスアルクスって果実を採りに行ったのだけれど、その関連で気になる話を聞いたのよ」
「あっ、それって幻の果実じゃんか! そういえばあれアルグド山脈で採れるんだったっけ。果実に関して聞きたいってこと?」
「実はそのプルスアルクスだけれど、魔人と戦争をする前はもっと流通しやすかったって話を聞いたのよ。今回私達も見つけるのに苦労したから、その時と何が違うのか気になったの」
アルグド山脈にいるエルフが認知されているのか、そして扱いがどうなっているのかが本命の質問だ。
さすがエステル、エルフの存在を隠しつつ情報を引き出せるように上手く誘導しているな。
「うーん、人魔戦争の前の時代の話かぁ。確かその時はアルグド山脈の近くに村があって、そこと取引してたって記録があったはずだよ」
「私達が行った時はそんな村なかったけど、戦争の後はどうなったのかしら? それにあの森に入って果実を採れるってただの村じゃなさそうじゃない」
「人魔戦争の際に魔人の侵攻にあって滅んだらしいよ。あー、そういえばあの村はエルフって種族が住んでたって記録されてたね」
おお、この話はエルフの里でグラリエさんが言ってた話と一致するな。
ということはこれも本当にあったことだって確定した。
200年前の話なのにちゃんとイヴリス王国側も把握はしていたのか。
とにかくエルフって単語をレビィーリアさんから引き出せた。
エステルはそのエルフに関しての質問を続ける。
「そのエルフって魔人じゃないの? どんな特徴があるのか詳細はない?」
「んー、これ以上は別の質問って感じがするけど……まっ、いっか。細長い耳以外は私達と殆ど変わらない見た目で、森での活動に長けていたって話だね。だから果実も簡単に採ることができたらしいよ。エルフが魔人かどうかはちゃんと区別はされてなかったかな」
「じゃあ一応魔人じゃない可能性もあるってこと?」
「もし今もいるとしても即魔人と判断はされないんじゃないかな。まあ、これは私個人の見解だから国としてどう判断するかわからないよ。何にせよ現国王が即位なさってからは、魔人判定はだいぶ慎重に行っているらしいからね。未だに他の種族が見つかったって話は聞かないけどさ」
ふむふむ、魔人っぽいから即殲滅しろって話にはならなそうだな。
レビィーリアさんの言う様にこれは彼女の考えだから鵜呑みにする訳にもいかないけど、エルフの存在が判明しても友好関係を築ける可能性はあるか。
この話の裏取りはしっかり行うとしても、エルフの里で起きた異変の報告は前向きに考えられそうだ。
俺達の質問が終わりまたレビィーリアさんが質問する番だったのだが……彼女はそれを言い切れなかった。
「じゃあ、次は――」
「レビィーリア様」
「げっ」
振り向けば青い髪の男性がいて、その服装は白いマントに甲冑とまるで騎士のようだった。
彼を見たレビィーリアさんはしまった!? と言いたそうに頬を引きつらせている
その様子を見て男性は呆れ気味に話を続けた。
「やはりこちらにいらっしゃいましたか。団長がお呼びですから今すぐお戻りください」
「あちゃー、もうそんな時間だったのか。はぁ、まだ1回しか質問してないのになぁ」
額に片手を当てて困り顔をしたレビィーリアさんは、ため息を吐きながらも席を立った。
「平八君、エステルちゃん、すまないね。お迎えが来ちゃったから話の続きはまた今度だ。1回分そっちが質問多かったのはお詫びってことで頼むよ」
「色々と有益な話をありがとうございました」
「少なかったけどいい情報をありがとうね」
「どういたしましてっと。いやぁ、私も実に有意義な話ができて楽しかったよ。それじゃあ会う機会があればまた話そう!」
そう言ってレビィーリアさんは手をヒラヒラと振りながら去っていく。
俺とエステルは急な展開に目を点にして唖然としながらそれを見送る。
ちなみに山積みになっていた本は何故か警備員がやってきて、全て本棚へと戻していた
「騎士っぽい人が迎えに来たけどあの人何者だったんだ?」
「ただの知識人とも思えなかったけれど……しかも団長が呼んでるとか言われてたわね」
あの騎士っぽい人にレビィーリア様とか呼ばれていたよな……それに団長が呼んでいる?
見た目から判断したらどこかの団にでも所属しているっぽいけど、一体何者だったのだろうか。
有名な人かもしれないし今度クリストフさんに聞いてみるとするかな。
「とりあえず情報も手に入ったし今日は帰って……あれ? 何か忘れているような……」
「――今の誰なんだい?」
「うわっ!?」
「あら、そういえばマルティナも一緒だったの忘れてたわね」
いつの間にか俺とエステルの背後にフードを深く被ったマルティナが佇んでいた。
やべぇ、すっかり一緒に来ていたのを忘れていたぞ……。
というか今の誰か聞いてくるってことは、レビィーリアさんがいる時から気配を消して見てたっぽいぞ。
「本を探してたんじゃなくて俺達が話してるのずっと見てたのか? 話に加わってくればよかったのに」
「だって知らない人だったし君達も話に夢中だったし……ぐすん」
「ふふ、仲間外れにしちゃったみたいでごめんなさいね」
目尻に涙を浮かべて指先をツンツンと合わせてマルティナはいじけていたが、エステルが微笑みながら頭を撫でて慰めている。
まさか知らないレビィーリアさんがいたから近づいて来なかったって……こいつも相当な人見知りなんだな。
そんな感じで聞きたい話も得られたので俺達は図書館を後にした。
本はマルティナがしっかりと探してくれていたみたいで、彼女のメモにびっしりと本のタイトルが書かれていたから後で自宅の図書館で生成するつもりだ。
……一部趣味の本が混ざっているようだが、俺達の代わりに探してくれてたんだから別にいいか。
そう思いつつ図書館からある程度離れたところで、急にマルティナが気になることを言い出した。
「あのさ、さっきの人聖騎士だったよね?」
「えっ、聖騎士?」
「うん、神官のような力があるのを感じたよ。だから僕は姿を見せずに観察してたんだ。それに動きからしてスカートの中に武器も持ってたと思う。少なくとも両足に2本は帯剣してたかな」
「私は全く気が付かなかったわね……。でもそれだけで聖騎士だってわかるの?」
「クック、あらゆる者から襲撃を受けた僕の勘がそう告げているのさ! アルヴィさんやファニャさんほどじゃないにしても、そこそこの使い手って印象かな。僕なら造作もなく逃げられる程度の実力だね」
「相手の実力測る基準が逃げられるかどうかなのかよ……」
な、なんだと……レビィーリアさんってそんな実力者だったのか!?
俺は凡人だから当然だけど、エステルも戦闘力を見破るのはあんまり得意じゃないからな。
実力があるのに最も臆病なマルティナは、他人の力を見破るのに長けていそうだし勘っていうのも馬鹿にできない。
聖騎士ってなると団長に呼ばれていたっていうのも納得できるが……あの人まさか国や軍に関係ある人だったのか?




