採取報告
図書館やら模擬戦やらで色々とあったが、あれから数日経ってようやく俺達は冒険者協会へ幻の果実を入手したと報告をしに行くことになった。
本来の目的であるプルスアルクスではなく上位互換的なイリスアルクスではあるけど……まあ、何とかなるだろう。
そう楽観的に考えながらエステルを連れ添って協会へとやってきた。
そしてすぐに協会長であるクリストフさんの部屋へと案内され対面の席に着くと、彼は感心した面持ちで口を開く。
「もうアルグド山脈から帰ってくるとは、君達の行動の早さには相変わらず驚かされるよ」
「あはは……そう言ってもらえて安心しました。相手方をあんまりお待たせする訳にもいきませんからね」
「アルグド山脈の探索は私達でも大変だったわ。プルスアルクスが幻の果実って言われるのもよくわかったわ」
「君達でもやはりあの森での探索は大変だったようだね。だがこうして無事に果実を採取できたようで何よりだ」
口でこう言っておいたけど、多少遅らせて来たのにまだ早いって評価なんだなぁ。
さて、クリストフさんはすっかりプルスアルクスを入手できたって思っているみたいだけど、採取してきた物が別だってちゃんと説明しておかないとな。
「あー、実はですね……プルスアルクスは入手できなかったんです」
「入手できなかった!? 君達でも幻の果実の採取は無理だったとは……正式な依頼ではないから問題はないから、断りは私の方でしておくから心配しないでくれ」
「早まらないで。プルスアルクスは採取できなかったけど、代わりの物を持ってきたの」
エステルの目の合図を受けてバッグから細長い虹色の果実、イリスアルクスを取り出して机の上に置いた。
「こちらです、ご確認ください」
「こ、これは、虹色に輝く果実……プルスアルクスではないのかね?」
「ある知り合いに聞いてみたのですが、これはイリスアルクスと呼ばれる果実らしいです。これも一応幻の果実と呼ばれる物の一種みたいですよ」
「イリスアルクス……聞いた事がない果実だ。確かにプルスアルクスは丸い果実だと言われているがこれは長細い。だが幻の果実と呼ばれているだけあり情報が少なく、これと何が違うのか私じゃ判断が難しい」
「そうね。採取してきた私達も判断がつかないもの。けど、求められている物かわからないのに交換したら問題になるじゃない? だから違う果実だって宣言しているのよ。判別できる人に関しては訳ありで紹介はできないわ」
「幻の果実かどうか判断できる知り合いがいるとは、君達は想像以上の伝手を持っているのか。詳しく聞きはしないが……やはり気になるな」
「あはは……すみませんがエステルが言ったように色々と理由があって言えないんですよ」
「ふむ、本当に残念だが諦めよう。あまり無理に聞いても迷惑だからね」
俺達を信用してくれているからそう口にしているけど、鋭い目つきでこっちを見ていて内心諦めてなさそうだぞ……。
アルグド山脈に住むエルフに教えてもらいました! なんて今は当然言えないから笑って誤魔化しておこう。
さて、それだけじゃなくてアルグド山脈に関して誰か行かないように手を打っておかないと。
エルダープラントとの戦いでエルフの里の結界が揺らいでいたみたいだから、出来たらしばらく人が来ないようにしてほしいと言われていた。
実際今のアルグド山脈はかなり不安定らしく、不規則にイータートレントが出没する可能性もあるから下手に人が来たら被害が出るって話だ。
なので俺は予めエステルと相談して決めておいた話をして、冒険者だけでも近づかないように話を持っていくことにしていた。
「この果実を採りに行った時にアルグド山脈でとんでもない魔物と遭遇したんですよ。私達も正体はわからないんですけど強さが桁違いでした。一応魔物の一部を持ち帰ってきたので調べてみてください」
そう言って俺はボーリング玉ほどの大きさをした黒い種と、黒い人間サイズの花弁を取り出して机に広げた。
これはエルダープラントの放った種子弾と消し炭になった本体の花の一部だ。
クリストフさんはそれを手に取ると何やら確認している。
種子弾に関しては重過ぎたのか持ち上がらず口を開けて驚愕していた。
「こ、この球はなんて重さなんだ……それにこの花びらも鋼鉄以上の硬さだ。君達が桁違いと言うからには私では想像できそうにない魔物のようだ。一体どのような魔物だったのか教えてもらえないか?」
「シルウァレクトルのような蔓状の魔物だったんだけれど、視界が全部埋まりそうなぐらい巨大だったの。本体は花まで咲いてて無数の蔓も伸びて、一瞬で森が更地になるぐらいの攻撃をしてきたわ」
「そ、それは確かにシルウァレクトルではなさそうだ。信用しない訳じゃないがそんな魔物がいるとは、ドラゴンと比べても見劣りしないだろうね」
どんな魔物か想像しているのか、クリストフさんは冷や汗を流しながらエルダープラントの素材を眺めている。
もう一押しすればアルグド山脈に冒険者が行かないように通達してもらえそうだな。
「何とか倒せはしましたけど、森の地形もだいぶ変わってしまってあの周辺の魔物の生態も変わったと思うので、しばらく人が近づかない方がいいと思います。手強いトレントも湧いていたのでかなり危険でしたから」
「それほど激しい戦いがあったとは……アルグド山脈にまで行く冒険者は皆無だが一応注意喚起はしておこう。万が一にも幻の果実の話が流れて興味を持つ者がいないとも限らないからね」
