模擬戦③
「くっくっく、ついに僕の番だ! 華麗なる鎌捌きを君達にお見せしよう!」
「そんなもん見せなくていいんだが……お手柔らかにお願いします」
マルティナは大鎌をブンっと振り回しながら肩に乗せ、ビシッと片手を突き出してどや顔で決めポーズをしている。
ノールやフリージア達の戦いに触発されたのか完全にやる気満々だぞ。
「お兄さん、頑張ってね。今のお兄さんならきっとマルティナともちゃんと戦えるはずよ」
「お、おう。自信はないができるだけやってみるよ」
「今までの私の教えをちゃんと活かして戦ってみてほしいのでありますよ」
「相手の動きをよく見て先の先まで考えてくださいね。あの大鎌ですから予備動作も大きくて比較的見切りやすいです。ただ警戒する点もいくつかありますけど……まあ、そこは自分で見つけましょう」
シスハはそれ以上教えてくれるつもりはないのか、にっこり微笑みながら黙り込んだ。
おいおいおい、そこまで言うなら最後まで全部言ってくれよ!
だけど大鎌だから予備動作が大きくなるっていうのはいい助言だな。
あの見た目に圧倒されて怖気づいていたけど、それなら俺でも攻撃は避け切れそうだ。
警戒する点がいくつもあるっていうのは気になるが……うーん、すぐわかりそうにないな。
そんな感じで俺がノール達に応援される一方、マルティナの方にはフリージアとルーナが声援を送っていた。
「マルティナちゃんの戦い見るの楽しみなんだよ! カッコいいところ期待してるんだよ!」
「えっ……へっ、へへへへ、期待、期待してる……任せて! 大倉さんを徹底的に切り刻んで見せるよ!」
「うむ、私を倒した時みたいにスパッとやれ。遠慮はしなくていい。わからせろ」
「わかった! ヴァラドさんがそこまで言うなら僕やるよ!」
マルティナから濃い紫色のオーラがバリバリと漏れて目も同じように輝いている。
おい! ただでさえ俺より実力上なのに発破かけてさらにやる気を引き出すなよ!
切り刻むとかスゲー物騒なこと言ってやがるし!
そんなこんなで模擬戦をする準備を整えて、液晶モニターの対戦画面で俺とマルティナを選択して現れた青い壁に入っていく。
地形は何もない平野、俺の装備はエクスカリバールと鍋の蓋、そして選んだUR装備は聖骸布だ。
素の実力をできるだけ確かめたかったから今回はサイコホーンは選ばなかった。
マルティナと俺はある程度距離を取って向かい合い武器を構えて距離を取り、ノール達に合図を送るとブーっと試合開始のブザーが鳴る。
とりあえず様子見で動かずに待ちの姿勢でいると、マルティナがバッと両手を広げたので身構えた。
そして何をするのかと思えば、笑い声を上げながら片目を手で覆い隠している。
「くっくっく、秘めたる真なる力は封じられたが、冥界の力を宿す我が大鎌によるワルツで君を――」
「へやああぁぁ!」
言い切る前に俺は走り出してエクスカリバールを振り下ろしたが、マルティナは慌てて飛び退いてその攻撃は宙を切った。
「ちっ、避けやがったか」
「あっぶな!? 人が口上を言ってる時に攻撃する奴があるか! この前もそうだったよねぇ!? 騎士道精神はないのか!」
「うるせぇ! 油断してる方が悪いんだろが!」
「ぐぅ……そうかい、そうかい、君がそういう考えなのなら本当のマジで遠慮しない。地面をよく味わってもらうよ」
ゴゴゴっと効果音が鳴りそうなぐらいな雰囲気を漂わせて、マルティナも大鎌を構えて臨戦態勢を取っている。
くぅ、不意打ちで1発でも入れられたら多少有利に戦いを進められそうだったのに!
とにかくマルティナに攻撃する暇を与えないように、俺は続けて攻撃を始めた。
「とぅー! へあぁー! ぬおぉぉぉぉ!」
掛け声を出しながら縦、横、突きと様々な攻撃を繰り出していくが、マルティナは涼しい顔をしてことごとく俺の攻撃を避けている。
大鎌を持っているとは思えない軽々しい足さばきで動いて掠りもしない。
マルティナが俺の攻撃を後ろに下がると同時にニヤっと笑っている。
「クックッ、無駄に叫んだところで攻撃は当たらないよ――っと!」
「うおっ!?」
嫌な予感がして慌てて止めて頭を下げると、すぐ真上をブンっと音を立てながら大鎌が通り過ぎていく。
そして脇目も振らずににその場を飛び退くと、マルティナは勢いをそのままに大鎌を下から縦に振り上げて俺がさっきまでいた場所を盛大に切り裂いていた。
あ、あのままあそこで防御を固めていたら、股から頭の天辺まで切り裂かれて……ゾッとしてくるぞ。
攻めていたはずなのに一瞬の合間を縫ってあの攻撃、マジで死霊術師とは思えない戦闘力だな。
今ので迂闊に近づけずにいると、マルティナは遠慮なしに大鎌を振り回して襲い掛かってくる。
大鎌による攻撃はシスハの言う通り大振りで避けやすくはあるけど、間合いが長い上に攻撃範囲も広くて厄介だ。
幸いにもやはり近接戦闘専門じゃないおかげか、鍋の蓋でちゃんと攻撃を受ければダメージがないから何とかなっている。
よく観察して攻撃の後の隙を突こうと思っても、全身を使ったマルティナの鎌捌きでタイミングが掴めない。
剣や槍と違って形状的に長さが把握し辛くて、柄の掴む位置を変えて棒のように振り回して速度まで調整してやがる。
華奢な見た目なのにあんな大鎌ブンブン振り回しやがって……恐ろしい奴だ。
反撃もせず必死になってマルティナの攻撃を避け続けていたが、観察していて1つ気が付いたことがある。
彼女は攻撃する時こっちに一定以上近づくことがない。
単純に俺からの反撃を避けるためでもありそうだけど、それ以上にあの大鎌のせいで距離が制限されているように見える。
刃の部分も大きくてそれ相応に柄の部分も長くて、相手に近づき過ぎると槍のように攻撃がしづらいようだ。
それに刃の向き的に斬り返しがし辛いようで、いくら取り回しが上手くても攻撃後に僅かな隙があった。
そこでこの平八は考えた、突っ込めばいいと。
さっき近づいた時も後退しながら斬り付けてきたし、離れようとしても前に出れば刃の部分は当てづらいはずだ。
最悪さっきの戦いでルーナがやったように、抱き着いて締め上げる選択もある。
……後が色々と怖いからあんまりやる気はしないけど。
という訳でマルティナの攻撃を避けた直後に俺は前に向かって思いっ切り突撃した。
彼女はそれを見て目を見開いて驚いた様子で、俺の狙いは悪くなかったようだ。
へへっ、悪いな! と内心笑いながらエクスカリバールで攻撃しようとしたが、その前に腹に衝撃が走った。
「ぐへっ!?」
何が起きたのかと思えば、マルティナが大鎌の柄の部分で俺の腹を打ち付けていた。
それでも何とか反撃を加えようとしたが、さらに頭が跳ね上がり視界が暗転したと思えばまた腹に衝撃を受けて俺は後ろに転がる。
すぐに起き上がって腹を抑えながらも前を見れば、マルティナが片足を上げていてどうやら蹴り飛ばされたようだ。
「間合いの内側に入ってくる発想はよかったけど、刃だけを気にし過ぎだね」
「く、くそぉ……」
ぐぅ、無理矢理にでも接近してくるのは予想していたってことか。
確かに刃の部分を気にしていたけど、まさか柄や足技をしてくるとは思ってもなかった。
攻撃力は大したことないからダメージは全然ないが、迂闊に近づくとああいう反撃がくるのは警戒しないといけないか。
突撃作戦も失敗に終わってまた一定の間合いを取りながら戦いを再開したが、お互いに決め手に欠けてしばらく打ち合いが続いていた。
そこで俺は次の作戦、鍋の蓋で相手を叩きつけるいわゆるシールドバッシュを実行してみた。
エクスカリバールをブンブンと振り回して注意を引きつつ、隙ができたと思った瞬間に顔面目掛けて鍋の蓋を叩きつける。
が、マルティナは大鎌の柄の上下部分を持って腹で受け止めて、ザザッと足を滑らせながら衝撃を逃がし切った。
「……お前、ゴーストとか使って俺の思考読んだりしてないか?」
「君の動きが単調で読みやすいだけさ。盾を叩き付けてくるぐらいは想定範囲内……狙いがあからさま過ぎてバレバレだったよ」
「マジ?」
「露骨にその剣みたいな武器での振り回しが雑で当てる気ないんだもん。それでいて盾? の方には不自然に力が入ってるし……というか何で盾が鍋の蓋なんだい?」
「これがつえーからだよ!」
畜生、ノールがよくやっているのを真似してみたけど上手くいかなかったか。
確かに注意を逸らすためにエクスカリバールを振り回していたが、それで攻撃を当てる気がないとかわかるもんなのかよ。
俺の浅知恵による打開策は2回とも不発に終わりまた斬り合いが続き、マルティナの動きにもだいぶ慣れてきて攻撃を捌くのにも少し余裕が出てきた。
その間にも何度か突撃したりシールドバッシュを懲りずに仕掛けてみたが、的確に対応されて決定打にはならない。
強いには強いのだが近接戦闘に特化したノールに比べると、やはり攻撃力も速さも見劣りするな。
これなら戦う内に他の決め手が思いつく……なんて考えた途端にそれは起きた。
目の前にいたはずのマルティナが一瞬で視界から消えたのだ。
バッと後ろを振り向いたけど姿は見当たらず、どこに行ったのかと思ったのだが……前を向いたら既に大鎌が目前に迫っていた。
「へっ――ふぐっ!?」
バッサリと俺は体を斬り付けられて体が怯むと、続け様にもう1回体を切り裂かれて軽い痺れが全身に広がりたまらず片膝をついた。
そして俺のHPが尽きたのか戦闘終了のブザーが鳴り、顔を見上げれば空中にデカデカとマルティナWINと表示されている。
「ま、負けた……だと」
「クックックッ、僕の勝ちだ! でもいい勝負だったよ!」
マルティナは笑いながらも手を差し出してきたので、それを握り返すと引っ張てくれて俺は立ち上がった。
くっそ、自信はないと口では言っていたけど、やっぱり負けると悔しい……悔しい! 悔しいです!