よし、何とか想定した流れに話を持って行けたな。
まあ実際にアルグド山脈に行ったところで、エルダープラントとカロンちゃん達が戦った跡を見たら即回れ右して逃げ出すと思う。
俺だったら知らずにあの現場を見たら即逃げ出してるもん。
さて、したかった話もしたから果実を採取することになった取引の話に戻すか。
バッグから一口サイズに切り分けられたイリスアルクスを取り出して机に置いた。
エステル特製の透明な保冷箱に入れており神秘的な虹色の輝きを放っている。
「それと今回交換するにあたって、まず相手方にこの果実でいいか確認をしてほしいんです。完美品とは別にこちらの切り分けた物があるので食べてもらって判断してください。小さくて申し訳ないですけどね」
「ほお、中身もこれほど美しいとは食べるのが勿体なく思えるな。切り分けられていても新鮮だとはっきりとわかるよ。アルグド山脈からこんな状態で持ち帰るとは君達には驚かされてばかりだ」
「魔法で鮮度を保っているのよ。完美品の方もしっかりと管理してあるからその点は心配しないでね」
「……やはり君達をBランク冒険者にしておくのは惜しいな」
「あ、あははは……前向きに検討していますので今は勘弁してください」
おいおい、今回は冒険者協会の依頼じゃないんだから昇格の話は持ち込まないでほしい。
一体Aランクになったらどんな依頼を回されるのやら……。
切り分けられたイリスアルクスをクリストフさんに渡して、後日これを食べてもらってから取引相手に神魔硬貨と交換するか決めてもらうということで話がまとまった。
今日の用事はこれで終わり……といきたいところなのだが、王都で調べたいことがあったからクリストフさんに聞いてみよう。
「それとお聞きしたいんですけど、色々と情報を知れる場所ってありますか? 例えば図書館のように本が沢山ある場所とか」
「ふむ、それなら王国立図書館がいいだろう。ただ何分本は貴重なもので入館はそれなりの金額がかかるよ。それと重要な本のある区画は許可が下りなければ入れない」
「許可が必要って区画でそんなに本の違いがあるんですか?」
「一般区画にある本は基礎的な知識の物や人気のある文学が大半だ。写本もかなりの数があるから紛失しても比較的問題ない物ばかりだ。許可の必要な区画は技術関連や歴史など専門的な分野が多い。魔族に関して詳しく書かれている本があったのもあの区画だったね」
図書館に許可制の区画があるだと!? というか普通に入るのも金がかかるのか……てっきり無料で開放されてるもんだと思っていた。
この世界に関しての情報も色々集めたいし、亜人や魔人がどういう扱いになってるかも詳しく知りたかったけど色々めんどくさそうだな。
どんな本があるかわかれば自宅の図書館で出すこともできそうだから、1回ぐらいは行っておかないとな。
そう思案していた俺とは違いエステルは許可が必要な区画に関して興味があるようだ。
「許可ってどうすれば下りるのかしら?」
「図書館に支援をしている者や信用を得ている者だな。一定量以上の寄贈や寄付などの支援をすれば許可が下りやすい。信用を得ている者というのは、既に許可を得ている者からの紹介か貴族など権力のある者達だ」
「王国立って言うぐらいだから貴族には許可が下りるのね。支援っていうのは大体商人辺りかしら?」
「お察しの通りだ。ただ許可を得ている者からの紹介というのも、誰でも出せる訳じゃない。一応私も入る許可は得ているのだが、他人を紹介できるほどではないからね」
はー、許可を得ている人の中でもさらに他人に許可を出せる人と出せない人で区別されているのか。
図書館でそんな権力差みたいなのが存在するとか、運営している国がそういう方針なのかねぇ。
貴重な本があるっていうのも理由だろうけど、信用できる人にしか見せられない情報が書かれた本があるって見方もできるな。
「図書館で何か知りたいことがあるのかな? 私でよければ力になるがどうだろうか」
「あー、いえ、とりあえず自分達で調べてみますね。もし知りたい情報が得られなかったら協力してほしいです」
「それぐらいお安い御用だ。特別な区画に入りたいようなら、私の方で一応紹介状を書いてみるよ。駄目だとしても一定の信用は得られるはずだ。その後は君達が図書館に支援をすれば許可が下りる可能性もある」
「なるほどぉ……わかりました。一般区画に本がなかったら考えてみます。色々と教えてくださりありがとうございます」
これで取引に関しての話と知りたい情報が聞けたので俺達は協会を後にした。
「この世界にも図書館はあるけど有料だったり許可制だったりめんどくさそうだなぁー」
「本が貴重だってなれば仕方がないわよ。維持費だってかかるだろうし有料でも一般公開されてるだけありがたいわ」
うーむ、俺としてはもっとお手軽に行ける場所だと思っていたが、図書館って割と繊細そうな場所なんだな。
そう思うと気軽に本が読める自宅図書館の存在はかなりありがたいのかもしれない。
王都にある図書館でタイトルだけ調べて、後で自宅の図書館で生成できるならゆっくり確認できそうだ。
エステルと本に詳しいマルティナを一緒に連れて行って色々と調べてみようかな。
せっかくのGWなので掲示板回をまた書いてみましたので活動報告に掲載いたしました。
注意書きをご確認の上お読みいただけると幸いです。
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