悔しさで肩から力を抜いてトボトボとノール達の方に向かっていくと、エステルが笑顔で出迎えてくれた。
「お兄さん、お疲れ様。頑張ったじゃないの」
「頑張ったつもりだけどさ……あんな一方的に負けるとやっぱつれぇーわ」
「うーん、そこまで悪くはなかったでありますけどね。大倉殿の動きは成長を感じられたのでありますよ。むしろマルティナが想定よりも強かったでありますね」
「私は1対1で戦ったからかもしれませんが、私としてはマルティナさんの強さは概ね予想通りでしたね」
「あら、そうなの? デバフとアンデッドなしでもあんな強いとは思わなかったわ」
「確かにデバフとアンデッドは強力な能力ですけど、使っている間は集中力を分散してますからね。近接戦闘のみ集中したら私よりも強いと思っていました。エクスカリバールで強化されている大倉さんの攻撃を避け続けるのは、普通だったら相当難しいですからね」
エクスカリバールで攻撃速度が強化されているから、それなりに速いつもりではいた。
それでも全部防がれたのはマルティナの攻撃を見切る能力がそれだけ高いってことか。
反撃してくるタイミングもいつも絶妙だったから、無理に攻撃をしにいくこともできなかったしな。
そんな評価をされているマルティナはというと、ルーナとフリージアに褒められて頬をだらしなく緩めていた。
「マルティナちゃんすごーい! 平八ボコボコだったんだよ!」
「うむ、それでこそ私を倒した奴だ」
「えへへへへ……そ、それほどでもー」
人のことボコボコとか言わないでもらいたいんだが! 実際に一方的にボコボコにされたけどさ!
思い返しても悔しさがこみ上げてくるが、それ以上にやはりマルティナも強いんだなと憧れるような気持ちも湧き上がってくるから素直に称賛しておこう。
「いやぁ、お前本当に強いな。マジで完敗だった。死霊術師でデバフもアンデッドも制限してるのに、あんなに手も足も出ないとは思ってなかったぞ」
「戦いの最中にも言ったけど君の動きは単調だったからね。でも、僕もそこまで余裕があった訳じゃないよ?」
「えっ、そうなのか?」
「攻撃の威力は高いから打ち合う度に手が痺れてたもん。それに振りも速いから避けるのに集中もした。単調とはいえ僕の動きもかなり読まれてたから気も抜けなかったね。もし1回でも読みが外れて攻撃を受けたらなし崩し的にやられてたかも。正直なところ、最初鍋の蓋で殴り付けられた時ヒヤッとしてたからね」
「あー、マジかよ。狙い自体は悪くなかったのか……そういえばさ、最後に姿が消えたのは何をしたんだ?」
「ガイストクライトの効果だよ。本気で能力を使えば目の前にいても相手が認識できなくなるのさ。本当に一瞬だけだから奥の手だけどね」
なるほどな……姿が消えたから定番である背後を警戒してみたけど、実はあの時そのまま前にいたってことか?
マルティナのUR装備のローブであるガイストクライトには、認識阻害と敵意減少の能力が付加されている。
一瞬とはいえ目の前にいるのに認識できなくなるとか、専用UR装備の効果の恐ろしさを実感させられるな……。
「まあ装備の性能によるところが多いですけど、ここまで戦えるのなら大倉さんも基礎は着実にできつつありますね。UR装備全部ありにすればマルティナさんに勝つのも夢じゃありませんよ」
「そ、そこまでされるなら負の力とかありにさせてほしいかな……」
「大倉殿がここまでご立派に成長されて私は嬉しいのであります。これなら私も遠慮なくビシバシ訓練してあげられるのでありますよ!」
「いや、お前は張り切らなくていいぞ! 何されるかわかったもんじゃねぇ!」
「ふふふ、いいじゃない。せっかくできた訓練場だもの。私達全員でたっぷりお兄さんを鍛えてあげちゃうんだから」
にやりと笑うエステル達を見て俺は背筋に悪寒が走ってきた。
はは、はははは……確かに訓練するために作った施設ではあるが……ノール達全員からの訓練とか何されるか恐ろし過ぎるんですけど!




